2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年5月19日

 

職場にいった。家族に車を出してもらった。

人の運転で連れてってもらう形だから引き戻せない。

電車は自分の足で向かわないといけないから

引き返そうとしてしまうだろう。

 

休日出勤者が何人もいた。予想はしていたけど気まずかった。

休職のフォローをしてくれた人たちもいる。挨拶とお礼をなんとか伝えた。

驚きながらも気遣いの言葉をかけてくれる。その言葉の中で多かったのは

「来て大丈夫だったの?眠れている?食事とれている?やせたようだけど。」だった。

 

そうか、私そんなにやせたのか。わからない。

 

デスクの片付けを1時間ほどしたが、ずっと動悸が止まらないし

早く帰りたい。誰ともこれ以上目を合わせたくない。

私の存在に気付いた人は気を、声をかけてくれた。

その気遣いや優しい言葉もなんだか受け止めきれない。

作り笑顔と涙目が止まらない。

 

見かねたのか、管理職が、「辛そうだから、きりの良い所で終わりにして休んで。」と言われた。ほっとした気持ちと、ショックな気持ち、入り混じっている。

私は1時間も職場にいられないほどになってしまったか。

そうですよね、気まずい雰囲気になりますよね。

 

目標の半分も片付けができなかった。プライベートな荷物はなんとか片付けたが、

仕事の書類などの処理は同僚にお願いしてきた。

もう疲れた。涙がとまらない。

 

 2024年5月19日

 

昔、恩師に「楽観的すぎて、心配になる。でもときどき変にまじめなところがある。」と面談か何かで言われたことがある。

その時は何を言われているんだろうと思ったが、病気になってその意味が少しわかった。

 

変に真面目なところが表出しすぎで、仕事上で自爆したのかな、と最近では思う。

 

今思うと、職場の片付けもいかなくてもよかったのか、とか

誰かに片付けをお願いすればよかったか、と思ったりもする。

あの時は目の前のことを考えるだけで精一杯だった。

 

自分を客観視する練習をこの1年でやってきた。

YOUTUBEや書籍には本当に助けられたと思う。

気軽にいろいろな方法を試すことができた。

 

日記という機能も備わっている、バレットジャーナルをまず試してみた。

 

 

 

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 2023年5月17日

 

週末職場に行くことにした。半日いれればなんとか片付くだろう。

突然休職したから、私物がデスクに散乱している状況。

 

異動並みに荷物を段ボールにいれよう。ロッカーもきれいにしよう。

人手不足だが、デスクとロッカーもなぜか不足している職場。

なのでしばらく復帰しないと見込んで、スペースを作りにいく。

誰かに自分のデスク内やロッカーを触られるのは抵抗がある。

いつまでも「あの休職した人のデスクとロッカーどうしようかね」などと

いわれたくない。みなさんどうぞ忘れてください。

 

でも、行くと思うと心が重い。

 

 2024年5月17日

 

休職して1年以上たつがいまだに仕事の夢を見る。

月に1~2回だろうか。

仕事がうまくいかず、苦しかったり、気まずかったり、あせったり

自分がピンチになっている夢ばかりだ。

楽しいと思う瞬間もあった仕事だが、そういった場面は夢で全く出てこない。

 

近い将来、自分は復職を選ぶのか、転職を選ぶのか、わからない。

まちがいなく言えるのは、もう誰かのために仕事はしないということ。

自分のため、自分の生活を豊かにするため(お金も心も)に働き、

無理をしたり、自分をごまかしたりしないようにしたい。と思っている。

 

でも、うつ病明けの転職は厳しいだろうな。。現実どうなのだろう。

 

 

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 2023年5月14日

 

今日は筆記用具の断捨離をした。

文房具には思い入れが少なく、

事務的にいるかいらないかを判断しやすいからだ。

 

景品や記念品でもらう黒のボールペン

残量がばらばらの四色ボールペン

メーカーが異なる蛍光ペン

かけた消しゴム

お土産のキャラクターペン

 

家中のペンを集めて種類ごとにわけるのに2時間、

どれが必要か、不必要か判断するのに半日

どこにしまうか考えるのに2時間。

 

決断にすごく時間がかかる。つかれた。

 

 2024年5月14日

断捨離のコツがわからないまま、断捨離をはじめた。

最初は捨てない、捨てるの基準を作ることができない。

何を捨てるのが正解なのだろう?という感じだ。

 

有名な近藤先生の本も読んだ。

「ときめく」が大切らしい。

文房具の断捨離をしたときは、ときめくという感覚を思い出せなかったので

「ときめく」基準で断捨離をするのは、もっと後半になってからだった。

 

思い入れが少ないジャンルから断捨離をしたこと。

小さいものから断捨離をしたこと。

この方法は自分に合っていたと思う。

 

 

 

 

 

 

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 2023年5月13日

 

家にいる時間が多くなると、いろいろなものが気になり始めてくる。

雑多な本棚

ちらばった食材

ほこりがたまったテレビ台

向きがばらばらの置物

 

帽子をかぶって下を向いて外出をするが、家では

横になることが多いから部屋を見上げていることが多い。

 

汚い家だ。

気になり始めたから、掃除をしてみる。

物を減らしてみる。

試しに断捨離をしてみよう。

 

 2024年5月14日

 

小さいころ、大人の親戚が教えてくれた。

「お気に入りの物に囲まれいると、それだけで気分がよくなる」

 

小さいころは親が決めた洋服を着たり、

親が進める習い事をしたり、

自分で決める機会が少なかったように記憶している。

おそらく就職先さえ、親の了承をとっていた気がする。

 

私が好きなものはなんだろう。

いまだによくわかっていないが、

嫌いなものははっきりしてきた。

 

自分で決める。

自分で考える。

自分で責任を取る。

 

生きる上でとっても大切な力だとようやく気付いた。

 

 

 

 

 

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年5月7日

 

人は、他人が何かにひかれたり、引きずられる光景を、

人生で何度目にするのだろう。

 

この数年で2回、目の前で人が亡くなったり大けがをしたりする現場を目にした。

仕事柄、ではなく偶発的に、事故の現場に居合わせたのだ。

人身事故と交通事故。

 

今も、その瞬間が走馬灯のように思い出される。

何度も頭の中でその映像が再生されて、おかしくなる。

そうなるとなぜか、様々な事故映像を検索しはじめる。

 

検索履歴と動画の履歴が、それらだらけになる。

 

 

 2024年5月7日

 

今も交差点や快速電車の通過するときに、強いストレスを感じる。

 

あの車、死角にいるあの歩行者のことが見えていないな。とか

あの車、こんな細い住宅街でスピードだして、いつか誰かをひくだろう。とか

あの危ない自転車運転、死ににいっているようなものだな。とか

このタイミングでホームから落ちたら、あの時と同じ状態になるな。とか

あの人は飛び込もうとしているんじゃないか。とか

このスピードの快速電車に飛び込んだら、緊急停止しても間に合わないだろうな。とか

 

事故で見た景色は、トラウマとなっている。

事故遭遇直後は、出かけることすら怖かった。

今は気を紛らわせながら、外出したり、電車にのることができる。

友だちと、家族と、外出や遠出はできる。

一人だとストレスで呼吸を忘れる時がある。

 

連休の終盤、そして連休明け直後、人身事故のニュースを見るとまた息がとまる。

明日は我が身だと思っていた日もあった。

でも、今、私は生きると決めている。

 

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今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年4月28日

 

実家は心が休まらなかった。

空気。布団。環境。視線。

 

一晩目は朝方まで寝付くことができなかった。

睡眠薬を飲んでも眠れないとなると、いよいよパニックになる。

 

二晩目もすぐに寝付けず、しばらく眠れたあとも目が覚めてしまった。

 

自宅で過ごすのが一番休まる。もう実家には帰りたいと思わないだろう。

 

 

 2024年4月28日

 

実家に帰っていた期間の写真がある。

頬のふくらみはなくなり、くまができ、目が飛び出そうだ。

今見ると、本当に調子が悪そうだ。覇気がない。

 

実家にいた期間は、外食にもいったが、よい記憶がない。

まず外にでる苦痛。歩く苦痛。誰かに合うかもしれないという恐怖。

外食先で食べたいものがない。料理を食べきることができない。

食べきれないと、うしろめたくなる。

疲れた体と神経を休めたいが、結局熟睡できない。

気を利かせてくれた親が用意した食事も、数口でお腹いっぱいとなる。

 

誰かの好意やサポートを、物理的にも精神的にも

受け入れられないことが一番つらかったのだと思う。

 
 
 
 
 

 

今も実家には頻繁には帰らない。そもそも外泊自体完全に克服したわけでない。

旅行先などでも、眠りの深さは完璧ではない。

 

一年前も、今も、自宅の自分の寝床が一番落ち着く。

 

 

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 2023年4月25日

 

実家に帰ることにした。

家族が外泊で留守の間は、一人で過ごすのは危ない。

私のことは気にせず、みんなゆっくりしてきてほしい。

 

 

 2024年4月25日

 

実家に帰っていた期間の写真がある。

頬のふくらみはなくなり、くまができ、目が飛び出そうだ。

今見ると、本当に調子が悪そうだ。覇気がない。

 

実家にいた期間は、外食にもいったが、よい記憶がない。

まず外にでる苦痛。歩く苦痛。誰かに合うかもしれないという恐怖。

外食先で食べたいものがない。料理を食べきることができない。

食べきれないと、うしろめたくなる。

疲れた体と神経を休めたいが、結局熟睡できない。

気を利かせてくれた親が用意した食事も、数口でお腹いっぱいとなる。

 

誰かの好意やサポートを、物理的にも精神的にも

受け入れられないことが一番つらかったのだと思う。

 
 
 
 
 

 

今も実家には頻繁には帰らない。そもそも外泊自体完全に克服したわけでない。

旅行先などでも、眠りの深さは完璧ではない。

 

一年前も、今も、自宅の自分の寝床が一番落ち着く。

 

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年4月22日

 

睡眠薬のおかげで、入眠のスピードが一定になってきた。

ただ夜中に目がさめてしまうと、再度寝付くまで時間がかかる。

 

私が起きてうろうろしはじめると、家族も深夜に起きてしまう。

家族を起こさないようにと、布団でひたすらやりすごすのも辛い。

体は緊張してどんどんいたくなるし、眠れない不安がおそってくる。

 

最近は夜中の覚醒も少しずつ減ってきた気がする。

 

 2024年4月22日

 

病気発症直後は、毎晩深夜まで目がさえ値付けなかったり、

夜中に突然目が覚めて、覚醒してしまったりすることがあった。

 

起きた直後は仕事のことで頭がいっぱいであるのだが

そのうち、「なぜ眠れないのだ」「自分はどうしてしまったのだろう」という

眠れない恐怖がやってきて、動悸がはじまり、息が荒くなり、涙が止まらなくなる。

 

今振り返るとこんな状態だったと振り替えられるが、当時は自分の状態を

説明することができなかった。家族も困っていたことだろう。

 

家族にもわかりやすく症状を伝えてくれるうつの本。

 

 

 

 

 
 
 
 
 

 

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年4月21日

 

友人から連絡がきた。

すっかり忘れていた。結婚式招待状をもらっていた友人だ。

 

結婚式の受付も頼まれていたのだった。

受付の作業の確認事項に関する連絡だった。

年始に受付を頼まれt、二つ返事で引き受けた時は、元気だったのにな。

 

電話じゃなくてよかった。とにかく動揺がとまらない。

 

あと一カ月で受付と挙式と披露宴、二次会まで楽しめる体力・気力が回復するのだろうか。

どうしよう。

 

 

 2024年4月21日

 

ちょっとしたパーティーに誘われた。人生で初めての経験だ。

お店の10周年記念だそうだ。ほう。ちょっとしたパーティーというのは

こんな風な招待状やイベントをやるのかと勉強になる。

 

何を着ていくのが良いのだろうか、みんなどのくらいフォーマルさをだしてくるのだろうか。

お祝いの席は、久しぶりだ。今からわくわくする。

 

 

 

 
 
 
 
 

 

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年4月19日

 

職場からのラインがほぼなくなった。

プロジェクトの後始末も目途がたったのだろうか。

 

ゆっくり休んで。ごはんに行こう。プライベートな話も

してきた気の休まる関係性の人からのメッセージは、ありがたい。

他部署で仲良くしていた先輩や、同期からラインを最後に、

職場の人との連絡を断とう。

 

休職の去り際に連絡先を聞いてきた人もいた。

他の支店から来た人だったが、仲良くしてきたわけではない。

興味本位で近寄ってきたのか。心がつかれそう。

ラインの返事はしない。


 

 2024年4月19日

 

休職後から半年は、職場に関わる人と会うと思うと苦痛で仕方なかった。

誰かが嫌いなのではなく、後ろめたさだろうか。

いてもたってもいられない。

かなり迷惑をかけたのに、今更へらへらできないと思ってしまう。

大きな借りができた、という感覚だ。

 

人に頼ることが上手だったり、持ちつもたれつの関係を自然と構築できる人がうらやましい。

人間関係を損得で計算している傾向がある。

だから雑談とか飲み会とか、何の意味があるのだろうとずっと思っていた。

 

雰囲気を和らげられる人にあこがれる。

でも自分はそういう人間ではないし、これからも人間関係を損得計算で構築していくだろう。