そばにいて
3.真澄ちゃん 1
「母さん! どうしてどうしてどうして、お弁当を吉永、じゃなくて
真澄ちゃんに預けたりしたの? 」
優花は遅めのおやつを食べながら、台所で立ち働く母親に
本日最大の理不尽な思いをぶちまけた。
石水家では、吉永君のことは真澄ちゃんで通っているが
中学生になった時に彼のことを人前でそうやって呼ぶのを
辞めた。
友達から馬鹿にされたりからかわれたりするのが嫌だったのだ。
それに、漫画や小説の中で好きな男の子のことを恥じらいながら
君付けで呼んでいるヒロインに影響されたせいもある。
そうと決めて以来、家以外では必ず吉永君と呼んでいる。
もちろん、心の中で彼を思う時も、吉永君、と唱えている。
「優花ったら、いつまでも小さい子どもみたいよ。何もそんなに
怒ることじゃないじゃない」
母親は少しも後ろを振り向くことなく、トントンとリズムよく
キャベツを刻みながら優花に話す。
そんな母親の後ろ姿に向かって、おもいっきり頬を膨らませる。
余計なことをしてしまった母親が許せなかったのだ。
「ほらほら、そんなにふくれっ面をしないの」
どうして見てもいない優花の表情までもが伝わるのだろう。
母さんにはきっと背中にも目があるにちがいないなどと優花は
母親の鋭い指摘にいつもたじたじになるのだ。
「だって考えてもごらんなさいな。優花が忘れ物をするから
こんなことになったんでしょ? 」
「それはそうだけど、だからって……」
「お弁当をバンダナでくるんだ後、自分の勉強机の上に置き
忘れたのは誰? 優花に追いつくかなと思ってエレベーターに
飛び乗ったら、ちょうどいいタイミングで三階から真澄ちゃんが
乗ってきたのよ」
「それで真澄ちゃんにわたしのお弁当を押し付けたってわけだね。
あーーん。おかげで、学校ですっごい恥ずかしかったんだから」
母親が吉永の手に強引にピンクのバンダナの包みを押し付ける
様子が、ふくれっ面の優花の目に浮かぶ。
どうして彼は断らなかったのだろう。それは困ります、と正直に
言えばいいものを。
「ねえ、優花。あなた、何か勘違いしてない? 母さんはね
無理やりお弁当を押し付けたりなんかしなかったわよ。
真澄ちゃんが自分から言ってくれたの。僕が届けますってね
ちゃんとお礼言ったの? 」
優花は信じられないというような懐疑的な目をして、母親の
背中を見つめた。でも、母親がわざわざ嘘をつく理由も見つからない。
「それにしても真澄ちゃん、男前になったわね。惚れ惚れしちゃった
ねえねえ優花、真澄ちゃんってモテるでしょ? どうなの?
カノジョとかいるのかしら? 」
鼻歌まで歌い、そんなことを聞きだそうとする母親に唖然とする。
今日も学校でその話題が出たばかりだ。
いくら彼がモテ人予備軍だとしても、はいそうですと答えたくない。
余計なことを口走って、彼が好きだとばれるのも困る。
優花は思わず口をつぐんだ。カノジョだなんて、そんなもの
知るわけがない。
たとえ知っていても、母親に教えるなんて論外だ。
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