そばにいて

 

8.おでこの代償 1

 

 

 「お姉ちゃん、ただいまーー。具合はどう? 」

  ノックもせずに、愛花がいきなり優花の部屋に入って来た。

 「あっ……。えっと、絵里さんと、マミさん。来てたんだ。こんにちは。

 いらっしゃい」

  優花はあまりの突然のことに声も出ない。ただ呆然と愛花を見ていた。

  こんにちは、いらっしゃい、だなんて、この子は何のん気なことを言って

 るのだろう。そして当然、妹の後ろに続いて入って来たもう一人の人物にも

 釘付けになる。

  麻美も絵里も、今まさに話題の中心人物である吉永君が急に姿を現した

 ことに驚きを隠せない。ポカンと口を開けたまま完全に固まってしまった。

 「ほらあ、真澄ちゃん。そんなとこに突っ立ってないで、早くこっちに来て」

 「お、おいっ! 」

  愛花に腕を引っ張られ、あろうことか吉永君が優花の目の前に押し

 出される。

 「あのね、お姉ちゃん。ついさっき、エレベーターで真澄ちゃんと一緒に

 なったんだ。真澄ちゃんったら、ゆうちゃん、大丈夫? なんてさ、マジで

 心配そうに聞くんだもん。そんなに気になるんだったら、自分の目で

 確かめれば、って言って、ここまで連れてきたの。大変だったーー。

 じゃあ、わたしはこれで。皆さん、ごゆっくりーー」

  そう言ってさっさと部屋を出て行ったはずの愛花が、またもやすぐに

 舞い戻って来て、ドアのすき間からひょこっと顔だけのぞかせる。

  そして、とんでもないことを口走るのだ。

 「絵里さん、マミさん。真澄ちゃんとお姉ちゃんって、周りがイライラする

 くらいもどかしいの。なのでとっととくっつけちゃってください。よろしく! 」

  愛花はにやにやしながらそれだけ付け加えると、瞬時に姿を消した。

  なんという逃げ足の速さだろう。でもこのまま見逃すわけにはいかない。

  ちゃんと訂正してもらわないと、麻美が誤解してしまうではないか。

 「愛花っ! 待って! 」

 「あいちゃん、こら、待て! 」

  優花と吉永君が愛花を問いただそうと部屋を出たのはほぼ同時だった。

 「愛花、待ちなさい! わたしの友達になんでそんないい加減なことを言うの?

 今すぐ謝って。真澄ちゃんにも、絵里にも。そして、マミにも! 」

  愛花のブレザーをひっ捕らえて睨み付ける。

  ところがたった今、優花は大きなミスを犯したことに気付く。吉永君のことを

 真澄ちゃんと呼んでしまったのだ。絵里と麻美にも聞こえたに違いない。

  これではますます誤解を与えてしまうではないか。でも今はそんなことを

 気にしている場合ではない。

  とっととくっつけろなどと突拍子もない発言を、ただちに撤回してもらう

 必要がある。

 「お姉ちゃん、なんでそんなにムキになってるの? 別にいいじゃん。あたし

 嘘いってないし。真澄ちゃんが本当のお兄ちゃんになってくれたらいいのに

 なって、小さい頃からずっとそう思ってたの。二人がくっつけばわたしの夢が

 叶う日もそう遠くはないわけだし……ね」

  と無邪気に言い切る愛花の口元を、優花の右手がふさぐように覆う。

  ハッとしたように妹が姉を見た。

 「ふおねーちゃーん、ひゃめてーー」

  愛花のくぐもった声が手の隙間からこぼれる。優花はもう一方の手で妹を

 向い側の彼女の部屋に押しやった。

 「や、やめてよ、痛いよ」

  愛花が身体をくねらせ、めいっぱい反抗する。それでも負けずに部屋に

 入ってもらうため、妹の手を無理やり引っ張った。

  部屋の入り口でテコでも動かない彼女の強情さに、まるで綱引き状態になる。

 「おい、もういいだろ? 放してやれよ」

  後ろにいた吉永君が優花の右手を掴んで、愛花から引き離した。

  その時、玄関のドアがパタンと閉まる音が聞こえた。

 「マミ! 待って! 」

  絵里が玄関に向かって叫ぶ。

 「たいへんーー! マミが外に飛び出しちゃった。あたし、マミを追いかける。

 それじゃあ、今日はこれで。優花お大事に」

 「絵里、ありがとう」

 「こちらこそ、ごちそうさま。なんかわかんないけど、そこにいる吉永、優花

 のことよろしく。頼んだわよ! 」

  絵里が顔面蒼白になりながらも急いで靴を履き、麻美を追って外に

 駆け出す。

 「お姉ちゃんのバカ! お姉ちゃんなんか、大ッキライ! 」

  次は目の前で仁王立ちになっていた愛花が大声でわめきながら玄関を

 飛び出した。

 

  いったい何が起こってしまったのだろう。

  優花の前から、次々と大事な人が消えていく。

  とたんに足の力が抜けて、その場にへなへなと座り込んでしまった。

 

 

 

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