<一昨日のつづき>

 

もれが旧別子山村をドライブした数日後に
法皇トンネル近くにある翠波高原
行くことになりました。

お盆に妹夫婦と姪っ子が遊びに来ていて
最近、妹が一眼レフカメラを購入したので
写真を撮れる場所に行きたいってことで
翠波高原のコスモス畑に
行くことになったのです。

 

もれは花にはあまり興味が無いので
別の場所を提案しましたが
遠いなどの理由で翠波高原になりました。

 

まだ父が生きていた頃
姪っ子が3歳か4歳くらいの頃に
行った事があるそうですが
当時、もれはまだ西香川に
戻っていなかったので行っていません。

 

翠波高原は法皇トンネルの
やや東の翠波峰の近くで
瀬戸内側と嶺南地区を分ける
法皇山脈の山頂尾根より
やや南寄りに位置しています。

 

『こんなすぐにまたあの法皇トンネルへ
行くことになるとは^^』

 

妹の夫、義弟君は
仕事の関係で行けなかったので
もれ、母、妹、姪っ子二人の5人で
車に乗り込みました。

 

<つづく>

旧別子山村シリーズの中休みです。

 

9月に入ってからずっと

腹の調子がよろしくないもれです。

 

便秘症なもれなのに

毎日、多い日には3回くらい

トイレに篭っています。

 

同じものを食べている母は

全くいつもどおりと言うので

エアコンや暑くて飲むドリンクで

腹が緩んでいるのかな?

と思っていたのですが

どうやらそれだけではないのです。

 

茄子を炒めたおかずを食べた時

茄子の皮がとてつもなく固いので

「なんでこんなに固い?」と聞くと

母は平然と「古いから」と答えました。

 

もれの腹の調子が良くないことを話すと

ある日の夕食時にヤクルトが出されました。

 

何も考えずにゴクゴク・・・

『ん?』

ヤクルトといえば甘い飲み物ですが

酸っぱいのです。

 

ですがヤクルトは量が少ないので

飲みこんでから酸味を感じました。

 

もれ「なんだか酸っぱい」と言うと

母「できたてのヤクルトは酸っぱいんや。」

と言います。


飲んだ後で容器の

賞味期限を見てビックリ@@;

 

3週間前に賞味期限が切れているんです。

 

『どこができたてやねん!?』

 

そういえば数日前に食べたアスパラガスも

古かったと食べた後で言われましたし

オクラも固くて「固い」と言うと

「古いから」と言われました。

 

どうやらもれの腹がずっと下っているのは

食べ物が影響してそうです・・・;

<つづき>

 

高速道路の下を抜けて坂を下り終えると
すぐに四国中央市の三島市街地に入りました。

 

見たことのある景色なので
ようやく『人里に帰ってきた』
と安堵しました。

 

ちょっとした軽い気持ちの
行ってみようかな?で
始まったこのドライブですが
思いの他、すごいドライブでした。

 

想定以上に時間がかかって暗くなってしまい

予定経路は断念しましたが
次回はもっと東の新宮や
三好市まで走ってみたいですね。

 

明るい時間帯に!ですが^^;

 

今回もれが走った経路です。

 

縮尺を変えるとこんな経路です。

 

ただ遠回りしただけw

 

でもGoogleマップの経路計算だと

2時間19分なのですね。

 

+30分くらいかかってますけど^^;

 

終わるのかと思わせておいて

<つづく>

<つづき>

 

さて、四国中央市の瀬戸内側に出たので

道幅もセンターラインのある
充分な幅に戻りましたが
ここからの下りは結構な急勾配で
雨も降っているので
スピードを抑えながら下っていきました。

 

5kmほどの距離で400mの高さを下るので
かなりの下り坂です。

 

坂を下りていると左前方に
高速道路が見え始めました。

 

『あ!あの道か!』

 

もれがかつて四国中央市三島付近を
走行していて
『あの坂すげぇな!』と思って見上げた坂を

まさに今、下っていたのです。

 

見た目もすごいけど
実際に走ってみてもすごい勾配でした。

 

オーバードライブをOFFにして
エンジンブレーキを効かせても
60km/hを越えてしまうので
ブレーキを踏みながら下りました。

 

今回は下りでしたが
登りだったら軽自動車では
ヒィヒィ言いそうな勾配です。

 

勾配だけで言うと
別子銅山裏の登りよりも
きついかもしれませんが
登ったことがないのでなんとも^^;

 

ちなみに下っている時は
こんな感じですが伝わりませんねw

 

高速道路から見るとこんな感じ(下図右上の坂)ですが
イマイチ伝わりませんね^^;

 

遠景で見るとこんな感じです。

実際に走った感じより緩く見えます^^;

 

<つづく>

<つづき>

 

トンネルを抜けて
もれが驚いたことが3つありました。

 

1.出たら真っ暗だった

 

2.結構な雨が降っていた

 

3.かなり高い場所だった

 

 

1.についてはトンネルに入る前は
フォグライトしか点けてなかったのに
トンネルを抜けたら真っ暗だった
ということなのですが
日が暮れたら一気に暗くなるので
これは仕方ありませんね。


さらに項2.の雨も手伝って
いつもより暗かったのだと思います。

 

Googleストリートビューでは出口が明るく
見えていますが、もれが出口を
認識できなかったのは日が暮れた上に
雨で外が暗かったからですね。

 


2.については嶺南地区では
一滴の雨も降ってなかったのに
トンネルを抜けたら雨だったことに驚きました。

 

雨自体は小雨でしたが
路面はビチャビチャだったので
かなりの降雨だったことがわかりました。

 

帰宅後にこの地方に
大雨洪水雷注意報が
出ていたことを知りました。

 

やはり高い山を境に
天候は異なるのですね。

 

そして実は3.が一番驚いた点なのですが
トンネルを抜けた場所はかなり高い場所でした。

 

銅山川からちょっとしか登ってないのに
すんごく高い場所に出てしまったのです。

 

Googleストリートビューだと
中央の木の隙間から
海岸沿いの町並みが見えています。

高いでしょう?

 

銅山川から法皇トンネルまで登ってきた高さと
遠くに見える海際の明かりの高さのバランスが
全く合わなくて驚きました。

 

つまり、銅山川付近の嶺南地区は
標高が高い場所にあったことになりますね。

 

帰宅後に調べてみたら
もれが銅山川から法皇トンネルへ
左折した辺りの標高が300mほどで
法皇トンネルの前後は400mほどでした。

もれはトンネルに向かって100mしか登ってないのに
トンネルを抜けて見える景色が400m地点だったから
驚いたということですね。

 

数百mのことですが
人間の感覚って曖昧なものなんだと
改めて実感しました。

 

ちなみに・・・序盤に出てきた
モヤの立ち込めた大永山トンネルは
標高940mだそうです。

 

マイントピア別子が標高190mくらいで
一気に700m近くの急勾配を登って
そこからは長い距離をかけて
600m下ったのですね。

 

600mをなだらかに下った場所が
標高300mの場所だったのですが
平地(盆地)になっていたことで
標高100m以下の場所に到達したような
感覚になっていたということですね。

 

<つづく>

 

<つづき>

 

しばらく登り坂が続きましたが
別子銅山裏の登りに比べれば
全然緩く感じました。

 

途中で翠波高原(すいは)への

分岐路などがありました。

 

翠波高原という名称は

過去に耳にしたことがありましたが

もれの関心外なので

あまり気にとめていませんでしたが

『この辺りにあったのか。』

程度の認識で通過して坂を登ります。

 

 

しかし・・・トンネルの入口が見えてきて
もれは愕然となりました。

 

『狭い!!』

 

対向車が来たらすれ違えないほど
狭いトンネルだったのです。

 

擬態語で表すなら
キュッという感じに入口手前で
道幅が狭くなっているのです。

 

しかもトンネル内の照明が暗いので
フォグライトではなく
通常のライトを点けました。

 

ホントに一直線なのですが
一車線分の幅しかなくて
しかも距離が長いトンネルです。

 

『このトンネルは・・・』

 

思わず絶句するほど不気味なトンネルでした。

※帰宅後に調べましたが不気味なだけで

 心霊スポットとは無縁のようですw

 

少し走るとすれ違い用に
広がっている場所がチョコチョコとありました。

 

一応、双方向から通行できるけど
交通量の多い時には
かなり譲り合うことになりそうです。

 

ライトを点けて気づいたのですが
路面が濡れています。

 

湧き水なのかな?

壁面も濡れているようで
不気味さが際立っています。

 

『おおお・・・これは良い!』
と別の感情が湧き上がりました。


Googleストリートビューでは出口が
明るく見えていますが
もれが走行した時は見えませんでした。

 

帰宅後に調べたら全長1.6kmもあるんですね。

 

この狭さで1.6kmも走るのは
閉所や暗所の苦手な人には過酷かもしれません。

 

あまりにも不気味な雰囲気に
興奮したもれは前後に車がいないので
中ほど(と思われる場所)で停車しました。

 

幸い、対向車も居ないので
ライトを消してみましたが
心霊現象などは起こらず
(心霊スポットでもないので当然ですがw)
不気味!というだけでした。

 

暗すぎて写真は撮れませんでした^^;

上図のストリートビューで想像してくださいw

 

あまりゆっくりして対向車が来ると
譲り合わなければならないので
すぐにライトを点けて
そのまま進んでいきましたが
全然出口が見えません。

 

『ありゃ?カーナビでは

 もうすぐそこが出口なのに・・・?』

 

この旧別子山村行の記事の前半であった

大永山トンネルも出口が見えませんでしたが

こちらはモヤが出ているわけではありません。

 

すると突然、壁が途切れて

『ありゃ?出口・・・出ちゃった@@;』

という感じに通り抜けてしまいました。

 

<つづく>

<つづき>

 

富郷ダム(法皇湖)から金砂湖付近は

ずっとセンターラインがある道路で
とても走り心地が良くて
ドライブやツーリングにも良いかもしれません。

比較的平坦なのでこの地域だけであれば
サイクリングも良いかもしれませんね。


この辺りで右折すると瓜生野という
標識がありました。

 

『瓜生野・・・!?』

 

瓜生野というのは
歴史好き長宗我部氏編で書きましたが
土佐七雄の本山氏が最後に篭った城で
四国でも有数の山奥です。

 

さらに、前の職場で車好きで

若い頃には峠を攻めたりしていた

先輩が言った言葉を思い出しました。

 

「もれ君。ドライブは良いけど

国道32号線の一本西の道で

金砂湖と早明浦(さめうら)ダムを繋ぐ道は

気軽に行かない方がいいよ。

色々な峠を攻めたけど

あそこだけは途中で心が折れた。

逃げ道も無いから絶対オススメしない。」

 

瓜生野の南には早明浦ダムがあります。

 

先輩が言っていた道が

ここを右折した先なのだと気づきました。

 

『瓜生野は高知県なので

右折してすぐというわけではないだろうけど
瓜生野という地名が出てくるとは・・・

さらに峠を攻めるほどの先輩の

心を折った道路がここから始まっているのか・・・。
どおりで山深いはずだ・・・。』

 

もれが走っているコースは

かなり整備された道路が続いていますが

ここが凄く山深い場所なのだと
改めて認識させられました。


やがて道の横を流れる銅山川の
川幅が広くなってきて
キャンプ場やBBQ場などがあり
とても良い雰囲気です。

 

この辺りは水面と道路の高低差が少なく
ダム湖というより川という感じで
ドキドキしませんでした。

 

どうやらダム湖の切り立った壁で囲まれた

深い水という要素が
もれをドキドキさせるようです。

理由はわかりませんが^^;

 

切り立った壁、濁った水で
『深い!』と無意識な直感から
ドキドキするのかもしれません。


この先には金砂湖というダム湖があり
そこまで行くとまたドキドキするのでしょうが
カーナビは左折して橋を渡り
銅山川、金砂湖から離れるルートを
指示しています。

 

『第3のダムでドキドキすることは
無さそうだな。』

と思いながら進むと
カーナビが左折を指示している橋が
見え始めました。

 

この頃には周囲は薄暗くなっていますが
まだフォグライトを点けるほどではありません。

橋のある交差点に差し掛かって
ウィンカーを左に出しました。

 

左折しながら直進した場合の方向

(もれが当初、走る予定だった方向)を見ると
道幅が狭くなっているのが見えました。

下図、正面が当初の予定コースです。

 

『ああ・・・やはりこの先は狭い道なのか・・・。』

 

この先を断念したのはどうやら正解のようです。

もっと明るい時間帯なら全然OKなのですけどね。

 

橋を渡り終えると
とても整備された公園などがあり
ここもキャンプや水遊びなどが
できそうな感じですね。

 

やはり金砂湖上流のこの辺りは

キャンプやサイクリング、ドライブに

オススメな場所です。

 

 

道は登り坂になりましたが
センターラインがあるので
スムーズに走りました。

 

とはいえ、斜面を北向きに登る道路ですから

西日の光が届かないようでので

先ほどまでの開けた場所とは

比べ物にならないくらい薄暗く

フォグライトを点けました。

 

<つづく>

<つづき>

 

再び車に乗って少し走ると
すんごい鉄橋が見えてきました。

藤原大橋というようです。

また車を止めて撮影しました。

 

ここには公衆トイレがあったので
用を足すついでです。


車に戻ってから現状と

これからの経路を考えました。

 

もれが当初予定していた経路の
3分の1程度しか来ていません。

 

時刻は18時30分を過ぎていました。

17時ごろに出発して
3分の1で18時30分です。

1時間半で3分の1ってことは・・・
全行程で4時間半かかる計算です。

 

『あれ?帰宅したら22時半?』

 

カーナビの画面の到着予定は
21時45分になっていますが

もれのカーナビは古いので

一般道は一律40km/h×距離で

算出された到着予定時刻なのです。

 

ここまでの経路で道幅の狭い部分は

かなり減速しましたから

平均時速で40km/hは出てなかったのでしょう。

 

 

『さすがに三好市まで行くのはやめるにしても
どうやってこの道から抜け出そうか・・・。』

 

とカーナビをいじってみると
法皇トンネルという法皇山脈を
貫いているトンネルがあるのを発見しました。

『お!ここを抜けよう!
ここを逃したら本当に三好市まで
行くことになりかねない。』

 

※実際には上図の東にもう一本、

 法皇山脈を貫くトンネルがありますが

 この時は存在を知りませんでした。

 

カーナビで見た感じは
結構太い道路みたいなので
経路設定を変更して
法皇トンネルを抜ける経路に設定しました。

 

自宅への到着予定は20時30分になりました。

 

ということで、今回はこの先の

金砂湖上流までで断念です。

 

カーナビがあるとはいえ
土地勘の無い山道を夜走るのは
やはり危険な気がしたからです。


しかも道幅が狭くなったら
危険度は格段に上がりますからね。


とはいえ、法皇トンネルまでは
結構な距離があります。

 

このままの道幅であれば
すんなりたどり着けそうですが
細くなることも充分あり得るので
すぐに出発です。

 

<つづく>

<つづき>

 

やがてダム湖がよく見えるようになり
ドキドキしながら走行しました。

 

既に旧別子山村を抜けて

四国中央市富郷町に入ってますが

タイトルは旧別子山村のまま続けます。

 

『そういえば・・・海沿いの道は
それほどドキドキしないのに
ダム湖は何でドキドキするんだろう?』

 

やはり水の色なのでしょうか?

波の有無なのでしょうか?

ちなみに・・・漁船で

瀬戸内海の沖合いへ出た時は

その水の黒さ(深さ)にドキドキしました。

 

先述の霊的なものでは無いと思います^^;

 

話が逸れました。

 

ここは富郷ダムというダム湖で
別名を法皇湖といいます。

 

法皇湖の名前の由来は
新居浜市や四国中央市の北部の平地と
嶺南地区(今走っている地区)を
分けている山脈が法皇山脈
通称されているためです。

 

平安時代末期から鎌倉時代初頭に
後白河法皇が蓮華王院三十三間堂
建立する際に使われた木材が
この法皇山脈から運ばれたものでした。

 

後白河法皇はその木材が優秀であったことから
この山脈に「法皇」の名前を付けて良いと
許可したとされており

以後、法皇山脈と呼ばれるようになりました。

 

その法皇山脈の麓にあるから
法皇湖なのでしょう。
・・・許可は?w

 

やがて富郷ダム本体が見えて
もれのドキドキはまた激しくなってきました。

 

通り過ぎてから広場があったので
スマホで撮影しましたが
やはりデカい・・・。

威圧されてドキドキします。

この富郷ダムは2000年にできたそうで
比較的新しいダムなのですね。

 

<つづく>

<つづき>

 

別子中学校を通過して旧別子山村の

中心(?)を抜けたので

旧別子山村について少しだけ書いておきます。

 

別子銅山行で書いた内容は大半が

銅山に絡む内容でしたので^^;

 

旧別子山村の起源は平家落人伝説で

三人の落人とされていますが

伝承の域を出ません。

 

徳島県三好市付近もそうですが

源平合戦のあった瀬戸内海から

高い山脈を隔てた場所ということで

落ち武者伝説が残っているのですね。

 

現在は数百人しか住んでいませんが

明治期に別子銅山が開山すると

1万2千人が生活しており

これは当時、松山市に次ぐ

愛媛県第二位の人口だったそうです。

 

ですが、銅山の閉山で過疎化しました。

 

先に書いた集落の東西の幹線道路は

四国中央市側の方が整備されていますが

地形の影響も大きく関与しているそうです。

 

西は1,000m級の峠という

難所があるからでしょうか?

 

東も開けているわけではありませんが

高山と渓谷沿いで平地の少ない西部より

やや平地の多い東部の方が道路整備もし易く

四国中央市富郷町の方が人口が多かったため

東の方が先に整備されたのかもしれませんね。

 

合併の際に当初は幹線道路の整備された

四国中央市との合併を計画していましたが

住民が相談した結果

銅山産業で昔から関係の深かった

新居浜市と合併したそうです。

 

そのため、西(新居浜市側)の道路は

現在もいたるところで拡幅工事や

路肩の補修工事が行なわれています。

 

 

さて、もれ車は東に走り続けています。

 

しばらく走るとカーナビに
広い水の絵が見え始めました。

 

『ダム湖か・・・。』


またちょっとドキドキです。

 

トンネルを抜けると
鉄橋と水面が見え始めました。

 

水面はまだ少しだけなので
平常心を保てました。

 

ここで

ある標識が見えました。

右折する(鉄橋を渡る)と
折宇 戸女
という標識でした。

 

『何て読むんだろう?』
と少しスピードを緩めました。

 

折宇は「oriu:おりゅう」で
戸女は「tonyo:とにょう」と読むようです。

 

地名や人名は難しいですね。

 

機会があれば戸女という地名の由来も
調べてみたいと興味が湧きました。

 

<つづく>