「あのオレンジの服着た人、男?女?」
そう聞く子どもに
「どっちだと思う?」
そう笑顔で聞き返してくれた自分以外の人は
もしかしたら初めてかもしれない。
お世話になっている児童館のスタッフ。
後にあの時は嬉しかった事を伝えると
「男?女?」
という率直な疑問に
「どっちだと思う?」
と聞き返す私を
よく見ていたのだと言う。
「女・・・?」
「うん。」
「男?」
「んー、どっちでもいい。」
「じゃあ、おかま!」
そんなやりとりをしている最中の私よりも早く
事務所の奥から
「おいっ。」
という声が聞こえた。
それが児童館の館長。
すんごい反射神経だと思った(笑)
これはほんの一部の話ではあるけれど
私がこの児童館にいて楽しくて
心地よくて
なんだか安心できる一つの理由だと思います。
そんな児童館で
改めて自分の話をすることはなかったのですが
今回そんな館長の意向で
急遽話をする機会を頂きました。

座りながら
ジャージ姿で話している姿から
この児童館の雰囲気が
少しでも感じてもらえたらと思います。

LGBTとかの知識とかは要らなくて
ただただ自分が何者で
何故に今に至るのか
そんな暑苦しい話をさせて頂きました。
それがここで私が伝えたいことでした。
色んな背景を抱えた子どもや大人がいて
色んな思いを持ったスタッフがいて
「やってみたい!をやってみよう!」
と謳う児童館で
知識とか常識とか普通とか
それはどーでも良いと思える不思議な空間で。
そんな人たちに囲まれた児童館で
率直に自分を語れたことは
本当に幸せなことでした。
普段は児童館の受付に座って眺めてたり
大人げなく遊んで笑って悔しがったりする
そんなエマは
意外と熱い思いと深い愛情を持ったエマなんだぜ!って(笑)
この話を聞きたいからと
その時間帯の事務所兼受付には
「緑のとびらの部屋にいます」
と不在を告げた張り紙。
そんなことをしてくれる館長は
やっぱりすんごい人だと思った(笑)
この児童館
本当におもしろい。
おもしろいの、館長だけじゃないのよ。↓

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今日
30歳になりました。
ジャージ姿でいれば
未だに大学生かと思われる
そんな29歳を楽しんでいました。
今現在
ぶっちゃけてしまえばフリーターですが
3足のわらじを履く
熱いハートを持った一人間であります。
農場のアルバイトで肉体を鍛え
児童館のアルバイトでこれまでの経験を活かし
名古屋つなぐ会では自分の根本と向き合う
そんな日々を過ごしています。
いくつになっても
やはりいつでも今が絶頂期だと思っています。
そう思えるように生きていたいという思いは
いつの日も変わりません。
おかげさまで
どれも充実していて
最高の30歳を迎えられたなぁと
しみじみ思っています。
そう思えるのは
もちろん
私を生んでくれた両親や
一緒に育った家族や親戚や
友達や先輩や後輩や
教授や同僚や同志や
書ききれない全ての人々がいてくれたからこそで。
そして書き忘れてはいけないのが
今もこうしてブログを綴っているのは
読んでくれている人がいるからで
私にとってずーっと支えになっている
大切な場所であり存在であるということです。
いつもありがとうございます。
こんな30歳ですが
どうぞよろしくお願いします。
いつまでも成長期でありたい。↓

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「孤軍奮闘」という言葉を
むしろ好んでいます。
その精神があって
今の自分がある
と言えるのかもしれません。
セクシャルマイノリティーに関して活動し始めた大学時代。
何かあっても全部自分に返ってくるようにと
あえてその精神に身を置こうとしていました。
それほどの覚悟と緊張と
それをやり遂げたときの自信が
当時の自分には必要だったのではないか
と振り返ってみて思いました。
結局のところ
いつも誰かが力を貸してくれて
その協力があってこそできたことだ
という事実は
嬉しい誤算でした。
さて
名古屋に続き
昨日は和歌山で開催されている
「RAINBOW FESTA WAKAYAMA 2019」
に行ってきました。

県外での名古屋つなぐ会のブース出展。

こんな会があるんだよ
とお知らせするきっかけになればと思っていましたが
行ってみて気づいたのは
一緒にイベントを盛り上げていくことも大切だな
ということでした。
これまた大学時代は
内輪でのつながりや当事者とのつながりより
むしろ外へ外へと向けていた私は
むしろ避けてきたことだったように思います。
人とつながることは
ひとりの人間でいるよりも
もっともっと強く
もっともっと可能性を広げ
そして何より
何倍も楽しい。
しかもそれをシェアできるという
おまけつき。
一緒にできる喜びを味わいながら
そんなことを
和歌山からの帰路で考えていました。
ちなみに名古屋つなぐ会は昨日だけですが
和歌山レインボーフェスタは今日もやっています。
そしてそして
レインボーフェスタは
このあとも各地で開催され
三重と奈良に名古屋つなぐ会は出展予定です。
私もいます!

月一ペースで巡りまーす。↓

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天気は雨のち曇り。
本日は名古屋レインボープライドの日でした。
ブースで初めて出会う人
通りがかる見覚えのある人
こういう場で会う昔から馴染みのある人。
それに加えて
自分では認識のない不特定多数の人と会えたような
そんな自己満足な一日。
多くの人に知ってもらうことも必要だし
悩みを抱えている特定の人とつながるのも大切にしたい。
欲張りなのはわかってるけど
どっちも意識して行動したいから
パレードで横断幕を背負って歩くし
ブースで個人的な話に耳を傾ける。
誰に何の力になるかわからないし
そんな風に考えるのもエゴかもしれないけど
誰かの力になれる可能性が少しでもあるなら
それでもやってみてもいいかなって思う。

プライドをもって。↓

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7月2日(火)
バイトは休みをとって
名古屋地方裁判所へと行きました。

初めての傍聴。
足へ運ぶことがこの訴訟への
というか
この「結婚の自由をすべての人に」という思いを
少しでも後押しできるのでは
と傍聴することを決めたのです。
荷物チェックを受け
13:10開始。
紙面の資料が配布され
それをもとに報告があり
13:20終了。
約10分の出来事。
あまりの早さに驚いてしまったが
これも経験しなければわからなかったこと。
そして何より
この傍聴席を一つでも埋めることが大切だ
と思ってやって来た自分にとって
その個人的な目標は達成できたわけです。
私は弁護士でも裁判官でもない。
そんな私ができることをしていくことが
きっとどこかで何かにつながるはず。
わからないからと何もしないより
とりあえず何かしてみたいと思う。
次の訴訟は7月5日(金)大阪にて。↓

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この歳になって
”初めてのこと”
は多少なりとも少なくなってきている。
今年で30歳になります。
でも
今日は初めて歯が欠けた!
それは子どもと遊んでいたときの事故で
意図して歯を狙われて起こったわけではない。
とはわかりつつつ
この歳で歯が欠けるのは痛い(笑)
乳歯じゃないもの(笑)
そんな私が感じたことは
不思議とその子に伝わっているようで
少し冷静になって
詫びるような顔になる。
そんな姿を見て
私は何ができようか。
別に命に関わることじゃない。
別にわざと狙ったわけじゃない。
こんなんで
その子との関係を終わらせたくはない。
偽善かもしれないし
エゴかもしれないけど
歯が欠けたくらい
なんてことないと
心を落ち着ければそう思う。
実際
誰も悪くないのだから。
結局私はその子に対して
「歯が欠けてショックだったよ」
という事実を伝え
「危ないからやめてね」
と乱暴な遊び方に対して根拠をもって言えるようになり
仲直りの意味も込めてまた遊んだ。
私自身
この事故を予防できる余地はあったのも事実なのです。
ごめん
と
ありがとう。
この下の小さな歯の一本の端くれが欠けたことなんて
なんてことない。
欠けたことなど他人には気づかれないほどの小さなもの。
些細なことで
大事なことを見失いたくない。
子どもたちから学ぶことは本当に多くて
「大人なんて」
って思われる大人にならないよう
「大人だから」
なんて言い訳する大人になりたくなくて
「信頼できる大人でいたい」
と言える自分でいられるよう
今日も子どもたちと向き合いながら
自分自身と向き合っています。
やんちゃな自分に乾杯!ケセラセラ!↓

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月に一度は
何かとセクシャルマイノリティ―に関する活動があるような
そんな今年度。
忙しさや緊張の中に
やりがいと充実と幸せを感じています。
この性で生きているということ
この性を活かせるという環境や周囲の人々に恵まれ
こんなに幸せなことはフツウではなく
もしかしたらトクベツなことなのかもしれない。
それならそれで
そんな私ができることやしたいことを
やっていくことが大事なのかなって。
顔を出し
本名を出し
声を出す。
リスクがあると思われることもあるけど
それだけの責任と覚悟があるということだという
一種の表明でもある。
人生をかけた決意は
自分を強く支えてくれる。
世間にどう見られるかということよりも
自分が自分を生きられないことの方が
よっぽど恐い。
さて
7月は「名古屋レインボープライド」があります。
6日(土)はブース出店
7日(日)はブース出店やステージに加えてパレード
が行われます。
場所は栄の オアシス21 銀河の広場なので
ふらりと足を運べるそんな感じです。
私は7日だけになりますが参加します。
NPO法人LGBTの家族と友人をつなぐ会が
ブース出店しますので
そこかパレードにいる予定です。
良ければどうぞ。


今さらですが、レインボーは性の多様性のシンボルです。↓

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昨日は
『Creating Connections 2019』に参加するため
名古屋国際学園に。

分科会で『カミングアウト~親と子の立場から~』の
プレゼンテーションを行うのは当初からの予定でしたが
嬉しいことに
パネルディスカッション『LGBTQIA コミュニティへのエンパワーメント』の
パネリストとしても参加することになりました。

英語が主のこのイベントは
日本語で話すことを申し訳なく思うほど
やはりグローバルな環境でした。
でも
国籍も言語も色々と違うこの環境だからこそ
もしかしたら世界を変えることもできるかもしれない
とさえ思えてしまうのでした。
違いは豊かさであり
違うからこそ可能性は広がるのだいうことを
実感した一日でした。
自分の微々たる日常英会話では
表現しきれないものがたくさんあったけれど
同時通訳の方々の力に
なんとか伝えたいという自分の情熱を加えて
聞いてくれた方々とつながることができたように思います。
真剣に耳を傾けてくれ
言語は違うけれど想いは伝わっていて。
言葉は少なくても
何度も交わす笑顔やハグに安心して。
つながるために言語は必要だけれど
言語がなければつながれないわけじゃない。
ただ
少なくとも出会うことは大切で
目と目で通じ合い
心と心でそれぞれの思いを燃やし合って
そうやって多方面から
アプローチしていくことが大切だと思う。
そしてそれを楽しむことが
大切だと思う。
刺激に溢れた一日。
男女という視点を超えて
人間的な魅力を身に着けようと鍛錬してきた昨日まで。
国を超えて
素敵な人でありたいと思った今日。
精進していきます。
私が昨日出会った素敵な人たちが
私をそう思わせてくれました。
ちょっと余談で
児童館が開催するプレーパークに行った今日の話。
会って二度目の中学生にこう言われました。
「えま、彼氏いないよね?」
だからこう答えた。
「好きになるの女性だからなー。」
そしたら彼女はこう言った。
「え、“同性愛って気持ち悪っ!”って言ってきたんだけど。」
だからこう提案してみた。
「じゃあこれからは、”同性愛って素敵だなっ!”って言ってよ。」
それに対しての彼女の言葉はなかったけれど
その後も彼女は私のすぐ隣りにいて
笑い合って思いやって
決して“気持ち悪い”とは言わなかった。
今日からもまた
唯一無二の
一期一会を大切に
生きていきたいと思う。
このような機会を頂けたことに、感謝が尽きません。↓

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日本で外国人を見ると
お!
って思う自分がいる。
オーストラリアにいたときは
日本人に出会うと
お!
って思った。
みんな違って当たり前だったから。
インターナショナルスクールのイベントで
LGBTの分科会のお話を頂いたのは昨年。
日本人向けに準備した諸々。
英語を話したのは入りのほんの数文。
そんな私たちの分科会に参加してくれた人の
多くは英語圏だった(笑)
こんな環境が日本にもあるんだなぁと
驚くと同時に
なんだか嬉しくなった。
出会う人が
私の世界を広げてくれる。
だから
今年も分科会の講演者として迷わず参加を決めた。
カミングアウトを
親と子の立場から振り返る。
LGBTの家族と友人をつなぐ会理事の方と
私の母と私
この3人で語らせて頂きます。
6月8日(土)に名古屋国際学園にて。
『Creating Connections 2019』

急な報告ですみません。
もし興味のある方は
5月31日(金)までに
こちらから登録(予約)をお願いします。
ご報告まで。
日本でも、世界は広がる。↓

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本日
LGBTの家族と友人をつなぐ会名古屋支部で開催された講演
「~セクシャルマイノリティ~ 知ることは大切」
を無事に満員御礼で終了しました。
足を運んでくれた方に感謝申し上げます。
参加してくれた方々の笑顔を見られることが
私にとって嬉しく
開催して良かったなぁと思う瞬間であります。
それぞれの背景があって
もちろん苦悩もあって
だからこその笑顔があって。
性同一性障害
性別違和
私もそうではないかと
考えたことは数知れず。
結論は
自分から男になりたいと悩んだことはなく
自分は女性であり女性が好き。
だから同性愛だなと。
私はレズビアンだなと。
でもぶっちゃけなんでもよくて。
見る人が見えるように
好きに見てくれたらいいかなって。
なんでもいいかなって。
そう思える家族をはじめ
周囲の人々の接し方があったことは言うまでもなく。
性別を問わず
えまはえまだと関わってくれる周囲の人々がいたからこそ
性別などどっちでもいいと思える自分がいる。
初めて会ったこどもは率直に私に聞く。
「男なの?女なの?」
私はまっすぐ答える。
「女だぞ!」
少し時間をともにしたこどもはこう言う。
「男でも女でもどっちでもいいよ。」
私はにやにやしながら言葉を返す。
「そうだな!」
何度も会って一緒に遊んだこどもはこんな風に言う。
「男でもあって、女でもあるんじゃない?」
私は驚きを隠せずにとりあえずこう言った。
「そうは言えるなー。」
こどもたちは私の想像を簡単に超えてくる。
そんな時代がきたんだな
と思わされる。
一方で
「女だったらスカートはくし。」
「女だったら髪は長いし。」
と言うこどももいる。
私は私なりに伝えてみる。
「そうとは限らんぞぉ。」
私は言いたいことを言って
私はしたいようにしている。
そんな環境って
願っても簡単には手に入るわけではないし
したくても
なかなかできるわけじゃない。
だから
私は
感謝の気持ちが尽きなくて
こうして今
こんな風にいかして頂いている自分に
何かしら意味があるんだろうと感じてる。
私の言葉が
思いが
笑顔が
誰かの何かしらの力や安らぎになるなら
そんなに嬉しいことはないな
なんてそう思う。
セクシャルマイノリティであることを
悩み苦しむ人はどれだけいるんだろう。
私は
悩んだけど
自分が自分で良かったと思う。
ある高校生が言った。
「みんなラクして生きたいと思ってるでしょ。」
私は何も考えずにこう言っていた。
「張り合いがねぇなぁ。」
ただの独り言。
私はこうやって生きてきた。
こう見えて今年30歳。こどもたちはそっちの方がびっくり。↓

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