モンテッソーリな時間~バイリンガルに魅せられて~

モンテッソーリな時間~バイリンガルに魅せられて~

高1の娘とワーキングママによる2歳からのホームモンテッソーリとバイリンガル育児の足跡を綴っています。

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家庭にてモンテッソーリ教育とバイリンガル育児を始めて14年目を迎えます。

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経歴・資格
NAMCモンテッソーリ教師養成講座ディプロマ(0歳~12歳)
シンシナティ・モンテッソーリ中等教育教員養成プログラムセカンダリーコース(12歳~18歳)
米国大学院モンテッソーリ教育学修士課程(MEd)修了
米国大学院リーダーシップ研究学博士課程(PhD)在籍

 

 

 

この春、高校生となった娘。

最近少し感じることがあります。

 

それは、思春期の子育ては

幼児期と似ているということひらめき

 

もちろん、幼い頃のように、

手をつないでどこかへ行くこともなければ

身の回りのことを整えてあげる場面ももうありません。


けれど、

 

「親がどこまで手を出すか」

「どこで引くか」

 

という意味では、とてもよく似ている気がするのです。

 

子どもが小さい頃、親はよかれと思って先回りします。
 

危ないことがないように。

困らないように。

失敗しないように。
 

それはもちろん愛情であり、実際に必要なことでもあります。
 

でも、何でも先回りしてしまうと

子どもが自分でやろうとする気持ちまで奪ってしまうことも事実。
 

モンテッソーリの大学院で出てきた

「環境設定のいちばんの害は大人」という言葉に

ドキッとしたことを覚えていますあんぐりガーン


当時は幼児期のこととして受け取っていましたが

今になって、その言葉は

思春期にも当てはまるのかもしれないと

思うようになりました。

 

高校生になった娘は、少しずつ自分の世界を広げています。
友達との関係も変わり、考えることも深まり、

親への返し方も以前とは違ってきたような気がします。
 

成長したと思う反面、こちらが戸惑うことも増えました。

 

親としては、

 

少しでも良い選択肢を示したい。

遠回りしてほしくない。

失敗してほしくない。
 

でも、「よかれと思って」応援しているつもりでも、

本人にはプレッシャーになるのかもしれない。


そんなことを感じることが度々あります悲しい

 

思春期の子どもに必要なのは、

正しい情報や正論ばかりではないのかもしれません。
それよりも、「自分で考えていい」「親は味方でいてくれる」と

感じられることのほうが大切な時期なのかもしれません。


だからこそ、言葉以上に、親の態度や距離感が問われるのだと思います。

 

先回りしすぎないこと。
言いすぎないこと。
管理しようとしないこと。

 

それは放任ではなく、信頼なのだと感じています。

 

それでも、
勉強のこと、進路のこと、将来のこと。
この時期、話し合うことはたくさんあります。


でも、そういう話ばかりしていると、

お互いに疲れてしまうことも…ちょっと不満

 

だからこそ、少し離れたところで

一緒に楽しめるものがあることは、

思春期の親子にとって案外大切なのかもしれません。
 

わが家では、それが今日のトップ写真、

K-POPグループ『TREASURE』です。

 

この曲が好きとか、次のコンサートはいつとか
そんな話をしている時間は、母娘にとって

とてつもなく至福な時間飛び出すハート
 

何かを評価したり、正したりする関係ではなく

ただ一緒に楽しめる時間があることに

ずいぶん助けられている気がします。

 

高校生になった娘を見ていて、親である母もまた、

関わり方を見直しているところです。
 

すべてを何とかしようとしないこと。
先回りして答えを渡しすぎないこと。
そして、ときどき一緒にTREASUREの話で盛り上がること指差し

 

今は、そのくらいの距離感がちょうどいいのかもしれません。

 

◆◆

 

雑誌などほとんど購入したことがない娘。

でも、こちらは入手飛び出すハート

 

ただ、買ってみたものの、
読むそぶりはまったくなく……。

 

どうやら表紙買いだったようです笑

 

 

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気がつけば、もう4月。

前回のブログ更新から、3週間以上も空いてしまいました。

 

ご入園、ご入学を迎えたご家庭の皆さん、本当におめでとうございます。

我が家は中高一貫校のため、全く実感は湧かないのですが、

娘もついに高校生です。

 

親も子も、まだまだ中学生気分が抜けない我が家ニコニコ

これから少しずつ、娘も高校生としての自覚が生まれ

親の方も、少しずつ子離れができるよう祈っています(笑)。

 

 

 

さて、今日もモンテッソーリの感覚教育のお話です。

 

モンテッソーリ園には幾何タンスという

存在感のある教具があります丸レッド上三角四角グリーン

 

 

 

 

 

モンテッソーリ教室にある幾何タンスは

とても魅力的な教具です。

 

ただ、これはサイズ的にも

家庭に持ち込むのは難しいかもしれませんショボーン

 

もちろん家庭になくても大丈夫OK

 

本当に子供の知性を動かしているのは

「タンス」ではなく

図形と出会い

それを観察し

整理しようとする子供自身の力だからです。

 

当時3歳だった娘も、タンスというより、

形そのものに強く惹かれていました。

 

幾何学のタンスに触れたときはもちろんですが

日常の中でも、形への関心は止まりませんでした。

 

子供は“分類したい”存在!?

 

2歳半から3歳頃、

子供は大きな発達の転換期を迎えます。

 

それまで無意識に環境を吸収していた状態から

「比べたい」「分けたい」「整理したい」という

欲求が芽生えます。

 

形は、その欲求を満たす最高の素材ですラブ

 

丸いもの。
角のあるもの。
まっすぐな線。
曲がった線。

 

娘が四角形の辺を何度もなぞっていた姿を思い出します。

正方形や長方形を手に取り、じっと指で辺を追っていました。

すぐに次へ進まず、ただ静かに。

 

当時の娘にとっては

遊びもおしごとも同じような感覚だったかもしれませんが

 

「辺はいくつある?」
「全部まっすぐ?」
「同じ長さかな?」

 

どこか小学校で学ぶこれらの知識を

身体で確かめていたのかもしれません。

 

今思うと、それは分類の始まりでした。

 

抽象は、日常の中から生まれる!?

 

モンテッソーリ教育では「具体から抽象へ」と進みます。

 

でもその“具体”は、必ずしも

特別な教具である必要はありません。

 

お皿は円。
ドアは長方形。
時計も円。
窓枠は四角。

 

子供が「丸いね」と言ったとき

それは単なる感想ではなく、

頭の中で「これは円の仲間」と潜在的に

整理をしているのかもしれません。

 

モンテッソーリ教育では、

これらのことを

「形を通して世界を構造化している」と

表現することがあります。

 

当時の母には、

この言葉の意味がまったく分かりませんでしたびっくり

 

でも子どもをよく観察してみると

子どもは目に入るものをただ見ているのではありません。

 

お皿、時計、月。

 

これらを単なる「別々の物」として

見るのではなく

「丸いもの」という共通点でまとめ始めます。

 

バラバラな物を、共通のルールで整理する。

 

これが「構造化」の意味だったのではないかと

今ならしっかり感じることができます。

 

 

見えない土台が育っている

 

実はここで磨かれているのは

「視覚的弁別力」とも言われる力です。

 

たとえば、

 

  • 直線と曲線の違い
  • 辺の数
  • 角度の違い
  • 対称性

こうした細かな差異を見分ける力が育ちます。

 

「一体これが何につながるの?」と

疑問に思う方もいるかもしれません。

 

実は、文字を読む力にもつながります。

 

日本語であれば「ぬ」と「め」。
英語であれば「p」と「q」など。

 

微妙な違いを見分ける力は

形を見分ける力と同じ土台の上にあります。

 

また、「四辺形」という大きな分類の中に

「正方形」や「台形」が含まれることを

理解する経験は

論理的思考の芽生えでもあります。

 

形の分類は、思考の分類ウインク

 

当時、娘が小さな手で

四角形の辺をなぞっていたあの時間。

 

それは、世界の秩序を

確かめる時間だったのだと、改めて感じています。

 

◆◆

 

ついに、あと半月で博士課程の授業も再開。

 

またあのペーパー地獄の日々が始まる前にと、
しばし朝読の時間を楽しんでいます。

 

今朝の一冊はこちら。

林先生が推薦されていた、
16歳で東大に合格した韓国出身の
カリス 東大AI博士さんの著書です。

 

AIの世界に魅了されている娘にとって、
何かヒントをもらえるのではないかと感じています。

 

 

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青い幾何学立体を持つ子ども

 

子どもが

「これはなに?」と聞くとき

それはただ名前を知りたいのでは

ありません。

 

世界を理解したい

という強い気持ちのあらわれです。

 

 

これは、モンテッソーリの大学院での
ある授業で聞いた教授の言葉です。

 

皆さんはどのように感じるでしょうか。

 

「それってどういうこと?」
疑問に思う方もいらっしゃるかもしれませんあんぐり

 

しかし、モンテッソーリ教育を知ると、
この言葉の真意が
少しずつ分かってきます。

 

この世に生を受けた子どもたちは、
大人が教えずとも、
自然とこの世界について
自分の中で少しずつ整理し、
理解するようになっていきます看板持ち

 

はじめは「大きい・小さい」、
次に「色のちがい」。

 

そしてその次にやってくるのが、
「形」を知る体験です
丸ブルー上三角四角グリーン

 

そのときに登場するのが、
モンテッソーリ教育の感覚教具
「幾何学立体」です。

 

 

 

 

青く塗られた木の立体。

ボールの形をした球

サイコロの形をした立方体。

トイレットペーパーの芯のような形をした円柱

 

などなど。

 

シンプルな形がそろっています。

 

一見すると地味ですが

実はとても大切な役割をもっています。

 

 形を“見る”だけでなく、“触って”知る

 

子どもは立体を手に取り、じっと触ります。

 

丸い球は、どこを触っても角がありません。
立方体には、はっきりとした角があります。
円柱は、横にすると転がり、立てると止まります。

 

当時3歳だった娘は

こうしたちがいを、頭で考える前に、

手で感じ取っていたのかもしれません。

 

マリア・モンテッソーリは

子どもは「手を通して学ぶ」と考えましたパー

 

実際、触ったり、なぞったり、転がしたりする体験が

形のイメージをしっかりと心の中に残します。

 

ただ「丸いね」と聞くよりも

自分で触ったほうが

ずっと深く理解できるのです。

 

 名前を知ることで、世界がはっきりする

 

モンテッソーリ教育では、
まず体験を大切にしますが、
幾何学立体では早い段階で名称も伝えます指差し

 

「これは球です」
「これは立方体です」

 

これらの名前を知ると、
子どもの中で何かがつながるのかもしれません。

 

今まで“なんとなく丸いもの”だったものが、
「球」というはっきりした存在になります。

 

ぼんやりしていた感覚が、
くっきりと形を持つようになるのです。

 

そのあと、「球はどれかな?」とたずねたり、
「これは何?」と聞いたりしながら、
少しずつ言葉と感覚を結びつけていきます。

 

この積み重ねが、
知識をしっかり定着させていきます。

 

 学びは、じつは楽しい“発見のあそび”

 

幾何学立体の活動は

とても静かですが

子どもにとってはワクワクする発見の時間です看板持ち

 

「これは転がる?」
「これは立つかな?」

 

実際にやってみると

球はよく転がり

立方体はびくともしません。

円柱は、転がることも、立つことも可能です。

 

子どもは、自分で確かめることで

「なるほど!」という体験をします。

この瞬間こそが、学びの喜びです飛び出すハート

 

 世界の見え方が変わる

 

幾何学立体を体験した子どもたちは、
日常の風景の中にも形を見つけ始めるかもしれません。

 

ボールは「球」。
サイコロは「立方体」。
ビルの柱は「円柱」。

 

それまでただ見ていた景色が、
「形」で整理されていきます。

 

世界が少しはっきりし、
少しおもしろくなる。

 

幾何学立体が子どもに与えるのは、
単なる形の知識ではありません。

 

世界を理解するための“ものさし”なのです。

 

街を歩くときに、
少しだけ形を意識してみると――

 

丸いもの、
四角いもの、
転がるもの、
安定して立つもの。

 

子どもと同じ目線で見ると、
いつもの風景が新鮮に感じられるかもしれません。

 

子どもたちは、小さな手の中で、
世界のしくみを少しずつつかんでいます。

 

それが、モンテッソーリが教えてくれた秘密です指差し

 

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  • 誤りを訂正する前に

 

 

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短期の語学研修へ出かけた娘。

翌日は午前3時半起きだというのに、
夜な夜な塾のテキストをPDF化していました。

 

「帰国したら次の日から塾だから!」

 

母としては、帰国後のことよりも
語学研修の準備の方が不安でならなかったのですが、
子どもは案外現実を見ているのだと
知らされた一幕でした爆  笑

 

現在15歳の娘。
思春期真っただ中です。

 

モンテッソーリは思春期を
「子どもが社会の中で新しく生まれ直す時期」
と説明しています。

 

重要なのは、
これは子どもだけの変化ではないという点です。

 

思春期では

子どもは家庭から社会へ移動する。
親は「中心の存在」から「背景の存在」へ移る。


親側にも役割の変化が起きるのです。

 

実はこれは、モンテッソーリの大学院で
幾度となく聞いた言葉でした。

 

ただ当時、娘はまだ小学生。
その頃は、これから来る思春期について
想像することすらできず、
その言葉の意味を十分に
捉えることができていませんでしたキョロキョロ

 

でも、いざ娘がこの年齢になってみると、
子どもはどんどん親離れしていくのに、
実際に子離れできないのは母の方。

 

娘が出発した後も、

 

「あれは大丈夫だったかな」
「これを用意した方が良かったのでは」

 

そんなことばかり考えてしまいますショボーン

 

娘と物理的な距離を置くことは
少しずつ増えていっても、
感情の距離を置くことは
なかなか難しいと感じます。

 

子どもは思っている以上に現実を見て、
自分の世界を広げていく。

 

それでも親は、
「大丈夫かな」と思ってしまう。

きっとそれも、
思春期の親の仕事なのかもしれません。

 

心配しながら、
でも少しずつ手を離していく。

そんな練習を、
今、母もしているのだと思いますニコニコ

 

それにしても、
娘の帰りが待ち遠しいです(笑)。

 

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泣き叫ぶ赤ちゃん、モンテッソーリ教育に役立つ

 

少し前まではSNSをほとんど見なかったのですが、
コロナ禍が明け、ソウル旅行を再開した頃から、
情報収集の目的で見るようになりました。

 

最初は、ソウルの人気スポットをチェックすることに
夢中だった母ですが……韓国

 

最近、気づけば見てしまうのが、
子どもたちの日々の姿です。
なかでも、癇癪を起こしている姿を、よく目にするようになりましたえーん

 

今年で母親歴16年となる今でこそ、
その姿を愛らしいと感じられる今ですが、
娘のイヤイヤ期はもちろん、そんなふうに
思えたことはありませんでした。

 

心が通わない日々に、疲労困憊していた時間。

そして、モンテッソーリ教育に出会ったのも、
ちょうどこの頃でした。

 

子どもが激しい癇癪を起こしたとき、
大人はつい「どうしてこんなに困らせるの?」と、
自分への攻撃のように捉えてしまいがちです悲しい

 

しかし、モンテッソーリ教育を知ると、
その見方は180度変わります。

 

「子どもは大人を困らせているのではありません。
彼ら自身が困っているのです。」

 

モンテッソーリ教師養成講座で、
初めてこの言葉に触れたとき、はっとしたことを覚えています。

 

子どもは、大人を苦しめるために
わざと泣いているわけではありません。
彼らは、自分の内側で渦巻く大きな感情を処理しきれず、
コントロールを失った状態に苦しんでいるのです。

 

親が「攻撃されている」という被害者意識を手放し、
子どもが「助けを必要としている」と認識すること。

 

この事実に気づくだけで、
私たちの対応には、自然と共感と敬意が宿るようになります。

 

ホームモンテッソーリのお手伝いでも、
こんなお話をよくしています。

 

大人がほんの少し見方を変えるだけで、
子どもはもちろん、
大人自身も救われます真顔

 

そんな、楽に生きるためのエッセンスが、
モンテッソーリ教育にはたくさん詰まっています。

 

子どもを大人の強い力でコントロールするのも、
本来大人が持っている優しさで寄り添うのも、
どちらも大人の選択です。

 

そして、その選択が、
大人と子どもの両方の未来を、
まったく違ったものに作り上げていく。

 

そんなことを感じる、この頃ですスター

 

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  • 社会性は生まれたその日から始まっている
  • 家庭がつくる “はじめての社会”
  • モンテッソーリ園環境は “社会の縮図”
  • 「待つ力」と「譲る心」

 

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