そばにいて

 

 

13.夕焼け空の下で 1

 

 

 

  優花は吉永君がいなくなった後も、しばらくそこにたたずんでいた。

  足が前に進まないのだ。今夜もまた熱帯夜が続くと天気予報で耳に

 したのに、ロビーから吹き抜けてくる風が冷たく、ぶるっと身体を震わ

 せた。

  Tシャツの袖から覗く腕をさすりながら、ゆっくりと階段を上り始める。

  二階に着いてそのまま三階に向かおうとしたが、ふと思いなおし

 エレベーターのボタンを押した。優花はその日から、もう階段を使う

 のを辞めようと決めた。

 

  次の日、学校に着くや否や、待ち伏せしていた絵里に校門のところで

 捕まえられる。

 「優花! まさかと思ったけど、そのまさかなんだよね? 」

  教室には行かせてもらえず、そのまま図書館裏手のベンチに無理

 やり座らされ、恐れていた尋問が始まった。

 「優花、本当に実行したんだね。わかってたけど、びっくりだよ。でもさ

 吉永も吉永だよね。マジでオッケーするなんて、信じられない」

 「絵里……。あのね、夕べ遅くにマミから電話もらって、ありがとうって

 言ってくれて。すごく喜んでた。これでよかたんだよね、絵里」

 「優花ったら、よくそんなに平然としていられるね。このままでいいの?

 優花の気持ちはどうなるの? 」

 「正直言って、辛い……。でもね、これでいいんだ。吉永君、ちっとも

 マミのこと嫌がってなかったし。わたしがカレとの連絡手段を消し

 ちゃったことは怒ってたけどね。でも吉永君はきっぱりと言ったん

 だよ、マミと付き合うって。わたしのことなんて、カレの眼中には

 これっぽっちもなかったんだってば。悲しいけど、これが現実」

  絵里が口をへの字にして、あきれたようにため息をつく。吉永も

 優花もどっちもどっちだと言って、不服そうに文句を並べるが、もう

 元には戻れない。絵里には言えなかったが、すでに彼から、絶交状も

 叩きつけられてしまったのだから。

 

  その日優花は教室で吉永君とはもちろん一言も口を利かなかったし

 目を合わせることもなかった。

  でも一学期と同じ状態になったまでのこと。この数日の出来事は

 夢の世界だったと思えばいい。

  絵里に心配をかけないためにも、気持ちを切り替えて、明るく振る

 舞って過ごした。

  授業が終わると部活に少しだけ顔を出し、今週の予定だけ確認して

 部室を出た。すると誰かがけたたましい叫びを上げながら追ってくる。

 「おい、待てよ! なんでそんなに急いでいるんだよ。俺も帰るから

 ストーーーップ! 」

  優花を呼び止めて、大慌てで教室にカバンを取りに行ったのは

 学校イチの秀才ともてはやされている勇人だった。

 「お待たせ! 」

  廊下を教室二つ分くらい進んだところで、カバンを持った勇人が

 優花に追いついた。

  メガネをかけているけど決してがり勉には見えないその爽やかな

 顔つきは、絵里が言うところのイケメンランキング一位というだけの

 ことはあって、惚れ惚れするほどカッコいいと思う、いや、カッコいい

 らしい。優花にはよくわからないが、まあ、そういうことにしておこう

 と自分を納得させている。

 「はやと君、今日はどうしたの? 部活は? 」

  いつも部活熱心な勇人君がこんな時間に帰るなんて珍しい。

 「それを言うなら、ゆうちゃんも部活はどうしたんだよ」

 「わたしは、その、今日は早く帰ろうと思ってね。家の手伝いの約束

 もあるし」

 「手伝いって、お母さんの? 」

 「うん。そうだよ」

 「そっか、えらいな、ゆうちゃんは。おばちゃん、働いてるもんな」

 「まあね」

  そんな会話を交わしながら靴を履き替える。

  優花の所属しているボランティア部は同好会みたいな位置づけで

 活動そのものは週に一回しかない。

  土曜日か日曜日に介護施設を訪問したり、夏休みや冬休みに保育

 園や児童館に行って本の読み聞かせや遊び相手になったりするのが

 主な活動内容だ。

  同じくそこに籍を置いている勇人は、優花と違って毎日のように部室

 に足を運び、運営の中心的役割を担っている。

  その責任感を買われて、次期生徒会執行部への立候補をも打診さ

 れているらしい。

 「なあ、ゆうちゃん。ちょっと訊ねたいことがあるんだけど」

 「えっ? 何? 」

 「真澄のこと……」

  優花はその名前を聞いたとたん、さっと血の気が引いていくのがわ 

 かった。どうして勇人が吉永君のことを聞くのだろう。もしかしたら、夕べ

 の一件が関係しているのかもしれない。

  下校のピーク時だったので、他の生徒たちの目を気にして、お互いに

 口をつぐんだままバス停に向かい、帰路につく。

  そして二人の住んでいるマンション内の片隅にある児童公園に向かった。

 

 

 

 

 

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