そばにいて
6.友の見舞い 2
「ねえ、優花。その……。昨日、あたしの好きな人のこと、絵里から
聞いたよね? 」
「あ、うん……」
なんでだろう。麻美がそう言っただけで、突然胸が締め付けられる
ような圧迫感に襲われる。声もかすれる。
出来ることならばこの先ずっと、麻美の口から吉永君の話を聞きたく
なかった。でも親友である以上、遅かれ早かれこうなることはわかって
いたはずだ。その日がたまたま今日というだけで。
「あの、あたしね。吉永が……。カレが好きになっちゃったみたいなの。
夏休みに入ってすぐの地区の陸上大会の二百メートルで、大会新記録
出したでしょ? 」
「うん。そうだったね」
「あの時、ビビビって来たの。この人のこと、好きかもって。カレ、マジで
カッコよかったんだから」
記録のことは母から聞いて知っていた。まるで自分の子どもが快挙を
成し遂げたかのように大喜びで、自慢気に報告してくれたのだ。
優花も母に負けないくらい嬉しかったのを昨日のことのように思い出す。
次の日、朝刊の地域スポーツコーナーの小さい一角をこっそり切り抜いて
宝箱に保存していることは、まだ家族の誰にも言ってはいない。
確かに彼の走りっぷりは凄まじく素敵だ。中学の時の体育祭は、別名
吉永祭りと言われるくらい彼の活躍はすごかった。
そんな彼の雄姿に麻美が心を奪われるのも仕方ない。
「優花が吉永と同じ中学出身なのは知ってたけど、まさか住んでるところ
まで一緒だなんて、今朝まで知らなかったんだから。優花ったら黙ってる
んだもの。もっと早く言ってくれてもいいじゃない」
麻美は上目遣いになりながら唇をかわいく前に突きだした。
「だって、別に言う必要なんてないって思ってたし。それに、マミが吉永君の
ことが好きだって知ったのは昨日だよ。もっと早くに知ってたら……」
「知ってたら? 」
麻美が優花の目の前に顔をくっつけてくる。
「ちゃんと言ったよ。同じマンションに住んでるよってね」
優花は近すぎる麻美から少し離れるように身体の位置をずらし
答えた。
「そっか。それもそうだね。優花は絵里に聞くまで、何も気が付かなかった
んだもんね。ふふっ。でもさ、今朝そのことを絵里に聞いて、ひっくり返り
そうになるくらいびっくりしたんだから」
「マミったら、ほーんと、大げさだからね。でもさ、優花の天然っぷりには
ホント、参っちゃう。マミが誰に恋してるか、なんてことは、普通はすぐに
気付くはずだよ。普段のマミを見ればバレバレなのに」
絵里は今朝のマミの様子を思い出したのか、ぷっとふき出しながら話す。
「絵里、それ笑いすぎ! だって、優花の天然さに、ホントにひっくり返り
そうになったんだもん。それでね、優花……」
麻美はいつまでも笑い転げる絵里を軽くたしなめて、再び優花に向き
直った。
「最近は、部員の住所禄もコピーしちゃダメって言われるでしょ? 監督の
許可がないと見せてもらえないし。住んでるところも、今回初めて知った
んだ。連絡先は知ってても、いくらマネージャーだからって、用もない
のにメールやラインであれこれ聞けないでしょ? でね、優花の知ってる
範囲でいいから、カレのこと、いろいろ教えて欲しいの。カレがどんな
食べ物が好みだとか、好きなアーティストが誰だとか。それと、あんまり
知りたくないけど、カノジョがいるのかどうか。ねえ優花、何か知ってること
ない? どんなにつまらないことでもいいの。お願い、教えて! 」
目を潤ませながら、麻美が切実に訴えてくる。
でも優花だって、吉永君のことは何もしらないに等しい。そういえば
小学校の給食で、ヒジキと大豆を炊いた煮物が好きだと言って、おか
わりしていたのを思い出す。
優花の苦手なあの真っ黒なヒジキを、さもおいしそうに食べていたのが
あまりにも印象的だったので、今でも覚えている。
「ヒジキ……」
優花は無意識のうちにぼそっとつぶやいていた。
「ヒジキ? え? あの海藻の仲間のヒジキだよね。そ、そうなんだ。
他には? 何かない? 焼肉とか、唐揚げとか。もっと普通っぽいの」
優花は下を向いて、首を横に振ることしかできない。
吉永君のことがこんなにも好きなのに、彼のことを何も知らない自分が
情けなくて不甲斐ないのだ。
「まさかとは思うけど、優花、もしかして……」
麻美が優花の顔を下からのぞき込むようにして言った。
「夕花も吉永が好きってことは、ない? もしそうなら、あたし。優花にとても
ひどいこと言ってるよね。ねえ、優花、本当のことを言って。あたしに気を
遣う必要なんてないんだよ」
麻美の瞳が不安そうに揺らぐのが見えた。正直に好きだと言った方が
いいのだろうか。
でも、もしそんなことを言ったなら、今まで通り麻美と親友でいられるという
保障はどこにもない。それに優花は吉永君に嫌われているかもしれない
のだ。そんな脈のない恋を打ち明けてもみじめになるだけだ。
優花は口元を引き結び、決心したように麻美の目をまっすぐに見た。
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