そばにいて

 

2.ベストスリー  2

 

  よ、吉永……くん。
 「吉永君。な、な、なんで? わたしのお弁当、どこかに落ちてた? 」
  確か走ったのは、マンションのエントランスからバス停までの道だ。

  それと、学校に着いてからも廊下を小走りで駆け抜けた。そのどちら

 かで落としたのだろうか。それにしても……。名前を書いてるわけでも

 ないのに、どうして優花のものだとわかったのだろうか。不思議そうに

 吉永君を見上げていると、怖い顔をして案の定、ギロッと睨まれた。
 「よしながくん、だと? ……まあいい。エレベーターの中で

 い、し、み、ず、のお母さんから預かった」
  それだけ言うと何事も無かったかのようなすました顔をして、優花の

 左斜め後ろの自分の席に座る。
  にしても……。吉永君って呼んだのが気に障ったのだろうか。

  そういえば、直接彼のことをそうやって呼んだのは初めてだったのかも

 しれない。だがずっとしゃべる機会もなく苗字で呼ぶチャンスがなかった

 のだから仕方ない。

  だからと言って、優花に対するあの呼び方も聞き捨てならない。

  あそこまで一語一語を強調して言わなくてもいいのにと思う。
 「あ、ありがと。吉永……君」
  優花はまるでロボットのようにカクカクした動きで後ろを振り向き

 小さな声で彼に向かってそう言った。

  またもや吉永君と言ってしまったものだから、彼が迷惑そうに 

 こっちを見る。優花は生きている心地がしなかった。

  よりによって、あの吉永君に忘れ物の遣いっ走りをさせてしまった

 のだ。怒らせてしまったのは明らかだ。
  優花は前方からも、もうひとつの刺すような視線をひりひりと全身で

 感じていた。しまった。ここにも恐ろしい関門が控えていたのだ。

  すべてを見ていた絵里のとげとげしい視線がそこにある。

  おっかなびっくり顔を挙げると、腕を組み、上から目線の絵里と

 ピタッと目が合ってしまったのだ。
 「優花、これはいったいどういうこと? なんで吉永がエレベーターで? 

 なんで吉永が優花のお母さんと? 今日の昼休み、覚えておきなさいよ」
  怖い。絵里の顔が、二時間ドラマの女すご腕検事のごとく険しくなる。

  そんなに睨まれると何も言い返せない。

  いつしか口元が緩み、グロスが不気味に輝きを増す。
  ああ……。きっと今のことを詳しく説明しなきゃいけないんだろうな。

  彼は母からお弁当を預かったと言った。それもエレベーターの中で。

  つまり、優花と吉永君が同じマンションに住んでいることを暴露

 されたも同然ではないか。

  優花はこれ以上絵里に隠し切れないことを悟り、腹をくくった。

 

 

 

 

 

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