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ライジング

脈略のない乱文・乱筆の嵐.....そう雷神goo


ライジング-マンマミーア


『マンマ・ミーア!』


アバのヒット曲として、ブロードウェイや劇団四季によるミュージカルとして1度は耳にしたことのあるタイトル。今作は主演にオスカー女優のメリル・ストリープを配し、エーゲ海を舞台に幕は開きます。島でホテル経営する母ドナ(メリル・ストリープ)が愛情いっぱいに女手ひとつで育てあげた娘ソフィ(アマンダ・セイフライド)の結婚を控えた大事な時。実はソフィの出生には知られざる秘密があり、それを事前に知ったソフィは、父親探しを決め結婚式当日にサプライズを計画すべく3人の父親候補を呼び寄せるところからドタバタ劇の始まりとなります。


少々というかかなり平均年齢の高いキャストに驚きは隠せませんが、メリル・ストリープが、ピアース・ブロスナンが歌い踊る。これを想像しただけでもゾクゾクしませんか(怖い意味じゃないですよ)。舞台のミュージカルとは違い、洗練された歌、踊りとは程遠くお世辞にも上手いなんていえませんが、とにかく楽しい。曲の持つパワーと俳優の演技力、それを見事にマッチングさせる演出力の合わせ技に拍手。これぞ舞台、演劇など手掛ける監督の真骨頂です。


永久不滅の名曲『ダンシング・クイーン』を聴いただけでもゾクゾクするのに、バラエティに富んだキャストの組み合わせと圧巻の映像でこれでもかってぐらいに歌、ダンスで責めまくり観るものを飽きさせません。

エーゲ海をバックに月明かりの中うっとりさせる場面もあれば、島中を女性がダンスで埋め尽くす、もう圧倒されっぱなしです。

とにかく、メリル・ストリープとピアース・ブロスナンなんて意外性の何ものでもない組み合わせは見ていて楽しいし、ドナ(メリルストリープ)、ロージー(ジュリー・ウォルターズ)、ターニャ(クリスティーン・バランスキー)の親友同士によるドナ&ザ・ダイナモスがファンキーでグルービーなステージを見せてくれるのも楽しい。

ミュージカルというと、何処ここ構わず突然歌いだすというような滑稽さをイメージされがちですが、軽快なナンバーありしっとりバラードありで、ストーリーに合わせた詩の内容とともに映画ならではのリアルな自然やセット、カメラワークを駆使しての雑味ない演出はほんっと素晴らしいと思いました。


そして、脚本も意外な結末や舞台ミュージカル同様に最後のサービスも忘れないところなんかとっても心憎い内容になっています。


映画誌を読むとどうも批評がイマイチなんですが、イギリスでは昨年タイタニックを抜いて史上最高の興行収入を記録し、アメリカをはじめとする多くの国で大ヒットしたそうで、人気と批評は必ずしもイコールじゃないってことがよく分かりますね。これは、あくまで個人の物差しですから、観て楽しければOKです。


この作品観てたら舞台のミュージカルも観たくなったんですが、劇団四季の「マンマ・ミーア!」は今月末で千秋楽を迎えるんですね。観たかったなぁと後悔しきりです。

昨晩の『NEWS23』観てて驚きました。

読書感想文の例文を著作フリーでサイト上に掲載してる文を"コピペ"(コピー&ペースト)して提出している学生がたくさんいるために教師が困っているというニュースです。

ネット社会では、今やこんなことが起こってるんですね。タレントのBLOGサイトで炎上させた人達を一斉に摘発したとのニュースも流れた中、この読書感想文のコピペはちょっとした衝撃でした。


携帯電話、パソコン、携帯音楽プレーヤー、ゲーム機、テレビ、人は、便利なツールを得るとどんどんその便利さに身を埋め、超えたはずの便利というハードルはいつしか地中に埋まり、次なる便利のハードルを越えようとします。この便利の恩恵はいつしか至極当然のものとして血流を生み身体の一部となり果て、便利を憶えるごとに身体はどんどん肥大し、あらゆる病のリスクを伴い、いつ発病するともしれない時限爆弾を抱え俗世を漂います。

貪欲に次の便利を求める。もっともっと と便利を追求した先にあるのは、そのツール無しでは生きられない”破滅”が待っているような気がします。


ネットの脅威とともにどんどんエスカレートしていく楽をするための手段、媚薬の誘惑は休むことなく続いています。とはいってもネットがあるから楽をするのではなく、楽をしたいからネットを使うことを今一度自覚しなくてはいけませんね。結局、どちらが悪いというのではなく、誘惑するネット側にも誘惑された人間にも非があります。

誰しも簡単に楽に卒なくやっていきたいと思いがちですが、その近道には思わぬ罠が待っていることをどれだけの子供が知っているでしょうか。そんな子供にアドバイスしてあげられるのはやはり大人です。本気の心の声で子供にそっと言葉をかけてあげられる家族や先生であって欲しい。そしてこの憂える状況に光を射して欲しい。

スカイ・クロラ/森 博嗣

やっと文庫版"スカイ・クロラ"シリーズ全5巻読み終えました。
昨年、押井守監督の『スカイ・クロラ』で衝撃を受けてから、早く原作を読みたいと思いつつも年越しをしてしまいました。
そんな年明け、今年はなるべくたくさんの本を読もうと決め、まっさきにこの『スカイ・クロラ』シリーズに手をつけたんですが、いろいろと別の本に浮気しながら刊行順になんとか読了できました。
なぜわざわざ刊行順になんて書いたのは、この物語、時系列でいうと1巻が最終話で、厳密には2巻から始まるというちょっと変わった流れになっています。が、読了してみて、たぶん刊行順に読んだほうが面白い気がしました(5巻目を読み終わったらまた1巻が読みたくなりますし)。

物語は、戦争の無い平和な世にスポーツを楽しむごとく戦争がビジネスとして繰り広げられる世界。
その中でキルドレと呼ばれる永遠の命を持つ子供が、その無機質な戦争に利用され消費されていきます。
しかし、空をこよなく愛し、戦闘にのみ"生"を感じる子供たちは、大人の行為に憎悪を抱くことも無く、戦闘で死ねることに感謝すらします。そんな彼らを"利用する大人"、"助けようとする大人"、"傍観する大人"、様々な大人が取り巻き、物語は進んでいきます。

今回、初めて、森博嗣さんの著作を読みましたが、表現の豊かさ、魅力あるキャラ設定、行間の妙など、なんともいえない作品世界にすっかりハマってしまいました。

各巻に必ず出てくる戦闘機の空中戦は、言葉の壁を突き破ったスピード感とスリリングな展開にスゴイ興奮します(航空機などで使われる専門用語や飛行法などよく分からなかったので調べながらになりましたが・・・)。
青い空にのみ"生"を感じるキルドレと呼ばれる彼らの"空"を擬似的にですが体感できたように思います。

このシリーズ、ハード・カバー本では6冊(『スカイ・クロラ』、『ナ・バ・テア』、『ダウン・ツ・ヘヴン』、『フラッタ・リンツ・ライフ』、『クレィドゥ・ザ・スカイ』、『スカイ・イクリプス』)刊行されていて、短編集の『スカイ・イクリプス』が最新刊ですが、残念ながら文庫化されていません。希望的には全巻、ハードカバーで揃えたいところですが、1万円を超えてしまうので、金融不況の折ちょっと手が出ません。
早く『スカイ・イクリプス』の文庫版が出ないかなと心待ちにしています。

それと、昨年上映されたアニメ版『スカイ・クロラ』が、いよいよDVD、ブルーレイで発売されますが、今回原作を読んだことでまた違った見方が出来るんじゃないかと映像を観るのがとてもら楽しみです。

日本マクドナルドが過去最高の増収増益!!


昨年10月から急転直下の景気悪化で自動車や家電などのメーカーが軒並み減益減収で赤字を出している中、この日本マクドナルドやユニクロ、トイザラス、任天堂など大不況というすごい向かい風の中、増収増益というのはスゴイです。


客のニーズをしっかり捉えた企業戦略が実を結んでいる結果として学べきところは多いように思います。


マクドナルドは、時々行きますが、いつも家族や学生でいっぱいです。ちょっとコーヒー飲みながら本を読もうと思っても席がないことがしばしばありますが、これがコーヒー一杯120円で立ち寄れるお店の盛況ぶりなんですよね。

リーズナブルな商品からボリュームのある商品まで多種多様な商品を揃え、営業も24時間にしたり、あらゆる層の客を取り込んで多売していくというやり方は今の時代にジャストフィットです。



ライジング-20世紀少年


『20世紀少年 - 第2章 - 最後の希望』


待ちに待った第2章。封切り前日にTVで予習、おさらい的な第1章の再編集版が放送され準備万端で迎えた本作ですが、見終えた感想は、複雑にに絡んだ長編の原作をなんとか力技でまとめたって感じでした。第1章が原作に忠実だったのに対し、今作は、大筋を残しつつもかなり内容変更してきた結果、原作を読んでいる場合と読んでいない場合で評価が分かれるかなと思いました。とはいっても、超豪華キャストに監督は堤幸彦、脚本には原作者の浦沢直樹、長崎尚志と日本映画としてはこの上ないスゴイ布陣の作品ということで重厚感があり、ツッコミどころは満載ながら見応えは十分あったんじゃないかと思います。


第1章の2000年12月31日「血のおおみそか」から2015年へと移った第2章は「しんよげんのしょ」を実行すべく周到に準備が進められる中、大きく成長したカンナを中心にケンジの仲間も”ともだち”を止めるべく動きます。

強大な力を持ち、あらゆる権力への介入・掌握、細菌テロ、殺人(この作品では"絶交")、洗脳を行う"ともだち"の行為を見ていて、そんな遠くない前に「サリン事件」を起こした宗教集団をついつい連想してしまいます。一見有り得ないような作品世界は、まったくの絵空事ではないということを思い知るのでした。


キャストについては、まずはカンナ役の平愛梨。よく頑張っていたと思いますが、原作ファンである自分が持っているイメージとのギャップが多少ありました。これはいろんな意見があって仕方ないと思います。ただ、この役はほんっと難しい。それに、カンナとの絡みが多い、小泉響子の存在。今作初登場の小泉響子役、木南晴夏がイメージ、所作、挙動があまりに似すぎていて、原作は彼女がモデルだったんじゃないかと思わせるほどで、カンナの印象が薄くなったように感じました。
ユースケ・サンタマリアのサダキヨはこれまた難しい。顔にかなりインパクトのあるキャラで、第2章の重要な役割を担っています。特殊メイクを施した感じは若干違うかなぁとも思いましたが、頑張っていました。

高須役の小池栄子もかなり頑張っていました。このキャラも表情や動きにかなりのインパクトがあって、忠実に再現するのはかなり困難を極めると思います。そんな中でも彼女なりの高須ができていたんじゃないかなって思います。

挙げればキリが無いキャストの多さですが、第1章から引き続き登場したオッチョ、ユキジ、ヨシツネ、モンチャン、マルオたちは前作同様に安定していましたし、それに加え、初登場した俳優陣も脇をがっちり固めていました。


原作を読んでいると、どうしてもアラ探しというか、内容やキャストにギャップを感じてしまうのは宿命だと思います。なので、評価はかなり曖昧になってますが、荒廃した街や万博を模したEXPO会場、バーチャル・アトラクション、子供の頃の世界など、細かい部分にも配慮した映像は素晴らしいものがあります。原作を読んでいるための功罪はいろいろとありますが、逆にこれもまた映画を観る楽しみでもありますね。細かい矛盾、圧縮した内容は、観客の想像力に任せたって感じかなと思います。

ただ、気になったことがひとつ。要所となる場面に出てくる人物、セリフ、アイテムを頭に入れておかないと作品に置いていかれそうな気がしたことです。限られた時間でスピード感とメリハリのある映像を見せようとすると仕方がないのかもしれませんが、言葉や人物に秘められた謎かけやキーワードがおもしろさを倍加もさせ、半減もさせます。これも複雑に絡む長編ゆえの難しいところなんでしょうか。

少なくとも人物相関(ケンジやその友達の大人時代、子供時代を一致できるように)は予習しておいたほうが良いかもですね。


とまぁ、なんだかんだいってもやっぱり第3章が気になります。