普段の生活態度は、

思わぬところで出てしまうものです。

相手に好感を持たれる場合もあれば、

不快にさせてしまうこともあります。

Mさんは上司数名と食事をした際、

食事のマナーについて注意を受けました。

乾杯の時に、

Mさんはお猪口を目上の人より

上の位置で合わせました。

箸は箸置きに置かず、

食べ物を突きながら会話をしていたのです。

「今後、お客様と食事をする際に、

M君個人だけでなく、

我が社のマナーの質が問われる。

作法をきちんと学んでおくように」

と言われたのです。

早速、

食事作法の本を購入して読み始めると、

「食事のマナーとは、

食物に感謝していただく気持ちを形に現わすこと」

と書いてありました。

今まで感謝して食事をすることがなかったMさん。

食事の態度を改めていくうちに心が伴うようになり、

感謝や気配りができるようになりました。

業務以外でも、

食事を共にする場面は多くあります。

美しい作法ができる人こそ、

信頼される社会人となれるのです。
$鬼瓦権蔵の心の叫び 言葉遊び 道徳


おおかみこどもの雨と雪


大学生の花が、

キャンバスで見かけた〈彼〉

とすぐ仲良くなるのはわかる。

惹かれるというのは、

そういうことだからだ。
その〈彼〉が実はオオカミだったというの

が物語の発端だが、

花はその事実をあっさり受け入れる。

なんの葛藤もないのは不自然だ。

二人の間に、

人とオオカミの顔をもつ

雪と雨の姉弟が産まれる。


ところが〈彼〉は、

あっけなく死んでしまう。

このあと花の苦戦ぶりが描かれ、

ようやく話に本腰が入る。

近所とのトラブルや家主からの苦情、

行政指導員の訪問などは現実感がある。

成長していく子供たちを

いつまでも人目から遠ざけることはできない。

花が子供たちを連れて、

遠く離れた山中に引っ越すことを

決断する動機付けは充分に描かれている。

山の生活に入ると、

絵はますます美しくなって、

日本の原風景を堪能できる。

ところが、

これにCGの手が加えられたと

はっきりわかるコマを見せられた瞬間、

「おおかみこども」の

世界から現実に引き戻されてしまうのだ。

とくに水がよくない。

フルCGのアニメでも、

水が妙にリアルで全体の画から

浮いてしまうことがよくある。

「タンタンの冒険」や

「カーズ2」でも、

海のシーンだけアニメに見えなくなる。

実写映画でCGの水を描き加える時代だ。

リアルに見えるのも当然だ。

それだけに、

せっかくの美しい手描きのセル画に

CG処理を加えるときは慎重さが必要だと思う。

本作の雨のシーンはたしかに描写が細かい。

だが、

背景の画との違和感は

フルCGアニメの比ではない。

せっかくの絵が作りものに見えてしまう。

物語に戻るが、

人の目を避けてこの山村に逃れてきたはずが、

思いもしない人情に触れることになる。

とくに韮崎の爺さんがいい。

花が耕す畑をもっと広くしろという。

その理由が分かったとき、

人付き合いの温かみを知る。

ぶっきらぼうだが思いやりのある

爺さんに菅原文太の声がよく合っている。

成長してきた雪と雨、

ふたりともまだ小学生だが、

精神的には逞しく育ち、

それぞれ自分の将来を見据えていく。

この作品は、

意外なほど早く訪れる、

親離れと子離れを描いた物語だ。

ただ、

話が散漫で、

親と子の心が充分に描かれたとはいえず、

凝った画づくりよりも花が自身の子離れを

受け入れるまでの

親の成長を見せて欲しかった。
批判や反対をする際には、

代案を示すことが必要です。

若手社員のYさんは、

先輩たちに対して遠慮なく

反対意見を述べていました。

理路整然と問題点を指摘するYさんに、

いつも先輩は言い負かされていました。

その様子を見てYさんは勝ち誇り、

やはり自分は正しかったという

思いを強めました。

そしてさらに、

たたみかけるように反対意見を

述べていたのです。

すると、

その様子を見ていた他の先輩が

「Y君の指摘はもっともだが、

では君自身はどうすればいいと

考えているんだい」と

尋ねました。

あれこれと理由をつけて反対していたものの、

「では、どうすればいいのか」

と問われ、

今度はYさんが黙り込んでしまいました。

現実的には、

先輩たちの案以外にできることはないと

思い知らされたのです。

「あれはダメ」

「ここがいけない」と

批判するだけでは、

問題は何ら解決されません。

「こうすればもっとよくなる」

という代案を示すことによって、

問題解決は現実味を帯び、

その実行が前進につながるのです。
$鬼瓦権蔵の心の叫び 言葉遊び 道徳


グスコーブドリの伝記


冷害による飢饉で、

父に続いて母も家を出ていき、

妹が連れ去られてひとりぼっちに

なってしまうブドリ。

そのブドリが時折り迷い込む

不思議な世界と現実の狭間で生命の神秘が蠢く。

常にブドリには温かい手が差し伸べられるが、

ブドリと山師の赤ひげによる農作業の光景が、

唯一、

楽しく明るい。

全篇、

色使いが綺麗な絵で描かれるが、

後半、

街を飛び交う乗り物のCGの質感が

ほかの手描きの絵に馴染まない。

寂れた森と文化の進んだ街の差を出すために、

わざとそうしたのだろうか?

そうだとしても、

ギラギラしすぎて背景から完全に

浮いた感じは違和感がある。

物語の方はというと、

再びやってくる冷害を、

ブドリが命を賭して防ぐ覚悟を決めるのだが、

どうも話が抽象的で得心がいかない。

ブドリの行動に共感できるだけの

プロセスが希薄で、

そのうえ具体的なアクションもない。

こういう描写も有りだろうが性に合わない。

それに、

この子(ブドリ)は

『はい』しか言わない。

物分かりがいいのか、

主張がないのか。

もっと前向きで明るい猫の物語がいい。
自分では何もせず、

他人まかせにして頼ることを

「他力本願」といいますが、

本来の意味は違います。

元々は仏教用語で、

辞典には

「衆生(生けるもの)を

救おうとする阿弥陀仏にすがって

極楽往生すること」とあります。

「他力」の反対語は

「自力」です。

自分の修行によって

悟りを開こうとすることを

「自力」と言いますが、

自力で悟りを開こうとすることは難しく、

仏に助けを求めるのが

「他力本願」です。

自分では何もせず、

他人に頼る人がいます。

逆に自分に自信のある人は、

人まかせにできずに、

すべてを自分だけでやろうとします。

職場で大切なのは両方のバランスです。

自分の力を発揮しつつ、

他人の力も借りることによって、

より良い仕事ができるのです。

どちらか一方への偏りは、

スムーズな仕事の流れを妨げます。

おおよその目安として、

自力七分、

他力三分のバランスを意識していきましょう。