そばにいて

 

4.幼なじみの定義 2

 

 

  絵里がつけてあげると言ったあのグロスは、自分には似合わないよと

 言いながらも、しっかりとメーカーと商品名をチェックしていた。

  今度同じのを買って、学校が休みの日にこっそりつけてみてもいいかな

 と思った。

  優花はバンダナを手首に巻いて結びつけたままベッドにごろんと横になり

 昼休みに絵里に問いただされたことをひとつひとつ思い出していた。

 

 

 「優花、この大嘘つき! 朝のアレ、いったい何? すべて白状しなさい。

 いい、わかった? 」

  図書室の裏手にある古びたベンチで弁当を広げながら、絵里は情け

 容赦なく、優花を攻め立ててきた。

  でも絵里が本気で怒っているわけじゃないと優花にはわかっていた。

  なぜなら、絵里はいかにも興味津々というような顔つきで、目がいき

 いきと輝いていたからだ。

  優花は絵里の熱意に負けて、吉永君に片思い中であること以外は

 訊かれたことを正直に全部しゃべった。

  そうは言っても、勘のいい絵里のことだ。優花の心のうちなんて

 とっくに気付いているのかもしれないが。

  一通り、彼とのつながりを説明し終えると、絵里が急に身体をくねら

 せてこんなことを言い始める。

 「ねえねえ、それってあんたたち二人は、幼なじみってことだよね。

 うわーー。胸キュンものだわ。いいな、いいな」

  優花は一瞬言葉を失った。幼なじみなど、とんでもない話だ。

  小学校からずっと一緒なのは認めるが、それを言うなら、鈴木君も

 シロこと城山くんも、クッキーこと久木君も、成崎君も、升内君も……。

  とにかく同じマンションに住んでいる、過去によく遊んだメンバー全員が

 絵里の言うところの、胸キュンキュンな幼なじみという位置づけになって

 しまう。ないない、まったくもってありえない。

  幼なじみというのは、ほら、よくあるアレだ。

  朝起きたらその相手が勝手に家の中にいて、なぜか朝ごはんを食べて

 いたり、はたまた、寝ている部屋につかつかと入って来て、起きろーーって

 起こしたりする、家族同様みたいな付き合いのあるべったりした関係を

 言うものだと思っていた。

  優花と吉永君はそんなに親しかったわけではない。

  遊ぶ時は、ちゃんとインターホンを鳴らして、おじゃましますと挨拶して

 いたし、一緒にご飯を食べたのもほんの数回しかなかったはずだ。

  母親同士もお互いに馴れ馴れしく話しかけたりしない。

  いつもうちの子がお世話になっています……と結構他人行儀に

 お礼を言い合っていたのを思い出す。

  これらの事実はもう、幼なじみの定義から大幅に逸脱しているのでは

 ないだろうか。単なる近所の同級生の範疇ではることは誰の目にも

 明らかだ。

  上記の状況をふまえ、絵里にしっかりと否定しておいた。決して自分たちは

 幼なじみではないと。

  しかし絵里は優花の言うことなど一切耳を貸さず、キュンキュンしちゃうと

 ひとりもだえて盛り上がり続けていた。

  絵里は中学の時、隣の市から転校して来たので、今住んでいる家の近所に

 幼なじみがいないらしい。

  だから余計に、優花と吉永君との関係がうらやましいのだと言う。

  優花には到底理解し難かった。そもそも一人でニンマリするほど素敵な

 思い出があるわけでもなく、いっそのこと、もっとお互いの家が離れている

 方が、謎めいていてよかったのにと思うくらいだ。

  優花はいつから彼のことが好きだったのかも忘れてしまうくらい、昔から

 気になる存在だった。

  六年生の時には、もうすでにはっきりと好きだと自覚していたから、それ

 以前から彼を思っている計算になる。

  からかわれてばかりいたのに、どうして好きになったんだろうと、今でも

 不思議で仕方がない。

 

  天井を見ながらいつの間にかベッドの上で、にやけたり怒ったりしていた

 優花を、愛花のけたたましい声が襲い掛かる。

 「おねえちゃん、おねえちゃん! お客さんだよ! はやく、はやく」

  中学三年生の妹が不気味な笑顔を貼り付けて、姉であるはずの優花を

 いとも簡単にベッドから引きはがしたかと思うと、無理やり玄関前に連れ

 出されてしまった。

 

 

 

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