挿絵:しりあがり寿
出版:新潮社 / 2008年 / 新書
ジャンル:評論
まずはWikipediaより、著者湯山玲子氏の紹介です。
「東京都出身。学習院大学法学部卒。雑誌や単行本の編集、執筆に加え、広告のディレクション、プロデュースなど、出版分野で活躍。現場主義をモットーに、クラブカルチャー、映画、音楽、食、ファッションなど、文化全般に通じる。自らが寿司を握るユニット「美人寿司」も主宰。有限会社ホウ71取締役。日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。」
<目次>
はじめに
1章 女装する女
2章 スピリチュアルな女
3章 和風の女
4章 ノスタルジー・ニッポンに遊ぶ女
5章 ロハス、エコ女
6章 デイリーエクササイズな女
7章 大人の女になりたい女
8章 表現する女
9章 子供化する女
10章 バーター親子な女
おわりに
気になった個所の紹介です。
「要約すれば、女性である彼女たちが、彼女たちの通常着であり、ほぼユニセックスである会社スーツや、カジュアルウェアを脱ぎ捨て、女らしいフェミニンな服装、メイクそして立ち振る舞いまで身につけることの気分を、総じて”女装”といっているのだ。」(12頁)
「特に当の女性ははっきり自覚した方がいいと思うのだが、多くの女性は頭の中が”女性”ではない。一日の心の動きをすべて記録する装置があったとして、女性という根拠でモノを考えている時間がいったいどれほど存在するかといえば、ほとんどゼロに近いというのが現状だろう。」(13頁)
「女の仕事人たちが、女らしい服装をし、ネイルサロンでツメを光らせるのは、だから、抑圧された女性性の発露や取戻しなんかではない。男と別段変わらぬ内面が、あえて女性の記号をふんだんに身にまとい着飾ること。それこそが女が女装することの意味なのだ。」(16頁)
→原文そのままで引用しています、ご了承のほど。
「ネイルのよろこびとは、仕事において全く必要のない装飾が、真剣勝負の指先にキラキラ踊っているという”遊び”が精神的に心地よく、一種のガス抜きになっているからに他ならない。」(24頁)
「かくて、女の”女装”は、そのワザを同性同士が評価し、楽しむという方向に進んだ。方法が目的となり、先鋭化していき、ついには男不在の女子高感覚に突入している。」(32頁)
「女性はマッチョ的に男性化しているというわけではない。むしろ、両者の差が男性側から積極的に縮められていると見た方が正確であろう。」(38頁)
「アメリカ人は精神分析医に、日本人は占い師に悩みを相談するという。」(70頁)
「「自分のことだけが100パーセント話題になり、他人が自分のことだけを考えてくれる占い時間」というものは、考えてみれば贅沢で甘い蜜の味である。」(72頁)
ここまでで第2章が終わるのですが、インパクトのある文章は第1章のみ、後は惰性と凡例集の羅列といった印象です。凡例の中には、有名人や芸能人が登場していて、そういう部分はなるほどなぁと感じるところもあります。
また、新書という特性なのか、タイムリーな話題をいち早く取り上げていても、時間の経過とともに色褪せてしまう部分は仕方ないことと思います。
文章そのものは、体言止めを含めて口話に近い文体になっていて、読みやすく且つ読者へ伝わりやすいという長所がある一方、全体を通して、軽く感じてしまうという短所は否めません。個人的には、1冊丸々この文章とは付き合いづらかったです。興味のある方は、著作のメインである第1章のみを閲覧することをお勧めします。
女装する女 (新潮新書)/湯山 玲子

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