5月2日
東京にいた頃、僕は月収4万円、家賃2万5千円の極貧生活を送っていたんですが、なぜそんなことになったかと言えば、諸事情によりその頃は働ける時間がミッドナイトしかなかったからです。午前の2時から5時までファミリーレストランの厨房で、しかし毎日やると寝る時間が無くなるので2日に一度しか出来ない、それで得られた収入が4万円だったという次第です。
そんな生活にいよいよ窮してしまったある夜、僕は考えました。『親に泣きつけば100%助けてもらえるが、それはあくまでも最後の切り札として残しておくべきである。切り札は無闇に使ってはいけない。そもそも親の期待を裏切って東京に出てきた手前、そうやすやすと親に頼るわけにはいかない、甘えてはいけない』と、そこで新宿のアコムか武富士でお金を借りることにしたんですが、カウンターの女性にお金を貸して欲しいと言って、申し込み用紙に記入してしばらく待ってますと、女事務員がその紙を持って戻ってきて、「申し訳ございませんが、今回はご期待にそいかねます」と丁重に断られた。どちらを先に行ったのか憶えてませんが、2軒とも同じように断られてしまった。
今から思えば馬鹿正直に月収4万円と書いたのがいけなかったのかもしれないが、立て続けに2軒で断られると、他のところに行ってもお金借りれるのかな?と弱気になってしまい、安易にも、『今回だけは親に頼ろう』と電話ボックスに駆け込んで104をプッシュしました。104とはコレクトコール、すなわち、受話器の向こうに女の交換士が出てきて、かけたい先の電話番号を告げると、電話代は相手持ちで先方につないでくれます。ところが、親の電話番号を告げてしばらく待っていますと、電話交換の女性から、「先方様が通話を拒否されてるのでお繋ぎできません」と告げられました。絶対の安パイのはずの親から、いともあっさり見捨てられたかたちだ。
親に頼めば絶対に死ぬことは無いという安心感が、急転直下、一瞬にして、もしかしたら死ぬかもしれないという恐怖にすり変わった瞬間で、お先真っ暗、真夏なのに鳥肌がたったメモリーがあります。
とはいえ、仕方ないので翌日、ここなら流石に貸してもらえるだろうと、住んでいた駒込駅近くの以前から目をつけていたいかにも怪しげな町金融に行くことにしました。そこが実質的な最後の切り札になってしまったわけですが、いざ戸を開ける時、『金は借りれても、ここは万一お金を返せなかった時、とんでもない目に遭うかもしれない』と一瞬ひるんだ。が、『返せば良いんだろ。返し方は、取り敢えず借りてから考えよう』と気を取り直して飛び込んだ。が、ここでも「返す当てのない奴に金など貸せるわけないだろ!バカ!」とあっさりと表にたたき出されてしまいました。
追い出されてから冷静に考えると、先方のおっしゃることは確かにごもっともと納得した。
ところが、金を借りることを諦めて、せんかたなく、たどり着いたバイト先のファミリーレストランの厨房で、ほとんど手をつけられずに洗い場に戻ってきたピラフを見て閃きました。貧乏は発明の母、もしくは灯台下暗し、それから僕はファミリーレストランの残飯を2日に一回食べて生きながらえることが出来たのでした。
前置き長くなりましたがそんな経験のせいなのか、そのせいじゃないのかよくわかりませんが、とにかく僕は食べ物を捨てる事が出来ない人間になりました。
昨日のこと、店で賞味期限を2週間以上過ぎた饅頭を3つ食べたあと、立つことすらできないほどの酷い吐き気とめまいに襲われました。座っていてもクルクル目が回る、いたたまれずに筋トレ用のベンチ台をベット代わりにして、お客さんが来ないことを念じながら寝ていました。しかし、何の悪夢か、来て欲しい時には一向に来ないのに、そんな時だけお客さんが次から次へと来て、その度ごとにヨロつきながらレジ代に出て行くが、買わずに一刻も早く帰ってくれる事を念じる始末。それほどキツいのなら店を閉めればよかったんですが、その作業すらできないくらいしんどく、お客さんが帰るとまたヨロつきながらベンチ台に戻って寝るという繰り返し。そんな中、しんどさのあまりレジ代に両肘ついてうずくまっていると、若いカップルのお客さんがTシャツを持ってきてくれました。気力で立ち上がり、Tシャツたたんで袋に入れ、カードの決済を済ませて再びベンチ台に行って寝る。あまりのしんどさに家族に電話して迎えに来てくれと頼んだが、ふざけていると思われて一蹴され、仕方ないので夜まで寝続けました。
痛さというのは生きてるという実感があるが、しんどさには生きた心地を全く感じない。
少し楽になったので気力で後片付けをして家に帰ると、不思議と復活して食欲が出てきました。
そしてその時、やっとTシャツを買ってくれた若いカップルへの感謝の気持ちが出てきました。
ありがとうございました。
一夜明けて、本日は天気も体調も快晴。
本日もお越しいただいた常連様、並びにお買い上げいただいたお客様に感謝致します。
ありがとうございました。
腰痛も無くなり深夜の徘徊も再開しました。
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個人的に好きなTシャツをご紹介致します。
先ずはスクリーンスターズの黒の無地Tシャツ。
ポリコットンの70から80年代独特の愛すべき着心地です。
ありそうでなかなか無い一枚です。
着用感の殆どないミントコンディションでサイズも大変良いです。
4500円+tax
次も無地ですが、こちらはラグランです。
七分ではなく、半袖は有り難いです。
size M程度 3990円
4月30日
午前中、用事の無い時には愛猫のベロ丸と過ごします。
我が憩いのひと時です。
ゴールデンウイークが始まりましたが、
その早々から当店へお越しいただいたお客様に感謝申し上げます。
ありがとうございます。
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50sハワイアンシャツ
50年代レーヨン製のアロハシャツ。
プリントは抜染で、大変発色が良いです。
シャツで見かけるブランドです。
袋縫いの襟
尿素ボタン
二本針ステッチ
シンプルなワンポケ仕様です。
こちらの一枚は、目立ちませんが
多少のダメージがある為、低めの価格を設定させていただきました。
size M 26800円+tax
4月27日
久しぶりに園田さんの顔を見ました。
お元気そうで何よりです。
実は「僕の方はこの1週間ほど歩くのも苦痛なほど腰が痛いんですよ」と言うと、体調が悪い時は休息が必要だというアドバイスをいただきました。
園田さんが長い時間店に居てくれたものですから、都合良くトレーニングも散歩もせずに、身体を休めてのんびり店内で過ごすことが出来ました。
そしたら、次の日も僕が身体を動かさないようにと心配して、園田さんが来てくれました。
お陰で只々、無為に気持ちの良い気候だけを満喫して、腰の具合もだいぶ良くなりました。
本日はTシャツ日和で、
園田さんもTシャツを買ってくれました。
何から何までありがとうございました。
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70〜80sTシャツ
Tシャツ、いろいろ出してます。
宜しくお願い致します。
価格3990円〜
4月25日
ゲージツ家のクマさんこと篠原勝之さんといえば着流しにマフラーのこのスタイル。
「ヒトからどう見られようと、どんな時も、今おかれている状況を面白がって、一生懸命に力の限りを尽くす」
「残っている力をぜんぶ出しきって終わりたい」
その在りようは最後の最後まで変わらず。
クマさんが描いた、この状況劇場のポスターを初めて見た時、ものすごい衝撃を受けました。
そして、今だ、その虜です。
古自転車にドリルを付けたクマさん苦心の一角獣、ユニコーン。
跨るはドンことテシオとオカマのお春さん。
自分にとってのかっこよさの原点かもしれません。
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60s ヒルトンボーリングシャツ
60年代のコットン製ヒルトンボーリングシャツ
タグ
襟部分は白の切替
ポケット
縫製は二本針
背中のスリット
アーチ状のチェーンステッチ
派手過ぎずさり気ないチェーンステッチ、
センス良いと思います。
size M 22800円+tax
4月23日
トレーニングしてたら明楽時運の小店長が来店。
そういえば、今日、木曜日は夜の7時からマッチングアプリ4人目の女性と会う日でしたね。
一緒に来ていた友達に「君は彼女がいるの?」と尋ねたら「もちろんいますよ」と返事が返ってきました。
昔から僕は、何でも卒なくこなす人間には一向に興味が向かず、ドタバタしてる人間に惹かれます。
どうしてだろ?
昨夜、散歩の途中で長谷川さんから「店の家賃はちゃんと払えているのか?」という心配の電話がかかってきました。子供の頃に集めていたポケモンカードを売ったら5万円になったから売上に貢献してやるという申し出でした。
友よ、ありがとう。
しかし、「アトリエのつもりで店は借りてるので、売上無くても心配はご無用です」と言って、その申し出を辞退しました。
欲しくて我慢ができないものが出てきた時の為にお金は取っといて下さい。
今、君に、それ程のものを用意出来ないのが申し訳ない。
個人的なはなしですが、少し前に新たにブーツをおろしました。
おろした時はサイズが小さくて足が痛かったけど、期待通り履いていると革が伸びてきて、だんだん痛くなくなってきました。
そんなこともあって、本日はブーツをご紹介致します。
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60s ワークブーツ
60年代あたりのアウトドアズマンのワークブーツ
革の感じもつくりも大変良いブーツです。
ソール、ヒール共にコルク、縫製は屈強です。
サイズは9から9ハーフくらいでしょうか。
29800円+tax



































