クローリングモンキーのたわごと -65ページ目

クローリングモンキーのたわごと

諸行無常なれど素敵なことが
溢れたるこの広い世界。
日々の由無しごとを
普遍的な好奇心をもって
徒然なるままにつぶやきます。

7月の梅雨あけ直前、
猛暑のなか夏の奥琵琶湖を漕ぎました。

知内浜から漕ぎ出た時は
陽差しは熱く、風もなく、湖水も温く、、
つづらお崎のいつものテント場にたどり着けるか
熱中症が心配になるくらいでしたが、

竹生島に向けて舟を進めるごとに
湖水も冷んやりしてきて、
ゆっくりパドルして3時頃には幕営地に到着。

今回は、
いつものテント場で以前からさえずりは聞いていて、
このあたりに棲んでいるんだなと確信していた
サンコウチョウ(三光鳥)が湖畔に現れ、
長い尾を湖面に浸けて遊ぶ姿が見れたのが
初体験で感動的でした。


早朝に蜩と三光鳥が啼く琵琶湖湖畔のテント泊

ところで、
歴史秘話ヒストリアの琵琶湖にまつわる人物史
を視て知ったのですが

大化の改新(西暦645年)を遂げた中大兄皇子(天智天皇)は
もともと大津のご出身で、

白村江の戦い敗戦後の停滞を払拭すべく、
琵琶湖を交通の要衝と見定めて近江大津宮遷都(西暦667年)を決行。

この都は、
継承者争いとなった壬申の乱(西暦672年)のあと焼き尽くされ
5年間存在した幻の都だったそうな。

番組では、他にも
天台宗比叡山延暦寺の開祖・最澄上人も近江の生まれだとか
俳聖 松尾芭蕉の終焉の地であるとか
いろいろ興味深いエピソードを披露していました。

ツーリングの帰りがけ
十数年ぶりに浅井家の居城、小谷城跡に寄ってみたら、

麓に広い駐車場やお土産処ができ
かたりべガイドさんも待機しておられ、

何もない山城の蹟だった昔に比べると
立派な観光ポイントになっていました。

NHK大河ドラマ「江」の放映をきっかけに
整備されたようです。


小谷城址のパーキングにあった兜のオブジェ


海津大崎にある大崎寺の裏に絶景スポット見つけました
2014 FIFA Wカップサッカーボール決勝
アルゼンチンはドイツにドイツ代表ユニホーム20101-0アルゼンチン代表ユニホーム2010で破れ
ドイツはW杯史上イタリアと並ぶ4回目の優勝国に。

後半終了直前に交代出場するも
それまで殆ど画面に現れなかった若きゲッチェ選手の
延長後半113分ピンポイントの技ありゴールに
泣いたアルゼンチンでした。

得意のボールキープをするも
ブラジル戦のような枠内へのシュートは少なく
攻め倦んでいたように見えたドイツに対し、

ディ・マリア選手の欠場も痛かったけど、
アルゼンチンは決めるべきFWの選手が決めていれば、
延長戦を迎えずに勝ていたゲームだったという感想です。

プレイには関係なけど、
アルゼンチンFWバラシオ選手のヘアスタイルは
青鷺の頭のようにお洒落?ですね。
最盛期のイタリア代表Mr.ロベルト・バッジオを
彷彿させるセンスです。

No.10青(サッカーユニ)Mr.メッシは大会MVPプレイヤーに選ばれたけど、
大会ベストGKドイツのMr.ノイアーとの2SHOT撮影のとき
個人の賞には全く関心なさげで決勝敗戦に落胆した様子が
ありありなのが印象的でした。

本人は、86年Mexico大会でアルゼンチンを優勝に導いた
マラドーナと比較されるのは嫌いのようですが、

複数かけて囲んでくるデフェンダーと対峙しても
スピード緩急をつけ細かいステップで抜いてゆく
Mr.リオネル・メッシのドリブルの個人技は

組織的なパスサッカー主流の中で
大会を通してとりわけ爽快なシーンでした。

さて、次回開催は2018年のロシア、
気が早いですが4年後のメッシの衰えないプレイに期待!

「あの夏はなぁ…」と個人的な記憶とも結びついている、
4年毎の地球レベルのビッグイベントが終わると、
結果に関係なく祭りのあとのように淋しいなあ。


W杯は結局優勝経験国が決勝進出となりました。

今朝のSemi‐Finalの第2試合、
アルゼンチン VS オランダは、

120分間 両チーム堅守を崩さず
高いテンションを維持した燻し銀のゲームでした。

昨日のワンサイド試合の後だけに、
無得点のまま終わったのは実力拮抗の証しで、
ある意味順当というか…ホッとするというか…

PK戦の決着はいつもながら無情の勝負。
でも、アルゼンチンがPK戦を制して、正直
わたし的には納得いく結果になりました。

というのは、
後半のアルゼンチンFWイグアイン選手のシュートの場面、
オフサイドでノーゴールの判定でしたが、
オフサイドでなくゴールが決まったように見えましたので。

ところで、
今大会からゴールライン・テクノロジーと称する
ボールがゴールラインを越えたかどうかをカメラ判定し
主審に電磁波で即時連絡するようなシステムを導入してますね。

あれを応用してオフサイドライン・テクノロジーもできないのかな
と思惑したところ、やはりFIFAで議論があるようです。

オフサイド自体は単純なルールだけど、
ゴールを割ったどうかの判断に比べれば
シテュエーションが多様で、

機械には、
時空的な位置関係を正確に捉える事ができても、
その刹那に攻撃に関与したかや
アドバンテージをとって流すべきか等
状況判断するのは相当困難でしょう。

一方、
近年の大相撲の物言いでのビデオ活用や
テニスの選手によるチャレンジような
機械の活用はスポーツ界の時流ですが、

サッカーのオフサイドでもビデオ導入はどうだろう?

11人で連携してゴールを目指す「スピード」が
世界で愛されるサッカー競技の欠かせない魅力なのは確かで
審判の一瞬のジャッジと敏速なプレイ再開は重要な役割、

プレイ進行中に微妙なオフサイド有無ジャッジのためビデオ確認のタイムなんて取るのは

プレイを止めて攻撃のチャンスの芽を潰すことになってしまい
「スピード」という魅力が半減してしまうでしょう。
かといって物理的な真実は1つだし、
それにそったジャッジが望まれるわけで、これはジレンマですね。

将来、人工頭脳をもった子カール君のような
俊敏・明晰な線審ロボットが
ディフェンスの最終ラインと平行にフラッグをもって
タッチラインを走っている姿が十数年後のワールドカップで観れるかな。













Wカップは準決勝。

準々決勝4試合が全て
接戦の面白いゲームだっただけに、

ブラジル VS ドイツは誰しも考えない
超想定外のワンサイドゲーム!
1-7のブラジル敗戦とはね。

キックオフ直後はブラジルいきなりのCKで
エースとキャプテン不在は関係ないかも…
と思わせる立ち上がりでしたが、

ブラジルが‘らしさ’を表現できたのは
前半20分くらいまでで、

2点目を奪われてからは
すべてフリーでシュートをゆるし
砂の城のように崩壊れていった王者クレソン、

デフェンスの連携ができぬままの大量失点は
見ているこちらも辛くなりました。
地元ブラジルサポーターの失望はいかばかりだったか。

地元優勝の期待への重圧は想像を絶する大きさだったでしょうが、
その上に決定力を持つFWネイマールと
守備の要であり精神支柱のストッパーT.シウバの不在で
両羽根のないカナリア軍団。

思い出せば、
ネイマールに後ろから飛び蹴りした選手にイエロー出ず、
キーパーに少し絡んだTシウバにイエローが出ての準決勝出場停止。
主審がうまくゲームをコントロールできていなかった印象の
コロンビア戦が
大敗シナリオのプロローグだったと思います。

逆境を覆すために気合が入りすぎたBrazilを
冷静に料理したGermany。

一方的に点がはいったゲームって、
ゴールシーンはたくさん見れても
なんとなく後味悪い切ないフィーリングが残ります。


















頂上までの登山道は雪で行く手が阻まれ、
途中から雪渓の上に挿された竿を頼りに登ります。

微かな踏み跡を見ながら、
つま先を固い雪に蹴り込みつつゆっくり歩み、
駒の小屋から25分ほど、10時に山頂に到着。


魚沼駒ヶ岳(標高 2,003m)山頂で八海山望む

頂上には小さな青銅像の神様が祀ってありましたが、
軽量化のため小銭を持ってこなかったので
合掌だけして下山の安全をお願いします。

登山口から頂上まで5時間半かかりましたが、
山地図のコースタイムより1時間早く着けたので
気持ちに余裕が出て、
山小屋にお世話にならず日帰りすることにしました。

山頂からの雪渓の下山は、念のため
軽アイゼンを付けピッケルをもって臨みました。

登るときはさほど畏れは感じなかったのですが、
スキーなら適度な中斜面くらいの傾斜は
下るときにはかなりシリアスな心持ちになります。

少し傾斜が緩くなったところで気も緩み、
楽して降りられるのではないかと
浅はかな思いでシリ(尻)セードを試みたら

加速度がついて想定以上にスピードが出てしまい
10mほど滑ってあらぬ方向へ落ちそうな危険を感じて
体を反転してピックをさし
10mくらいで制止、
期せずして滑落制止訓練をするはめになり、
ちょっとヒヤッとしました(^^;

こっからは慎重に雪渓をトラバースして尾根に戻り
ゆっくり下ります。

駒の小屋を11時過ぎに出発し、あとはひたすら下るだけ。

いつもながら下りは苦手です。
急坂ではこんなところよく登ってきたなぁ…
と思いながら滑らぬよう慎重に下ります。

途中から小雨が降り出し、
やがて本降りになり、カッパを着て
雨と汗にまみれながらスリッピーな下山路を下ります。

まだかまだかと嫌になるくらい足元の悪い急降が続き、
夕方4時半頃にやっと登山口に戻ってきました。

休憩を含め12時間の山歩きとなったこの日
大腿筋もパンパン、膝もガクガクになった旅でしたが、
達成感はいっぱいです。

麓の大湯温泉交流センターユピオのお風呂で汗と泥を流し、
雷雨の中、関越道で帰途につきました。