2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年4月18日

 

今日は通院日。

 

世の中の人たちが、仕事や家事、学校などに行っているのに

私は家の窓際で寝たり、うつうつとしたりしていてよいのだろうか。

このままで本当によくなるのだろうかと、毎日夕方に感情が乱れ、涙がとまらない。

 

前回の診察でも同じことを伝えた。

 

「ゆっくりしていいんですよ」「ストレス源から離れられたのは良かったこと」

「15分でいいから散歩をすること」「特に睡眠をしっかりとること」

毎回診察で言われる。

 

こんなんでいいのだろうかと思う思考を、少しやわらげる呪文である。


 

 2024年4月18日

 

これでいいのだろうか、治るのだろうか、何かしたほうが良いのだろうか。

という焦りと不安は絶え間なくやってくる。

通院日にはすこし前向きになれるのだが、3-4日するとまた不安の波がやってくる

 

これでいいんだと思うために病気に関する本をいくつか読んだ。

マンガは文字処理をせずに読み飛ばすこともできたので、手にとりやすかった。
日々の過ごし方、食事、病気の回復の仕方や時期、復職、再発

自分を客観的に見るヒントとなりそうな本も読んだ。

 

「薬を飲まずにうつを治す!」系は、服薬習慣がすっかり身についたころから、

本を物色しはじめたので、時すでに遅し。

これ以外にも地域の図書館で、3冊ほど読んだ記憶がある。

 

 

 

 
 
 
 

 

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年4月11日

 

朝07時 起床、家族見送り 二度寝

 09時 起床、混ぜご飯一杯

 10時 窓際日光浴、仮眠

昼13時 混ぜうどん 半玉

 14時 テレビを見る、仮眠、YUOTUBE

夕17時 涙がでる、動悸がはじまる

 17時 混ぜうどん 半玉

 18時 風呂 落ち着く

夜19時 家族夕食と片付け、テレビを見る

 20時 薬の副作用

 22時 就寝

 01時 悪夢で目が覚める

 

病気はいつ治るんだろう。いつまで続くんだろう。

なんでこんなに力がでないんだろう。

頭がグワングワンしている。

 

 

 

 

 

 

 

 2024年4月11日

 

1年前を思いかえすと、

 

明日の自分はどうなるんだろうと考えられなかった。

今夜も眠れないから明日も調子が悪いんだろうなと毎日無気力になり悲しくなっていた。

 

仕事のことを思い出しては、呼吸が浅くなり、頭がぐらぐらする。

幼少期に泣きじゃくって、そのうち過呼吸になり

自分がなぜ泣いているのかわからなくなる時の感覚に近い気がする。

 

うつ病が原因で自殺、という話も聞く。

私の場合は、発症からしばらくは体を動かすことすらつらく、何か行動することができなかった。

テレビもYOUTUBEもついているだけで、頭には入っていなかった。

自殺するという思考も気力もないほど、頭が働いていない。

脳内は常にPCの砂時計マークがでていた。

 

 

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年4月9日

 

病院の帰りはいつもの処方箋薬局で薬をもらう。

 

薬局に薬剤師さんは何人かいるが、いつも同じ人が担当する。

 

「先週から体調どうですか」

「薬は毎晩飲んでいますか」

「薬は家に何錠残ってますか」

「眠れていますか」

「絶対に1錠以上飲まないでください」

 

毎週の病院と薬局で、自分の体調を伝えるたびに、自分がどんどん嫌いになる。

薬剤師さんにうつ病だってばれている。恥ずかしい。目を合わせたくない。

私は、そんな危険な薬を飲んでいるのだな。

私は、そんな危険なことをする可能性があるのだな。

 

薬局の蛍光灯がまぶしい。 

 

 

 

【処方された薬】

抗うつ薬(トリンテリックス)

胃腸薬(スルピリド)

睡眠薬(ゾルピデム)

 

 


 

 

 2024年4月9日

 

病院の帰りはいつもの処方箋薬局で薬をもらう。

 

薬局に薬剤師さんは何人かいるが、最近は担当がよく変わる。

 

以前私の薬をよく準備してくれていた薬剤師さんは、いつの間にか見かけなくなった。

今思うと、1年前は愛想のない大変失礼な態度をとっていた。

薬剤師さんは、薬剤師さんの仕事をきちんとしている。反省。

 

最近、病院の待ち時間は「帰りは本屋に寄ろう」とか

「帰りは野菜と肉を買おう」などと考えていることが多い。

その結果、病院後薬局に行き忘れるということがあった。

 

家についてしばらくしてから

「あ~、薬のことすっかり忘れてた~。あとで行くか~。」となる。

薬局忘れは、1回ではない。3回ほどある。

 

能天気な忘れん坊な自分が戻ってきたと思える瞬間でもある。

 

【処方された薬】

抑肝散

 

 

 

 

 

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年4月8日

 

仕事のプロジェクトが終わったらしい。

職場との連絡頻度は一気に減るだろう。

 

これを区切りに、抗うつ薬の処方量が増えた。

これからが本当の療養になるらしい。

 

抗うつ薬(トリンテリックス)1錠。

この副作用がつらい。

 

30分後 胃のむかつき、下腹部痛

1時間後 下痢

 

はじめて処方されたのは抗うつ薬(トリンテリックス)0.5錠。

前回は体が薬に慣れるのに1週間くらい。

今回も同じくらい慣れるのに時間がかかるかな。

 

夕方気持ちが落ちこんで、夜うどん食べて少し気がまぎらわせて、薬。

毎晩お腹いたくなるの、つらい。薬のみたくない。

お腹いたくなるから、ごはん食べたくない。

 

 

【処方された薬】

抗うつ薬(トリンテリックス)

胃腸薬(スルピリド)

睡眠薬(ゾルピデム)

 

 


 

 

 2024年4月8日

 

今年は桜を楽しむ余裕があるな、と自覚している。

 

不安定になることもあるから、家には軽めの安定剤が少量保管してある。

先月かかりつけ医に処方してもらったが、使わなかった。今はお守りのような感じ。

昨年の冬ごろに抗うつ剤を卒業し、漢方を飲み始めた。

 

人に会う予定がある前や、何かイベントなどがあると、少し体が緊張して寝つきが悪くなる日もある。

でも5日近く眠れない日々を経験したことを思い返すと、一晩くらい眠れなくても死なないと思えるようになった。

 

といいながらも、入眠薬としてきちんと毎晩漢方を飲んでいる。

おいしいと感じるから体に合っているのだろう。

 

眠れない夜より、眠れる夜が幸せ。

 

【処方された薬】

抑肝散

 

 

 

 

 

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年3月31日

 

覚えていられない

昨日何をしたか、今朝何を食べたか

 

心療内科で「一週間どうすごしていましたか」と聞かれても

自分が何をしたか答えられない

大したことをしてないのに

脳が心配事でいっぱいになる

ぐわんぐわんする

 

覚えられなくて、怖い

 

睡眠時間、食事の回数、散歩をした時間

どんな時に気持ちが沈むかを記録しておこう

 

 

 

 

 


 

 

 2024年3月31日

 

2月~3月は体調が悪い日が多かった

寝付けない、イライラしやすい、無気力。

 

特に寝不足の時の一日はひどい、朝からずっと頭が重たい。

耳鳴りがしたり、呼吸が浅くなる、体も冷える

 

季節の変わり目で、気温が温かくなるから

気持ちもあがるだろうって当たり前のように思っていた

 

調子が悪い日もあるけど、

そんな時こそ自分を客観的に見る、と心がけている

家族や友だちから外出の誘いがあったけど、行かない

自分も相手も疲れるだろうから。私は今日家でゴロゴロしたいのだ。

 

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年3月25日

 

どんどん落ち込んでいく。薬を飲んで入眠できるようになったけど

夜中急に目が覚める。一度目が覚めると、覚醒したように目がさえて

もう一度眠ることができなくなる。真っ暗で静かな夜に、眠れないとパニックになる。

呼吸がどんどん浅くなり、そのうち呼吸することを忘れる。

 

どんなに寝不足でも、日中昼寝をすることが怖い。

昼寝をしすぎると、夜眠れなくなるかもしれない。

またパニックになるかもしれない。

 

 

 

 2024年3月25日

 

自律神経が乱れやすい時期なのか、

2月、3月は寝つきが良くない日がいつもより多い。

 

昨晩もよく眠れなかった。理由は急な緊張感。

先日アメーバから閲覧数やブログの解析レポートが送られてきた。

自分の予想を超える閲覧数。驚きと嬉しさ。そして瞬時に私の中の緊張感が高まる。

今後書いた方がいいことは?言葉遣いや文字に誤りはないか?読みやすい文章か?

毎日書いた方がよいか?もっとくわしく書くべきか?いろいろな心配をしはじめる。

そんな心配事の波は、日中絶え間なくやってくる。

特に、就寝時は大波でやってくるのだ。

 

明日考えればいい、今は違うことを考えよう、と思っていても

うまく切り替えられない。心配事で頭がいっぱいになってしまう。

呼吸が浅くなりかけると、深呼吸をして、時間をかけて入眠。

もう私をパニックにはさせたくない。

 

寝不足の朝、いつも思うこと。

たいてい、私にプレッシャーをかけるのは、私自身なのだ。

1年かけてわかったこと。でも、1年たっても繰り返してしまう。

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を比較します。
病気と向き合うための、本や食事なども紹介。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年3月22日

 

午前は心療内科通院。

診察時間は20分くらい。毎週の診察で泣く。

仕事が順調に進んでいるか気になるし

みんな私のことどう思っているんだろう。

 

昨日の夜も仕事のこと考えたら眠れなかった。

疲れた。午後は寝よう。眠れるかな。

 

【処方箋】

抗うつ薬(トリンテリックス)

睡眠薬(ゾルピデム)

 

 

 

 2024年3月22日

 

無印週間セールをやっているということで、無印に行ってみた。

収納ケースや春物の洋服に目移りするけど

一番長く滞在したのは、文房具コーナー。

ジャーナリング用のペンと付箋を買いたかったが、迷ったのでまた今度。

 

昨年秋ごろからはじめた日記(別名:ジャーナリング)が、今も続いている。

特に最近はまっているのが【モーニングノート】

朝、起きたら自分の思いを素直に紙に書いていく。

これをすることで朝のうちに気持ちがスッキリする。

そのあとのコーヒーもおいしく感じられる。

 

参考にしたのはこちら。

 

 

 

 

2023年2月「適応障害」および「うつ病」との診断をうけ、現在休職中。発症から今日まで書き続けている"日記"を基に『1年前の私』と『1年後の私』を紹介します。
今を苦しむ方の、氣休めとなりますように。

 

 2023年3月21日

 

もうプロジェクトが終結するころだ。

最終プレゼンを行う一人の予定だったのに

洋服も決めていたのに。

台本も、段取りも決めていたのに。

仕事のことを考えると一日中涙がとまらない。

 

3日に1回のペースで仕事の問い合わせラインがやってくる。

今はひたすら謝るしかない。そして的確に指示を出すしかない。

 

 

 

 

 

 

 2024年3月21日

 

今日は1カ月ぶりの通院。内臓の持病が改善しないことに焦りを感じる日々だが

それ以外は良好。一日3回の食事も快食。

 

1年前の自分の写真をたまたま見つけ、今の自分との見た目の違いにも驚く。

目の周りはくま、顔色が青い、頬骨がこけている、三白眼。

 

回復していると実感できた今日、ブログの更新を決意した。

「今日は何する予定?」「明日の予定は?」

 

休職者に予定はない。用事もない。

強いて言えば、

「今日は〇〇をする予定だった。」「明日は〇〇があるはずだった。」だ。

 

突然の休職から2週間がたとうとする。仕事の予定が頭からまだ離れない。

イベントや短時間の顧客対応の予約が入っていた。日々の事務処理もある。

プロジェクトの大きなまとめの作業も何種類もある。

 

それらを全部丸投げにして休みに入った。

丸投げというのは、大げさではないかと思うが、本当に丸投げだ。

1~2時間ほどで作成した引き継ぎ資料など、役に立つのだろうか。

穴埋めに入った人からすると迷惑以外の何物でもない。

 

医者の書いた診断書というものの効力は相当なものだ。

この紙一枚で人と組織の態度が大きく変わる。

病院に行くまでは、睡眠時間が取れなくとも、体調が悪くとも、

なんとか仕事をやりきる道を私も含め皆で模索していた。

 

しかし診断名と診断書の話が出たとたん、周囲の対応が大きく変わった。

3月末までのプロジェクトをやりきらねばと思っていた私からすると、気持ち悪い変化だった。

 

周囲の優しさや気遣いが気持ち悪い。

まだプロジェクトの途中ではないか。

自分がいなくて大丈夫なのだろうか。

いろんな不満やふがいなさを周囲に感じた。

 

しかし最も残念なことは、これまでの仕事も

周囲の変化も、もう受け入れることができない自分になったことである。