数日が経過すると
男性から苦情のメッセージが

来るようになりました。

 


メッセージを送っているのに
無視し続けていますね。
僕がロシア人だからですか?

とか

君の目にとまればと連日書いていたけど、

もしかして僕が colored だから

返事をくれないのかな?
君は人種差別主義者?

だったらむしろ返事は要らないです。


(※画像を確認すると、

ヒスパニック系に見えました。)

 

とか。

 

誠実さが大事だって

プロフィールに書いてあるくせに

人のメッセージを無視し続けるんですね。

そんな人が結婚したからって、

良い奥さんになれると思ってます?

 

とか


切実な訴えに困惑驚き


読むことが出来ていないだけで
無視しているわけではないのに
相手にはそう思われていない。

 

無視されるのは

否定的なコメントを返されるよりも

ずっと腹立たしいでしょうから
なにか対策を講じないと!

 

あわててシステムを確認したところ
ブロック機能を発見。

 

ブロックされた人は

私にメッセージを

送ることが出来なくなるらしいので

条件に合わない人をブロックすることに。

アメリカ以外の外国人とは結婚しないため、

9割ほどはブロック対象です。

申し訳なかったけれど
「無視されている」よりはずっと良いはず。

 

まずはメッセージを読み

それから都市名を確認後、ブロック

 

これをひたすら繰り返します。

 

心のこもったメッセージには

感謝のエネルギーを送ってから

ブロックしました。

 

ウクライナからのメッセージには

ラブラブGod bless your countryラブラブ

神様がウクライナを守ってくれますように

のエネルギーを放ってから、Bye。

 

ウクライナの人達は意外に明るくて、

ビデオチャット要請まで来ました。

ライブなので、

こちらがビデオ画面を消すまで

むこうの様子が見えます。

年齢は募集要項から外れた30代でしたが

両手でハートをつくったり

大きく手を振ったりと

無邪気で可愛らしかった立ち上がる歩く

 

画像の中には、

軍服を着て

大きな長い銃を抱えているものもあり、

情報漏洩で

国から怒られないか心配ですけど、

 

こういうサイトで

女性たちとお喋りすることで

しばし辛い現実から逃れて

気をゆるめる時間が持てているのは

喜ばしい限りほんわかキラキラ

 

 

中国からのメッセージは

「金に物を言わせる」系が多かった。

 

 

中国で手広く病院経営しています。

日本に病院をひとつ寄付しようかな。

お勧めの場所はどこ?

 

(あたしに聞かれてもニヤニヤ

 

とか

 

日本にも会社を持っているので

時々そちらに行きます。

君の好きな場所に

君好みの家を建ててあげるから、

僕に会いに、そこに遊びにおいで💕

 

(建ててあげるって。自分の家やん滝汗)

 

とか

 

経済的に成功していて

お金には余裕があります。

生活の面倒はぜんぶ僕がみるよ。

こんな僕と結婚したい?

 

とか

 

China Money

マッチングアプリでも

日本を買収しようとしています驚き

 

ニッポン、がんばれーっアップアップ
 

自己紹介の一部で



未来の旦那さまを探しに来ました。

 

将来住む場所は

このまま日本か、もしくはアメリカ

と思っているので

アメリカ以外の外国からのメッセージは

受け付けておりません。

 

と、希望を明確にしました。


相手の年齢については

けっこう上まで許容することに。

 

カリフォルニアにいた時の知人で

60過ぎの男性が、

知的で、見た目も人柄も

とても素敵だったためですニコニコ

 

そもそも子供っぽい人は

タイプじゃないし。

 

自分がわりと

奔放でお気楽なので

 

しっかりと地に足のついた

頼りになる人が好きなんです。

「割れ鍋に綴じ蓋」グラサン

 

今回は生涯のパートナー選びですから

経験値を積んで賢くなった人のほうが

より安心で、間違いないでしょう。

 

冒険しながらも

相手には

なによりも安心感を求める堅実な私。

 

婚活サイトでは

写真は何枚載せても良いらしく

多い人だと60枚を超えるアップロードびっくりマーク

自分大好き感がすごい爆  笑

 

皆さん、なぜかお約束のように

ワークアウト中の筋肉自慢な写真とビデオ。

それも、1枚目は重量上げ

2枚目は腕立て伏せ

3枚目は腹筋のように

似たような写真が続く。

最後まで見る人はいるのかニヤニヤ

 

山の中で、裸みたいな格好で

自転車を片手で真上に持ち上げ、

叫びながらバンザイしているとか。

 

これはアピールになっているんですかはてなマーク

あなた、大丈夫ですかポーンはてなマーク


みたいなのも多い。

 

行き過ぎてる感じが

可笑しいやら可愛らしいやら爆笑

オーラが明るく大きい人が多く

好感が持てます乙女のトキメキ

 

自撮りの本人アップはもちろん

子供やペットと一緒の楽しげな写真や

年老いたお母さんをハグしたりの

微笑ましい写真を見ていると

 

こういう人たちと家族になるのは

和やかで楽しそうだなぁ、なんて

ほっこりと、想像がふくらんでゆく〜音譜

 

 



「私、結婚することにしたの」が 1。

先に読んでねニコニコブーラブラブ

 

自分のデータをアップロードした途端

世界各地から

続々とメッセージが。

 

居住地は国名でなく

London とか New York みたいに

都市名が表記されるので

わたしの場合は Fukui

 

どこかわからんやろしー笑い泣き

 

待望のアメリカはもちろん、

ヨーロッパ、中東、南米の国々他、

どこにあるのかわからない

小さな島国などからも来ます。 

地図で調べる中で地理の勉強になりました。

 

アジアからは、ほとんどが中国。

なぜか日本からは皆無でしたね。

 

 

メッセージは次々に来て、

確認しないままに

そのまま落ちて(流れて)

行ってしまうから

ぐずぐずしている暇はありません。

 

表示されているいくつかの単語を

パッと見て当たりをつけ、

素早くひとりを選んで

中身を読んでいきます。

さながら早押しクイズ爆  笑スター

 

 

僕ってどれくらいキュート?

1から10でいうとどのレベル?

僕のこと、ブサイクだって思う?

 

とか

 

僕のことをシングルファーザーだと

批判する人は嫌いです。

僕の息子にフォーカスしてほしい。

 

とか

 

僕の気を引きたいなら

ベジタブルと

プロテイン(タンパク質)多めの

料理をつくってください。

 

とか

 

僕の写真を見てほしくて

メッセージを送りました。

スーツ姿と

セーターを着ているのでは

どちらの僕が好きですか?

 

好き確定かい滝汗

 

とか。。。

 

知り合いでもない女性に

最初に送るメッセージとは

思えないものも多いあせる

 


 

地球温暖化について

どうお考えですか?

 

とか

 

世界各地でなくならない紛争の数々。

こんな世の中を

あなたはどう思いますか?

 

といった社会派?もいる。

 

意外にそういうのには

返事を書きたくなります爆笑笑い

 


最高に、ためになったのが

 

人と接していて

その人に好感を持つ瞬間って

どういう状況?

 

という質問。

 

その質問への回答を

自分なりに考えてみたおかげで


自分がどういう人間を好ましく感じるのか

具体的にわかったんです。

 

何十年も生きてきて

まさか

そんな単純なことに

気付いていなかったとはゲッソリチーン!!

 

 

人と接する際のスタンスは、

自分の価値観、つまり、

自分が何を大切にしたいのか

どんなふうに生きていきたいのか

に繋がっています。

 

自分の判断基準が

ハッキリとわかったおかげで

今後どんなことがあっても

迷いなく生きていけそうで

スッキリ爽快な気持ちにびっくりマーク

 


これだけでも

マッチングアプリをやった甲斐が

ありましたよーアップアップ

 

皆さんにとって

「人に好感を持つ瞬間」って

どういう時ですかおねがい?

友達にそう言うと

 

「えーっ、いつの間にそんなことにびっくりびっくりマーク

 

と驚かれました。

 

 相手探しはこれからですけどねニヤリ

 


人生で

いちども持ったことのなかった結婚願望

 

最近、夫婦のあり方とか家族、

今後の自分の人生について

じっくり考えさせられる場面が多くあり、

 

ようやくここに来て

結婚に対してポジティブな意識を

持つことができるようになりまして。

 

今の胸中ならば

結婚して幸せになることも可能だなぁ照れ

 

なんて、いきなり思ったわけです。

 

で、すぐに行動開始。

 

やりたいびっくりマーク

と思った時にやっておかないと、

次の日にはもう

その気がなくなるかもしれない。

 

貴重な結婚願望ですから

このチャンスは逃せません。

 

この世でいちばん予測不可能なのは

明日のわたし

 

善は急げ!!です

 

娘からの

マッチングアプリやってみたら?

の一声に意を決し

人生初の婚活スタート。

 

せっかく

誰とでも結婚できる身分ニコニコ

 

ネガティブな言い方をすると

特定の相手がまだいないグラサン

ならば

この際、一石二鳥を狙おう!!

 

ということで

 

以前断念したアメリカ移住も兼ねて

「結婚してアメリカに住む」

をゴールに設定。

 

即、サイトに登録しました。

 

アメリカと日本の人口を足して4億として

その半分を男性とすると2億人。

離婚歴のある年相応の男性は。。。

 

うーん

まぁ、ざっと1000万人ってことにしよう!

(小学校の算数レベルで数字に弱い私)

 

1000万人の中から

私のたったひとりの旦那さまラブラブ

を探し出す冒険に

ワクワクしながら旅立ったのです飛行機飛行機

 

 

 

心はすっかりこんな感じ照れ

 

 

過去世の自分とはいえ

少なくとも一度は

死んでいるわけですから

 

その時代の記憶は

普段は

なくなっているようなものです。

 

毎年、秋に

キンモクセイの香りをかぐたび

昔、実家にあったキンモクセイを思い出して

懐かしい気持ちになるのですが、

 

そんなふうに

 

あることがきっかけとなって

昔の記憶を呼び覚ますことは

皆さんにもありますよね?

 

それと同じような感覚で

過去世のことも思い出されるんです。

 

人でも香りでも声(音)でも

すべてのものは

エネルギーでできています。

 

幼馴染に何十年ぶりに再会したら

ずっと忘れていた幼いころの出来事が

あれこれ、瞬時によみがえった。

 

そのような経験と同じで

 

現世で初対面の人と出会った場合に

その人との昔(過去世)の思い出が

よみがえる、ことがあります。

 

その人特有の(魂の)

エネルギー(波動)は

生まれ変わっても

維持されているんですねニコニコキラキラ

 

 

ある人と初めて顔を合わせる直前に

玄関から

「おはようございます!」と呼びかけ

家の中から

「おはようございまーす!」と

返事する声を聴いた途端

その人が過去世で私の姉であったと

わかったことがありました。

 

こういうことがあっても

私は決して人には言いません。

 

変な人だと思われたり

怖がられたりしたくないからです。

 

でも

この「昔の姉」は勇敢でしたねグラサン

 

その後わたしたちは

仲良しになるのですが

ふたりでランチをしている最中にふと

 

あたしとかおりんってさー

昔、双子の姉妹だったよねー爆  笑笑い

 

と、さらっと口にしてくれました。

(※ 親しい人からは

かおりんと呼ばれています)

 

あれは本当に嬉しかった爆  笑飛び出すハート

 

普段は、他人との間に

過去世のカルマがあっても

相手とそれを共有するなんてことは

できません。

 

カルマ解消にむけて

一人で悪戦苦闘するだけ気づき

 

そういう場合

現在の私と相手との関係性のほかに

過去世の私と相手の関係性があり

 

2人で交流していても

実は4人で交流している!?

 

という

ややこしい状況が

あったりもします。

こうして書いていても実にややこしい驚きアセアセ

 

とにかく

 

昔の姉のように

過去世での記憶を共有している人というのは

 

異端視されがちな

私のような体質の人間にとって

ほんとーーーに心強い仲間なわけです。

 

これを読んでいる方々の中で

「私も仲間よー」って人がいらしたら

ぜひお声かけください。

 

たんに

「興味深いことだな」と

思ってくださる方々も

これを読んで、

視力では見えない世界に

親しみを感じていただけたら嬉しいです照れ

 

 

魂の世界が

 

多種多様なエネルギーが

いきいきと交錯している興味深い世界が

 

皆さまにとって

少しでも身近なものになりますようにスター

 

 

 

 

 

「昔の双子の姉」です。

 

彼女も、ヒーリングを含む

スピリチュアルな仕事に携わっています。

 

が、

 

よほどのやる気が出ないと動かない

亀のようにスローペースな私とは

正反対で

 

いつもアクティブに動き回り

学んだり働いたりして

休む暇すらなさそうな姉。

 

いちど死に別れてもなお

頼れる姉、ってわけですてへぺろ飛び出すハート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人と接していて、

その人との過去世でのご縁が

わかる時があります。

 

たいてい

思い出すきっかけは「人」ですが

志野に関する記憶は人ではなく

とある遺跡から得たのが最初でした。

 

福井県福井市郊外に位置する

一乗谷朝倉氏遺跡。

 

織田信長による

炎上の憂き目に遭うまでは

京都、堺に次いで繁栄していた城下町。

 

遺跡であるという認識もない子供の頃から

大事な場所だと、感じとっていました。

 

訳もなく切なく哀しい気持ちになるけど

その場所がとても好きなのです。

 

 

 

糸桜で有名な一乗谷

 

 

過去世の出来事を思い出すたびに、それが

歴史的事実と一致しているかどうかを

調べる作業は欠かせません。


昔はインターネットなどないので

図書館が頼り。

 

あるとき、

朝倉氏に関する分厚い文献を

何冊も抱きかかえながら

「こんな膨大な資料の中から、

どうやって探し出せるっていうの?

と心の中でつぶやいた途端

一冊の本がばさっと床に落ちました。

 

開かれた状態で落下している

そのページを読むと、

まさに

探していた文化的背景に関する記述が!

 

そんなふうに、

何十年もかけてちょっとずつ集まってきた

志野の記憶のかけら。

 

ようやく最近になって、

彼女の物語の核心部分が

紐とかれ始めました。

 


 

彼岸花咲く一乗谷

 

 

2022年の10月に

朝倉氏遺跡博物館がオープンしました。

 

私の娘がそこで働くことになったのですが 

オープン初日にちょっとした騒動が起きました。


騒動の件で問い合わせの電話をした相手が

なんと

過去世で一緒にいた人だったんです。


その電話をきっかけに、

大事な記憶が、よみがえったんですびっくりマーク

 


織田信長の命令で焼き討ちにあい

一乗谷という城下町が滅亡してから

450年という節目の年ですから

ようやくその時が来た!

っていうことかもしれません。

 

ただ、今のところまだ

切なくて哀しい気持ちになる理由が

わかったっていうだけなんです。

 

ブログを読んでくれた友達から

「どんな記憶だったか

具体的なことがわからない」

って言われたのですが


まだ現在進行中の事案なので

肝心なところが

ブログに書けません汗うさぎ


 

何十年も探し求めていた記憶だったので

私にしてみればこれでも大きな進歩

 

 

これからどのようにして

このカルマがヒーリングされていくのか


現実社会での私たちが

どのような交流をしていくのか

 

正直、わかりません。



 カルマによっては、過去世認識と同時に

今後の展開まで

わかってしまうことがあります。


それはそれで、虚しいものです。


どうあがこうが、あがくまいが、

決まったようになるわけですから

なかば「悟りの境地」。


どうなるかわからないからこそ

人は日々を真剣に生きていけるのだと思います



カルマによっては

カルマの種が発露し過去世を認識してから

カルマ解消までの期間が数か月と、

素早い解決になることもありました。

 

志野に関しては

最初の記憶が発露したのが幼少期なので

もう何十年も経っていることに。

 

私の中では最長記録。

 

相当に思い入れのある

大事な案件なわけです。

 

いつか解決してカルマが浄化された時には

ブログに書けたらいいなぁ照れ

 

志野の哀しみが癒された暁には

私自身も幸せになれる気がしますてへぺろ飛び出すハート

 

 

 

 

 

 

いつも

私のヒーリングの旅を

先導してくれる娘ほんわかスター

 

 

 

友達に誘われて、
イベントでダンスを踊ることに。
 
自分が通うジムとは違うジムの
先生が主催イベントのため
友達以外、メンバー全員が初対面。
 
人見知りが激しい自分に
不安を感じてはいたが
1回目の練習会で
それはすっかり払拭された。
 
アウェイな私を
快く受け入れてくれる雰囲気が
心地よかった。
 
ただ、ダンスに関しては真剣な空気。
始めて1年の私は下手くそなので
同じ箇所を何度も練習、
筋肉痛で
まともに歩くこともできない。
 
週末だけの練習なのに
ひどい筋肉痛は
次の週まで治らなかった。
 
普段もジムでレッスンは受けているが
筋肉痛になるほどは動かない。
 
今回は、特定のメンバーと
ひとつの目標にむかって真剣に取り組む。
 
普段のレッスンにはない楽しさがあった。
 
先生も、
容赦なく個人レッスンをしてくれ、
ちょっと上達すると
 
だいぶマシになったえーピンクハート
 
と、ほめて?くれる。
 
周りで見守る仲間からも
「そうそう、今のはよかった照れ
などと、
温かい励ましの声がかかった。
 
そして当日。
 
踊り終えた後、
皆が口々にアンコールを口にした。
観客ではない、自分たちが、だ。
 
そして始まった(勝手に始めた)2回目。
 
1回目よりもずっと気が楽になり、 
楽しむ余裕ができた。
 
それは先生を始め
皆同じだったようで、
笑顔も、はじけっぷりも
なかなかのものだった音譜
 
動画で確認すると
自分の下手くそさに
ダメ出し連発ではあるが、
楽しい雰囲気が思い出され
何度見ても心がなごむ照れスター
 
人前に出るのはやっぱり大の苦手だが
このメンバーでまたやることがあれば
きっと、
仲間にいれてもらおうと思う。
 

 

 

pinkのエアーパンツが私

 

ダンスをした場所が

たまたま、

以前の勤め先が入っている

ビルディング前。

 

社員のひとりが中から出てきて

動画を撮影していたから

びっくりでした😅💦

 
あの時の動画、
見せてください⭕️下くん。
 

 

自分勝手に、自由に生きてしまう人だった。
 
ふらっと家を出て一人暮らしをするなんて
しょっちゅうだったから
 
家出中の父に
近所のスーパーマーケットでバッタリ会って
 
「あれ。意外と近くに住んでいたのねびっくり
なんてことも。
 

大酒飲みで、
ギャンブル癖もすごかった。
 
酔っぱらって警察に保護されるとか
飲酒運転で事故を起こして
病院に運ばれるとか
 
借金を作り
払えない現実から逃れるべく家出するとか
 
そんな騒動のたびに母は
大変な思いをしていたのだと思う。
 

亡くなり方も、父らしいと感じた。
 
体調が悪くて入院していたが
見舞いに行ってみると
いたって明るく元気そう。
 
それからすぐの大晦日
深夜に病院のスタッフから電話で
「意識がない」と呼び出され
慌てて駆け付けた時には既に死に際。
元旦に息を引き取った。
 
死ぬような病気ではないと
家族全員が思っていただけに
突然の父の死は衝撃的だった。
 
 
お通夜の席で
父の母親(私の祖母)がポツリともらした
 
これでもう
ニュースをみて心配する必要がなくなった
 
の一言が忘れられない。
 
祖母は父の死後に亡くなったが、
心配事がなくなって
ようやく
地球を離れる気になったのだろう。
 
父は、自分が死ぬ少し前に
老人施設に入居している
自分の母親のところに
お金を借り(もらい)に行ったらしい。
 
祖母からその話を聞いて哀しくなった。
 
父が大手商社に勤めていた頃
じゅうぶんなお給料を
もらっていたにも関わらず
毎月数十万円のお小遣いを与えてた祖母。
 
5人娘の後にようやく生まれた
待望の長男を
後先考えずに甘やかしたツケは
一生涯、ついてまわったということか。
 
 
そんな父親だったが
私と妹は、父のことが好きだった。
 
小さいころから毎年
夏には、キャンプに連れて行ってくれた。
その辺の電線から電源をとって(盗み?)
家族で山の中で過ごした。
 
海の近くにテントをはった時には
その辺で集めてきた木を組み立てて
いかだを作っていた。
 
立派ないかだが出来たが、
父は子供を乗せようともせず
なぜか、自分ひとりで出帆した。
 

母には内緒だといって
段ボール箱に隠し持った
昔もらったラブレターを
自慢げに見せてくれたりもした。
 
家出中の父を偶然みつけ
父と一緒に家出先にお邪魔したときには
ベッドサイドに
母と私と妹の着物姿の写真を発見した。
車内にも
セロテープで貼られた
私たちの写真があった。
 
父のせいで
金銭的に苦労したことはあったが、
自分のことを好きでいてくれる人のことを、
嫌いにはなれなかった。
 
ただし、弟は違っていた。
 
母や自分たちに苦労をかけ続ける
身勝手な父のことが
ずっと許せなかったのだと思う。
 
父が亡くなったとき
後悔の念で
誰よりも辛い思いをしたのは
弟だったのではないか。
 
私や妹のように父に甘えたこともなく
優しい言葉をかけたこともなく
彼らの話し合いの最後は
いつも、けんかで終わっていたから。
 
ふたりとも大の酒好きなのに
一緒にお酒を飲みに行くことも
なかったから。
 


父を囲んで

左から私、妹、母、弟


後悔というのは
取り返しがつかないからするものだ。
 
そして、たいていの場合
取り返しがつく状況下では、
今日と同じような明日が来るという
漠然とした安心感のもとで過ごしている。
 

でも
永遠に続くものなどない。
 
大事な人やものごと、
その瞬間の自分の気持ち。
 
そのときに大事だと思えるものを
せいいっぱい、
大事にして生きていきたい。
 
意地をはったり、
照れくさいからと
本音を後回しにするような
時間の余裕は
本当は、あまりないのかもしれない。
 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
といっても
師匠の個展に便乗させてもらっただけなので
私の作品は1点のみ。
 
それでも、師匠の
「若い世代に知ってもらいたい」
という願いを受け
自分の友人知人を招待。
 
自分の好きな人たちを
思いつくままに誘ってみたところ
 
来てくれた人の数は想像以上だった。
 
LINEやメールで
定型文を送信するだけという
いたって不躾な招待方法
だったにも関わらず、だ。
 
私自身の個展でもないのに
お花やお菓子などのお祝いの数々は
嬉しい驚きだった。
 
朝早くから
たくさんの種類のパンを
焼いてきてくれた人も。
 
不器用な私が何故こんな繊細な世界に?
と、その摩訶不思議な経緯を
興味深そうに聞いてくれた人。
 
私のエネルギーの入った面を
作ってほしいと依頼してくれた人。
 
多忙な中、空き時間をみつけて見に来ようと
必死で画策してくれた、
高校時代の同級生。
 
素質のなさにがっかりしている私に
どうにかして師匠の後をつがせようと
伝統芸能の継承に
やけにやる気を見せていた人。
 
面には興味はなかったけど、
私の新たな一面を知ったことが
最大の収穫だったという
お茶目なコメントをくれた先輩。
 
そして。。。
 
ガン闘病中にも関わらず、
大きな花束を抱えて
いちばんに駆けつけてくれた
中学時代の同級生。
 
それぞれのやり方で
私に何かをプレゼントしていってくれた。
 
写真も、ここに書ける文章も
ほんの少ししかなくて
とってもはがゆいけれど
 
ありがたさで
胸がいっぱいになる日々だった。
 
普段は接触のない人達にも
自分がこんなに支えられていたことに
改めて気が付いた。
 
普段会っている友人たちの
別の顔がみられて、
友人たちのことが、
さらに好きになった。

そして
私も、返していこうと思った。
 
優しいその人たちに
 
これまで以上に
心のこもった優しさを


私の作品。「中将」

中将