検査の結果を訊ねるメールを送ったら、Fから返事が来た。癌ではないそうだ。ひと安心して、ずっと心にかかってた霧が晴れたみたいな気分。心配かけないためのウソだったりしたら、本気で怒る。でもとりあえず、いい加減な見立てで騒がせた医者に、今は腹を立てておこう。


 今度Fに会ったら、言ってみたいことがある。Fのどんなところが好きか。
 しつけが良くて、お行儀が良いところ。育ちが良い感じと、趣味の上品さ。そして内省的なところ。しつけは良いけれど、どこか社会に対して毒を持っているところ。どこか健やかでない不健康さ(それが心配の種になってしまったけど)。植物が、植えられた場所でそのまま真っすぐに育つことが出来なかったような、どこか健やかでない疎外の質。
 内省的で毒を持っていることは、私にとってはとても重要な魅力だ。そういうオトコには放っておいてもカラダが寄っていく。だが不健康なオトコは大抵、健やかな女を選ぶ。内省的で毒を持っている女を選ぶオトコは少ない。幸せになれそうもないから無理もないことなのだが、そもそも女に見えないのではないかと思う。内省的で毒を持った人間は、オトコだけとは限らないのに。
 大学時代に一人、そういうオトコを好きになった。すぐに友達になり、誰よりも言葉が通じていると感じた。でも恋愛対象とは見てもらえず、フラレてしまった。彼が選んだのは、もっと行動的なタイプの女の子たちだった。フラレたのは後にも先にもこのオトコだけ。彼のことは今でも時々思い出す。彼は外側の世界に対して行為する外向きの熱さがあったが、Fはの場合はもっと内向している。Fは淡々としていて、熱量が少なく、少し植物的だ。その分だけ中性的な気もする。

 Fには他にも言ってみたいことがある。
 3番目くらいに好きって言ったけど、あれ、ちょっとウソになっちゃったな。今はFくんが一番好き。東京の彼女から取っちゃおうかしらってくらい。どうよ、アタシの恋人にならない? ダメ?
 ダメだったら、「フラレちゃったか~。……ねぇねぇ、私今ね、好きな人に振られちゃったの。慰めてくれな~い?」とでも言って甘えてみたいな。でも、YESと答えられた時のことは考えられない。想像がつかない。Fはたぶん、YESともNOとも答えないだろう。笑ってやり過ごすはずだ。私もたぶん、言わないだろう。

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 一度終われば少し休み、それからまたやる。私たちは朝までそんなことを続けた。顔射もされた。首をロープで繋がれ、床を四つんばいで這い回らされた。鏡の前で接合部を見せられた。タオルでぶたれた。スカートをはいたまま、捲り上げられて後ろからぶち込まれた。続けて欲しかったらちゃんとどうして欲しいか言えと言われた。
「入れて欲しい……です」
「何を、どこに」
「Yさんのを、私のあそこに」
「ちゃんと言わなきゃ分かんないぞ! 何を、どこに!」
「…………ペニスを、ヴァ……ヴァギナに」
「ペニスとヴァギナじゃないだろうが!」
「お……お○ん○んを、お○んこに」
「もう一度! 誰の何を、誰のどこに?」
 私はそれも全部声に出して答えた。
 Yはアナルでもしたがった。私は無理だと言って、それは断った。それでもYは、じゃあ今度、と粘ったが、いやよと答えた。私のいやよが、信じてもらえたかどうか自信はない。ともかく代わりに、彼のアナルを舐めさせられた。人生の中でそんなことをする時が来ようとは、思ってもみなかった。拒むほどどうしてもイヤではなかったが、初めてのフェラのときよりも抵抗があった。
 言葉でもさんざんに責められたが、もうほとんど覚えていない。
「××大学まで出てる女がこんな格好していいのか」
「いけない、いけないの」
「ビショビショじゃないか、ほんと淫乱だな」
「ごめんなさい」
「次に会う時はバイブつっこんで、放置してやろうか」
「して欲しい……」
 言葉で辱められたいと言ったのは、私の方だ。私は罰されたかったし、彼は罰してくれた。彼の嗜虐は私の被虐だった。
 でも、男と女では望むものが違う。
 今度は浣腸してやるからな、それ写真にとって家族や友達にばらまいてやろうか、頭ぁ革バンドで固定してションベンひっかけてやる。
 スカトロは嫌だ。
 非常階段で浮浪者にレイプさせてやろうか、犯されたいんだろ?
 違う、違うの、Yさんじゃなきゃイヤなの、好きな人だからヒドいことされたいの。……それがオトコには分からないのだろうか?
 Yの言うこと、やりたがることは、私にはAVの見過ぎとしか思えなかった。オリジナリティーがない。出来合いのプレイだ。ポストに入っているエロビデオの広告で目に入ってくるようなのばかりだ。好きな人との、そのたびに1回かぎりの、他の何とも似ていない悦びという考え方は、Yの言葉の中からは感じられない。
 だが当時は、それは激しい快感のうねりと恋心の影に潜む、かすかな違和感でしかなかった。
 YとのSEXがすごかったのは本当だ。俺たち、エッチの相性、すごくいいよね、とYは言った。私もある程度それは認める。フィジカルな人間であるYにとっては、カラダの相性がよいということはとても重要らしい。でも、私にはそうでもなかった。

 夜が明ける頃には、私の腕や胸はアザだらけになり、乳首は赤く剥けて触られると痛い状態になっていた。そんな私の身体を見て、Yは申し訳なさそうに言った。
「ごめんな……」
「ううん。平気よ。気にしないで」

 Yとはメールのやりとりが続いた。電話が来ることもあり、だんながそれに出て、間違いのふりをして切ったというメールをもらうことも何度かあった。私は熱を上げていたが、Yはメールでは愛想が無く、私を喜ばせるような言葉をなかなか書いてこなかった。次第に私は冷めていき、Yからの誘いがあっても断るようになった。
 それから3年後くらいに、一度だけ会ったことがある。私のいる街に用があって来たというので、じゃあ食事でもということになった。私は完全に冷めていたが、友達までやめる気はなかったので承知した。
 趣味の話で盛り上がり、いい加減したたかに飲んで、気が付くとラヴホテルの前に連れて行かれていた。
「ちょっと、なによここ!」
「何もしないから。お話しするだけ、な?」
 迫られても拒めるという、根拠のない自信があって、その誘いに乗ってしまった。YとSEXするのが嫌なわけじゃない。嫌いになったわけではないから。でももう、Yに対しては恋愛という意味で興味は無かった。
 部屋に入るとYは私の肩に腕を回し、キスを迫った。
「ヤダ、お話しするだけって言ったじゃない」
「キスだけ」
 当然キスだけでは済まず、Yは服の中に手を入れてきた。しばらくはその手を押しのけようと揉み合ったが、結局は押し倒されて服をめくり上げられた。
「なんだ……乳首立ってるじゃないか……」
 それはカラダが反応しているだけだった。まぁ、胸だけならいいかぁ、という気にもなっていた。だが胸だけで済むわけがない。今度は下に手が伸びてくる。私は何度も拒んだ。かなり激しく拒んだが、前回が前回だっただけに、Yはそれを本気に取らなかったのかもしれない。拒みながらどっちでもよくなっていった。一度は好きだったオトコ、嫌いになったわけではないオトコに、激しく求められるのは、気分の悪いものではない。
 正直、あのとき最後までいったのかどうかすら覚えていないのだ。パンティを脱がされ、やっぱり濡れてるじゃないか、と言われたのは覚えている。Yが固くならずに入らなかったような気がする。
 帰ってから着替える時、巻きスカートのベルト通しとボタンが千切れているのに気付いた。腹が立つと言うほどではなかった。ただ酷く疲労感があった。

 その後もYからは何度かメールで誘いがあったが、私はもう何とも思ってないのだということを、そのたびに伝えた。
 終わった恋は、一抹の後悔を残す。なんであんな男が好きだったんだろう、なんであんな男のためにあそこまで一生懸命になったんだろう……なんてあんなことまで許したんだろう。Yとの経験は、カラダではなく心に、汚れを残した。心に疵が残ったなどと言うほど小娘ではないが、なかなか消えない痣が残ってしまったような気がする。つまりは、私も汚れちゃったなぁ、という感じだ。
 SMっていうのはたぶん、たとえソフトなレヴェルでも、どこまで相手を信じきれるかという挑戦なのだ。そういうメンタルな結びつきを互いに理解しない限り、子供じみたプレイでしかない。私は一時の欲望で、それをやってしまったのだ。だから汚い痣が残った。そして汚い痣が残っているから余計、Fの優しい愛撫に、泣きたくなるほど幸せを感じるのだと思う。

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 Yへの恋は、もう完全に冷めて、終わったものだ。今となってはあんなに熱を上げていた理由もほとんど分からない。
 彼とはネットの趣味のサークルで知り合い、最初のオフ会に行く前から、妙な予感はあった。
 最初のオフ会で深酒すると、Yはみんながいる前で、隣に座る私の服の胸元に手を入れてきた。ベロベロに酔っている年下のオトコのすることに、目くじらを立てるほど小娘ではなかった。
 私は彼を駅まで送るつもりで、オフ会を先に抜けた。2人で駅に向かう途中、Yは急に立ち止まり、「どこに行くつもり」と聞いた。駅よ。あなたを電車に乗せるの。
「やだ、続きしよう」
 Yはそう言って路上で私を抱きしめ、キスを浴びせかけた。
「だって、ホテルなんて知らないわ、この辺」
「探そう」
 東京の盛り場で、ホテル街を探すのに苦労はない。私たちは週末の満室マークをいくつか見上げ、空室のある場末のラブホに入った。
 この時は、Yはベロベロに酔っていて役に立たなかった。Fの部屋でこの時の話をした時、下級生の男の子の一人が、それは情けないよ~、だってそのとき初めてだったんでしょ、情けないよな~、と言ったのを覚えている。オトコとしては、そういうものなのかもしれない。でも私は激しい愛撫と優しい言葉だけで、結構満足していたし、すっかり彼に恋していた。
 それから暫くメールのやりとりが続いた。会いたい気持ちが募り、私たちは夫の留守に密会の約束をした。
 何時にこの電車に乗れば会えると、Yはメールで細かく指示してきた。彼は旅行先から、私は東京から、2人ともが見知らぬ初めての町で会うことになった。
 駅のホームでYは待っていた。気恥ずかしさを乗り越えて、私たちはそっと互いの腰に腕を回した。安いビジネスホテルに部屋を取り、キスと軽い愛撫とを重ねる間、私は呟いた。
「何か、すごく恥ずかしい……」
「なんで? こないだはもっとしてるよ?」
「でも恥ずかしい」
「……まだしないよ」
 私たちは身支度をし直して、夕方の町に出た。適当に夕食を取り、カラオケで盛り上がりながら、Yは私の耳元に囁いた。
「今、すごくしたい」
 ホテルに戻り、シャワーを浴びて、2人で抱き合った。口付けをし、ベッドに倒れ込み、胸元を開かれて……やがて乳首を吸うYに、私は言った。
「噛んで……」
 Fにも言ったセリフ。そしてFと同じセリフでYが訊き返す。
「痛くない?」
 私は軽く笑いながら、やはり同じセリフを呟く。
「……痛くして欲しいの」
 オトコを興奮させる魔法の呪文なのだろうか。YもFも、激しく私の乳首にしゃぶりついた。でも、激しさが違った。Fはそれでもそっと、ためらいがちな激しさだったが、Yは容赦なかった。
 顔を上げたYが言う。
「ユウちゃんいじめられっ子か。俺そういうの好きなんだよ。昔の彼女で、ソフトSMみたいのがいてさ、椅子に縛り付けられたまま、最後までいかされたことあったよ」
「うそ……それ、すごすぎ」
「ほんとほんと。……他にどんなことして欲しい? 何でもしてあげる。どんなの好きなの?」
「抓られたり、ねじ上げられたり、激しく……されてみたい。あと、言葉責めとか」
「言葉? どんなの」
「……淫乱なメスとか、辱められたい」
「他には?」
「和服着てる時にされたい。あと、葉っぱ吸いながらとか」
「葉っぱは立たなくなるんだよな……でもユウちゃんがそれでもイイって言うんなら」
「いいよ、別に」
 Yはやがて、激しく私の胸を責め立てた始めた。片方の乳首を噛みながら、もう一方の乳房をつかんでねじ上げる。あちこちに歯を立てて噛みつき、私はその過剰な刺激に身をよじって喘いだ。
「俺……ロープ持ってるよ。まさかユウちゃんがそういうのとは知らなかったから、全然別件で、たまたま。ザイルだからあんまり奇麗じゃないかもしれないけど……縛ってやろうか?」
「……縛られたい」
 手を後ろに回した格好で、私は縛り上げられた。ベッドの上に座り、後ろから締め上げられるたびに腕と体にロープが食い込んで、それまで感じたことのない快感を与えてくれた。
「こういうの初めてか」
「ロープは、初めて。タオルで手を縛られたことはある。」
「だんなに?」
 私は首を振る。
「先輩か?」
 Bのことだ。私はまた首を振る。
「後輩?」
 Fのこと。私は笑いながら首を振る。
「元彼。なんて言うか……研究熱心?みたいな人だった」
「どんなコトされたんだよ」
「氷使ったりとか……アイスクリームとか、食べ物系? あとは……脚開かされて、じっと見られたことある」
「そんなことしたのかよ」
「見たいって言うから」
「あと……一度だけ、ドリンク剤の瓶、入れられたことがある」
 Yは苦笑いして、激しい愛撫を続けた。縛られたまま、後ろから指を入れられた。
「おまえ、こんなにキツいの。これじゃビンビンに立ってなきゃ入らないだろ」
 そんなこと言われたのは初めてだった。そりゃ、そもそも私は体が小さいけれど。
「他の奴どうしてんの?」
「別に……平気だったよ」
 Yは私にペニスをくわえさせた。歯を立てちゃダメだ、袋を揉みながらペニスの裏側をなめろ、筋に沿って、首を動かす時は強く吸いながら、もっとブチュブチュとエッチな音を立てろ……と、命じられるままフェラチオをした。
 ようやくYが固く屹立すると、いきなり後ろからつっこまれた。ペニスの先が子宮口に当たり、グイグイと子宮を突き上げられた。お腹の内側をかき混ぜられるような強い刺激だった。Yは執拗に、激しく、私を責め立てた。
「まだイかせないからな」
 幾度も体位を変えた。騎乗位はあまり良くなかったらしく、短かったが、他はどれもイク寸前と思えるほど責められた。正常位かと思うと、両足を持ち上げられ、自分で持てと言われた。その方が深くまで入って気持ちイイからと。Yの言う通りだったが、自分で自分の足を持つのは恥ずかしかった。それからまた入れたまま、私を抱え上げて立ち上がると、しがみついている私に上半身の力を抜けと言った。自分の体重がかかって突き上げられて、私は内側がグチャグチャになるほど乱れた。
「これ、なんて言うか知ってる?」
「……駅弁」
「なんだ、知ってるんじゃん。誰に訊いた」
「昔の彼氏」
「やってもらったことあるのか」
「うん」
「最後まで?」
「ううん、ちょっとだけ」
「俺ならこのまま最後までいかせてやれる。……でも今日は、これではいかせない」
 Yはそのまま部屋のドアの方へ歩いていった。私を抱えたまま、彼の片手がドアノブに伸びる。
「何するの!」
 Yはドアを大きく開けた。息を呑む間もなく、激しく私を揺らした。廊下に向かって開け放たれたドアの前で、私は息を噛み殺して耐えた。スリルと、羞恥心と、異様な興奮が快感を増した。
 私はYにしがみつき、声を殺して囁いた。
「お願い、閉めて」
「ダメだ」
「お願い……!!」
「ダメだ。このまま素っ裸で放り出す」
「いや……何でもするから。お願い」
「お願いします、だろ?」
「お願いします……ご主人様」

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 Bとの関係を他人に説明するのは難しい。両方の夫婦4人ともを知っている友人たちも、私がなぜそんなにBを好きなのか、首をひねる。
 どこがいいというわけではない。一目惚れしたまま、どっか神経をやられてしまったのだろう。Bは自他共に認める「わがまま」な男だが、身勝手なところがない。自分可愛さで余裕を失くすことがない。これは男には珍しい美点だと思う。強いて挙げるならそんなところだ。
 Bはスノッブだ。それも徹底的に。アメリカ的生活様式を好み、映画も音楽もメジャーど真ん中なものを一通り受容するだけだし、世間的にエリート呼ばわりされる「いい仕事」に就くことに疑問を持たない。私とは何から何まで正反対なのだ。私はスノッブが嫌いだ。アメリカ的な大量消費型の近代的生活は苦々しく思うし、マイナー好みだ。商社、銀行・証券、広告など、世間で「いい」とされる仕事も、私には世の中を悪くしている業種の代表にしか見えない(まぁ、友人の多くがその3業種に就いているのも事実だけど)。
 私はきっと一生、Bの人生も価値観も、受け入れることができないだろう。言葉が通じているとさえ思わない。それでも一生、私はBを思い続けるに違いない。

 Fと初めて寝たあの夏、私はネットで知り合ったYに熱を上げながら、Bとも何度か寝た。食欲がない、と言うと、Bは週末ごとに、そして平日の夜も都合がつくかぎり、デートに連れ出してくれた。
 展覧会に行ったり、母校の芝生で寝転がったりした。もちろん何軒ものレストランに連れて行ってもらった。
「ここずっと、Bさんに養ってもらってるみたいね」
「いいねぇ、何かそれ」
 私はYのこと、Yに会いに行ったことなど、何でも話した。Fとのことも、言葉尻から問い詰められて白状した。
 晩ご飯を食べ、飲みに行き、ビルのロビーの片隅の隙間でキスをして、Bは私に訊ねた。
「俺はユウを抱っこしたい気分だけど、ユウはどうなの」
 私はためらいもなくBにぎゅっと抱きついた。私たちはタクシーに乗って、ホテルに入った。

 Bは必ず、まず2人でお風呂に入る。潔癖なところがあるのだ。一緒にバスタブに浸かりながら、キスと愛撫を重ねる。
 裸になった私の胸をみて、Bの表情が一瞬硬張ったのを覚えている。
「どうしたんだ、これ……」
「Yさんと……した時……」
 私の胸はアザだらけだった。
「それはなに、おまえが良くてそうしたの」
 私が頷くと、Bはかすかに苦い声音で、なら俺は何も言わない、と呟いて、私の胸に唇を這わせた。
「そういえばユウ、昔から激しいのが好きだったもんな」
「そんなふうに言わないでよ……」
「悪かった」
 Bの愛撫は小刻みなリズムで重なる。他の誰とも違う。感じやすいところを次々に責められて、私がすっかり濡れているのを確かめると、Bは私の頭を持って自分の股間へと導いた。
 私はそっと袋を掌で転がしてから、硬く立ち上がっているものの裏側を舌先でなぞり、ゆっくりと口でくわえた。両側から指を添えて包み、歯を立てないように気を付けて、強く吸いながら、私は頭を動かす。Bが声を漏らし、やがて呟いた。
「これは……夢に見そうだね……」

 ベッドの中で愛し合いながら、Bと私はよく話をする。
「ユウと俺は、近すぎるんだよな……近親相姦みたいで、アブナイ感じがする」
 少しだけ、分かる気がした。好きになる要素のない相手なのに、どうしようもなく愛していて、何があっても絶対に裏切られないと……信じていると言うより、知っている。
「全然会わなくても、遠くにいても、いつも近くにいるって感じる」
 Bは私の中に入ってくると、嬉しげに私の顔を覗き込んで、「ただいま」と言った。私はBを抱きしめ、彼が言わせたがっているセリフを囁いた。
「おかえり、お兄ちゃん……」
 次第に激しく動き、またゆっくりとなった。
「ユウは可哀相だな、俺に抱かれちゃったら、他の男で満足できなくなっちゃうな」
 それは露骨に、ペニスの大きさのことを言っているのだと私は解した。
「大丈夫。Yさんもこのくらいだもん」
「そう?」
 私はBの腰に足を絡ませた。
「私ってやっぱ……東京の女の子なのかな」
「ん?」
「Yさんの彼女ね、後ろからやらせてくれないんだって。私はそういうの、別に平気だし……っていうか、今時そんな子っているの? って感じしない? あっちは保守的な土地柄なのかな」
 Bは苦笑いしていたと思う。
「そうねぇ……ユウは東京の女の子だな、やっぱり」
 それからBは、私に訊いた。
「後ろからしてあげようか?」
「いいわよ、そんな」
「してあげる」
 軽々と裏返され、腰を立てさせられ、Bは後ろから私に入ってきた。そして奥まで、彼のペニスが子宮を突き上げた。私は痛みと快感に声を上げて喘いだ。
 Bは突き上げをゆるめて私に問いかけた。
「他にどんなことされたんだ」
 これはYも訊いてきた質問だ。
「……顔にかけられた。あと……縛られた。ロープで。目隠しも」
「そんなことまでされたのか」
「アナルにも入れたがったけど、それは断った」
 Bは再び激しく私を突き上げた。声を上げて喘ぐ表情を、後ろからなら見られずにすむ。Yにされたことの全部を、Bに言うことはできなかった。Bもそれ以上問い詰めなかった。

 ホテルを出る前、身支度をしながら、Bは少し照れたような嬉しそうな笑顔で言った。
「幾つになっても発見ってあるもんだな」
「え?」
「ユウがどんなふうになっちゃうかとかさ」
「……ユウがフェラ上手だなんて知らなかったでしょ」
「うん。誰に教わったの」
「Yさん」
 2人でドアまで歩いてきながら、Bは私を抱き寄せ、耳元で呟いた。
「もう少し、大事にしてもらいなさいね」
 私は小さく頷いた。

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 卒業後、親しいグループで夏に旅行に行くのが恒例だった。グループといっても中心は上級生で、学生時代には顔と名前くらいしか知らない人が多かったのだが、クラブの先輩だったBに誘われて以来、みんなと仲良くなった。だんなと出会ったのもBを通してだった。それぞれが高校の同級生だとか職場の新しい友人だとかを連れてきて、緩やかにメンバーが新陳代謝しながら今も続いている。
 Fはそちらのグループとはつながりがなかったが、誘ったら意外にも来ると言った。たぶんFは、その旅行ではじめて、私がだんな以外にも好きなオトコがいると知ったのだと思う。

 私は入学当初からBのことが好きだった。Bは私の気持ちは知っていたが、それに応える代わりに、部活のボスと部下としての、特別な信頼関係を築いてくれた。Bへの恋愛感情は最初からずっと、諦める恋だったが、2人の関係はそれなりに幸福なものだった。それでも1年目、2年目は、私はクラブの飲み会があると潰れて記憶がなくなるまで飲んだ。部長だったBが、そのたびに家まで送ってくれた。無様なところをたくさん見せた。酔いつぶれているのだから、文字通りキレイなもんじゃない。でもBは一言も私を叱らずに面倒を見てくれた。卒業後、その頃の話題が出た時、Bに言われた。
「俺がいる時だけ荒れたもんな~、ユウは。覚えてないだろうけど、いろいろあったよ。ちょっとした田舎だったらお嫁に行けなくなっちゃうようなことも」
 その内容は……怖くて聞けなかった。せっかく忘れてるんだから。
 当時、同級生の友人たちは、Bが誰それと付き合っているとか、それとは別に年上のステディな人がいるとか、いろいろと親切に教えてくれた。感情がざわつくことはあっても、Bへの特別な信頼が揺らぐことはなかった。入学して2年目には、私の方にも彼氏ができた。

 Bと肉体関係ができるのは、私の卒業後だ。Fを旅行に誘った当時、Bとは一度だけ寝た後だったかもしれない。でも基本的には、キスと、もう少し先までの関係だった。
 Bは、もともとスキンシップがオープンでオーバーな方なので、女の子たちとの距離感が近い。彼女でもない女の子でも、肩を抱いたり膝に乗せたりというのが、わりと平気で出来てしまう人なのだ。旅行中、だんながいないところでは平気で私の肩を抱くBを見て、Fは何か感想を述べていた。自然にああいうことができて、エッチな感じじゃないし、スゴいなぁとか、いいなぁとか、そんな感想だったと思う。
 Bの方は、Fっておまえのこと好きなの?と聞いてきた。さぁ、そうなのかも、くらいに答えたような気がする。その後も、だんなやBのグループでやるパーティーや旅行に、Fは顔を出すようになった。

 私は卒業して間もなく、元の彼氏と別れて、Bの友人である今のだんな“W”と付きあい始めた。BとWは、親友と言ってもいいような、一番近い友人同士だ。
 私がWと付き合い始めた頃から、Bはスキンシップをエスカレートさせだした。2人で会えばキスをするようになり、もう少し先まで、するようになった。前の彼氏は大学も別だったが、今度は一番近い友人関係の中でのことだったので、私たちの恋愛の様子がBの目にも耳にも事細かに入る。そのせいで、ちょっと惜しくなったのかと思う。考えてみればBが私を抱くのは、私が他のオトコに熱を上げている時期ばかりなのだ。そんなふうに試す必要なんか無いのに。
 私が実家を出て、Wの下宿の近くで一人暮らしをはじめて間もない頃。Bと飲んだ帰り、アパートの前まで送ってきた彼は、お茶でも出してくれるか?と言った。私はBに言われたら、何一つ拒まない。絶対に。
 引っ越しの荷物も片付けきらない部屋で、私はBに抱かれた。夢のようだった。
 Bの唇が胸を這い、乳首を吸った。盛り上がってくると、私はBに言った。
「歯、立てて……」
 Bは激しく乳房を揉みしだき、乳首を噛んだ。
「もっと?」
「もっと……」
 Bは私の要求に応えて、もっと激しくしてくれた。
「ユウが激しいのが好きとは知らなかったな」
 そんな風に言われて、すごく恥ずかしかった。諦める恋を確かめ続けて、6年目のことだった。

 私たちが一つになっている時、深夜、部屋のドアがノックされ、Wの声が聞こえた。私は胸がズキンと痛んだ。Wへの思いが、指先まで痛くなるほどこみ上げてきて、後先考えずに起きあがってドアを開けそうだった。Bはそんな私をしっかりと抱きしめ、身動きができないようにした。私たちは息をひそめ、Wが諦めて帰るのをじっと待った。
 引き裂かれるような気持ちだった。どちらも愛していた。恋愛感情だけで考えても、どちらが勝っていると決めつけられるものではなかった。
 私はそんなことは悩まない。
 どっちも好き、目の前にいるあなたが一番好き。
 単純なものだ。
 でも、一方と抱き合っている時に、もう一人が現れたら……結局私は原則を貫いて、目の前にいる方を選んだことになるのかもしれない。私はBを追い返してWに電話をかけることもできたが、そうはしなかった。
 Wが帰ったあと、私たちはそれ以上続けることができず、Bの腕枕でいろんなことを話した。学生時代からのいろんな思い出や、私の一番の友人だったT子のこと……BはT子のことを愛していて、それは私も知っていた。Bは、高校時代の司書の先生への想いも話してくれた。
「一番欲しいものだけは、絶対に手に入らないようになってるんだ……」
 司書の先生も、T子も、Bの想いに答えることはなかった。

 1年半ほど後、Bは学生時代から付き合っていた年上の彼女S子さんと結婚し、その翌年の同じ日、私はWと結婚した。

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 ホテルの部屋で、抱き合い、キスを交わしながら、私はFの腕の中で言ってみた。
「私ね、Fくんのこと、3番目くらいに好きよ」
「え、3番目ぇ? 上には誰がいるの?」
「誰が一番、誰が二番っていうんじゃなくてさ。何となく、3番目くらいの感じ。その上って、叶わなかった恋ばっかりだなー」
 そして私は、「寝ると、興味が薄れちゃうところあるのよね」と呟き、Fは「それってちょっと、ヒドくない?」と、絶句気味に言った。
「ヒドいでしょ? 男みたいでしょ。その辺ちょっと男なのよね、私」
 少し経ってから、Fは私に訊いた。
「じゃ、Bさんは?」
「Bさんは……今でも好きよ」
 寝たからといって好きでなくなるわけじゃない。それにBは、やっぱりどっか特別だし。でもそれについては、また別の時に書こう。
 私の言葉に、Fは傷付いただろうか。少しはやるせない思いをしたのだろうか。
「そういえばBさん、離婚しちゃったのよ」
「えーっ! ……じゃあ、チャンスじゃない」
「ん~……そうねぇ……」
 私は乗り気でない返事をした。チャンスと言われても……という感じだった。肌を重ねながら他の男の話なんかしたくない。

 Fはとても優しく私を抱く。同じ相手と回数を重ねると――あるいは、初めからという相手もいるが――、どっかプレイじみた感じが増してくる。FとのSEXは、プレイの対極みたいに思える。テクニックとか何とかじゃなく、優しい気持ちが伝わってきて、満たされる。
 でもこの時、私は彼を受け入れきれなかった。とても久しぶりだったので、まるで初めての小娘に戻ったように痛くて、途中で彼をやめさせてしまったのだ。彼を奥まで受け入れることができず、先っぽだけ入れた状態で動かされただけで私はギブアップした。とても奥まで入らないと思った。
 ダメ、やめて、痛い、と訴えると、Fは「気持ちよくない?」と何度か訊いてきた。気持ち良くないわけじゃなかった。でも痛くて、奥までは入りそうもないと思った。私は痛い、やめて、と訴え続けた。
 Fはやめてくれた。私の上に覆い被さったまま、ごめん、と謝る私の手を取って、彼のものを触らせた。
「この状態でやめろって言われるのは……」
 Fはそれ以上何も言わなかった。2人で布団をかぶりなおし、たわいもない話で気分を変えた。

 Fは言葉にして思いを伝えるタイプではない。だから私は訊いてみたくなる。
「Fくんって、私のこと好きなの?」
「うん。好きだよ?」
 それからFはちょっと含み笑いで続けた。
「……3番目くらい」
「3番目ぇ?」
 今度は私がびっくりする番だった。びっくりして、それから私は脱力しつつ笑い出した。
「それってもしかして、さっきの仕返し?」
「……ちょっとね」
「ちょっとかぁ」
 Fが私をどんな風に好きなのか、私には分からない。都合のいい女なのかもしれない。でも、そんな風に感じさせない優しさが彼にある限り、私は気にしない。

 あとから、Fにメールを送った。帰ってから後悔したこと、眠れなかったこと。「やめて」じゃなく、「ゆっくり、優しくして」と言えばよかったのに、と。Fからの返信メールは、そのことには全く触れず、検査の予定や引っ越しの日取りのことが書いてあっただけだった。
 3番目に好きだといった言葉には、少しウソがある。好きな人たちの3位グループ。叶わなかった恋と、叶わない恋の味を残す相手が2番目。1番目は、熱を上げている時の相手か、または今、目の前にいるあなたのための席。Fはどっちにしろ、もう3番目じゃない。

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 その後もFとは夫婦ぐるみの付き合いが続いた。私が地方に引っ越した後、Fが遊びに来たことがあった。 だんなはその時も留守だった。二人きりで逢うと、Fはエッチな話題で私を試したりした。エッチな話題と言っても……彼はインド哲学専攻のT大院生で寺の息子なので……それが仏教説話の話だったりする。そこがまた何とも可笑しく、2人の関係が微笑ましく思えた。
 私はちょうどその頃、とあるイベントに関わっていて準備に忙しく、食事だけして別れるつもりでいた。翌日までにパンフレットの折り込み作業をしなければならなかったのだ。Fは手伝うからと言って部屋まで付いてきた。一緒に印刷物を折りながら、Fは「僕たちもキスすべきだと思わない?」と言った。たぶんテレビかなんかで、キスシーンでもあったのだと思う。
「えー、そう? そうかなぁ」
「そう思う」
「んー、どうかなぁ」
 私は笑いながらもキスを許した。Fの唇が首筋へと移動し、私はそこで彼を止めた。
「だめ。そういう慰め方するつもりはないってば」
 Fは、スキー場の事故で恋人に死なれて間もなかった。もしイベントで忙しくなかったら……と思うと、たぶん、私は「そういう慰め方」をしてもいいと思っていたのかもしれない。
 その時は、それだけで終わった。
 手をつなぐ、キスをする、くらいの関係の方がいいと思っていた。それ以上深入りする気はなかった。私はFが好きだったけれど、彼に恋していなかった。

 気持ちが動いたのは最近のことだ。Fから久しぶりに電話があり、就職が決まったと報告してきた。私のいる地方都市に引っ越してくるという。彼にとっては縁のある町なので、不思議ではなかった。
「実はもう一つ報告というか……あるんです」
 胃にポリープが見つかった、とFは言った。癌かもしれない、というか、医者はほぼ癌だろうと診ているらしい。組織検査の結果を待っているとのことだった。Fはさすがにかなり落ち込んでいたが、私が動揺しても仕方ないので、努めて平静に、彼を励まそうとした。
 それから私はネットでいろいろ調べたり、力になれることはないかと考えた。癌と決まったわけじゃない、先走ってはいけない……。
 私はかなり動揺している自分に気付き、Fを失いたくない、という強烈な思いを実感した。それは友達としてのFを失いたくないという思いでもあり、それ以上のものでもあった。そんな境界、もともと曖昧だ。
 組織検査の結果、癌細胞は見つからなかったが、医者はまだリンパへの転移を疑い、さらに検査をすると言っているらしい。F自身は、もう癌ではないと考えることにしたようだ。まだグレーゾーンではあっても、組織検査の結果に勇気づけられたらしい。
 こちらの町での部屋探しに来たFと会った時、私は無農薬野菜のレストランに彼を連れて行った。それからもう一件誘われて飲んで、手をつないで店を出た。普通に手をつないでから、Fは指を絡めるつなぎ方に持ち直した。そんな小さなことが、くすぐったいくらいに楽しかった。彼の泊まっているホテルと私の家との分かれ道で立ち止まった。Fと離れたくなかった。
「そっち回って帰る」
「それじゃ遠回りになるよ」
「いいわよ、いくらも違わないもん」
 もっと一緒にいたかった。スタバが目に入り、お茶でも飲んでこうか、と私が言った。閉店までぐだぐだといろんな話をして、席を立つと、Fは「どうする?」と私に訊いた。
「部屋で、もう少し話そうか」
 エレベーターのドアが閉まったとたん、Fは私を抱き寄せてキスをした。私はFに、恋をしていた。
 知り合って十二年目の、10月6日だった。

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 Fとは学生時代からの付き合いで、4つ年下だ。いわゆるゼミみたいなものの後輩に当たる。最初の印象は、「この子、こんなに無口で大丈夫なのかしら…」だった。
 内省的で、どことなく不健康そうな元パンク少年という感じのFは、好きなタイプの男の子ではあった。でも恋愛対象ではなかった。その頃は他の恋に忙しかった。今のだんなにベタ惚れしていた時期だった。
 何となく好かれているかな、とは感じていたが、懐かれてる、くらいにしか思ってなかった。ずっと付き合える年下のいい友達ができたので嬉しかった。それは今も変わらない。

 Fと最初に寝たのは、勢いというか、なりゆきだった。
 卒業後数年経って、その夏、私はだんなとは別の男に恋をしていた。ネット上の趣味のサークルで知り合った“Y”と、オフ会で盛り上がって、そのままホテルに行ったのが春のこと。それ以来メールのやりとりで熱が冷めないまま、夏を迎えていた。Yとは遠距離だったので、なかなか会う機会は作れなかった。
 運悪く、その夏はだんなが長期で海外に行っていたので、私は隙だらけだった。
 私はだんなの留守、たまたまFから連絡が来た時、食欲が全然無いと言った。Fは私を食事に呼んでくれた。二人きりではなく、Fの同級生で、私には後輩に当たる友達何人かと、彼の部屋に行った。
 ポルチーニ茸のリゾットだったのを覚えている。とても美味しかったし、久しぶりにみんなで顔を合わせて盛り上がった。楽しい食卓で、私は少々飲み過ぎた。Yの話もした。会えなくて寂しいというようなことを話したと思う。
 やがて終電の時間になったが、私は酔っていて、帰る気をすっかり無くしていた。「大丈夫かな」と下級生の男の子の一人が言った。Fは「いい、いい。平気だから」と答えていた。
 部屋を片付けるFの気配を感じながら、私はテーブルに突っ伏して寝ていた。テーブルを片付けるので、今度はベッドにもたれかかった。
 Fは少し戸惑っていたかもしれない。自分だけベッドに入ってから、その足下で上半身だけベッドにもたれて寝ていた私に、「こっちでちゃんと寝れば?」と言った。
 私はFの隣で布団に潜り込んだ。我が儘を聞いてくれる男の子がいるのが、いい気分で幸せだった。
 少ししてからだったと思う。Fはそっと私の手を握った。私がFに言った。
「キスして」
 おやすみのキスをねだったつもりだった、と言ったら、綺麗事過ぎる。でも、その先のことなんて考えていなかった。キスがしたかっただけ。
 Fのキスは、すっかり本気だった。私はマズった、と思いながらも、抵抗する意志はなかった。嫌いな子じゃない。それに私のせいだ。彼に恥をかかせてまで拒むようなことではなかった。
 それでも私は、途中、手ぇ出さないからって「失礼な奴っ」とか思ったりしないわよ?と言ってみた。Fはそれを笑って無視した。確かに、そこでやめられたら私の立つ瀬がない。「私なんかでいいの?」とも訊いてみた。「何でそんな、自信の無いようなこと言うの?」と訊き返された。だって……としか言えなかった。だって、私は美人というわけでもないし、だんなもいて、しかも他のオトコに熱を上げていた。それでもいいの?という劣等感や負い目が、言葉にならずに渦巻いた。Fはそんな私の戯言を、またも奇麗に無視してくれた。

 一度終わって、一眠りして、夜が明けてくる中でベッドから窓の外を見ながら、2人で本当にたわいもない話をした。その内に、Fは再び私にキスを求め、それ以上のことも求めた。私は「もう朝よ」と言って、何度か拒んだ。いやよ、もう朝だから、やめましょう。
「もう朝よ?」
「うん、朝だよ?」
という、まるで意味のないやりとりが何度か続いた。
 Fが私という女を見抜いていたとは思わないけれど、乳首を口に含まれてしまうと、私はあっさりと陥落した。終わった後、まだFの息が荒い内に、私は言ってやった。意外と強引なのね。Fは笑って枕に顔を埋めた。

 FとのSEXは、肉体的なところだけで言えば、特別に良かったわけではない。でもあの夜のことは、その時に感じたより、後から思い起こすほどに幸福感が満ちてくるものだった。とても、大切に扱われたように思えた。すごく大事に、大事に、抱かれたような、思い出すたびにうっとりするほど素敵な夜だった。そう、後ろから抱きしめられた時みたいに。
 それは女として気分のいいものだったが、私はFに恋はしなかった。Fからは、何となく未練の垣間見られるようなメールが来たりしたが、私はそれらを素知らぬふりでかわし続けた。元通り、いい友達に戻れたらいいと思ったし、そのように接した。

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 例えば、犬のいない世界では生きていけないけど、オトコがいない世界でも生きていけると思う。SEXは嫌いじゃないし、むしろわりと積極的に楽しむ方だけど、無けりゃ無いで生活に支障はない。オトコと縁のない時期が長引いても、だからってどうしてもオトコが欲しくなるようなことはない。

 それでも数年に一度、恋愛感情が高まる時期が来る。運気の動きなのだろう。
 そういう時は、一気に来る。だからたいてい私は、一度に何人もに恋をしている。中にはずっと続いてる恋もあるし、燃え上がってすぐ終わる恋もある。
 私が他のオトコにも恋をしていることを、相手はたいてい知っている。ほとんどの相手に奥さんや彼女がいるし、私にもいるし。お互い浮気の気楽さと、それでも抑えきれない嫉妬と、ないまぜにしながら恋心をもてあそぶ。
 「彼女と私と、どっちが好きなの?」なんて聞いたりしない。ただ私と2人でいる時、私を見つめてくれるならそれでいい。優しい嘘や叶うことのない奇麗な約束が2つ3つあれば、恋心を守っていける。
 それにもう、恋には終わりがあるのを知ってる。ずっと終わらないのは、叶わなかった恋だけだと知ってる。

 寝てしまうと、ちょっと興味が薄れるとこがある。
「ちょっとそれ、ヒドくない?」
 私は「ヒドいでしょ?」と応えた。オトコみたいでしょ? ちょっとその辺、オトコなのよ、アタシ。
 まさに今、肌を重ねている時にそんなことを言われて、Fは戸惑っていた。こっちに悪気はなかったが、悪いことをしたなと思う。
「興味なくなるわけじゃないのよ。ただ……満たされて、何となく落ち着いちゃうっていうか」
 寝たあとだって、関係が途切れたあとだって、今でも好きなヒトはいるのよ。
 Fは、それでも納得いかなかっただろう。年下のオトコを、少し苛めてみたかったのもある。
 私はそれ以上説明せずに、キスをねだった。Fとは、何年かぶりの、2度目の夜だった。

 一人のオトコと何度寝ても、やっぱり最初の時が一番イイ。カラダの相性が合ってきて快感が増すことはあっても、それでも最初の時のような感動は、なかなか再現できない。
 やっと重なれた、っていう幸福感。脳内麻薬が花火みたいにはじけて、満たされることの感動。
 SEXはフィジカルな欲望なんかじゃない。メンタルな欲望だと思う。そうでなきゃ、寝る相手なんか誰でもいいってことになる。好きなオトコに抱かれたいのは、メンタルな欲望があるからだ。好きなオトコが、私を求めているのが嬉しい。今アタシがどんなに幸福か、全身で相手に伝えようとする。それは初めての夜に、頂点に達してしまうんじゃないだろうか。

 Fには言わなかったことがある。何年かぶりなら、初めてと同じなんだってこと。継続的にそういう関係を持てば、メンタルな欲望は劣化が早い。でも忘れた頃に、また、そういう機会を得ると、まるで初めてみたいにドキドキして、私は好きなオトコの前で服を脱ぐことの恥ずかしさを味わい、あの幸福感を味わう。織姫と彦星は、うまいこと恋を長続きさせている。

 Fとの関係から得られる幸福感は、背中から抱きしめられる時の感覚と似ている。
優しい安心感と、背中いっぱいに相手を感じる満足感。正面から抱き合うのと違って、少しも私を息苦しくさせることがない。控えめで、少し切ない幸福。
 Fと別れた後、私は濡れた気分のまま、腫れぼったい割れ目を抱え、眠れない夜に寝返りを繰り返した。
 そして私は浅い息の間に、あの幸福感をなぞる。

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