花火は夏の風物詩として、

日本人には欠かすことができないものです。

三百年の歴史を持つ国産の線香花火は、

着火から火玉が落ちるまでの起承転結があります。

その華麗な変化は

「柳」

「牡丹」

「松葉」

「散り菊」

などの相に分かれ、

「0・1グラムの芸術」

として海外からも高い評価を得ています。

徳川家康が日本人として

初めて花火見物をしてから百二十年後、

八代将軍吉宗は大飢饉と

コレラ流行による多くの死者を慰霊するために、

享保十八年五月二十八日に

水神際を隅田川で行ないました。

両国橋界隅の料理屋は、

同じ日に

「施餓鬼絵」の法要を営み、

花火を打ち上げました。

それが「隅田川花火大会」

の始まりと伝えられています。

日本の花火には、

納涼や娯楽と共に、

慰霊と復興を祈る歴史と文化が受け継がれています。

今年の夏も、

東日本大震災による犠牲者への鎮魂と、

日本復興への祈りを込めて、

全国各地で花火大会が催されます。

職場でも家庭でも、

慰霊と復興の願いに燃える夏にしていきましょう。

「袖すり合うも他生の縁」

ということわざがあります。

「他生」とは、

そのものの作用でなく、

他の原因によって生ずることの意で、

「他生の縁」とは

「前世の因縁」という意味です。

「他生」は

「多生」とも書きますが、

多い少ないという意味ではありません。

「袖が触れ合うだけでも多少の縁がある」

のではなく、

「道で見知らぬ人と袖が触れ合うような些細な出来事も、

単なる偶然でなく、

生まれ出る前の世からのしかるべき縁によるもの。

だから、どんな出会いも大切にせよ」

ということです。

さて、

職場の同僚はどうでしょう。

たまたま同じ会社に入社しただけのようですが、

見方を変えれば大きな縁に結ばれている仲間です。

お客様や取引先との会話の中で、

縁の中に生かされている

自分に気づくこともあるでしょう。

こうした意識は、

多くの人との繋がりに、

感謝の念を深めさせてくれます。

「袖すり合う」

だけで深い縁を感じた古人の感性を呼び戻し、

結ばれた縁に感謝しましょう。

そして一つひとつの業務に、

真心を込めていきたいものです。
$鬼瓦権蔵の心の叫び 言葉遊び 道徳


ヘルタースケルター


芸能プロダクションが

スターの卵を見分ける

基準はなんだろうと考えたとき、

それは顔とかスタイルとは限らないのではないか。

見えるものではなく、

内面の輝くもの、

あるいは飽くなき闘争心に

目をつけるのではないだろうか。

芸能プロの仕事とは、

卵となる人間の本質を導き出し、

内面にある輝きを引き出すことだと思う。

スターは創りだすもの、

この作品からは、

そういう一面が見て取れる。

何度も何度も出てくる、

りりこの部屋。

その開け放たれたままの扉の向こうに見えるのは、

現実と夢が渾然とした虚構の世界だ。

1枚1枚の画からは、

そう窺える。

けれども、

それらが紡がれて動画となったとき、

映画としての魅力は乏しい。

だいたい、
こんな色気のない桃井かおりと

寺島しのぶを見たのは初めてだ。

桃井かおりのねっとりと肌に絡みつくような色気や、

素朴さの中にそこはかとない色気を

醸し出す寺島しのぶはどこへ行ってしまったのだろう。

男女の絡みも、

沢尻エリカは喘ぎ声をあげるだけ、

窪塚洋介もヘタクソなAV男優のようで、

濡れ場の“ぬ”の字もない。

「さくらん」から進歩がなく、

蜷川実花監督に色事は向いていそうにない。

「さくらん」は沢尻エリカと違って

自分をプロデュースできる

土屋アンナが主役を張っていたから見られたのだ。

そして、

途中からは某大型店とのタイアップを

もろに見せられたような気分になり白けてしまう。

ファッション系のコマーシャル・フォトとして見たら、

主演の沢尻エリカよりも

「ノルウェイの森」

でも瑞々しさを放っていた水原希子のほうが魅力的だ。

この作品の内容に触れたテキストを見ると、

『(ある事件を巻き起こし)芸能界を、

東京を、

日本中を、

スキャンダラスに、

めちゃくちゃに疾走する。』とあるが、

観終わってみれば、

そんな大層なことはない。

まだ続くのかと、

のらりくらりと引き伸ばされた終盤は、

まるで歯切れが悪い。

その割には、

タダでは起きない女のしたたかさが出た

ラストシーンはよかったが・・・。
メジャーリーグで活躍するイチロー選手は、

一連の決まった動作をした後で打席に入ります。

ストレットや屈伸など、

同じ動作を同じリズムで毎回行ないます。

同じリズムを繰り返すことで、

余計なことを考えない状況をつくるのです。

何気ない動作のように見えますが、

リズムを整えることは、

万全の状態で試合に臨もうとする、

イチロー選手独自の準備なのです。

仕事をするための準備は、

人それぞれに違います。

その方法の一つとして、

イチロー選手のように、

自分独自のリズムを

確立してみてはいかがでしょうか。

まずは、

生活のリズムを整えることから始めるのです。

生活リズムが一定ではない人は、

神的にも不安定になりがちです。

日々の業務にも、

少なからず影響が出てきます。

起床してから出社するまでの間を、

一連の流れに沿って行動するのです。

起床後ゆっくりストレッチを

して体を目覚めさせたり、

出勤前にお茶を飲んで頭をスッキリさせるなど、

自分のリズムを確立して業務に臨みたいものです。



$鬼瓦権蔵の心の叫び 言葉遊び 道徳


メリダとおそろしの森


メリダは今流行りの快活なヒロインだ。

伝統や格式を嫌い、

親が敷いたレールに乗ることを拒み、

自らの信念に従って未来を切り開く。

以前だったら、

少年や青年が主人公のドラマに

多く見られたパターンだ。

最近は、

少女や若い娘が活発に

自分を見つめなおす作品が目立つ。

しかもアクション・ヒロイン真っ盛りだ。

そうした風潮の中、

ピクサーが初めて女性を主人公にした

作品を作ったのも当然の成り行きといえる。

相変わらず、

ピクサーは世界観を演出するのが上手い。

フルCGでありながら、

落ち着いた色調とギラつきのない画質で、

メリダが暮らす環境を俯瞰してみせる。

愛馬アンガスを駆って

森を抜けるメリダの赤毛が

緑の木々に絶妙に映える。

豪快な父・ファーガス王と、

その王を尻に敷く聡明な妻で

ありメリダの母でもある

エリノア王妃のキャラクターも立っている。

メリダの弟で悪戯っ子の三つ子と、

子供たちに翻弄されてばかりの

メイドの絡みも楽しい。

自由奔放なメリダを

スピーディ且つ存分に見せた上で

本題に入っていくスタイルは、

観る者を物語に容赦なく引き込む。

物語は、

鬼火に導かれるまま森の奥に入り

込んだメリダが魔女と出会い、

自分の境遇を変えたい一心で頼んだ

魔法があらぬ方向に働き、

それを悔いたメリダが自身で

魔法を解く鍵を探し出すというもの。

よくある、

いたって単純な話だが、

メリダを助ける白馬に乗った

王子様は出てこない。

得意の乗馬と弓で、

自分が犯した不始末は、

自身の手で決着をつける。

これを若い娘がやるところが今風なのだ。

さらに、

過去にも禁断の魔法を使って

滅びた国があるという伝説で、

話に程良い肉付けがされる。

考え方の相違からぶつかってばかりいた

母がメリダを庇うシーンは、

流れから予測はできるが、

やはり心に沁みる。

話はコンパクトだが、

これが初監督のマーク・アンドリュースが、

上手く見せ場を散りばめている。

メリダと魔法使いの間で交わされたもう

一つの約束の落とし所も笑える。