そばにいて
14.誰なの? 2
麻美の異変に気付いた勇人君が吉永君のそばを離れ、彼女の
ところに駆け寄る。
「ごめんね、大園。僕、なんてひどいこと言ったんだろ。真澄のカノ
ジョは大園なのにな。今僕が言ったゆうちゃんのことは、忘れて。
一人で勝手に思い込んでただけなんだ。真澄とゆうちゃんは、何も
ないよ。その証拠に、真澄が選んだのは間違いなく大園なんだから」
言い終わると勇人は力なくエレベーターに向かって歩きだす。彼は
麻美をこれ以上傷つけないために、自分の発言を否定したのだ。
「吉永君。マミのこと……頼むね。お願いだから、マミに優しくして…
…あげて」
優花は残っていた勇気をふりしぼってそれだけ告げると、勇人君
を追いかけて同じエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターのドア越しに向こう側の吉永君と目が合った。最後まで
彼の視線が優花から逸れることはなかった。
今日から中間テストの一週間前だ。部活動は一応基本的に活動休止
になる。試合前の運動部はそんな悠長なことは言ってられないのだろう。
麻美も吉永君も普段と変わらずグラウンドに姿を見せている。
優花はこの一カ月間、信じられないくらい熱心に部活に打ち込んだ。
それは勇人君も同じだった。
エレベーターホールでのあの出来事にはお互いに全く触れることは
なかったが、何も言わなくてもわかる。すべてを忘れるためには、部活
に没頭するしかなかったのだ。
優花がボランティア部に入ったのにははっきりとした理由があった。
それはボランティア精神を学ぶことと、絵本の読み聞かせや朗読を
体験できるからだ。
優花は将来、アナウンサーになりたいと思っている。いわゆる女子
アナだ。容姿端麗でない分、実力でその地位を獲得しなければ、夢を
叶えることは出来ない。
それと、災害や事件現場にも足を運び、正確な状況を伝えることも
アナウンサーとしての大切な業務内容になる。ボランティア活動を通して
社会の様々な場面を経験することが、将来の仕事への足掛かりになる
かもしれないと優花は信じていた。
勇人君は優花とは全く違った動機でボランティア部に在籍している。
ボランティア部が設立されたきっかけが生徒会の発案だったことから
部長、副部長ともに、生徒会の執行部の人が兼任している。
中学時代に生徒会長をしていた勇人君が、高校入学と同時に、その
リーダーシップを買われてボランティア部に引き抜かれた、というのが
在籍理由だ。つまり、将来の生徒会執行部としてのレールがすでに彼
の前に敷かれているというわけだ。
テストが終わった後の最初の土曜日に予定されている施設訪問に
間に合うように、訪問先の介護施設で使う紙芝居を手作りしたり、誕生日
カードを作ったりと、昨日までは目が回るほどの忙しさだった。
がんばったかいがあって、今日からテスト最終日の前日まで、部活は
休みになる。
優花は朗読のための夏目漱石の本を部室に忘れたことに気付き取りに
戻った。
「よっ! なんか用? 」
勇人君が紙を広げ、何か書き物をしながらあいさつ代わりに左手を
上げる。
「本を取りに来ただけだよ。はやと君は今日も部活するの? 」
「ちょっとだけね。あと一行書いたら帰るよ。今度の介護施設の誕生会は
企画もすべて任されただろ? その時の進行予定計画を立ててたんだ。
えっと、こうして、ここに朗読を入れて……。おお! 出来た。後はこれを
副部長に見てもらったら、パソコンに打ち込んで印刷して完成だ」
優花は勇人君の肩越しに、紙に書かれた計画表をのぞき込んだ。
時系列に沿って細かく内容が書きこまれている。彼ならではの見事な
仕事ぶりだ。そこには優花の名前もある。ちょうどプログラムの真ん中
あたりで朗読が割り当てられていた。
「ゆうちゃん、一緒に帰ろうよ。誰かと約束してんの?」
机の上の文具類をまとめながら勇人君が言った。
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