先に高野山に行った方々から、はじめに大門へ行ってから
霊宝館や壇上伽藍へ下ったほうが良いという情報をいただいていましたので
宿坊から千手院橋バス停まで歩き、大門行きのバスを待ちました。

時刻表はあっても無いようなもので、この時は20分ほど待ちました。

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大門です。大きさがわかりますね。

ここから緩い下り坂を歩いていきまして
途中にあります、こちらのお寺に立ち寄りました。

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宝亀院さんです。

門を入って右側にある寺務所の前を通り、
小さなお堂に入りお参りします。
さて、どなたを祀っていらっしゃるんでしょうか。




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こ、これは。。( ̄◇ ̄;)



写真を撮らせてくださいね、
と心の中でお願いしてもう一枚。

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入定時の弘法大師さまの御影です。
おいたわしいと言うか、心が苦しくなるような肖像です。
何も予備知識なくお参りに来たので驚きました。


御朱印は御衣観音です。

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宝亀院につきましては新西国巡礼のHPよりますと以下の通り。

空海没後86年目のある夜に、空海が醍醐天皇の夢枕に立ち「高野山 むすぶ庵に 袖朽ちて 苔の下にぞ 有明の月」の一首を詠じたという。
その時の姿が、頭髪もひげものび、袈裟や衣は汚れて所々破れていたという。
天皇はこれを受けて、空海に弘法大師の大師号を贈り、毎年弘法大師の命日である3月21日に新しい法衣を、廟所へ供養することになった。
このために、醍醐天皇の勅願により観賢僧正が開基されたのが、この宝亀院である。

境内には観賢僧正が掘ったと言われる井戸があり、
いまでもこの井戸の水を使い、毎年3月21日には弘法大師御衣替法要が行われている。


と、コピペで横着してしまいましたが(;^_^A


納経所のお坊さまが、
井戸のお水を飲んでいってくださいね。

と言うのでありがたく頂きました。

境内には、1億年前という樹木の化石があちこちにあります。
これもナデナデしてきました。

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ところで…
入定弘法大師さまの御影の両側に大黒天様がいらっしゃいますが
今回はなぜか大黒天様が気になってたんです。

これはご縁を結べるかも??
むふにひひ¥¥

と、念入りにお参りしました。

しかして、その結果は??

旅行から帰ってから夢を見ました。


ネズミの夢です。
そう、ねずみは大黒天様の眷属ですよ!

夢というのはこんなのです。
なぜか古い民家の床の板をはずしている自分がいます。

すると床下から小さなねずみがいっぱい出てきて
わたしの背中にどんどん飛び込んでくるんです。


わたし、もうパニック叫び叫び

そのねずみを手当たり次第、
つかんでは捨て、つかんでは捨ててパンチ!

そうしてたら、白いねずみの親分が出てきました。
全部、親分ねずみの仕業だったのです。

もう許さんむかっ

親分ねずみを捕まえて、
もうこんなことをしないでよね!

と説教してやりましたら
親分ねずみは、わかったわかったと言って
ささっと逃げて行きました。


これ…


ご縁どころか眷属にさえ嫌われてますよね(T_T)


大黒天様は厳しいです。
考えがあまい!と叱られたのでしょう。

これからはちゃんとお参りして
ご縁をいただけるよう努力もします…






むかし…




ハムスターもちゃんと可愛いがってたんだけどなぁしょぼん