そばにいて
5.一生の不覚 2
翌朝、優花はベッドの中で身体を丸めて、ため息ばかりついていた。
高校に入学して以来、初めて学校を欠席したのだ。
何度も何度も携帯を手にして、今何時かを確認する。なのにさっきから
三十分しか経っていないものだから、時間の流れのあまりのスローさに
もどかしさを覚え、イライラしてしまう。
ちょうど二時間目の授業が終わったくらいだろうか。クラスのみんなは
何をしているのかな。彼も、元気に授業を受けているのだろうか……などと
学校のことばかり考えてしまう。
母はついさっき、仕事に行ったばかりだ。学生時代の友人が経営して
いるインテリアショップに、週に三回、パートとして働いている。
優花が昨夜夕食をあまり食べなかったものだから、てっきりどこか身体の
具合が悪いのだろうと思って、心配そうにしていた。
何かあったらすぐに電話しなさいよと言って、娘を気づかいながら仕事に
向かった母の後ろ姿が目に焼き付き、罪の意識で押しつぶされそうになる。
というのも、本当はどこも悪くなんかない。昨日のひどい恰好を吉永君に
見られたせいで、恥ずかしくて学校に行く勇気がなかった、というのが
欠席の理由だ。
身体がだるくてお腹も痛い、と嘘をついてしまったことを、今頃になって
悔やみ始めていたのだ。
明日は絶対に学校に行くから、今日だけはわがままを許してほしい。
優花は、キッチンに用意してあったおかゆを食べながら、心の中で
母に謝り続けた。
食後に冷蔵庫から冷えたぶどうを取り出し、口いっぱいにほおばる。
深い紫色のそれは、店で売っているのとは比べ物にならないほど甘く
果汁がたっぷりとあふれ出す。
毎年この時期になると吉永家からやってくる大きなぶどうは、優花の
大好物だ。おまけに今年のぶどうは吉永君自らが届けてくれたとあって
いつもよりずっとおいしいと感じる。
昼の報道バラエティー番組を見て、連続ドラマにチャンネルを送る。
不幸な生い立ちのヒロインがライバルに恋人を横取りされて苦悩
しているシーンが画面いっぱいに映し出される。
夏休みに母と愛花の三人で見た時は、あまりのいたましさに到底
涙なしでは見ることが出来なかった番組なのに、今日は何一つ心が
動かされない。
面白くも何ともないテレビに見切りをつけると、静かになった部屋で
腕を上に向けて伸ばし、ストレッチもどきを始めてみた。
すると額から頬に汗が伝うのがわかった。部屋の中が異様に暑い。
窓は全開にしているが、午前中はすうっと通り抜けていた風が、ピタッと
止まっていることに気付く。
ベランダに出てみると、そこは真夏と変わらない日差しがじりじりと
照り付けていた。優花は火傷しそうなほど熱くなっていたベランダ用の
サンダルをあわてて脱ぎ棄て、窓を閉めた。
そして、いつもより低い二十六度に設定温度を変更してエアコンを
作動させた。
パソコンでお気に入りの動画サイトを見ても、タレントの人気ブログを
はしごしてみても、脳裏によぎるのは学校のことばかり。
やっぱり休まずに登校した方がよかったと思っても、後の祭りだ。
どっちみち吉永君とは学校では何の接点もないのだし、話をすることも
ないはずだ。なのに、何を怯えていたのだろう。
変な格好や最悪の顔なんて、とっくの昔に全部見られている。今さら
よそ行きの姿を見せたところで過去が消えるわけでもない。
だったら、昨日のことなんか気にせずに、堂々と学校に行けばよかった
のだ。
そう思ったとたん、急に元気が湧き出て来た。もう大丈夫だ。
明日は模試だ。あまり気乗りはしないが、自分の部屋から数学の
問題集を取り出してきて、苦手な単元の復習を始めた。
ちょうどいい感じに部屋も涼しくなって来たので、昨日よりもすいすい
問題が解けるはずだ。
優花は小学生の時に、すでに将来なりたいものが決まっていた。
それを実現させるためには是非とも入りたい大学があるのだ。
そのためには、いくら数学が受験科目に無いからといって、手を抜く
わけにはいかない。日常の成績も推薦入試の内申に加味されるため
苦手教科の克服は優花にとって大きな今後の課題になっている。
難解な数式と悪戦苦闘しながらも、なんとか集中して勉強に取り組
んでいた。
携帯からメール受信のメロディーが鳴ったのは陽射しが西に傾き
始めた頃だった。クラスメイトの絵里からだ。
体調はどう? 学校の帰りに
マミと一緒に優花んちに寄るね。
しばらく携帯画面を眺めた後、ふと我に返ったように脳が超高速回転で
動き始める。大変だ。こんなことをしている場合じゃない。
優花はキッチンテーブルの上の問題集を急いで片づけると、ずる休みが
バレないように再びベッドにもぐり込み、タオルケットをおでこまで引っ張り
上げて、ぎゅっと目を閉じた。
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