そばにいて
17.おまえ、ゆうに何をした 1
「真澄ちゃん……」
「心配させやがって」
優花が振り向いた先には、吉永君の優しいまなざしが注がれていた。
彼女のことをゆうと呼ぶのは彼しかいない。たとえそうだとわかっていても
まさか本当に彼がここにいるなんてことが信じられるわけもなく。優花は
ひたすらまばたきを繰り返す。
どこで見つけてくれたのだろうか。わき目もふらずに走っていた優花に
とってまさしく晴天の霹靂であって、本物の彼が目の前にいるにもかか
わらず夢の世界の出来事としか思えない。
走っていたであろう吉永君なのに、全く息も上がらず平然とした面持ちで
そこにいるのだ。突如、あっ、と驚いたような声を出し、掴んでいた優花の
手をすっと離した。
とたんに恥ずかしさが込み上げてきて、顔を上げることはおろか、声すら
出せないままその場に立ちすくむ。
どれくらいそうしていたのだろう。あるいはほんの数秒だったかのかもしれ
ない。それは優花にとって永遠に思えるほど、ゆっくりとした時の流れだった。
周りの喧騒もすべて消え去り、そこは吉永君と優花の二人だけの世界の
ように思える。聞こえるのは胸の鼓動だけ。トクトクと規則正しく、でもいつも
より早くリズムを刻んでいた。
優花は胸を押さえながらゆっくりと顔を上げた。
その時、吉永君の左腕の後ろあたりに重なるようにして目に映ったのは
身体を前かがみにしながら肩で息をしている、ヒロ……だった。
「ふーーっ。やっと追いついた。ゆうかちゃん、俺を置いたまま、行っちまう
なんて、ひどい、よ。結構、逃げ足、速いし、ハァ、ハァ。あれ? その人
さっき、マミってやつと、一緒だった、人だろ? 違う? 」
ヒロが息を切らせながら、途切れ途切れに話す。そして、そんなヒロを見た
吉永君が、彼の前に迫って行く。
「おまえ、ゆうに何をした……」
いつにも増して吉永君の低くて鋭い声が、ヒロめがけて突き刺さる。
「お、おい。あんた、何マジになってんの? 」
ヒロが顔を引きつらせながら吉永君の気迫に押され、じりじりと後退して
いく。
「ゆうに何をしたか、言ってみろ……」
吉永君は尚も前へ前へとにじり寄る。
「お、俺はただ、ゆ、ゆうかちゃんをサリたちに紹介してもらって、その、今日
初めて会って。それだけなのによ。なんであんたにケンカ売られなきゃなん
ねえんだよ。ったくメンドくせえな……」
ヒロが吉永君から目を逸らせ、開き直ったかのように捨てゼリフを吐く。
「用がないなら、二度と俺らの前に現れるな。今度、ゆうの嫌がるようなこと
をやってみろ、無傷で家に帰れると思うなよ……」
「わ、わかったよ。俺は、そういった血の気の多いやつらとは違うんだ。こう
見えても、ケンカはしねえんだよ」
「ケンカはしなくても、女に付きまとうのは許されるとでも? 」
「いや、だから、俺は、ただカノジョ募集中ってだけなんだよ。ならさ、ほら
ゆうかちゃん、めっちゃかわいいし、もうちょい頑張れば、オチルかなって
思ってよ。な? そういうことだって、はっ、はははは……」
ヒロが目を泳がせながらも、必死になってへらへらと笑っているが、吉永
君の表情は少しも変わらない。いや、より一層、冷やかさを増している。
さっき大通りで麻美と一緒だった彼と出会った時、優花がヒロに絡まれて
おびえていたのを吉永君はちゃんと気づいてくれていたのだ。
「ゆうかちゃん、今日は、ホントに悪かったよ。紹介されたとはいえ、結果
怖がらせてしまったみたいで。でもまあ、あんま気にすんな。俺だって
フツーにそれなりの常識ってのもあるしな。無理強いしてあんたをどうこう
しようなんて思ってないし。でもな、俺、ゆうかちゃんに本気になりかけてた
かもしんない。遊び半分じゃなくてな。だって、ゆうかちゃん、いい人そう
だし、スレてないし。それと……」
ヒロが急に声のトーンを下げて話し始める。
「さっき言ってた話だけど。俺、誰のことかわかったかも」
と言いながら吉永君をちらっと見る。
さっき言ってた話とは、つまり、好きな人がいると言った、あのことだ。
ヒロにバレてしまったのだろうか。ということは、サリにも知られるだろうし
サリから麻美に伝わる可能性もないとはいえない。
優花は形勢が不利になったことを悟り、青ざめる。今さら何を言っても
無駄だとは思いながらも、できるだけそ知らぬフリをして、ヒロの話を聞き
流し、決して目をあわせないようにした。
「あははは……。心配いらねーって。まあ、ゆうかちゃんの名誉にかけて
誰にも言わねーから。そっか、なるほどな……」
ヒロが鼻の下を掻きながら、優花と吉永君を交互に見る。
「ちょいとばかり、話はややこしそうだな。まあ、俺には関係ないってことで。
それに、どう考えても俺には勝ち目はねえしな。ゆうかちゃんとは、これから
先、もう会うこともねえだろうけど、もしこの辺で俺を見かけたら、声くらいは
かけてよ」
「広川君……」
「俺、そろそろ行くわ。じゃあな」
出会った瞬間、吉永君に似ていると思った笑顔を最後に浮かべて、ヒロが
立ち去って行った。
遠巻きに様子を見ていた他校の高校生も、期待した場面にならなかった
からなのか、少し落胆したような素振りで各所に散って行く。
秋の夕暮はいつの間にか暗闇に覆われ始めていた。
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