現在、アメリカの大学院でモンテッソーリ教育をオンラインにて学んでいる母。
勉強だけをしていれば良かった学生時代とは違い、フルタイムの仕事と育児がある中での社会人学生という立場。
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「時間がない」と日々嘆きながら、毎朝・毎晩課題と向き合っています。
時間さえあれば、もっとできたはずなのに…と感じる場面も少なくありません。
でも、そんな時にいつも思い出すのは、大学院の最初の学期に仲良くなったクラスメートからの言葉。
「完璧を目指すのではなく、自分が出来る最大限を行えばいい。」
そんな言葉をもらい、ふと肩の荷が下りたことを思い出します。
思い返すと、自分の学生時代はいつも点数に振り回されてきました。
どこか常に100点を目指さなければいけないような気がして、それだけで息切れしていた日々。
けれど、アメリカの大学院でモンテッソーリ教育を学ぶ中で気付いたことがありました。
それは「多様性」。
大学院の課題は、実に多様性に富んでいます。
モンテッソーリ園の子ども達同様、大学院生にも常に「選択肢」があるのです。
例えば、あるトピックについてリサーチをしたとしたら。
それについて映像を作成しても良し、ニュースレターにしても良し、Podcast録音でも良し、何なら教材にしても良し。
ありとあらゆる選択肢があります。
自分が最も得意なアウトプットの仕方で周りとシェアするというこの手法は、負担なく、そしてやり出すと気付いたら明け方になってしまうことも珍しくないほど、打ち込むことが出来るのです。
周りはモンテッソーリスクールの経営者や教師たち。
その中で、第二言語で学ぶといういことは、経歴はもちろん言語でもハンディーがある母にとって、とても完璧と言えるようなものは仕上がりません。
けれども、自分が出来る最大限を行うと、驚くことに最大限の評価が返ってきます。
社会人大学院生という肩書きは、優美でも優雅でもありません。
いつも時間に追われ、常に課題の提出時間を〇時〇分という分の単位までチェックしなければならないほど、悪戦苦闘の毎日です。
でも、仕事と育児という最大限の責任がある中での学びは、何も背負っていなかった頃の学びとは格段に違うと断言できます。もし、大学院がなければ、社会人として、妻として、そして母としてもっと時間を使い貢献できたことがあるのではないかと思うと、この年齢でまた学問と向き合うことをさせてくれた環境にただただ感謝しかないからです。
始まったばかりの大学院ですが、順調にいけば来年の今頃は卒業。
残りの1年、どんな満足と苦労が待っているのか。
そして卒業した先には、どんな景色が見えるのか。
我が子のためにと始めたはずが、いつの間にか世界中の子どもたちのためにと目的が変わったモンテッソーリ教育の学び。娘を通じてライフワークと出会えたことが幸せです。
◆◆
今朝の朝読は現在の大学院の大先輩にあたるポーラ・リラード先生のこちら。
課題に追われ、疲れ切った日の朝、なぜか手にしたくなる1冊。
この朝読時間が、癒しの時間です♡
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