そばにいて
12.ごめんね、呼び出したりして 2
今から、一階エレベーター横の階段の踊り場に
出て来ることができますか?
話したいことがあります。 ゆうか
あれこれ文面を考えた末に、結局送ったメッセージはとてもシンプルな
ものだった。
最後の名前は、「ゆう」だけにしようとして、やっぱり後から「か」を付け
足した。吉永君にこれからも「ゆう」と呼んでもらうのを期待していると
思われたくなかったからだ。
送信してすぐに着信音が鳴った。絵里よりも、誰よりも早い反応に
驚きを隠せない。優花は一呼吸おいて、画面を開いた。
わかった。すぐ行く。
やっぱり短い。これが二度めの彼からのメッセージだ。
優花はじっとその画面を見つめた後、彼との友だち登録を削除した。
彼のIDも覚えていないので、今日を限りに連絡手段は絶たれてし
まった。けれどこれでいい。彼と個人的につながることはもう望まない
と決めたのだから。
母が入浴中であるのを確認して、そっと玄関に向かった。
愛花は塾に言っている。優花と同じ高校に進学すると決めてからは
猛勉強をしている。受験のシステムが変わる来年度に向けて、生徒
たちは手探り状態で入試に挑まなくてはならない。
のんびりと合格通知を手にした優花の時代とは全く違う緊迫感漂う
勉強漬けの日々に、妹の愛花はまさにのみ込まれているのだ。
そして仕事が忙しい父は、毎晩十時を過ぎないと帰宅しない。つまり
今、家の中には母以外は誰もいないということになる。
優花は誰にも干渉されない、この願ってもいないチャンスに心の中
で感謝した。
マンションの静かな階段をゆっくりと下りていく。薄暗いコンクリートの
空間に、自分の靴音だけがやけにはっきりと跳ね返って聞こえる。
そして三階の踊り場でいつものように立ち止まり、彼の家の方向を
見た。こうやって吉永君の家を見るのは、今夜で本当に最後にしよ
うと思った。
明日の朝からは、彼と鉢合わせしないように、早めに家を出れば
いい。そうだ、そうしよう。
これで、バスで一緒に乗り合わせることもないだろう。
優花は決意も新たに待ち合わせ場所に向かって、残りの階段を
一気に駆け下りた。
「ナニ? 」
階段横の壁にもたれるようにして彼が立っていた。
優花と目が合うなり、不思議そうな面持ちで、呼び出された理由を
訊ねる。肩のところで袖が黒く切り変っているスポーツメーカーの
Tシャツに白いハーフパンツ姿の吉永君は、いつもよりほんの少し
子どもっぽく見えた。
入浴後、まだ時間が経っていないのか髪がパサパサと無造作に
いろんな方向を向いている。
そんな姿さえも優花の心臓を暴れさせるのには十分だった。
「あっ、あの……。ごめんね、急にこんなところに呼び出したりして。
そうだ、今朝はありがと」
高鳴る心音を全身で感じながら、なんとか彼に話しかけることが
出来た。出来たのだが……。
「ん? 」
きょとんとした顔をして、彼がこっちを見る。
それもそのはずだ。こんなことを言うためだけにわざわざ呼び出した
わけじゃない。彼もきっと困っているのだ。
「あ、いや。今朝はいろいろお世話になっちゃって。本当に助かった。
これからは心配かけないように気を付けるね。わたしももう、子ども
じゃないんだし、一人で大丈夫だから……」
ますます怪訝そうに彼が優花を見ている。ちゃんと麻美のことを言う
べきなのに、関係のないことばかり話してしまう。
「何か話があるんじゃないのか? 用がないなら、俺、もう帰るけど。
明日から部活の朝練始まるから、とっとと勉強して寝ようと思ってる」
「あ、真澄ちゃん、待って! 」
もたれていた身体を壁から離して、今にも階段を上がろうとする彼を
やっとのこと引きとめる。
「明日の朝早いのにごめんね。もうちょっとだけ、時間をちょうだい。
本当に、あと少しだけ」
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