4月2日
昼の桜にはあまり興味が無いですが、夜の桜はよいですね。綺麗と言うよりなんだか妖艶で、ちょっと怖いですね。そこがよいです。
7分咲きくらいでしょうか。
見れるのは今の時期だけですから、あと何度か歩いておきたいと思います。
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80年代のポリコットン素材のTシャツです。
この年代特有の今に無い着心地良い質感が魅力です。
プリントも良いです。
4800円+tax
スクリーンスターズの紙タグが付きます。
80年代の無地のラグランTシャツです。
ちからの抜けきったなんでもない感じがよいです。
3990円
地味に推してます。
3月28日
去年大学を卒業して就職した自称ゼロの男りゅうきくんが、仕事を辞めて東京から帰ってきました。
文字通り身も心もゼロになりました。
そういえば、先回3月2日にうちの店に来て、「会社を辞めて春日井に帰ってこようと思う」と言ってました。その時、たまたま居合わせた小関さんから、「も少し頑張ってみたらどうかね」と会社を辞めるのを止められてました。
僕は、他人の人生について頭を使うのはめんどくさいので、『好きにしろよ』と思ってました。
が、帰ってくるのやけに早かったな。
僕に出来ることは勝川の商店街のベンチに座らせて缶コーヒーを飲ませることだけです。
このベンチに座らせたのは福岡くん、中村さん、先日の北田牧師に続いて君で4人目です。
まさに魔のベンチだ。
人のことは言えないけど、さて、どんな人生を送るやら。
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表
裏
60年代、チャンピオンの、ゲームシャツ、とでも呼ぶのでしょうか?素材は一見するとレーヨンのようですが、オールコットン製で、襟付き編み上げの珍しいアイテムです。
タグは裾の裏側に付きます。
ランナーズタグです。
ボディーはマルーン、襟と袖リブが薄いグレーの切り替えです。
size M 19800円+tax
3月26日
昨日、明楽時運さんに珈琲を飲みに行ったら、加藤さんは昼から職場を放棄して、何処かでさぼっているということでした。まあ、…僕もさぼってます。
しかし、ハタチの小店長さんの雰囲気は大変良いです。
お陰で穏やかな時間が過ごせました。
そして今日は加藤さんからイヤホンを新たにいただきました。
この前のより断然良い。
昔、ジャズ喫茶で味わった臨場感が甦ります。
少し前に加藤さんが「ジャズは天然の音だから良い」と言ったのを聞いて、今まで皆んなが好んで聴いている音楽に全く馴染めず、自分がジャズを聴いてきた理由がやっと分かりました。今更なんですが、これ、ビンテージの服が好きなのと共通するところがあるなと自分の嗜好性に納得。
とりあえずビル•エバンス(トリオ)
加藤さんも最近ビル•エバンスを聴いてるらしい。
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60sスウェット
ランナーズタグの付く60年代のビンテージスウェットです。
タグ
ボディーとプリントの色合いが大変良いです。
四本針のラグランスリーブです。
リブの部分
コットンの着心地抜群で、目立つダメージのない良いコンディションです。
size M程度 38000円+tax
3月24日
北田牧師と会う前に、僕は京都でのんびりと川巡りをしていました。
観光地、繁華街から少し離れて人も少ない東山二条から、西に歩くと鴨川と高瀬川、南には白川があります。
大自然を流れる川より、僕は町の中を流れる川、水に惹かれます。それは物語のせいかもしれません。
長閑な二条の川端、鴨川の光景です。
鴨川から西へほんの少し進むと木屋町通りに当たります。
この辺ものんびりしてていいです。
ここから高瀬川が始まります。
高瀬川は、豊臣秀吉が、舟で物資を運搬する為、つまり産業の発展の為に、鴨川の水をこの二条から引き込んでつくりました。
これも僕の好きな川です。
この高瀬川沿いを南に歩きますと、三条通りを越えた辺り、京都の繁華街の端っこに瑞泉寺という小さなお寺がありますが、ご存知でしょうか?
観光地でもない、京都在住の人でも、「そんなお寺、あったっけ?」と言う程の、ひっそりとした佇まいです。
正面から見るとこんな感じで、確かに存在感があまり無いです。
こちらのお寺には豊臣秀次のお墓があります。
豊臣秀次というのは太閤秀吉の甥っ子です。
秀吉は男の子、つまり後継ぎに恵まれなかった為に、秀次を養子にしました。
ところがその後、実子として秀頼が生まれます。秀頼に後を継がす為に、秀次が邪魔になった秀吉は、秀次に根も葉もない謀反の疑いをかけます。それを知った秀次は出家して仏門に入りますが、秀吉は使いを高野山の秀次のもとにやらせて、その場で切腹を命じます。秀次の首は京都に持ち帰られ、三条の河原にさらされました。が、秀吉はそれだけでは終わらせず、数日後、その首の前で、秀次の妻子や側近三十数人の処刑も行いました。
処刑場の三条河原には、あらかじめ巨大な墓穴が掘られました。
1人目は五歳になる長男だったそうで、槍で胸を突かれ、そのまま穴に放り込まれたそうである。それを見て泣きじゃくる二歳の娘を妻が「大丈夫、もうすぐお父さんのところに行けますよ」と言ってなだめたそうな。
全ての処刑が終わると、死体を穴に放り込み、土で埋め、そこに畜生塚と刻まれた墓碑が立てられました。
その畜生塚は鴨川の氾濫で無くなってしまいましたが、数年後の高瀬川をつくる工事をしている時に、秀次の首級の納められていた石櫃がたまたま発見されました。以前より秀次を不憫に思っていた時の豪商、角倉了以はこの地に寺をつくり秀次の一族を供養しました。それがこの瑞泉寺です。
ただ、角倉了以は秀吉と関係が深かった筈なのに、それにもかかわらず、何故この寺の建立が許されたのだろう?
正面が秀次のお墓です。石櫃が置いてあります。
横に並んでいるのは妻子、側近のお墓です。
その中にひとつ、向かって右、白い塔がございます。
悲運の娘、駒姫の塔です。
駒姫とは東北随一、絶世の美女として名を馳せた最上義光の娘です。
その評判を聞いた秀次は駒姫を自分の側室として献上するよう義光に求めました。義光は何度も断りましたが、最終的にはやむなく十五歳の娘駒姫を差し出さざるを得なくなりました。
しかし駒姫が京都に到着した時には、既に秀次は切腹させられており、それどころか駒姫自身も処刑の対象とされました。そのことを知った父親の義光は娘を救う為、秀次と一度も面識のない無い娘が処刑されるのはいかにも可哀想過ぎる。なんとか娘を許して欲しいと秀吉に嘆願します。確かにそれはそうだなと思った秀吉は駒姫の許しを告げる使いを処刑場に送ります。ところがその使いが処刑場にあと100メートルというところで駒姫の処刑は行われてしまいました。
歴史においては、表舞台に立つ人が正義ですから、この類の話は闇に葬られることが多いんじゃないでしょうか。
現在の三条河原はカップルの憩いの場としてみなさんご存知、京都の名所として外人さんや観光客で賑わってます。
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60sマクレガーレーヨンシャツ
60年代マクレガーのレーヨンシャツです。
タグ
前立て部分のテープが特徴的です。
シェルボタン
縫製は二本針です。
コンディション良好です。
size M 14800円+tax






































