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ライジング

脈略のない乱文・乱筆の嵐.....そう雷神goo

春の甘く軽やかな風がスーッと窓から入ってきて、
部屋にあるカレンダーを揺らし、
読みかけの小説のページをめくり、
ストライプのシャツを躍らせる。

そんな春の風を感じたときなんだかちょっと優しくなったような気がした。
昨日の自分よりほんの少し。

いつもの朝だけど
いつも通る道だけど
いつも会う人だけど

それぞれのシーンが
とってもやわらかく感じられる
心がふわふわしてる
ただそんな気がしてるだけかもしれないけど

春に吹く風には
幸せを運ぶ魔力があるんだろうか

夢や希望を抱いて
それが叶わぬことであっても
風がそっと吹き抜ける

どんなに苦しくて
くじけそうになっても
風が頬をなでる

それだけで
あなたは
全ての扉を開け
包み込んでくれる



熊木杏里 / 春の風


ライジング-桜



桜花といえば競馬を思い出しますが、桜前線も日本列島を北上し、西日本では、いよいよ最後の舞を舞って憂愁を飾ろうとしています。


桜並木の歩道を歩いているとたくさんの花びらが舞い、土に還ろうとしている桜花の中に5枚の花びらがそのままの花を見つけ手のひらに乗せてました。

薄桃色の花びらの根っこはほんのり頬紅を塗っているようで、控えめで可憐で落ち着いた佇まいが何とも言葉が出ず、そのあまりに愛くるしい姿に思わず感動したのでした。


  ひさかたの

      光のどけき

          春の日に

  しづ心なく

      花ぞ散るらむ


教科書や百人一首にも出てくる紀友則のあまりにも有名な歌ですが、平安の世でも、春の花、桜を指して、桜が散るのを惜しみ、儚い姿に哀愁を感じる、桜を愛する心は今も昔も変わらないんだなぁとこの歌とともに改めて感慨に更けるのでした。


  サクラ


また、来年もたくさんの人を魅了し癒し見事に咲き誇ってほしいですね。


”さんざん”

九九でも山が3つでもありません。


”散々”のほうです。


悲惨が3つで”惨々”かもしれません。


1つ目は


お札の両替機で5000円を両替したんですが、さぁ、お金を使おうと思ってお財布をあけると3000円しか入ってませんでした。何ででしょう?両替機で2000円取り忘れたかその辺に落としたかだと思うんですが、不思議でたまらなかったんですが、その後にジワーッとくる悲しみは膨らむばかりでした。


2つ目は


台所の食器を入れてある食器入れに入っている、包丁で薬指を3,4cmくらい切っちゃいました。指を切腹するのってぐらい斜めに"グルーッ”と。

その切った包丁というのが、つい先日包丁研ぎに出していて、今日、帰ってきたところのまさに”斬鉄剣”状態の刃の餌食となりました。切ったときは電気が走り直後は血もあんまり出なかったのですが、水につけて消毒すると出るわ出るわの大量出血となりました。とりあえず、今は血も止まって大きな絆創膏を貼ってキーボードをパンチしています。最近では一番の大けがになりました。自慢げに言うようなことではないですが・・・。


3つ目は


ヤフオクでDVDを落札しようと金額を2000円と入れたつもりが5000円となっていたことに気づいて、どうしようと思ってたんですが、マニアックなDVDだし、まぁ、ライバルもいないだろうから、少々値段が高くなってもいいかなぐらいで、”落札おめでとう”メールを楽しみに家に戻ってパソコン起動して結果見たら、な、な、なんと6000円で落札されていました。これにはかなりショックを受けましたぁ。他人からすると、どうってことないことなんですが・・・。


とまぁ、貧相で陳腐でおバカな3連発の”今日の散々”。

こんなに重なると逆にスペシャル・デイじゃん!!ってポジになったりします(えっ?ただの”アホ”って・・・)。

まぁ、悪いこともあれば良いこともあるということで、前向きに、バイオリズムを信じて、

明日は良い日でありますように

前の記事、ダラダラと長くなっていつものようにまとまりのない内容になってしまったように思いますが、懲りずに書いてみます。


ミサイルが飛んできたらどうする?

敵が攻めてきたら?


これは何も日本だけがというのではなく地球全体、飛躍して言えば宇宙全体でということです。


これについて、自分がまず考えるのは、ミサイルが飛んでくる、攻めてくることを防ぐのではなく、それ以前に全ての武器、兵器を捨てた世界を作ることです。

ジョレ・ノンンの「イマジン」のように、争いの無い、人種も宗教も思想も全てに国境の無い平和な世界を想像すると自然に笑顔になりませんか。

こんなことを言うと、何をバカな夢物語や理想を超えた空想を言ってるんだという意見もあると思います。それはもっともです。でも、この理想を掲げてそこを目標に進まねば永遠に争いは無くならないし、地球が滅亡するリスクは上がる一方です。


以前にも記事にしましたが、暴力に暴力で対抗しても何も解決しないということです。今流行の不良の喧嘩とは違います。殴り合って相手を認め合うなんていう美談は決して生まれません。それは、これまでの戦争や紛争を見ても分かります。恨みは恨みを呼び、不幸が不幸を呼ぶ、どちらかが滅びるまで続く凄惨な結末を迎えます。世界の警察たるアメリカがこれまで経験してきた戦争を見ても分かりますね。どんなに強力な武器、圧倒的な兵力を持っていても、思い通りに制圧できるものではないことを。


とにかく一切の武器、兵器を放棄・破棄する。これは壮大な仕事です。いま地球上に有る武器、兵器を使えば、この地球自身を何度も破壊するだけの力があるといいます。戦力を保持することで保たれているパワーバランスを縮小していくのはとても容易じゃないです。

なので、まずは、率先して日本が自衛隊を解体して救助隊にし、今ある、武器、兵器は全て処分する。
当然、日米安保も見直し、米軍基地は全て退去してもらう。

じゃあ丸腰、丸裸の状態で敵が攻めてきたらどうするのか?
そりゃあ戦います。平和を愛し、家族、友人、師弟、たくさんの人を愛し守るために戦います。素手とか身近なものでなりますが。ミサイルの場合は非難するしかないです。

ですが、はっきり言って武器を一切放棄し平和を訴えている国に攻め込むような世界はもうすでに"THE END"です。こういうことが罷り通るような世界ではないと信じています。それにきっと世界中の人民が蜂起します。


だから、一切の兵力を持たない平和推進国家として、リーダーシップを取って国家間のパワーバランスを調整しながら軍縮を進めていくっていうのはちょっとぶっ飛んでるかもしれませんが、そんな愚案でもないと思いませんか。


中学の担任がクラスの全員に言われた言葉を今も大事にしています。

「苛められたらオレに言ってこい。苛めた奴を叱ってやる。叱ってもまた苛められたら、また叱ってやる。何度でも何度でも叱ってやる。だから何度でも言って来い」。

これは平和への一歩に通じるんじゃないかと思います。


暴力に対して暴力で立ち向かっては何の解決にもならない。

行き着くところはどちらか一方あるいは両方の破滅。

言葉や態度はどんな武器よりも勝ると思っています。


これからの”平和に対する日本の取るべき道”についてはきっと千差万別、十人十色、いろんな意見、主張、考えがあると思います。1億人以上もの人が全員一致して同じなんてことはありえません。

学校や会社、ひいては家庭、友人同士など、いろんな人の単位でも意見が一致することは、難しく稀であることは承知の事実であると思います。

そんな中で自分の主張に対して”非”を突きつける人を納得させるというのはかなりの困難なイバラの道であることは間違いありません。


現実と理想の壁を壊すのには相当な覚悟と努力、粘り強さが必要だと思いますが、決して無理でないはずです。政府に対して、今だけを見るんじゃなくて、10年先、50年先、100年先の未来を見た平和へのビジョンを考えてもいいんじゃないかと思います。


...終わり


ここに書いたのは、あくまで個人的な意見で是非は当然あると思いますが、たくさんの意見を出し合って真剣に考えることは平和への一歩になると信じています。

長い長い記事になってしまって読みにくくてまとまりのない文をここまで読んでくれた方に感謝です。ありがとうございました。


『国防』という言葉、ウィキペディアには”外敵の侵略から国家を防衛すること”とあります。

北朝鮮が日本の再三の中止要請を無視して発射したミサイルが日本本土を通過したというニュース報道で、しきりに”国防”についての議論が成されています。今回のこの北朝鮮の行為は、国のあり方以上に”自分ならどうするか”と考えるよい機会にはなったと思っています。

”ミサイルが飛んでくるかも”とメディアや国からめちゃくちゃ煽られても、国民はというと普通に花見に行き、行楽を楽しみ、ミサイルが飛んでくるからと非難している人なんてほとんど見かけませんでした。これは国がちゃんと防衛してるからなんでしょうか。違いますよね。ミサイルが着弾し破壊された街を見たこともなければ、ミサイル自体、TVや映画、ゲームの中の非現実的なものとして認識していて、まったく危機意識の無い表れだと思いました。実際には、ミサイル危機なんて以前から1年365日、24時間に続いています。今回、北朝鮮が事前通告してきて、アメリカの偵察衛星がミサイル発射台を捕捉したから動向を監視できていましたが、事前通告も無く、偵察衛星が捕捉できていなかったら、まったくアウトです。何度も間違える防衛ネットワークで何が”完璧な対応”なんでしょう。


今回のことで防衛費を上げてもいいという声がたくさん上がってるとも言ってましたが、ほんとにそんなことを考えている国民がたくさんいるんだったら、とても悲しいことです。毎年3兆円以上も使っている防衛費を上げて、社会保障、医療、教育いろんなものを犠牲にするのが正しいのか、こういうことも考えてのことか問いたいです。

しかも、ミサイルや兵器を持っているのは当たり前ですが、北朝鮮だけではないです。北朝鮮以外にもロシア、中国、イラン、インド近隣の国にはたくさんの兵器保有国があって、”もしも”を考えるといったい今の何倍の防衛費がかかるんだろうかと思います。絶対打ってこない保証も無いし、絶対これで大丈夫なんて防衛も無いんですから。


そういうことを考えていくと、これから”日本の進むべき道、日本の取るべき行動”を国民が真剣に考えなければいけない時に来てるんだと思います。


アメリカとの同盟関係によって圧倒的な兵器や軍隊、それに核の傘に守られている形になっている我が国。アメリカの基地があちこちに点在し、日本の国内に核兵器が持ち込まれているかもしれない現状。一方で、非核3原則を掲げて、核廃絶を訴え続けている我が国。まったく矛盾していても「仕方がない」とか中には「時代が時代だけに日本も核を持たざるを得ない」なんていう本末転倒な意見まであります。



『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』
『前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない』


たびたび議論になるこの日本国憲法第九条。

いろんな解釈のできるこの条項ですが、「とにかく、戦争や紛争解決に武力を使わない。そのために戦力となるような軍は持たない」とはっきりと宣言しています。

なのに、"軍"ではないからとアメリカの圧力も受けながら自衛隊を作り、今では世界でBEST5に入るほどの防衛費を使っている日本。

おまけに、イラク特措法なんて別に法令を作って、海外へ国際紛争解決のために派兵する。まったく矛盾だらけです。 アメリカの圧力に”日本の立場も分かってくれよ”と言わんばかりに強行する一連の行為にとても危機感が募ります。


いったい日本はあの悲惨な戦争から何を学んだのでしょうか。先人が流した血、散らした命をどう受け止めているのでしょうか。

太平洋戦争から60年以上を経て、戦争体験者も減り、映像や体験談から見聞きすることもどこか遠い昔の事件のように思われてきて、日本史の教科書の中の出来事、"関が原の合戦"のようなまったくリアル感の無い出来事のようになってきてるんじゃないかと思えてなりません。


こんなことを書いていても、これはあくまで理想、夢物語のようなことで、

じゃあ日本はどうすればいいの?

ミサイルが飛んできたらどうするの?

敵が攻めてきたら?


と、

めちゃくちゃ長くなってしまいました、この続きは次回に....