<一昨日のつづき>
別子山集落を抜けると
再びセンターラインのある広い道路に戻りました。
そしてすぐに筏津抗の看板が見えました。
筏津抗は川を挟んだ対岸にあるようで
そちらに目を向けると(脇見運転w)
段々になった何かしらの遺構に見えました。
今は草や雑木で覆われています。
Googleストリートビューでは
段々具合はよくわからないかもしれませんが
実際に見ると小規模な東平遺構のように
段々になっていました。
筏津抗はその名の通り
銅山川を経由して鉱石を運ぶ際に
筏に鉱石を積み込んでいた場所です。
今は上流の別子ダムなどで
水量調整がされているので
水は少ないですが
かつては豊富な水量で下流まで
鉱石を運んでいたのですね。
その後、新居浜市側に
鉱山鉄道が開通したので
筏津の使用頻度は下がったそうです。
『やはり資料で読むのと
現場を見るのではかなり違うなぁ。』
としみじみ思いながら車を進めます。
走り易い道路でしたが
山深さは相変わらずで
時々急カーブもあります。
カーナビに別子中の文字が
見え始めました。
『中学校があるんだな・・・。
とてつもなく広い校区な気がする。』
別子中はとても小さい規模の建物でした。
『そりゃそうか。生徒数も少ないだろうから
大きな施設ではないよな。』
別子中の周辺には保育園や
公民館(写真奥のオシャレな建物)などが
隣接しているようです。
<つづく>










