そばにいて

 

10.よかったな 3

 

 

  いつまでも続く沈黙にいたたまれなくなった優花は、こっそり

 目を閉じてみた。こうやっていた方が心が落ち着く。

  ところがさっきから視線を感じていた横に立っている男子生徒が

 急に腰をかがめ、聞き覚えのある声で二人に向かってささやいた。

 「君たちは、いつから……」

  いつからって、えっ? それってもしかして。

  間違いない。いつから二人は付き合っているのかと訊かれている

 のだ。大変だ。完全に誤解されている。

 「はやと。おまえの予想がはずれて悪いが、こいつ、病み上がり。

 フラフラして階段から落っこちそうになった。放っておけないだろ? 」

  間に優花が座っていることなどおかまいなしに、吉永君と勇人君が

 顔を寄せて、こそこそと話し始める。

 「ふーん。そういうわけか。いやね、僕はてっきり……」

 「んなわけないだろ。こいつはただのど……」

  そこまではっきり否定しなくてもというくらい、吉永君が優花との

 関係を打ち消す。

  途中で運転士のアナウンスが入って聞き取りにくくなったが

 ただの同級生だよ、と言ったのがかすかに聞こえた。

  それは真実には違いないが、そこまできっぱりと言い切られると

 ちょっと寂しい気がする。

  この吉永君に勝るとも劣らない端正な顔立ちの男子、鳴崎勇人

 (なるさきはやと)も優花と同じマンションに住む同級生だ。

  優花の住んでいる地域は高校受験戦争がわりと穏やかな所だ。

  成績がクラスで中程度以上だと好きな公立高校を選択できる

 総合選抜学区制になっている。

  優花はもうすでに明らかだが、公立受験組ギリギリラインのやや

 お粗末な成績で、奇跡的に彼らと同じ高校に滑りこめた。

  特に希望がなければ家から近い高校に振り分けられるので

 中学でトップの成績だった勇人も優花と同じ高校に通うという

 摩訶不思議な現象が普通に起こりうる。

  同じマンション内の同級生の八割くらいが一緒の高校に通っている。

  隣の市みたいに単独選抜のシステムだったら、優花は絶対に

 吉永君や勇人君の行く高校に通えなかったはずだ。

  でも残念なことに、妹の愛花の学年から、単独選抜に変わる。それ

 も、広範囲に学区が広がり隣の市からも受験できるので、地元の

 高校に進学できる確率がグッと下がってしまう。

  優花は受験に関しては、最後のラッキーガールだったのだ。

  バスがアイドリングストップ状態になって、車内に束の間の静寂

 が訪れる。高校前に着いたようだ。

  乗客の半分ほどが我先にと降りていく。

  優花も降りなければならないのだが、カバンを受け取らないと

 降りられない。まさかこのまま彼に預けっぱなしというわけにもいかず

 その場でもたもたしていると。

 「教室まで持って行ってやるから、さっさと行けよ」

  と、少し強めの声が優花に届く。はっとして通路に出て、そのまま

 人の流れに合わせてバスを降りた。

 

 「優花! おっはよー」

  反対車線にある向かいのバス停から手を振りながら絵里と麻美が

 駆け寄って来た。

 「あ、絵里、マミ! おはよー。昨日は……ごめんね」

  優花は今の今まで自分の置かれていたとんでもなく非日常的な

 状況のことなどすっかり忘れ去ってしまい、絵里と麻美にいつも

 どおりの笑顔を振りまく。昨日悲しませてしまった麻美が登校して

 くれたのだ。それだけで嬉しくなる。

 「ううん。ちっとも。ほら、マミ。あんたも謝らなきゃ。何も言わずに

 勝手に優花の家を飛び出したりしたんだもの。優花もマミのこと

 すっごく心配してたんだから」

 絵里に諭された麻美がゆっくり顔を上げて、多少ぎこちない空気を

 まといながらも微笑みながら、ごめんねと言った。

  優花は麻美の笑顔を見て、肩の荷が下りたようなほっとした気持ち

 になる。

 「放課後、いつものバーガーショップに行こうよ。今日はわたしのおごり

 だよ。マミの部活が終わるの待ってるからね」

  優花はまかしといてと言わんばかりに、パンと胸を叩く。もちろん

 満面の笑顔も忘れずに。

  なのに……。麻美も絵里も急に黙り込んで、優花をじっと見ている。

  いや、優花の頭上を通り越した向こう側を見ているのだ。

 「おい、石水。行くぞ」

  優花のすぐ背後から聞こえる声は……。そうだ。吉永君の……声。

  はっとして振り返り、その場で凍り付く。絵里たちと話していたわずか

 ばかりの間だけ、完全に彼の存在を忘れていたのだ。

 

  彼が肩に担ぐようにして重ねて持っているカバンから、ゴーヤの

 マスコットがゆらゆらと大きく左右に揺れた。

 

 

  

 

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