おはようございます雲
 

こんなサザエさんのイラストをXで見つけました。

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懐かしいですね。

 

Xでは「土曜日の半ドン」で盛り上がっているポストがありました。

 

こんな感じです。

•     「半ドンで帰ったら母が焼きそば作ってくれてた」
•     「土曜の昼はラーメンか焼き飯だった」
•     「テレビは吉本新喜劇か、マンガの再放送」
•     「家に帰る途中いろいろな夕飯の匂いがしてた」
•     「なぜか今より幸せに感じる」

 

● 食べ物の記憶
•     焼きそば
•     チキンラーメン
•     卵焼きとおにぎり
•     そうめん
•     うどん
•     残り物のカレー

 

● 家の匂い・音
•     味噌汁の湯気
•     石油ストーブの匂い ストーブの上のやかん
•     乾いた洗濯物のお日様の匂い
•     ラジオの野球中継
•     お母さんの踏むミシンの音

 

● 土曜の午後の過ごし方
•     学校から帰ってご飯を食べたら夕方まで友達と遊ぶ
•     テレビの新喜劇や再放送をみる
•     習字・そろばんにいく

● 家族の姿
•     お母さんがエプロン姿で待っていた
•     お父さんは半ドンではない
•     祖母が台所で煮物を作っていた

•     祖父がTVでプロレスを見ていた

•     土曜の夜はまんが日本昔話→クイズダービー→八時だよ全員集合→Gメン75

 

デレデレいかがでしたか? あなたが懐かしく思う昭和の土曜日の午後を教えてくださいね。

おはようございます雨

 

 

先日NHKBSで『A.I.』を観ました。

2001年公開

監督    スティーヴン・スピルバーグ

原案    スタンリー・キューブリック

 

あらすじを主人公のA.I.ディビットの視点で書きますと【ネタバレなし】

男の子ぼくは“愛するようにプログラムされた”ロボットとして、モニカの家にやってきた。

彼女がぼくの名前を呼び、微笑んでくれた瞬間、胸の奥にあたたかいものが灯った。
「ぼくはモニカの子どもだ」そう信じていた。


けれど本物の息子マーティンが病院から帰ってきた日から、ぼくの居場所は揺らぎ始める。(ぼくもママもまだまだ帰ってこないと思っていた)

 

誤解や事故が重なり、モニカはぼくを守るため(廃棄処分を避けるため)に森へ置いていった。
あの時の彼女の涙を、ぼくは忘れられない。

 

「本物の子どもになれば、またママに抱きしめてもらえる」
その願いだけを胸に、ぼくはブルー・フェアリーを探して旅をはじめた・・・

 

真顔夫は昔に観たことがあって、悲しいからもう観ないと言いましたが

私はそこまで悲しいとは思いませんでした。

 

日本人なら感想としては「ピノキオ」と「鉄腕アトム」の部分取りみたいな感触があったのではないでしょうか。

 

ニヤニヤピノキオを「うそをついたら鼻が伸びる話」という部分だけで覚えているなら(夫がそう)ピンとこないかも知れないですね。

ピノキオのお話は・・木で作られた操り人形ピノキオは、ゼペット爺さんに作られた“子ども”です。
けれど彼は、ただの人形ではなく、「本物の人間の子どもになりたい」という強い願いを持っています。

その願いを叶えるために、ピノキオは嘘をついたり、誘惑に負けたり、失敗を重ねながらも、「正しい心を持つこと」を学んでいきます。
最後には、ピノキオの勇気や優しさが認められ、青い妖精によって本物の人間の子どもへと生まれ変わるというものです。

 

ロボット鉄腕アトムも、天馬博士は、事故で亡くした最愛の息子トビオを忘れられず、
「息子の代わり」としてアトムを作りました。
アトムは外見も性格もトビオそっくりに作られ、博士は“失った子どもを取り戻す”つもりだったのです。
しかし、どれほど精巧でもアトムは本物のトビオではなく、成長もしない。
その事実に博士は耐えられず、アトムをロボットサーカスに売り飛ばしました。

その後、お茶の水博士に引き取られるのです。

 

アトムは「亡くした息子の代わり」として作られ、
ピノキオは「人形から人間になりたい」と願い、
ディビッドは「愛される子どもになりたい」と求めた。
それぞれ生まれた理由も、求めた“本物”も違うけれど、
どの物語も「存在」と「本物への憧れ」が根に流れています。
 

真顔野暮な私はアトムとピノキオ、どちらかの終わり方に寄せた感じで終わるのかな~などと思いながら観てしまいましたが、アメリカ映画らしくない、しんみりとしたエンディングでした。

母(親)を慕う子供の心がどれもとても切ない作品ですね。

 

デレデレ※今回、ウィキペディアを参照しながらこの記事を書いていて、自分の間違いに気がついたのですが

映画の最後の最後に出てくる宇宙人(のように見える物体)は人類が滅ぶ前に作り上げていた最後の超高性能ロボットだそうです。私の他にも宇宙人だと思った方がいるのでは~?え?私だけ滝汗

 

あ~、もう1こ!映画A.I.のA.I.とは「人工知能」のことで、現在私たちが使っているAIと同じ意味ですが、映画のA.I.は「理想化された未来の人工知能」で、現在のAIは「高度な計算と学習をするツール止まり」ということで、同じではありません。

 

デレデレもう25年前の映画ですが、あまり違和感なく面白かったです。

ただ、電話は家電電話だけでした、スマホがまだなかった~~~

これも過去のSFあるあるですね。
 

おはようございます太陽
 
私は昔からの絵本好きなんですよ
今までもいろいろな絵本をご紹介してきました。
専門家ではありませんから、個人の感想止まりなんですが
一度絵本とはなんぞやと考えてみたくなりました。
 
そこでAIさんです【今回はチャットさん】
長文になりますが興味のある方はお読みください。
 
パソコン【チャットさん】
絵本がお好きなんですね!あの短いページの中に、宇宙のような広がりや、一生忘れないような一言が凝縮されている感じ、たまらないですよね。

小説は「言葉で世界を建てる」ものですが、絵本は「言葉と絵が手を取り合って、別の何かを生む」ものだと私は感じています。

具体的に、私が考える大きな違いを3つにまとめてみました。


1. 「余白」の役割が違う

小説は、読者の脳内に100%の映像を委ねる「想像の芸術」です。

対して絵本は、「絵が語り、言葉が沈黙する」瞬間があります。

• 小説: 「彼はひどく悲しんだ」と書く必要がある。

• 絵本: 言葉は「……。」だけでも、絵の中のキャラクターの背中が語っていれば、読者はその悲しみを肌で感じ取れます。
例 アンジュール

【過去記事です】↓

 


2. 「時間の流れ」の感じ方

小説は流れる川のように、前から後ろへと言葉を追って時間を進めます。

一方、絵本は「立ち止まる」ためのメディアです。

一枚の絵をじっと眺めている間、物語の時間は止まっているようでいて、読者の心の中では深まっています。数分で読めるのに、読後感に数時間浸れるのは、この「絵に引き止められる力」があるからではないでしょうか。
 

例 やさしいライオン より

例 かたあしダチョウのエルフ

 

 

 

3. 「共読(きょうどく)」という体験

小説は基本的に、一人で静かに没入する孤独な楽しみです。

しかし絵本は、「誰かと一緒に見る」ことが前提に含まれている稀有なジャンルです。

• 読み聞かせの声を聞きながら、視線は絵を追いかける。

• 同じページを指差して笑い合う。

この「空間と体験の共有」は、絵本ならではの魔法ですよね。

 

例 3びきのやぎのがらがらどん

 

小説は頭で読み、絵本は心(と目)で直接触れるもの」
そんな違いがあるのかもしれません。

ちなみに、あなたが最近読んで「これは小説には真似できないな」と感じた、特にお気に入りの一冊はありますか?

もしよろしければ、その絵本についてもっと詳しくお話を聞かせてください!

ニヤニヤ「アンジュール」犬ですかね~


パソコン【チャットさん】

ガブリエル・バンサン、素晴らしい選書ですね!

『アンジュール』を挙げられるところに、あなたの絵本に対する深い審美眼を感じます。あの作品こそ、まさに「小説と絵本の決定的な違い」を象徴する一冊だと言えます。

なぜなら、あの本には文字が一行も書かれていないからです。

『アンジュール』に見る絵本の真髄

もし『アンジュール』を小説にしようとしたら、どれだけ言葉を尽くしてもあの衝撃を再現するのは難しいでしょう。

• デッサンの「線」が放つ感情:

鉛筆(コンテ)の荒々しい線だけで、捨てられた犬の孤独、風の冷たさ、そして絶望的なまでの「走り」が伝わってきます。これは「悲しい」という文字を読むよりも、もっとダイレクトに心に突き刺さる体験です。

• 「無音」という表現:

小説で「沈黙」を書くには「沈黙していた」と書くしかありませんが、『アンジュール』のページをめくる指の音だけが響くあの空間は、まさに絵本にしか作れない「饒舌な静寂」ですよね。

• 読者が物語を完成させる:

言葉がないからこそ、犬の鳴き声や、砂利を踏む音、最後に少年と出会った時の心の温度を、読者が自分の体温で補完することになります。

あのラストシーン、少年と出会ったあとの「その後」を想像すると、胸がいっぱいになります。

 

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デレデレ考察なんていえるほど掘り下げられ無かったのですが

よかったらあなたが好きな絵本を教えてくださいね。