そばにいて
12.ごめんね、呼び出したりして 3
「あの、あのね」
勇気をふりしぼって、本題を切り出す。
「なに? 」
「その、マミのことなんだけど」
言えた。ようやく一番大切なことを告げる準備が優花の中で整う。
「まみ? 」
上りかけた階段の途中で止まった吉永君が、振り返って優花に訊ねる。
「うん、そうだよ」
「誰? それ……」
えっ? 誰って。もしかして麻美のことを知らないとでも言うのだろうか。
いや、でも同じ部活の彼がマネージャーの麻美を知らないはずがない。
「四組の……。そうそう、はやと君と同じクラスの大園さん、なんだけど」
「ああ、大園か。あいつがどうかしたの? 」
よかった。やっぱり知っていた。マミというニックネームにピンと来な
かっただけのようだ。
よし、この先もしっかりと伝えなければ。優花は大きく息を吸い、続けて
話す。
「うん、それがね。その……。マミが真澄ちゃんのことが、す、好きだって。
だから、真澄ちゃんもマミのこと、どう思っているのかなって、そう思って」
優花が言い終わると、吉永君がハッとしたように顔を上げ、目を見開く。
こんなことを突然言われれば、誰だって驚くだろう。迷惑だったのだろ
うか。それとも……。
「ねえ、真澄ちゃん。気を悪くしないでね。わたし、こういうの初めてで……」
「……」
彼の様子がおかしい。やっぱり嫌だったのだ。自分のせいで麻美の印象
まで悪くなってしまっては大変だ。とにかく一度話を撤回する必要がある。
「こんな話、迷惑だったかな。そうだよね。ほんとにごめんね。忘れてくれる?
今言ったこと、全部。ね、真澄ちゃん……」
「……」
吉永君はじっと睨むように優花を見つめた後、天を仰ぎ、ふっとため息を
つく。そして同じ段のところまで追いついた優花を真っ直ぐに見て、おもむろ
に話し始めた。
「話って、そのこと? それで俺はどうしたらいいんだ? 大園と付き合えば
いいのか? 」
「いや、そうじゃなくて。無理にとは言わないよ。ただ、わたしは、マミの願い
を叶えてあげたくて、それだけだから……」
「友情のあかし、とでも? 」
「そんな大げさなことじゃなくて、その、真澄ちゃんもマミのこと、少しでも
興味持っててくれたらいいなって、そう思って……」
「……」
彼の何かを探るような強い眼光が優花の心に刺さる。二人の間に長い
沈黙が横たわり、いたたまれなくなる。
これ以上彼を見ていられなくて、優花は思わず視線を逸らした。
「あの、真澄ちゃん? 乗り気じゃないなら、別にいいんだ。マミだって
片想いでもいいって、そう言ってたし」
うつむきながら、やっとそれだけ言った。
「ゆう、おまえはどうなんだ」
「へ? どうって……」
急に彼の声が優花の頭上に降りかかる。
「大園のために、いい返事を持って帰らなきゃダメなんだろ? 」
「えっ? 別に、そんなこと、ないと思う。ダメならちゃんとそう伝える。でも」
「でも? 」
「マミはいい子だし、それに真澄ちゃんのことが大好きで。そ、それに細くって
スタイルも抜群で、かわいいし。勉強だってできる。わたしなんか、比べ物に
ならないくらい、すべてそろってて、それに、それに……」
これ以上はもう無理だ。泣いてしまいそうになる。
でも優花の至らなさで麻美が吉永君に嫌われることにでもなれば、それこそ
一大事だ。ここは我慢しなければ。優花は奥歯をぎゅっと噛みしめて、耐える。
「それにマミは、真澄ちゃんのこと、誰よりも大切にすると思う」
ああ、全部言い切った。途中で声が震えてしまったけど、精一杯の気持ちは
伝わったと思う。
これだけ頼んでもダメなら……。あきらめるしかない。
無情にも時間だけはどんどん経って行く。彼の目はどこか遠くを見ている
ようだった。何かを言いたげに口を開いても、またすぐに閉じてしまう。
そして、どれくらいそこにたたずんでいたのだろうか。ようやく彼の口が開いた。
「わかった。俺、付き合うよ、大園と……」
彼が優花をじっと見据えながらそう言った。
あまりのストレートな返事に、優花は耳を疑った。さっきまでそうなればいいと
望んでいたはずなのに、今は……。
足の力が抜けて行く。目の前も突然真っ暗になって、どこか遠くの方で、彼の
声が聞こえて来るような感覚になる。
「部活のラインがあるから、それで大園と連絡取るよ。あいつも塾とか行ってる
んだろ? 何時くらいに話せるか聞いといて。それで俺に知らせてくれる? 」
「あっ、うん。そうするね。マミ、喜ぶと思う」
「じゃあ、おやすみ、ゆう」
吉永君が階段の上まで行きかけた時、優花はあることに気付いた。
彼との連絡手段を、ついさっき、断ってしまったことを。
「真澄ちゃん、待って! あたし真澄ちゃんに、知らせることできないっ! 」
彼の背中に向かって大きな声で叫んだ。
「なんで? 」
吉永が振り返る。
「真澄ちゃんとのライン、わたし、その……。消しちゃって」
「はあ? 消した? なんで? 」
「それは……」
吉永君のことを忘れるために、だなんて言えるわけがない。優花はもどかし
そうに口ごもる。
「わかったよ。もうおまえには頼まない。こっちで勝手にやる。せっかく仲直り
できて、俺たち、元のさやに収まったと思っていたのに。俺だけがそう思って
いたってわけだ。そんなに大園のことが大事なら、そっちの言う通りにして
やる。俺は、俺は……」
彼の声が上ずる。みるみるつり上がっていく目に、彼の怒りが本気なのが
伝わってくる。
「真澄ちゃん、ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃなくて」
「言い訳はもういい。そっちにとって俺は、所詮それくらいの取るに足らない
どうでもいい存在なんだよ。もう俺の前をうろつくな。俺も二度とおまえには
話しかけない。それでいいんだな? 」
「あ……」
彼が階段を駆け上がっていく。
そして瞬く間に優花の視界から、大好きだった人の後ろ姿が消えていった。
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