高校1年生の娘を持つ母として、一番寂しく感じるのは、子育ての終わりが少しずつ見えてきたことです。
だからこそ、今、とても幸せだと思える瞬間が一日に何度も訪れます![]()
それは『ホームモンテッソーリのお手伝い』を利用してくださっている方々から寄せられたご質問にお答えしているときです。
お申し込みくださった当時はまだ未就園児だったお子さんが、今ではもう小学校に入学しているご家庭もあります。
長くお付き合いくださっている皆さまのお子さんの成長を、こうして折々に感じさせていただけることを、本当に幸せに思います![]()
我が子はもう高校生ですが、新生児から思春期まで、さまざまな年齢のお子さんを持つ保護者の方々とのお話はいつも楽しく、母自身がモンテッソーリ教育の魅力をあらためて感じる時間にもなっています。
この夏休みから受講を始めてくださった保護者の方からいただいたのが、今回のご質問です。
「モンテッソーリの平和教育。家庭でできることはありますか」
実は母も、モンテッソーリ教師養成講座を受講していた頃、まったく同じ質問を恩師にしたことを覚えています。
モンテッソーリ教育は平和教育だと言われるけれど……。
あまりにも壮大で、家庭では一体何から始めればよいのか分からない。
当時の母も、そんな疑問を感じていました。
平和教育と聞くと、私たち大人はつい、戦争と平和、国際理解、多文化共生など、大きな社会的テーマを思い浮かべてしまうかもしれません。
しかし、子どもにとっての平和とは、まず、
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自分の気持ちを受け止めてもらえること
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相手の話を聴くことができること
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困ったとき、攻撃するのではなく言葉で伝えられること
など、日々の身近な関係の中にあるのではないかと思います。
モンテッソーリ教育における平和は、抽象的な理想として教えるだけではなく、毎日の生活の中で少しずつ身につけていくもの![]()
モンテッソーリ園では、たとえば、
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椅子を静かに運ぶ
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順番を待つ
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相手の作業を妨げない
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困っている友達に気づく
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感情が高ぶったとき、自分を落ち着かせる場所や方法を知る
といったことを、毎日の生活の中で経験していきます。
こうした一つひとつの経験が、子どもの中に「自分は尊重されている」「自分も相手を尊重する」という感覚を育てていくのだと思います。
そのような平和教育を家庭で始める第一歩として、母がおすすめしたいのが、アクティブ・リスニングです。
アクティブ・リスニングとは、子どもの言葉をただ聞き流すのではなく、しっかりと注意を向け、その子が何を伝えようとしているのかを理解しようとする聴き方です。
耳で言葉を聞くだけではなく、次のような点を意識してみると、「聞いているつもりで、実は十分に聴けていなかった」と気づかされることがあります。
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子どもの表情を見る
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体を子どもの方へ向ける
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自分の手をいったん止める
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声の調子や間の取り方にも注意を向ける
特に幼児期のお子さんは、自分の気持ちを言葉だけで十分に説明することが難しいため、「いやだ」「もうしない」といった短い言葉で、大きな感情を表現することがあります。
そんなとき、大人が表面の言葉だけを捉えると、その子が「わがまま」「乱暴」に見えてしまうこともあります。
けれども、アクティブ・リスニングとは、その言葉の奥にある経験や願い、困りごとを理解しようとすることでもあります![]()
大人から丁寧に聴いてもらう経験を重ねることで、子どもは少しずつ、
「人の話は最後まで聴くもの」
「気持ちは言葉にできるもの」
「怒りや悲しみも、攻撃せずに伝えられるもの」
ということを学んでいくのかもしれません。
このように、平和的な関係を身をもって経験した子どもたちは、やがて周りの友達の声に耳を傾け、大人の声にも耳を傾け、平和な共同体の一員となっていくのでしょう。
そのような循環が、モンテッソーリ教育の中には自然につくられているのだと感じます。
「モンテッソーリの平和教育って、家庭では何をすればいいの?」
そう疑問に感じたときは、まず、お子さんの声を丁寧に聴くことから始めてみるのがおススメです![]()
普段よりもお子さんと一緒に過ごす時間が長くなる夏休み。
ほんの少し手を止め、体を向けて、子どもの言葉の奥にある思いに耳を傾けてみてください。
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