無罪 | ライジング

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脈略のない乱文・乱筆の嵐.....そう雷神goo

朝日新聞に昨日、今日と、大学教授の痴漢行為(強制わいせつ罪)に対する最高裁の上告審判決で”無罪”が言い渡された記事が掲載されていますが、この記事を読んでいてゾッとしました。


この痴漢事件、目撃証言が無く、被害者の証言のみで審理がされ出された1審、2審では”懲役1年10ヶ月”の実刑判決が出ていました。

結局、最高裁まで争われたこの事件、結果、5人の裁判官の意見は別れ、3対2の薄氷を踏むような差での逆転”無罪”。もし、この裁判官の多数決の数が逆であれば、大学教授は実刑を受け犯罪者としての人生を送ることになっていました。

そして、この事件記事を読んでいて、映画「それでも僕はやってない」がダブりました。主人公は最後まで無実を訴え続け、家族、友人、知人に助けられていく姿以上に強烈だったのが、半ば”黒”(犯罪者)と決め付けられ、警察や司法が犯罪者として誘導していく中、主人公は何度も心は折れそうになり、疲弊していく様です。それを思い出すと、3年間、この大学教授が受けてきたいろんな制裁や苦痛に心痛みます。


ただ、この映画(結末は作品観てください)でもそうですが、証言や証拠を挙げていくと意外な真実の道が出来る場合があります。

どんな事象も”絶対”ということがありません。この事件にしても”白”だとは言い切れません。でも、真実は1つです。女子高生が正しいのか、大学教授が正しいのか結局本人のみぞ知るなんです。


人は自分に不利益となる場合、嘘を付きます。政治家でも企業のトップでも平気で嘘を付きます。子供には「正直で誠実であれ」と教えながら、何度も何度もTV画面で醜態を見てきているのに言い逃れ責任逃れを繰り返しています。これは人間の性なんでしょうか。


真実、虚実を見極めることの難しさを思い知ります。

来月から裁判員制度が始まります。人の人生の岐路(ひいては生死)を決める大きな1票になることを肝に銘じなければいけません。


でも、こういう事件って人事じゃないんですよね。
満員電車の中で女子高生に「この人、痴漢です」と叫び号泣されたら、その瞬間から人生が暗転することになります。駅事務所に呼ばれ女子高生が勘違いと納得してもらって、その場で身の潔白が証明されなければ、そこから歯車が1つまた1つと外れていくことになります。

1998年以降に下級審では、30件以上の無罪判決が出たそうですが、東京都内だけでも年間2000件以上発生する痴漢事件、この中にはまったく身に覚えの無い人もたくさんいるのかもしれません。

真犯人に間違われて法廷に立つ人のことを考えると、痴漢行為を行っている卑劣な奴等に怒りが増すばかりです。


幸いにも満員電車に乗る機会は極めて少ないのですが、もしそういう状況で傍に女性(特に若い)が居る場合は、両手で吊革を持つとか片手に吊革片手に小説持つとか、吊革のないところでは両手で小説持つとか疑われない状況を作るようにするしかないのかと思います。といっても、かなり前に東京出張で、朝の満員電車を経験しましたが、ほんっとにギューギュー詰めで身動きが取れませんでした。そんなとき、完全な自己防衛なんて難しいなぁと思います。できれば、朝夕のラッシュ時には女性専用車両を増やしてもらってなるべくそういう状況をつくらないようにして欲しいものです。