そばにいて

 

9.今日だけは 2

 

 

 「なんだ。そうだったのか。俺はてっきり……。まあいいや。じゃあ

 仲直りってことで」

  急に形相を崩した吉永君が優花の前にぬっと手を出してきた。

  もしかして、握手をしようとしている? 彼ってこんなキャラだった

 のだろうかと、改めてまじまじと彼を見てしまう。

  もっとこう、やんちゃな感じで、口下手で……。三年半という月日が

 こんなにも人間を成長させるのかと、感慨深くなる。

  優花はためらいがちに手を出し、そっと彼の手を握った。二秒くらい

 そうしてゆっくりと手を離す。

  何だろう。心の中に灯りがともったように、ほっこりと温かくなってきた。

  彼に嫌われていたのではないとわかっただけでも、気持ちが随分

 楽になる。避けられていたわけでも、無視されていたわけでもなかった。

  頬の緊張がほぐれて、顔が自然とにんまりしてしまう。照れ隠しに

 えへへと笑って、向かい合っている吉永君を見上げた。

  ところが、どうしたというのだろう。今、仲直りしたはずなのに、また

 いつもみたいに、冷やかな眼差しになっている。

 「俺、そろそろ帰るわ。そうだ、ゆうの携帯。今持ってる? 」

  堅い表情のまま、携帯持ってるなどと聞く。いったいどうするつもり

 なのだろう。

  優花は室内着のジャージのポケットからスマホを取り出し、彼の前に

 差し出す。そして……。はっと、気付く。

  今、ゆうって言った気がするのだ。ゆうちゃんじやなくて、ゆう……。

 

  彼が初めて優花を呼び捨てにした瞬間だった。

  優花は嬉しさと恥ずかしさでごちゃ混ぜになったような顔をして、彼から

 目をそらした。

 「どうした? 俺、なんか変なこと言った? 」

 「い、い、いや。別に。なんでも、ないよ。で、わたしのスマホ、これだけど」

  わざわざ呼び名のことを蒸し返すのも恥ずかしくて、そのまま何でも

 なかったフリをして、この場をやり過ごそうとしたのだが。

 「なあ。もう俺たち、ちゃん付で呼ぶような年でもないだろ? なんならゆうも

 俺のこと呼び捨てでいいけど」

  まるで優花の心の中をすべて見透かしているかのように、彼がひょうひょう

 とそんなことを言う。

  優花が彼のことをますみ、と呼べないのを知っている目をして。

 「あ、いや、その……。わたしは今まで通り、その、真澄ちゃんでいいよ。

 えっと、もしかして、連絡先? 」

  優花はたちまち落ち着きを失くし、完全に舞い上がってしまった。

  少しでも早くこの話題から遠ざかりたくて、手元のスマホに意識を集中する。

 「ああ。ゆうの連絡先知らないしな。今からちょっと外を見てくる。あいちゃんを

 見つけたら連絡するよ。ゆうもあいつと連絡取れたら、俺に知らせて」

 「うん。わかった」

  彼の言う通り、優花は吉永君の連絡先は知らない。もちろん彼も優花のを

 知らない。というか、クラスの女子はほとんど彼の連絡先を知らないはずだ。

  SNSもしないし、部活での最低限の連絡にしかラインも使わないと聞く。

  そんな彼との連絡先交換など、優花にとってレア感満載で、スマホを持つ

 手が自然と震えてしまった。

  ぎこちない優花の手に彼の手が添えられ、お互いの携帯を大きく前後

 左右に振って、ようやく二人の端末が見えない電波でひとつに繋がる。

  画面を確認してポケットにしまうと、じゃあ、と言って、彼が家を出て行った。

 

  なんということだろう。

  昨日のピンクのバンダナどころの騒ぎではない事が、今確かに優花の

 目前で繰り広げられたのだ。

  彼の手を握り、握られ、彼とつながったスマホまでもが手の中にある。

  たとえ握手という挨拶の一種であったとしても、大きくて温かい彼の

 手が、優花の手を包み、ぎゅっと握り返してくれたのは夢でも幻でもない。

 

  次第に冷静さを取り戻して来た優花は、麻美のことを思い出していた。

  彼女の恋を応援すると決めておきながらも、彼にときめく気持ちを抑え

 られない。

  さっきのは、仲直りの握手だから、許してね、と心の中で麻美に謝りながら

 今日を限りに彼のことは忘れようと決心する。

  すぐに恋心を消すのは無理かもしれない。けれど、麻美を悲しませる

 ような態度だけは今後絶対に取らないと誓う。

  彼とのラインも、愛花の騒動が決着したら消去すると決めた。

 

  優花はこの短時間に天と地の両方の気持ちを味わった後、愛花の居所を

 確かめるため、仕事中の母に連絡を取った。

 

 

 

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