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クローリングモンキーのたわごと

諸行無常なれど素敵なことが
溢れたるこの広い世界。
日々の由無しごとを
普遍的な好奇心をもって
徒然なるままにつぶやきます。

白川沿いの道を歩きながら川底に注目すると

その名の由来という説もある白砂が印象的。

 

滋賀県との県境に位置する大文字山と比叡山は

もともとは9千万年ほど前のマグマの隆起に伴い

出来た同じ山の一部で、

東西に走る其々の尾根は既存の堆積岩が熱変成した

ホルンフェルスの固い層が残ったもの。

一方、両尾根の間にある花崗岩層が風雨で侵食され

川に運ばれたのがこの白砂だそうで、

この砂が京都に多数ある枯山水庭園に使われているとの事。

 

実は、上記はブラタモリの京都・東山の回で

取り上げていた知見です。

ブラタモリは歴史・地学・考古学・地理等分野の

知的好奇心を擽ぐられるプログラム。

ぶらり歩きの旅の動機にもなり臨場感も味わえて楽しい。

 

二条通りを横断し朱塗りの大鳥居をくぐって進み

平安遷都1100年を記念し桓武天皇を祀って

創建された平安神宮を参拝。

平安時代の建築様式を再現した社殿は朱と緑のコントラストが鮮やか。

 

平安神宮 蒼龍楼・東歩廊

 

今回は社殿を囲む神苑は拝観しなかったのですが

この池泉回遊の日本庭園の趣を演出する池は琵琶湖疏水の水。

 

明治23年(1890年)の京都近代化事業の1つ琵琶湖疏水建設は

幕末混乱期での火災や維新後の東京遷都に伴う人口流出等

衰退危機に陥った京都の産業復興のための一大事業。

 

同じく明治中期の明治28年(1895年)が平安神宮創建。

近代化の中にあって、それまでの歴史の中心地

京都復興への思いが込められた神社なんですね。

 

丸太町通りを東に進み、途中から琵琶湖疏水沿いに

哲学の道を経由して銀閣寺橋にいたりました。

 

琵琶湖疏水と哲学の道

 

銀閣寺参道の坂道はごった返していましたが、

両脇の商店街を眺めながら参拝者の流れに

乗ると思ったより早く境内入口の総門に到着。

 

銀閣(観音殿)を観賞してから回遊庭園を一周。

 

観音殿と日本庭園

 

東寺からここまで歩いて来てそろそろ疲労した足には

階段の上り下りは堪えましたが、

山頂から観音殿の向こうに街を見下ろすロケーションはGOODでした。

 

 

回遊庭園頂上から銀閣を見下ろす

 

銀閣寺参拝後、

少々疲れもあり市バスで移動しようと思いましたが

今出川通りに出たら停車場でバスを待つお客さんが

列を作っていたので乗車は諦らめ歩いて東へ。

 

京大農学部前のバス停まで歩いた所で

ちょうどタイミングよくバスが来たのでここから乗車。

 

景観を壊すとされて市が撤去を決めたことがニュースになっていた

京大吉田キャンパスの立て看板はあるかな…

と気にしながら百万遍を通りすぎ、

鴨川にかかる賀茂大橋の東詰め出町柳で降車。

 

ここまで来たのに下鴨神社まで足を伸ばす元気が残っておらず

河原に下りて飛び石だけ踏んで鴨川を渡りました。

鴨川デルタの公園では多くの人たちやグループがシートに座り、

暮れなずむ時間を思い思いにゆったり過ごしていました。

 

葵橋から加茂川の北を眺める

 

さて旅の一日目、京のぶらり歩きはここまで。

京阪電車で祇園四条まで戻り投宿。

夜は祇園に繰り出し…といきたかったが、

節約旅につきコンビニで食糧調達し

部屋で豪華な夕食とします。

明日は比叡山を目指します。

大和大路通沿いの小さな洋食屋でランチを済ませ、

次は六波羅蜜寺を訪問。

 

こちらでは拝観料を納めて、

本堂の裏側の宝物殿で平安・鎌倉期の

多数の木造の国宝や重文を堪能。

 

特に、京都観光の予習のため図書館で借りてきた

仏像を網羅した写真集を何気なく捲っていた際、

「これはだけは必ず見たい!」と一番インパクトが

強かった空也上人立像、そして

中学生の時日本史の教科書にその写真が

掲載されていた覚えがある平清盛坐像を

直に目にすることができじわっと感動しました。

 

六波羅蜜寺本堂前の十一面観音像

 

更に北上し、次は栄西禅師開山の建仁寺を訪れました。

境内に入って左側に立派な三解脱門を発見。

大正時代に浜松雄踏町にある臨済宗安寧寺から

移築されたものだそうです。

 

建仁寺三門、望闕楼

 

こちらでは、法堂・方丈の拝観エリアは入らず、

花見小路通りへ通り抜けました。

祇園界隈は一挙に大勢の観光客の海、

世界に名だたる観光都市・京都を改めて実感です。

 

人いきれの中、暫く花街の佇まいを味わった後、

四条通りを越えて更に北上し三条との中間あたりの宿に到着。

 

不要な荷物を預けて身軽になり、いざ本日後半の散策へ。

 

今回は知恩院には立ち寄らずその古門を横目に

涼しげな白川沿いの道をたどって、

更に北にある銀閣を目指し京・東山ぶらり旅を続けます。

 

白川沿いを北へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月初め催行の日帰り旅で初心者ながら

古都の歴史文化に触れる楽しさに味をしめ

再び京都を訪れました。

今回も世界文化遺産「古都京都の文化財」の対象になっている

神社仏閣をメインにできるだけ歩いて巡ります。

 

定番となった朝一のこだまで京都駅8時着。

まず駅の南から20分程歩き、

東寺(教王護国寺)を訪ねました。

 

遠くからでも見える五重塔は、平安の建築以来4度落雷などでの消失後、

1644年(寛永21年)徳川家光が再建奉納したものだそうです。

 

今回は国宝の五重塔、金堂を含む拝観エリアには入らず、

納経所のある食堂(じきどう)だけ参拝させて頂きました。

 

今回の旅、訪問先メニューが盛沢山で先を急ぐ

心もち余裕の無さを感じながらの巡礼スタートです。

 

東寺五重塔…現存木造の古塔として高さ55mは日本一だそうです

 

東寺の東門を出て大宮通を北上、

JR線高架下をくぐり七条通りから東に歩きます。

 

西本願寺に南側からアクセスしようと歩いていたら

龍谷大学大宮キャンパスの正門を発見。

 

守衛所のある正門の正面に見える白い美しい建物は本館で

明治文明開化の佇まいを残す重要文化財。

門の外から遠まきに観賞させていただきました。

 

龍谷大大宮キャンパス正門と本館

 

龍谷大といえば、すぐに思い浮かぶのは

フォークルやサディステイック・ミカバンドの加藤和彦さん。

龍谷大学の広報誌サイトに

孤高の天才 永遠にカッコよく 加藤和彦」の記事を

みつけ拝読させていただきました。

日本のオリジナルポップス史上欠かせない天才ミュージシャン。

ミカバンドのアルバム「黒船」は今でも古さを感じない名盤です。

 

黒船 黒船
 
Amazon

 

龍谷大の正門のすぐ北に西本願寺の唐門を見つけました。

こちらから本願寺境内へは入れませんでしたが、

桃山様式の豪華な装飾の細部を暫く眺めました。

 

西本願寺唐門…国宝

 

そのまま七条通りを東へ歩き

鴨川にかかる橋を渡り三十三間堂へ。

勿論、こちらは拝観料を収めじっくりと参拝させて頂ました。

国宝の千手観音坐像を取り囲む千体の千手観音立像

の荘厳な迫力に圧倒されました。

 

三十三間堂外観

 

さて此処からは大和大路通を北上します。

ほどなく国立博物館の入口の前です。

入館を迷いましたが、

館内展示はじっくり一日かけて観賞したいので

またの機会に訪れることに。

レンガ作りの正門だけ眺めて通り過ぎます。

 

そして、豊臣秀吉公を祀る豊国神社に参拝。

大坂の陣後、徳川家康によって取り壊され、

現存の社殿は明治13年(1880年)再建のものだそうです。

 

豊国神社唐門

 

唐門の装飾は先ほど立ち寄った西本願寺の唐門同様

伏見城の遺構とのこと。

 

次は、かつて秀吉が建立した大仏が慶長大地震で崩壊、

秀頼が大仏を再建した折設営した梵鐘がある方広寺を訪ねました。

 

関ヶ原合戦後慶長19年(1614年)、

豊臣氏滅亡を謀った家康が鐘に刻まれた文言に言いがかりを着けて

大坂の陣のきっかけを作った鐘銘事件。

 

鐘楼に上がって梵鐘に「国家安康」と「君臣豊楽」の文字があるのを

自らの目で確認し400年前に思いを馳せました。

 

重要文化財 方広寺の梵鐘の「国家安康」「君臣豊楽」

 

さて、大和大路通りを更に北上し、

本日の宿がある祇園方面に向かいます。

 

 

 

 

路面のギャップで躓き転倒して以来、

足下に注意しながら目線を落として走る習慣がつきました。

 

それゆえ、じめじめした季節には

見た目麗しい生物とは一般に言えませんが

地面を這ういろんな節足動物の姿をよく目にします。

最近行きあったのは…

 

まず、トビズムカデ。

体長は13cmくらいでしょうか。

一瞬ギョッとして踏まぬよう横にステップを踏んで

避けましたが、じっとして動かないまま。

そっと近づいて足先で触ったらすでにぺちゃんこ

の轢死状態ででした…少し可哀想。

 

かなり昔ですが、夏場に琵琶湖畔で野営したとき

アウトドアチェアーに座って寛いでいる足元に

20cm近い大きなトビズムカデが結構な速さで

クネクネ接近してきた経験があり、

昆虫図鑑に記載された「噛まれると激痛を伴う」

というコメントは覚えていたので思わず罵倒しながら

容赦せず石礫で専守防衛した記憶は忘れえません。

 

あの時はもがくムカデに止めの一撃をかまし

ブラックバスの餌にでもなれと琵琶湖の沖に

投げ込んだのですが、

後から、殺生したことにちょっぴり

居た堪れない気持ちになったものでした。

 

ムカデは漢字で「百足」と書きますが、

節足動物の多足類に含まれます。

トビズムカデの脚は左右21対とのこと。

 

 轢死のトビズムカデ         

 

ムカデといえば、「風林火山」の中で

武田信玄軍の使番「百足衆」がムカデの旗指物を掲げて

お館様に伝令をするシーンを思い出します。

 

さて、次に見つけたのはダンゴムシ。

公園のトイレ付近で発見。

「便所虫」と呼ばれる事もありますが、

トイレに頻繁に出現するゆえこの呼称が使われる節足動物は

地域や慣習によってカマドウマ、ヤスデ、ワラジムシ、ザトウムシ等

複数存在しますね。

 

トイレ前のタイルの割れ目に逃げ込んで球体になったオカダンゴムシ

 

ところで、おもちゃメーカーのバンダイさんでは、

ダンゴムシの体の構造と運動を徹底的に研究して

現物の10倍スケールで球体への変化も再現している

カプセルトイ(ガシャポン)の新商品を8月に

リリースするようで興味津々です。

 

そして、次に遭遇したのは似て非なる節足動物、ワラジムシ。

大ゾウムシを助けたトイレの洗面台でモゾモゾしていました。

ワラジムシはダンゴムシより動きが早く、球体にもなりません。

いずれも脚は左右7対の計14本。

 

全動物の8割の種類を占めると言われる節足動物は

ウィキペディアによると、

六脚類(昆虫)、甲殻類(エビ、カニ等の仲間)、鋏角類(クモ、サソリ等の仲間)、

多足類(ムカデ等の仲間)の4つに大きく分類されるそうです。

 

私の唯一所有するポケット昆虫図鑑では、

ダンゴムシはムカデの仲間・多足類、

ワラジムシはサソリの仲間・鋏角類で異なっており、

 

両者の見た目のそっくりさから本当かなぁと疑念がわき、

その図鑑の出版年がかなり古いことへ少々不信もあり、

WEBで調べることにしました。

 

洗面所でウロウロするワラジムシ

 

ダンゴムシの生態や飼育方法などについての

情報を掲載しているウェブサイト「ダンゴムシジャパン」さん

の詳細な記事にいきあたり、すっきり解決、感謝致します。

 

サイトのダンゴムシの分類は?というレポートによると、

節足動物における甲殻類=軟甲網のなかに

等脚目というカテゴリーがあり、

(等脚目はワラジムシ目ともいうそうです)

さらにこれに所属する小分類として、

ワラジムシ科、オカダンゴムシ科、フナムシ科…があるようです。

 

この等脚目の進化について

カンブリア紀に大繁栄した三葉虫の仲間が

古生代デポン紀に陸上に上がり海岸でよく見かけるフナムシへ。

更に、フナムシからワラジムシ、そしてダンゴムシへと

進化したと考えられるようです。

何となく腑に落ちる進化の流れに思えます。

 

危険を感じると完璧な球形になるダンゴムシ。

その鉄壁の防御の鎧を纏う外殻の美しき構造には

古生代の劇的環境変化に適応し

現在のような繁栄を果たした節足動物の変異の

ひとつの証拠として進化のダイナミズムにたいする

ロマンを禁じえません。

 

そういえば話は変わりますが、

最近クローズアップ現代+で取り上げていた

遺伝子分析及び操作を気軽に出来る日曜大工DIY化の社会現象。

採集してきたワラジムシとダンゴムシの遺伝子を分析し、

ワラジムシが球体になる能力を得るようゲノム編集して

進化を再現するような研究さえ家のラボで可能になるでしょうかね。

 

日々進展するバイオ技術は、

医療分野で画期的なメリットも大きいのは確かですが、

ヒトも含めた生命の多様性を与えてきた自然界を

どこまで人類が意図的に改変して良いものか

生命の倫理問題は難しい…

 

ところで、節足動物の構造や運動のメカニズムは、

円滑な動作を探求するロボット工学にも多く応用されて

製品に活かされているようです。凄いぜ!節足動物。

 

最後にNHK Eテレの幼児向け番組「ミミクリーズ」は

似て非なる生き物を取り上げるコーナーもあり

大人が視ても生物好きな人ならかなり面白いプログラムです。

 

ジョッギング中、いつものコースで

尺取りしながら小径を這って横切っていた芋虫を発見。

黒い体の左右に黄色の斑点が特徴的。

体毛はありません。

 

興味が湧いたらとりあえず写真撮影。

鱗翅類の幼虫であろうと昆虫図鑑の蝶と蛾の頁を調べたところ、

これだと思える黒色黄班模様のサンプルは載っておらず、

ネットの画像検索を駆使し一致するデザインを発見。

 

これはヒメエグリバの幼虫。

成虫は枯れ葉そっくりの擬態をするヤガ科の仲間

というところまでは突き止めました。

 

尺とり移動中、ヒメエグリバ幼虫

 

翌々日、公園の植え込みの縁石に

じっとしている蛾の成虫を発見。

なぜ鳥に見つかりやすいオープンな処に居たか謎ですが、

森の中ならまず存在に気づけない、

まさに枯葉・木目擬態のデザイン。

 

モモスズメと思われる蛾

 

これも昆虫図鑑では一致するサンプルは見つけられず、

しばらくの間ネットの画像検索で該当する羽の模様を探した結果

ほぼ同様のデザインを見つけました。

 

ヒメエグリバの成虫なら奇跡的出会いかも

と期待しながら探索しましたが…違いました。

おそらくモモズズメ(スズメガの仲間、ウチスズメ亜科)です。

 

蛾の仲間は日本だけでも4千種以上存在するようで、

ポケット図鑑には限られた種類しか掲載されておらず

なかなか同定は難しいもの。

 

蛾に萌え~なマニアの方のサイトや

昆虫研究分野の方サイトの画像から探索して

図鑑で解らぬ謎が解けるWEB検索エンジンの便利さよ。

 

ずっと昔、小学生の夏休みに

昆虫採集し図書館に行って図鑑で名を調べて

標本を自由研究として提出した頃の

ワクワク感を彷彿させる調査でした。