仏教の瞑想法と修行体系 -16ページ目

部派仏教・上座部仏教の修行と思想

部派仏教の目標は、煩悩をなくし解脱した阿羅漢です。

聖者の身分(位格)は、「煩悩をなくしていく度合い」によって4段階の四沙門に分けられます。

「止」の深まりは精神的な作用や煩悩を、粗雑なものから順次一時的に押さえていくプロセスです。
そして、「観」は智を得ることで、煩悩、執着を順次なくしていくプロセスです。
ですから、修行や目標は「引き算」的にゼロに向かうような発想で考えられています。


部派仏教の哲学では、実在は「法」と呼ばれ、それは原子論的、要素的な存在です。
概念やイメージは、それを実在しない「まとまり」として捉える誤った想念であり、想念やそれに伴う感情反応を捨てることが目標です。


また、上座部では、個々の心の動きは1刹那で生滅しますが、次々と1刹那の心が連続して心路(心のプロセス)を作ります。
「有分心」という無意識の状態から始まって、徐々に意識化され、対象を意識して、また無意識に戻ります。
通常の概念的な対象意識は「速行心」と呼ばれ、最大で7刹那の間だけ存在します。これが業(カルマ)の原因となります。

「止」の状態で「速行心」は生まれません。
また、煩悩をなくして「阿羅漢」になっても、煩悩なしに表れる概念やイメージは残りますが、この心は業(カルマ)を作らないので「速行心」ではなく「唯作心」と呼ばれます。
ただ、この心について積極的に評価することはありません。


ブッダゴーサ以降、南伝の上座部仏教の修行階梯は、パーリ中部「伝車経」に基づく「七清浄」としてまとめられました。

「戒」の段階が「戒清浄」、「止」を行う「定」の段階が「心清浄」、有漏・凡夫の「観」の段階が「見清浄」、「度疑清浄」、「道非道智見清浄」、「行道智見清浄」の4段階、聖者の段階が「智見清浄」です。(下記表参照)

「観」では、まず、有為なる諸行の「個相」を観察して個々の「法」を識別し、次に「共相」(無常・苦・無我)を観察し、結果として「四諦」の認識を得ます。
この聖者となり、阿羅漢となる最後の段階では、対象は自然に「涅槃」へ移行します。


一方、北伝の説一切有部では、「順解脱分」、「順決択分」、「見道」、「修道」、「無学道」の5段階にまとめられました。
上座部に比べると、聖者の段階の修業方法が、細かく決められている点が特徴です。
これらは、「五道」として、大乗仏教に受け継がれました。

また、「観」では、主に「四諦」を対象として観察する点で、上座部より伝統的です。


(位階)
凡夫
預流
一来
不還
阿羅漢
(煩悩)
 
三結
五下分結
五上分結
(三学)
(上座部)
戒清浄
心清浄
見清浄
度疑清浄
道非道智見清浄
行道智見清浄
智見清浄
(説一切有部)
順解脱分
順決択分
見道
修道
無学道


* 上座部系の瞑想法、ヴィパッサナー瞑想、マインドフルネス瞑想を教えている組織には下記などがあります。

日本テーラワーダ仏教協会:マハーシ式やスリランカの在家向けの方法

グリーンヒル瞑想研究所:マハーシ式

日本ヴィパッサーナー協会:ミャンマーのサヤジ・ウ・バ・キンを受け継ぐゴエンカ式

パオ森林僧院:ミャンマーの本来的には出家者向けのパオ式

プラムビレッジ(微笑みの風):上座部と大乗・禅の瞑想法を融合したティク・ナット・ハン式