銭湯ギャラリー | 東四ヶ一の庄

東四ヶ一の庄

実家を離れて40数年。もう帰ることはないだろうと
思っていたこのまちに戻ってきました。
「東四ヶ一の庄」とは、私の愛読書『ホビットの冒険』
『指輪物語』の主人公の家があるところです。

5月2、3、4の三日間、廃業した町内の銭湯がギャラリーになるというので行ってみた。

スタッフらしき人が表にいる。

 

風呂はうちにあったから、この銭湯には行ったことがなかった。

関西で一人暮らしを始めたころ、他人と一緒に風呂に入るという経験をしたことがなかったので、銭湯という場所がちょっと恐怖だった。

あのころの下宿(アパートというより「下宿」だった)の多くは、風呂などついていなかった。トイレも台所も共同で、やはり共同で使う洗濯機があった。

 

慣れたら広い風呂はとても気持がよかったけれど、真冬の仕舞い湯の帰り道で髪が凍り、帰って髪をとかすと小さい氷のかけらがぱらぱら落ちた。

 

何年か前、今住んでいるこの家が空き家だったころ、ここに泊まったことがあった。そのころはガスを止めてもらっていたので家の風呂には入れない。それで、この銭湯に行こうと思ったら廃業していた。

それきり、いつか取り壊すことになるのだろうと思っていたら、こんなふうに活用されていたのだ。

 

入るとすぐ、ロッカーなのか下足箱なのか、そこに小さい絵が展示してあった。

 

女湯の脱衣所。片隅のこれは、赤ちゃんを寝かせるところだったのだろうか。レトロな体重計がそのまま置いてある。「静かに乗ってください」と木札の注意書がある。

 

フルーツ牛乳などが入っていた(であろう)冷蔵庫と、その上は歯ブラシなどを売っていたらしいケース。

入浴料金が「大人400円」と書いてある。廃業するころの値段なのだろう。

入浴料金は地域によって違うようだけれど、私が初めて銭湯に行ったころ(40年以上前)の関西は100円しないくらいだった。調べてみると、2024年4月からの静岡県の入浴料金は、大人490円とのこと。銭湯は、もはやプチ贅沢と言えるかもしれない。

 

浴場。私が行ったことのあるいくつかの銭湯は、壁際に四角い浴槽がいくつかあった。泡の出るところや「電気風呂」なんていうのもあった。

この銭湯は、どこからでも入れる円形の浴槽。営業しているときに一度来てみたかった。富士山はペンキ絵ではなく、タイルのモザイク仕様。

 

そういえば、前住んでいた茨城の借家の風呂場の壁にはA3サイズくらいの富士山のペンキ絵があった。赤富士だった。誰かプロに頼んで描いてもらったのだろうか。風呂場に富士山のペンキ絵がある個人の家って、どのくらいあるのだろう。

 

蛇口のところに古本を並べて売っている。

本当に古い本(前の世紀の)。

左下の壁に立てかけてあるのは、沢田研二ベストヒットのLPレコード。

 

浴場の片隅。

座布団と椅子は今回の企画のためだろうけれど、風呂椅子と洗面器もそのままある。黄色い洗面器の底には「ケロリン」と書いてあるだろうか。見てみればよかった。

 

このコーナーにも古本が置いてある。

シャワーはここで、ということだったのだろう。そういえば、壁際の蛇口のところにはシャワーがない。

 

女湯の奥に出入り口があり、写真や子どもたちの作品が展示してあった。

二階に登る階段がある。階段の手すりに下がっているのも子どもの作品。

上りきると「手すりはぐらぐらします」との表示があった。

 

二階は、アートと古本。なぜか、絵本とファンタジー系の雑誌「月刊MOE」のバックナンバーがたくさんあった。

 

「月刊MOE」のイラストコンテストに、実は毎月応募していたことがある。選者の村上勉さん(佐藤さとる『誰も知らないちいさな国』シリーズの挿絵その他で有名)が好きだったし、絵を描くのも好きだったから。

 

イラストコンテストは、毎月課題が出て、それからイメージして描いた絵を送ると、入選、準入選などが選ばれる。入選が続けば「コンテスト卒業」のお墨付きをもらい、プロとして仕事ができるようになるのだった。

 

私は入選したことはなかったけれど「最終選考に残った作品」として、何度か掲載してもらった(切手くらいのサイズで)。一度、返却されてきた作品の裏に、村上勉さんの手で「いい線まできているけど、まだちょっと味が浅い」と書かれていたことがあり、感激した。

 

置いてあるバックナンバーを見ていたら、中の一冊のイラストコンテストで「一次選考通過者」の中に私の名前があった(一次選考通過は名前のみ掲載)。

30年以上前のことだ。

 

文章も書きたかったけれど、絵も書きたかった。こんなふうに気が多いから、どちらも大成しないのかもしれない。

 

引っ越しにあたって、私がとっておいた月刊MOEの大部分は処分してしまった。

 

銭湯の二階というと、宮部みゆき『ぼんくら』シリーズを思い出す。

宮部みゆき 作 『ぼんくら』講談社

 

同心井筒平四郎は、朝風呂に行って、湯屋の二階で朝食をご馳走になったりしている。風呂屋というのは江戸時代から一種の社交場だったのだ。街中のギャラリーになり、古本を売って人を集めるのにふさわしい場所なのかもしれない。

 

一階に降り、男湯の脱衣場へ行った。(営業していたら決して足を踏み入れられない場所)

「戦争はいや!」というタイトルの木像の群れ。これはちょっと迫力があった。

戦争はいやだ。シンプルに、それが伝わってくる。

 

女湯の古本コーナーで、古典名作全集の一冊『東海道中膝栗毛』を買った。300円だった。

古典名作全集22 『東海道中膝栗毛』ポプラ社

 

中学生のころ、この全集を全部読破するつもりで図書館に通った覚えがある。

処分しなくちゃならないのに、また本を増やしてしまった。