昨日から続く雨はまだまだ降り続けて、大雨警報や洪水警報が出ています。読んでいる源氏物語も「嵐」のシーンですが、現実もあちらこちらで被害が出たり避難をしたり。梅雨の恵みは必要ですが強すぎる雨はそろそろ弱まってほしい。
源氏物語 十三帖 明石
前帖の須磨編で起きた暴風雨が続いていて、都も嵐になっています。光源氏が住吉の神や海竜王、神々に願を立てても嵐は一層激しくなり、源氏の住まいに雷が落ち出火します。やっと風と雨が弱くなっていき、眠る源氏の夢に桐壺院が現れます。
桐壺院は「などかくあやしき所にはものするぞ」「住吉の神の導きたまふままに、はや舟出してこの浦を去りね」と勧めます。さらに悲しい事ばかりあって、いっそ渚に身を捨てたいと訴える源氏に、「いとあるまじきこと。これはただいささかなる物の報いなり」と諭し慰めてくれます。院は自分の罪を償うのに、この世を顧みている暇がなかったけれど、源氏が「いみじき愁へに沈むを見るにたへがたくて」と見かねて海を越えてやってきて、さらに帝に言わなくてなならないことがあるから京都にもこれから行くと。朱雀帝の夢に現れた桐壺院は怒りの形相で帝を睨み、叱責し、その後帝は目を患ってしまいます。どれだけ源氏のことを大事にしているのか、このパパは。
桐壺院が源氏と藤壺との関係を知っていたのか、知っていて受け入れ子どもを喜んだのか。知らないで源氏に罪はないと言っているのか、知ったうえで罪はないと言っているのか、読むたびにいつも迷い考えます。はっきりとは最後まで明言されないので。
定説では知らなかった派が主流のようですが、私の中では何となく気づいていたような気もします。それを知らないふりでいたのは、源氏を愛していたから。藤壺を愛していたからというのもあるでしょうけれど、これも私の中では桐壺院が生涯で最も愛したのは桐壺で、藤壺はその形代だったのではないか、藤壺へのその申し訳なさもあったのではとも思ったり。愛しながら守り切れなかった桐壺への想いと、その形見としての源氏への愛。それなのに源氏を降臣しなければならなかった無念と代わりに源氏の子を今度こそ帝にしたいという想いではないか、と頭の中で色々勝手に考えてしまいました。とはいえ知っていたなら、春宮を抱いて小さい頃は優れたものは皆似るのだろうか、なんて言ったら嫌味っぽいし。嫌味など言うとは思えない。そうなると知らなかっただろうか。
舟で迎えに来た明石入道と共に源氏は明石へ移り、明石の君と出会います。文を交わすうちに明石の君に惹かれていった源氏は、明石の君がやって来るなら会うと言いますが、明石の君はそのような形を拒絶します。とうとう光源氏の方から明石の君の元を訪れ、明石の君の歌に六条の御息所に似たものを感じた源氏は、通うようになります。
この辺りは、わざとなのか知っててやっているのかわかりませんが、明石の君の対応は上手い。いくら明石入道に財産があっても受領、源氏とは身分に大きな開きがあるわけなので、下手をすると以前の中の品の女たちのようにいいかげんにあしらわれてしまう危険性もある。プライドからか、身分の違いを恐れ恥じてかわかりませんが、簡単になびかないからこそ、源氏を惹きつけ、そのうえで、ちゃんと自分で優れた資質を見せる機会を作ったわけなので。最終的にそれが幸せであったかどうかはわかりません。登場する女性たちの中で最も現実的な栄華を得たのは明石の君なのは確かですし、子にも孫にも恵まれるので、源氏の心を独占できないことを諦めがついたなら、幸せだったと言えるかもですが。
年が明けて、病状が思わしくない帝は春宮への譲位を考え源氏を赦免します。そして源氏は京に帰ることになりますが、明石の君は懐妊しており、源氏の帰京を悲しみます。源氏は明石の君を都に迎える決心をし慰めます。
二条院に戻ると紫の上は大人びて源氏を迎えます。源氏は復官し、さらに大納言に昇進し、朱雀帝のもとへ参内します。
神戸や垂水に親戚がいるので、あちらにいったことは何度もあるのですが、当時は須磨も明石も京の都からは、非常に遠かったのでしょうね。