ライジング -20ページ目

ライジング

脈略のない乱文・乱筆の嵐.....そう雷神goo

昨日、NHK「SONGS」のカーペンターズ・トリビュート番組観られた方も多いんじゃないかと思いますが、4月22日はカーペンターズの結成40周年ということもあって、ラジオでも名曲がたくさん流れているように思います。
それにしてもカレンが亡くなって16年にもなるんですね。カーペンターズをCDでちゃんと聴いたときにはカーペンターズとしての活動が永久に止まっていました。あのときはほんとに悲しかったです。
ジョン・レノンのときもそうでしたが、彼等の生歌や新作を永遠に聴くことができない、リアルタイムの彼等を感じることができないと思うととてつもなく深い悲しみと無常感に包まれます。
そして、そんな気持ち引きずってカレンの映像なんかをみるとたまらなく涙が溢れました。
今でもカレンの歌っている映像を見ると涙が滲みます。軽快なはずの「Top of The World」でさえ。なので、誰かとカーペンターズの映像を観るのはなるべく避けるようにしています。

番組では、リチャードも出演されて、「(They Long To Be) Close To You / 遥かなる影」をカレンと共演というたまらない演出や、彼から発せられたカレンが亡くなって”歌声を失った”という言葉に涙・涙でした。

ゲストの小林明子さんも「Yesterday Once More」をカバー。彼女自身も『A Song For You~カーペンターズ・アンソロジー~』というトリビュートアリバムを出されていてカーペンターズには並々ならぬ思い入れがあるようでほんと素晴らしい歌声に感嘆・感激でした。


戻すことの出来ない時間、戻る事の無い時間
呼吸も心臓も止まりそうになる
そんな苦しい思いと焦燥感に支配され
行き場を失う自分
でも、時間とともにそれは諦めに変わり、
進むことを、進んでいることを受け入れ
また一歩一歩と歩んでいく
いつしか振り返ったとき
あの想い出の歌声が映像が
鮮やかに蘇る


そんなことを思いながら
大好きな『I Need To Be In Love (青春の影)』を聴いてまた涙します。



Carpenters / I Need To Be In Love (青春の影)


ライジング-スラムドッグ$ミリオネア


『スラムドッグ$ミリオネア』


久々のレビューは、予告に”みのさん”が出てくるアレです。

アカデミー賞を総ナメにして話題騒然、最高傑作の呼び声高い『スラムドッグ$ミリオネア』。


舞台となるインドのムンバイには、急速な発展を遂げている都市としての顔の裏に、子供も例外なく労働を余儀なくされ、ロクな教育も受けられず、食い扶持(ぶち)として売春や人身売買までも横行し、街中では宗教間の争いや暴動までも発生する疲弊し荒廃したスラムの顔が存在します。

死が日常にありながら、その生と死の狭間のギリギリのところを駆抜けていく子供たちの緊迫感、恐怖感そして疾走感、この作品はワンダーの連続です。

ミリオネアで億万長者になろうとする青年のファイナルアンサーに隠された過酷な運命はあまりにドラマティックでセンセーションです。

時には、、失望感、絶望感、無力感を感じながら、ほんの小さな光に希望を見出して子供は青年は駆けます。「トレインスポッティング」の疾走感はこの作品でも表現されていて、ジェットコースター・ムービー的な映像は、ドーパミンが止めどなく溢れ出ます。


フィクションでありながら、有り得ないと思いながらも、今現在も、勝者の裏にいるスラムの人たちの暗闇も感じられる広く深く考えさせられる部分も持ち合わせている。とってもダークで目を覆いたくなるような場面もありながら、どこか透明ですごくクリアな部分も見せる。ほんとに不思議な作品です。


そしてこの作品の魅力のひとつには、うまくインド映画がミックス、凝縮されていることも挙げられます。一時期、”マサラムービー”としてインド映画がブームになりましたが、あの長時間で踊り歌いまくるインド映画がちょっと苦手って人も結構いましたよね。あのテイストは含みつつもあのしつこさは無く、あっさりトンコツって感じでうまく融合したまさにミラクルムービーという感じです。


ほんっと、ダニー・ボイル監督やりましたね。というかやっちゃいましたね。

ハリウッドや映画産業自体、不況も手伝って手詰まり感のある中、新興国インドに目を向け、新たなステージに向かっているそんな予感がしました。

この作品は映画の歴史の中でエポックメイキング的な役割を果たすかもしれません。


とにかく全て知らない役者さんですが、主人公ジャマールも兄サリームもラティカもまんまそこのスラムにいる子供であり青年であることの違和感がまったくなく(インドの人が見たら違和感あるのかもしれませんが・・・)、大人はもちろん子供もあんなに自然に作品世界を作りあげているのが本当に素晴らしかった。役者さんたちの貢献も相当なものです。


2008年のアカデミー賞作品は傑作、佳作揃いで、早く「愛を読むひと」、「ザ・レスラー」観たいです。

その前にこの作品、もう1回か2回は観たいなって思ってます(もちろんレイトでね)。

メキシコから発信した(であろう)"豚インフルエンザ"がWHOより新型のインフルエンザと発表され、警戒レベルも3から4へと引き上がり、まさに世界規模での対策、対応が必要となってきました。

日本ではまだ感染者はいないとされていますが、人、モノが常に海外と往来しているので、感染者が発生する可能性は大いにあります。

日本でも、水際での感染者食い止め、ワクチンの開発、抗インフルエンザ薬の備えとか言われていますが、果たして危機管理がどれだけできているのかとても不安です。

まさかの時、国から地方へ、地方から市民へスムーズに伝達し徹底できるのか?地方ではこれから緊急の対策を考えるなんてところがたくさんあるそうです。これまで数々やってきた後手後手に回るなんてことは、今回のような事象では許されません。

何十兆円も借金してバラ撒くお金があるんだったら、民の命を守るところへ優先的にお金を使うべきと思うのですが、そういうのを訴えている人の声はあまり拾おうとしない国、メディア。このバラ撒き効果かどうか分かりませんが内閣や与党の支持率がどんどん上がっているのが不思議でなりません(これぞネコ騙しって気がします)。

経済を刺激すればV字回復し底上げされて国民全体が豊かになるなんて神話はもうありません。日本は、これまで海外に依存し金儲けに走りすぎました。先進国で突出して景気悪化しているのもこれまでの反動、ツケが一発に来たっていうのもひとつの要因じゃないかと思います。


そういう話はさておき、今後、警戒レベルがフェーズ5になったとき、渡航制限や物流の鈍化が、経済をさらに悪化させ、社会不安を広げる可能性があります。

とはいってもメディアでしきりに言われている90年前のスペイン風邪のように世界で4000万人もの人が命を奪われるなんてことがあったら大変です。まさにパンデミックです。


政府が言うように豚についてとか過剰に反応する必要は無いと思いますが、マスクや滅菌・消毒液の備蓄、起こってはならないですが、まさかの為に(パンデミックだけじゃなく自然災害にも備えて)食糧、水などの備蓄をしておくのもいいと思います。

すっかりご無沙汰になってしまいました。

ここまで放置するとBLOG存続の危機かなと思ったりします。

もし、こんなBLOGでも読んでくださる方がいたらほんとに申し訳ないと思いつつ、相変わらず、映画三昧な日々です。

そんな日々の中、ついにというかやっとというか「定額給付金」の申請書がやってきました。



で、見てまず思ったことがります。

各市町村で、申請書の内容について書体やレイアウト、文面の違いはありますが、これは


ダメ


です。

とにかく申請書本体の文字が小さすぎる!!


限られたスペースに入れ込むのは難しいというのは、以前、ソフトのマニュアル作成の経験があるのでよく分かりますが、この申請書の対象はお年寄りだってたくさんいます。あれだけ文字ピッチが小さいと虫眼鏡使わなきゃ読めないです。そんな読み方を強いられたために文面の大事な部分が欠落してしまう。十分ありえます。申請書の不備で返送されることが多いと聞きますが、頷けますね。


それともうひとつ気になったのは


給付金を希望されない方は要否に×を入れてください


ってあるんですが、希望されない場合のその給付金はどうなるんでしょう。それと申請の期限が設けられているので、期限切れになった場合の給付金はどうなるんでしょう。

たぶんその市町村か国の歳入になるんでしょうけど、何かおかしくないですか?

税金や保険のような国、地方に支払わなければいけないものは、滞納すると、督促や滞納の手数料を取ったり差し押さえされたりとすごいペナルティを課すのに、年金やこの給付金のような国民へ支払うものには1回きりの通知で、期限がくれば支払いませんっていう姿勢。事務処理なんかが煩雑なのはわかりますが、国が決めて全ての民に一律に与えたものだったら、もうちょっと手厚くケアするのは当たり前じゃないかと思うんですが、違いますか。常々思いますが、モノの考え方、目線がまったく国民じゃないですね。


そもそも年金問題で発覚した不払いが未だにされていないのに、こういうバラマキのお金だけはさっさと給付する政府与党は決して許せません。なぜ、内閣支持率が上がるのか不思議でならないし、追加の補正予算を礼賛している人達にも小首を傾げてしまいます。

福祉目的ではない単純な消費税上げをするための土台を作ってるのに・・・

きっとこのままの政府が続けば近い将来消費税15%とか18%とか十分ありえますよ。それに国民年金の給付年齢引き上げ、年金、介護保険、健康保険の更なる料金引き上げ、これもかなりありえます(年金は毎年上がってます)。


この国はチェンジできないんだろうか。はぁ~

朝日新聞に昨日、今日と、大学教授の痴漢行為(強制わいせつ罪)に対する最高裁の上告審判決で”無罪”が言い渡された記事が掲載されていますが、この記事を読んでいてゾッとしました。


この痴漢事件、目撃証言が無く、被害者の証言のみで審理がされ出された1審、2審では”懲役1年10ヶ月”の実刑判決が出ていました。

結局、最高裁まで争われたこの事件、結果、5人の裁判官の意見は別れ、3対2の薄氷を踏むような差での逆転”無罪”。もし、この裁判官の多数決の数が逆であれば、大学教授は実刑を受け犯罪者としての人生を送ることになっていました。

そして、この事件記事を読んでいて、映画「それでも僕はやってない」がダブりました。主人公は最後まで無実を訴え続け、家族、友人、知人に助けられていく姿以上に強烈だったのが、半ば”黒”(犯罪者)と決め付けられ、警察や司法が犯罪者として誘導していく中、主人公は何度も心は折れそうになり、疲弊していく様です。それを思い出すと、3年間、この大学教授が受けてきたいろんな制裁や苦痛に心痛みます。


ただ、この映画(結末は作品観てください)でもそうですが、証言や証拠を挙げていくと意外な真実の道が出来る場合があります。

どんな事象も”絶対”ということがありません。この事件にしても”白”だとは言い切れません。でも、真実は1つです。女子高生が正しいのか、大学教授が正しいのか結局本人のみぞ知るなんです。


人は自分に不利益となる場合、嘘を付きます。政治家でも企業のトップでも平気で嘘を付きます。子供には「正直で誠実であれ」と教えながら、何度も何度もTV画面で醜態を見てきているのに言い逃れ責任逃れを繰り返しています。これは人間の性なんでしょうか。


真実、虚実を見極めることの難しさを思い知ります。

来月から裁判員制度が始まります。人の人生の岐路(ひいては生死)を決める大きな1票になることを肝に銘じなければいけません。


でも、こういう事件って人事じゃないんですよね。
満員電車の中で女子高生に「この人、痴漢です」と叫び号泣されたら、その瞬間から人生が暗転することになります。駅事務所に呼ばれ女子高生が勘違いと納得してもらって、その場で身の潔白が証明されなければ、そこから歯車が1つまた1つと外れていくことになります。

1998年以降に下級審では、30件以上の無罪判決が出たそうですが、東京都内だけでも年間2000件以上発生する痴漢事件、この中にはまったく身に覚えの無い人もたくさんいるのかもしれません。

真犯人に間違われて法廷に立つ人のことを考えると、痴漢行為を行っている卑劣な奴等に怒りが増すばかりです。


幸いにも満員電車に乗る機会は極めて少ないのですが、もしそういう状況で傍に女性(特に若い)が居る場合は、両手で吊革を持つとか片手に吊革片手に小説持つとか、吊革のないところでは両手で小説持つとか疑われない状況を作るようにするしかないのかと思います。といっても、かなり前に東京出張で、朝の満員電車を経験しましたが、ほんっとにギューギュー詰めで身動きが取れませんでした。そんなとき、完全な自己防衛なんて難しいなぁと思います。できれば、朝夕のラッシュ時には女性専用車両を増やしてもらってなるべくそういう状況をつくらないようにして欲しいものです。