そばにいて
17.おまえ、ゆうに何をした 2
ヒロが去った後も背中を向けたまま腕を組みその場に立ち止まって
いる吉永君に、ありがとう真澄ちゃん、と小さくつぶやいた。
聞こえたのだろうか。彼の肩が一瞬ピクっと動いたように見えたが
しばらくの間、黙って向こう側を見ているままだった。
「……もう、帰るのか? 」
急にこっちに向き直った吉永君が唐突にそんなことを言う。いつも
彼の言動は予測不可能だ。
「あ、うん。もう帰るよ。真澄ちゃん、あの……。マミは? 」
バスターミナルに向かってゆっくりと歩きながら今一番気がかりな
ことを訊ねる。彼らはデート中だったはずだ。
「さあ? もう帰ったんじゃないのか? 」
えっ? 何だろう。この違和感は。そんなあっさりした返事をもらって
も、ますます混乱するばかりだった。
あれから二人は合流できなかったのだろうか。だとしたら、それは
優花のせいでもある。これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかない。
「帰ったって? ああ、どしよう。わたしとあんなところで会ってしまった
から、だから……」
「ゆうが何を思ってそんなことを訊くのかは知らないが」
優花の言葉をさえぎるようにして吉永君が話し始める。
「俺は塾に行っていたんだけどな。大園が本屋に行くというから、途中
まで一緒に歩いていただけだ。あの大通りのもう少し先に大きな本屋
があるだろ? 」
「う、うん」
「で、俺はその先にある塾に向かっていたら、そしたらあそこで、大園が
ゆうを見つけて……」
「あんなところを見られちゃったんだ」
「ああ。初めはおまえも同意して、あいつらと一緒にいるのかと思った
んだけど、どう見てもゆうの目、俺に何か訴えてただろ? 」
「真澄ちゃん……」
確かにあの時は怖かった。そんなことが叶うはずがないとわかって
いながらも、吉永君に助けを求める気持ちが全くなかったと言えばうそ
になる。が、同時に他の男性に抱き付かれている姿を彼に見られたく
なくて、恥ずかしさのあまりとんでもなく情けない顔をしていたはずだ。
「俺、あの後、もう勉強どころじゃなくてさ。塾長に腹の調子が悪いって
嘘ついて、部屋を抜け出してきた。ゆうのことが気になって、心配で
心配で……」
「……真澄ちゃん」
「おまえとは距離をおこうと決めたはずなのにな。それからあいつらが
行きそうなカラオケ屋をいくつかピックアップして、あの雑居ビルのそば
まで来たら、ちょうどゆうが走りだしたところだったんだ。あの男、マヌケ
な顔しやがって、オロオロしていたぞ。俺はゆうと並行に反対側の歩道を
全速力で走った。まさかこの足がこんなところで役に立つとは思わな
かったよ。ゆうも昔から速かったけど、まさか今でもあんなに走れるなん
てマジでびっくりした。うっかり見失わないように、俺も必死だった。
先読みしてドラッグストアの交差点を渡って、ちょうどいいタイミングで
捕まえることができたんだ」
「ありがと、真澄ちゃん。本当に助かった。真澄ちゃんが来てくれなかった
ら、わたし、どうなってたか……」
「ああ」
「広川君に捕まってたかもしれないしね」
「悪夢だな」
「うん……。そうだ、もし今夜の塾のズル休みがバレて、おばちゃんに
叱られたら、わたしのせいだって言ってね」
優花はいたって真面目に、真剣に、そして誠心誠意、心の底から感謝
を込めてそう言ったのに。なのに。
吉永君が肩を揺らして笑い出すではないか。とうとうお腹を抱えて大笑
いをしている。
「クックック……あっはっはっは! おい、なんだよそれ。小学校の習い事
とはワケが違うんだ。誰が塾をサボったくらいで叱られるんだ? 」
「ま、真澄ちゃん? 」
「ゆうって、ホントにおもしれーな」
優花はきょとんとしたまま、笑い続ける吉永君を見る。ヒトがせっかく
心配して言ってあげているのに、なぜ笑い飛ばされなければならない?
けれど優花はあることに気付いたのだ。彼は常日頃から真面目だから
誰も嘘をついているなどとは思っていないこと。そもそも疑われることが
ないのだ。だから、塾の先生が親に言いつけることもない。
そっか、そうだったんだ。心配して損した。と納得したが、まだ笑い続け
ている吉永君が優花の視界を独占する。それにしても彼は笑いすぎだ。
優花は不満そうに口を尖らせ、彼と横並びになって再び歩き始めた。
「なあ、ゆう。その軽はずみな行動、何とかしろよな。あのままあいつと
いれば、どうなったかくらい、ゆうにもわかるだろ? 」
「うん、まあ……」
「男にもいろんなやつがいる。好きな子を前に、大事に見守っていくやつ
ばかりじゃない。気持ちのまま、暴走するやつだっている」
え……。優花は自分の身に起こっていたかもしれない未知の領域に
身震いする。
「自分だけは大丈夫、って変な自信があったのかも。わたしなんか誰にも
相手にされないって……」
「ゆう、おまえ……。自分自身のことが何もわかってないんだよ。頼むから
本当に好きな相手以外には、簡単についていったりするんじゃない。相手
を過信するな。いいか? 」
「わ、わかった。これから気を付ける」
もちろん、吉永君の言う通り、これからは細心の注意を払うつもりだ。
そして、彼を越えるような素敵な人が現れる日まで、その日まで、自分の
心も身体も大事にしようと決めている。
「はやと……。はやとはどうしたんだ? 一緒に帰るんじゃなかったのか?」
突然不機嫌さを露わにした吉永君が、生い茂った街路樹の下で立ち止まり
優花を問いただした。
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