博士課程が再開し
またまたペーパー&プレゼン地獄に追われています![]()
それでも、朝読時間を少しだけ確保しようと努力しています。
今行っているのは
読了できていなかった、モンテッソーリ関連の書籍を読むこと。
現在、読んでいるのはこちら。
モンテッソーリ教育における宗教教育の実践を扱った書籍。
実は、これ。
今の自分にとって新しい扉を開くような読書体験 になっていると感じます![]()
この十数年…
- 0歳~12歳のモンテッソーリ教師養成講座
- 12歳~18歳のモンテッソーリ教育のコース受講
- アメリカのモンテッソーリの大学院卒業
などなど。
モンテッソーリ教育を さまざまな側面から 学び、
家庭において実践し、我が家の体験を
ブログやホームモンテッソーリのお手伝いなどで発信してきました。
日常生活の練習、感覚教育、言語や数学、文化教育、そしてコスミック教育や平和教育……。
モンテッソーリ教育の世界は本当に多層的で、どの領域もそれぞれ深く、魅力があります。
ただ一つ、これまで あまり優先順位を高く置いてこなかった領域 があります。
それがモンテッソーリにおける宗教教育です。
宗教教育は「特殊な分野」ではなかった
これまでモンテッソーリ教育の宗教的側面について
積極的に関わってこなかったのは
自分自身、この教育への入り口がアカデミックな側面であり
精神性という部分が二の次となっていたからかもしれません。
また、どこか無意識的にも宗教と教育を別のものとして
認識していた部分もあると感じます。
しかし『アトリウムの子どもたち』を読み進める中で
その認識が大きく揺さぶられています![]()
モンテッソーリが言う宗教教育は、
必ずしも特定の宗教の教義を教えることではなく
子どもの内側にある霊的な生命、静けさ、驚き、祈りのような心の動きを、
大切に扱う教育なのだということをひしひしと感じています。
これは、いわゆる「宗教」の枠にとどまらず、
人間の内面にある深い感受性や、
世界とのつながりを取り戻す教育と言えるかもしれません。
他の領域を学んできたからこそ見えてきた“つながり”
興味深いのは、宗教教育を学ぶほどに、これまで触れてきた他の領域との共通点がどんどん見えてくる点です。
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日常生活の練習が支える「丁寧さ」や「秩序感」
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コスミック教育が伝える「世界への畏敬」
-
平和教育が目指す「他者とのつながり」
宗教教育だけが特別なのではなく、
モンテッソーリ教育全体が
子どもの内なる世界を静かに育てていく
体系としてつながっている
ということに、あらためて気づかされています。
今まで宗教教育を後回しにしてきた自分。
もしかしたら、ようやくこの領域に向き合う準備が整ってきたのかもしれません。
「理解を深める必要がある領域」として
『アトリウムの子どもたち』を読んでいると、
宗教教育は決して“上級者向けのオプション”ではなく、
子どもの全体性を考えるうえで非常に大切な部分
だと気づかされます。
だからこそ、今後、意識的にこの分野を学び、
自分の中で消化し直していく必要があると感じています![]()
モンテッソーリ教育の中で宗教教育をどのように理解するのかは、
おそらく人によって違ってもいいはず。
文化的背景も、信仰の有無も、それぞれ異なる。
それでも、子どもの“内なる成長”に耳を澄ますという意味では、
誰にでも開かれたテーマなのかもしれません。
◆◆
幼児期の子どもたちがどのように精神性を高めていくのか。
そんな過程を、モンテッソーリの宗教教育がどのように担っているのかを、
実際の園生活を通じてみることができる貴重な1冊。
モンテッソーリ教育に興味のあるすべての方にお勧めです![]()
ご訪問、誠にありがとうございます















