『国防』という言葉、ウィキペディアには”外敵の侵略から国家を防衛すること”とあります。
北朝鮮が日本の再三の中止要請を無視して発射したミサイルが日本本土を通過したというニュース報道で、しきりに”国防”についての議論が成されています。今回のこの北朝鮮の行為は、国のあり方以上に”自分ならどうするか”と考えるよい機会にはなったと思っています。
”ミサイルが飛んでくるかも”とメディアや国からめちゃくちゃ煽られても、国民はというと普通に花見に行き、行楽を楽しみ、ミサイルが飛んでくるからと非難している人なんてほとんど見かけませんでした。これは国がちゃんと防衛してるからなんでしょうか。違いますよね。ミサイルが着弾し破壊された街を見たこともなければ、ミサイル自体、TVや映画、ゲームの中の非現実的なものとして認識していて、まったく危機意識の無い表れだと思いました。実際には、ミサイル危機なんて以前から1年365日、24時間に続いています。今回、北朝鮮が事前通告してきて、アメリカの偵察衛星がミサイル発射台を捕捉したから動向を監視できていましたが、事前通告も無く、偵察衛星が捕捉できていなかったら、まったくアウトです。何度も間違える防衛ネットワークで何が”完璧な対応”なんでしょう。
今回のことで防衛費を上げてもいいという声がたくさん上がってるとも言ってましたが、ほんとにそんなことを考えている国民がたくさんいるんだったら、とても悲しいことです。毎年3兆円以上も使っている防衛費を上げて、社会保障、医療、教育いろんなものを犠牲にするのが正しいのか、こういうことも考えてのことか問いたいです。
しかも、ミサイルや兵器を持っているのは当たり前ですが、北朝鮮だけではないです。北朝鮮以外にもロシア、中国、イラン、インド近隣の国にはたくさんの兵器保有国があって、”もしも”を考えるといったい今の何倍の防衛費がかかるんだろうかと思います。絶対打ってこない保証も無いし、絶対これで大丈夫なんて防衛も無いんですから。
そういうことを考えていくと、これから”日本の進むべき道、日本の取るべき行動”を国民が真剣に考えなければいけない時に来てるんだと思います。
アメリカとの同盟関係によって圧倒的な兵器や軍隊、それに核の傘に守られている形になっている我が国。アメリカの基地があちこちに点在し、日本の国内に核兵器が持ち込まれているかもしれない現状。一方で、非核3原則を掲げて、核廃絶を訴え続けている我が国。まったく矛盾していても「仕方がない」とか中には「時代が時代だけに日本も核を持たざるを得ない」なんていう本末転倒な意見まであります。
『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』
『前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない』
たびたび議論になるこの日本国憲法第九条。
いろんな解釈のできるこの条項ですが、「とにかく、戦争や紛争解決に武力を使わない。そのために戦力となるような軍は持たない」とはっきりと宣言しています。
なのに、"軍"ではないからとアメリカの圧力も受けながら自衛隊を作り、今では世界でBEST5に入るほどの防衛費を使っている日本。
おまけに、イラク特措法なんて別に法令を作って、海外へ国際紛争解決のために派兵する。まったく矛盾だらけです。 アメリカの圧力に”日本の立場も分かってくれよ”と言わんばかりに強行する一連の行為にとても危機感が募ります。
いったい日本はあの悲惨な戦争から何を学んだのでしょうか。先人が流した血、散らした命をどう受け止めているのでしょうか。
太平洋戦争から60年以上を経て、戦争体験者も減り、映像や体験談から見聞きすることもどこか遠い昔の事件のように思われてきて、日本史の教科書の中の出来事、"関が原の合戦"のようなまったくリアル感の無い出来事のようになってきてるんじゃないかと思えてなりません。
こんなことを書いていても、これはあくまで理想、夢物語のようなことで、
じゃあ日本はどうすればいいの?
ミサイルが飛んできたらどうするの?
敵が攻めてきたら?
と、
めちゃくちゃ長くなってしまいました、この続きは次回に....