クローリングモンキーのたわごと -12ページ目

クローリングモンキーのたわごと

諸行無常なれど素敵なことが
溢れたるこの広い世界。
日々の由無しごとを
普遍的な好奇心をもって
徒然なるままにつぶやきます。

水無月にはいり、田植えを終えた近所の田圃で

稲が毎日少しずつ成長するのを見て

感慨深く芒種の侯を実感するこの頃。

 

蒸し暑い日も多くなり、汗拭きタオルを

首にかけてジョッギング、

もう間もなく冷凍庫に貯めおいた保冷剤も

携帯して走る熱中症ケアのシーズン到来。

 

そんな折、新緑の香りいっぱいのなか

の植物ウォッチング・ラン。

スマホで撮影して名称を調べました。

 

すぐに名称判別できる植物はほとんどなく

かつては回答精度に信頼をおいていた

花の名アプリに訊ねるも最近は誤答連発が多く

AIへの評価も下降気味。

 

そこで一度原点に戻って、Google検索で

見た目の特徴(花・葉・茎の色や形状等)をワード入力して

これをキーに表示される全ての画像の中から

自分の目で植物を同定…これが一番確実&効率的。

 

ということで、ジョッギングの途中出逢った

植物の名とインプレッション。

 

ブラシノキ

 

地元の街路樹ですが一見クリスマスツリー装飾のよう。

箒の先のようなねむの木の花に似ている雰囲気ですが、

見た目を素直に表現すれば

台所でみかけるコップ用の洗浄ブラシに似ていたので、

単純にその通りのキーワード…

「赤い花 コップ用ブラシ」で検索すると

同じような画像がずらっと表示されて

一発正解…BINGO!!

 

名は体を表し、なんと「ブラシの木」という植物でした。

オーストラリア原産の常緑木で赤いのは雄しべだそうです。

日本名がブラシノキで、学名はカリステモン。

これはギリシャ語で「美しい雄しべ」という意味のようです。

花槇(はなまき)とか錦宝樹(きんぽうじゅ)とも呼ばれるとのこと。

 

 

オオキンケイギク

 

濃い黄色の花が華やかで季節はずれのコスモスといった佇まい。

オオキンケイギクは北アメリカ原産の外来種。

旺盛な繁殖力で急速に分布を広げ在来固有種を

駆逐するリスクがある特定外来生物とのこと。

 

 

            

テリハノイバラ

 

テリハノイバラは漢字で照葉野茨と書くそうです。

名称通り、野ばらの一種で海岸近くの松林と舗装路の境辺りで

照葉樹のような光沢ある楕円葉をつけ

細い蔓枝が這うように広がっていました。

 

 

ランタナ

 

同時期に咲き始める紫陽花のように見えましたが

ギザギザの葉っぱも集合花の半球も小ぶり、

枝に刺があったので別の植物かなと思い調べると、

ランタナという常緑低木樹。

 

南米原産の帰化植物で、花の色が次第に変化することから

七変化(シチヘンゲ)とい和名もあるそうです。

ジョグルートの途中にあるので色の変化があるか

引き続きモニタリングしたいと思います。

 

 

 

春場所千秋楽の貴景勝戦で8敗目の負け越し

大関の地位から陥落した栃ノ心関でしたが、

関脇から大関へ返り咲きを目指す五月場所は

見事にワンチャンスを生かし10勝!

復帰を果たしました\(^o^)/

 

関脇に陥落翌場所の大関復帰は

2005年の栃東(現・玉ノ井親方)以来で、

記憶に新しいところだと元大関、

把瑠都も琴欧洲も琴奨菊も返り咲きが

叶わなかったのですからかなりハードルの高い

復帰条件なのだろうと考えます。

 

この五月場所の栃ノ心関は

7日目までの前半戦こそ昨年初優勝した頃の

力強い四つ相撲が復活し磐石な流れで

「大関復帰どころか優勝もある得るんじゃない」

という予想もちらほら聞こえていましたが…

 

2日目 大栄翔を掴まえて寄り切り

   (From NHK-G 大相撲 幕内の全取組)     

 

7日目 琴奨菊の寄りを吊り気味に押し返し体が浮く

(From NHK-G 大相撲 幕内の全取組)     

 

中日、連勝を止めたのが相撲巧者、遠藤関。

 

栃ノ心は立会から懐に入られ

前みつのいい位置を相手に許してしまい、

押し返して上手を取りにいく刹那に

引き落とすような出し投げをくらい

膝を着いて前に落ち初黒星。

 

得意の左上手をまずはすぐ取りたいという

衝動は痛いほどわかるのですが、

遠藤のような技巧派には立ち会いから

回しを取らさぬよう低く当たってまず長いリーチで

突き放して体勢を崩してから自分の形に

持っていくスタイルが有効じゃないかなぁ…

心の中でアドバイス。

 

実際、昨年V1の頃は最初突き放して距離を取って

圧力をかけながら流れの中で上手を取る攻め方が

もっと多かったように思います。

悔しい一敗目でしたが、まだまだ10勝の目標より

復活優勝の可能性を信じていたのがトッチーファン。

 

翌日9日目は、先場所の大関からの陥落の

悔しさを晴らす絶好の機会となるであろうと

大いに期待した貴景勝関との一番が組まれましたが、

新大関は右膝怪我で休場、栃ノ心関は不戦勝。

そしてこの日に勝ち越しとなりました。

 

翌10日目の御嶽海戦は相手の突っ張りを物ともせず

一度掴んだ左上手を離さぬまま力強く寄り切り

9勝目をあげ大関復帰まであと1勝に迫りましたが…

 

   

10日目 得意の左上手を取り御嶽海を万全の寄り切り(From NHK-G 大相撲 幕内の全取組)     

 

その翌日から長く苦しい足踏みの日々が続き、

11日目…阿炎関が時々見せる

相手の攻め際につっかえ棒を外す感じで繰り出す

叩き込みにつんのめって落ち、

12日目…明生関に立ち会いから瞬時に双差しを許し

寄り切りで良い所なし。

 

ここに来てどうも今までと違って立ち合いの

踏み込みが甘く一方的な負け方に違和感を感じたですが、

 

後日目にした日刊スポーツによると

中日の遠藤戦で土俵に落ちた際に膝を負傷、

痛み止めを飲んで挑んだ10日目の御嶽海戦後

再び患部が腫れ水を抜く処置をしたそうです。

 

そして、大関復帰へ暗雲漂う状況の中

ここまで2敗キープで優勝争いを演じていた

前頭八枚目の朝之山関と13日目に対戦。

 

この日も栃ノ心関は立ち合い後の圧力をかけられず

朝乃山関に回しを許し一気に土俵際まで

押し込まれ万事休すか…と思った瞬間、

回り込みながら左手で頭を引き込んで

振りますような強引な掬い投げ!

 

行事玉治郎の軍配は栃ノ心にあがり

実況太田アナも「逆転!栃ノ心10勝!」と吼え

栃ノ心関も小さなガッツポーズ!

もちろん勝利の確信があったのでしょう。

 

しか~し、向正面で見ていた審判が物言いの挙手。

え~~?どのシーン?

朝之山を振り回したとき髷を掴んだのか?

ガッツポーズに物言いをつけたのか?

 

VTR検証も含め長~い時間の審議後、

行司差し違いで朝之山の勝ちの告知。

思わず、TVの前で唖然とし「はぁ~~~?」と

疑念を顕にするトッチファンの私。(゚o゚;;

結論は、朝之山の体が落ちる前に

回り込んだ栃ノ心の俵に乗っていた右足の踵が

土俵の外に出ていたという判定。

 

一番近くで見ていた審判が、(審判の専門用語なのか)

「踵が砂を連れてきたように見えた」と主張し

これを踏まえ最後は阿武松審判長が

はっきりわからないVTRより現場の目を信用して

判断を下したとのこと。

大関復帰決定を覆す物言いをつけられた栃ノ心の

サポーターにとってはどう見ても

踵は浮いているように見えましたが…残念!

栃ノ心関は支度部屋で悔し涙を流していたそうです。

 

      

13日目 朝之山を土俵際逆転でくだし小さなガッツポーズで勝利を確信した栃ノ心だったが…

         物言いがつきこの日も黒星で11日目から3連敗となり大関復帰に黄色信号(-.-;)

                              (From NHK-G 大相撲 幕内の全取組)     

 

あと1勝が遠い栃ノ心関、

これで優勝可能性も遠のき翌日14日目。

横綱 鶴竜関と結びの一番。

この日は前日の悔しさをウェットに引きずらず

立ち会いに左に変化して叩き込みの勝利。

ドライな心理作戦が功を奏しやっと10勝目を手にしました。

背水の陣の状況で考えた末、

ある意味リスクも大きく栃ノ心らしからぬ奇襲

を選択したのでしょう…勝ってホッとする栃ノ心。

千秋楽での賜杯獲得決戦を望むファンの

思いを乗せて館内にさぶとんが乱れと飛ぶ中、

優勝を逃した鶴竜、朝之山の平幕優勝決定。

それぞれ悲喜交々の14日目でした。

 

14日目…立ち合い左変化で鶴竜を叩きこみ10勝目!

 (From NHK-G 大相撲 幕内の全取組)    

 

国賓である米国大統領を迎えた千秋楽、

初優勝の朝之山関はMr.トランプの入場待ちで

かなり長く土俵下で待機していたように見え

それが心理的に影響があったのかなかったのか

御嶽海との対戦は何もできず寄り切られ黒星。

しかし、朝之山は正統派の堂々とした取り口で

好感の持てる若手、今後の活躍を期したい力士です。

 

幕内最高優勝も既に決まっており

さぶとんが飛ぶような取り組みもなく

SPの物々しい警護の中で無事夏場所は終了。

 

結びまでの取り組み5番を観戦するために

100人分のマス席を占有しての国賓オモテナシに

なったようですが、

最近なかなかチケットが取れない一相撲ファンとしては

4人マスを繋げた特設ステージに置いたソファーに

座って観戦するトップ外交を複雑な思いで見ていました。

 

さて、改めて大関に返り咲きの栃ノ心関おめでとう。

これから安定感のある大関をキープし

毎場所優勝に絡むくらいの星を積み上げ、

もう1つ上のステージを目指して精進して欲しいものです。

 

 

 

翌朝は早めに朝食を摂りチェックアウト。

福山市中心部から沼隈半島を南に下り、

文化庁の重要伝統的建造物群保存地区

にも選ばれ近世の街並みが残る鞆町へ。

 

かつて鞆の津と呼ばれていたという鞆の浦は

潮の干満の大きさで潮流がぶつかり合う

瀬戸内海中央の海域にあり、

中世より潮待ちのポイントとして

通商上、軍事上の要衝であった地で

江戸中期の西回り航路確立で北前船の寄港地と

なってから商業的に著しく発展したという。

 

南への県道沿いを運転中、

目に入った「無料駐車場」の看板に導かれて

脇道を海の方に折れるとほどなく

誘導員の方に案内され鞆鉄鋼団地の

広いグランドに車を停めさせてもらいました。

 

GWの観光客増に対応した無料臨時Pのようで

旅のコストを極力抑えたい小市民ツーリスト

としては感謝感謝のおもてなしです!


車を置き最小限の荷物と傘を持って

船舶部品工場や造船工場が軒を連ねる

団地を歩けばこちらも連休のさなか、

ほのかに油の匂いのする静かな工場街を

通り抜け30分程で鞆の浦の繁華街へ。

 

まず、市営の渡船で仙酔島に航りました。

渡船は江戸末期、坂本龍馬が立ち上げた

貿易商社、海援隊の蒸気船「いろは丸」を

モチーフにした船体だそうです。

片道240円で5分程の短距離ですが、

弁天島を見ながら仙酔島まで

瀬戸内海クルーズ気分を味わいました。

 

坂本龍馬設立、海援隊のいろは丸型の渡船

 

仙酔島の名の由来は仙人も酔う

風光明媚な島ということだそうです。

上空から島全体を眺めると亀のような形に似て

「亀の島」とも呼ばれ、御伽草子の浦島太郎伝説の

発祥の地とする説もあるとの事。

 

船着場から歩いて5分程で田ノ浦という海岸に到着、

こちらは風もなく波も穏やかな海水浴場。

この日は好天で気温も高く、泳いでいる人や

カヌーを漕いでいる人も数人見かけました。

 

海岸沿いの遊歩道を進むと

波で侵食された層理・節理・褶曲等の露頭が見られ

青・赤・黄・白・黒の五色の岩が続くエリア。

 

仙酔島の地質は約9千万年前白亜紀の

火山噴火による流紋岩質凝灰岩が基盤となり

その後火山活動の休止・再発を繰り返して

火山灰混じりの堆積層が互層になって

今の姿になったとのこと。

 

断層・地層等現場のポイントポイントで解説パネルが

設置されちょっとした地学の野外実習の趣き。

地震や火山噴火等の地殻変動のダイナミズム

を体感出来る遊歩道でした。

 

地層の解説パネル

 

五色の岩…赤色は褐鉄鉱の風化によるものと解説

 

ところで、NHKの「ブラタモリ」で

岩石好きのタモリさんが専門家と現地の地質を調べ

その土地の成り立ちを謎解きするロケを

毎回興味深く拝聴していますが、

ここ仙酔島はそんなジオロジーファンにとっては

堪らない萌え~なポイントと言えるでしょう。

 

仙酔島は、入浴施設、国民宿舎、テント場もあり

仙人よろしく景色を堪能してゆったりした時間を

過ごしながら酔うスローな旅が似合う

パラダイスいや浦島の龍宮城とでもいいますか…

もちろん海水浴やカヌーをするもよし、また

島の最高点、標高159mの大弥山までの稜線散歩もよし

アクティブな過ごし方を選択してもいいでしょうね。

 

今回は1時間半程の短い滞在ではありましたが、

命の洗濯ができそうな島の佇まいが深くインプットされ

いずれまた再訪したいという思いになりました。

 

再び渡船で街の港に帰還するともう昼時。

大勢の観光客の流れに逆らわず街を散策。

江戸末期に建てられた常夜灯と

港の雁木を見学してから裏路地を選んで歩き

古い石畳に歴史を感じながらの街歩き。

 

鞆の浦…港街の風景

 

安政に建築された常夜灯…港町のランドマーク

 

福善寺…こちらの對潮楼で海援隊と紀州藩がいろは丸沈没の補償交渉をしたそうです

 

歩いて駐車場まで戻ると午後2時近く。

再訪を胸に刻み鞆の浦を後にし、

福山東ICから山陽道に乗り帰途につきます。

予想通り神戸JCTの手前でUターン渋滞に嵌り

先行き耐え忍ぶ運転に自信がなく宝塚北SAで休憩。

 

SAのモールは沢山の人でごったがえし

レストランも入店待ちの行列になっていたので、

パンを買って外のテーブルで夕食。

その後3時間程仮眠をとり長距離運転に備えます。

 

どらプラの渋滞予測をチェックしての回避作戦が奏功、

フリーウェイジャムに巻き込まれず夜明け前に帰宅。

しまなみ海道への初訪問ツアーは

これにて無事に事故なく完結とあいなりました。

 

 

 

しまなみ海道(西瀬戸道路)は今日で走り納めとなり

今夜の宿泊地、福山市に向けて移動します。

 

本土に上陸して、しまなみ海道から

国道2号線バイパスに接続するジャンクションで

尾道市街方面に向かってしまうミス…

 

令和元年初日、GW10連休の真っ只中でもあり

国道に入ると同時に渋滞に巻き込まれましたが、

次のICまで近かったのが不幸中の幸いで

一度バイパスを降り逆方向に乗り直して福山方面へ。

東行きは渋滞しておらず

大きな時間ロス無く市街にアクセス、

福山駅の北側にある福山城公園を訪問。

 

まず、公園敷地内にある県立歴史博物館に入館。

こちらは別名、ふくやま草戸千軒ミュージアム

草戸千軒は市内を流れる芦田川の

川底に見つかった中世港町・市場町の遺跡で

現地で発掘された出土品や往時の街並み、

民衆生活の復原展示、瀬戸内の年代記解説パネル等

たっぷり見ごたえある内容で1時間ほど見学。

 

草戸千軒街並み(南北朝時代の黄昏時を再現とのこと)

 

草戸千軒の市場の物売り小屋

 

歴史学習のあとはミュージアム向かいの

小高い丘にある福山城へ。

天守閣は、戦災消失後昭和41年に建築された

コンクリート造りで内部は福山城関連の博物館。

天守の南側にある伏見櫓は、

領主・水野勝成が1619~22年の築城の際、

京都伏見城にあった櫓を徳川秀忠の命により

移築、現存している遺構だそうです。

福山城は、日本100名城にも選定されています。

 

福山城天守

 

福山城公園を一周りして駐車場に戻ると

宿泊チェックインにちょうどいい時間となり、

真っ直ぐ市内の宿へ。

 

ここまでランチを摂る時間の無いままで

お腹を空かした状態でチェックイン、

まずはお風呂に入りすっきりしました。

 

風呂上がり後に宿近くの食事處を色々探し

何を食べるか迷いつつ30分近く歩いて

最後辿り着いた居酒屋笑ひ鶏もんどさんで

美味しくリーズナブルな鶏料理を味わいました。

さて、翌日は旅の最終日。

因島を国道317号で北上、

本日第一の目的地、因島水軍城を訪ねました。

 

こちらは昭和58年建築の村上水軍の歴史資料展示館。

外観は立派な山城そのもので本丸と共に

二の丸、隅櫓も併設されすべて展示館になっています。

下から見上げると「上」の字が書かれた

水軍の幟も沢山立てられなかなかの壮観です。

 

村上水軍は南北朝・室町~戦国時代にかけて

瀬戸内海を舞台に活躍した武装集団。

「村上海賊」と呼ばれるが

所謂、海上で奇襲をかけ金品を強奪する

盗賊(パイレーツ)とは一線を画し、

掟に従って瀬戸内の航海の安全保障、

交易・流通秩序を支えることを生業としたこの地域の豪族。

広辞苑にも2番目の意味に同様意味が記載されています。

備後因島村上の他、伊予能島、伊予来島の3家。

 

後に中国地方を統一していく毛利元就が

勢いを増す大きな節目となる陶晴賢との戦さ、

1555年の厳島の戦いでは

村上水軍の援軍が勝利に大きく貢献したという…

 

大河ドラマ「毛利元就」の記憶が蘇ります。

キャストは、

毛利元就を中村橋之助さん(現・八代目中村芝翫)

陶晴賢を陣内孝則さん、尼子経久は故・緒形拳さん

水軍の将を的場浩司さん等など

’97年作品でした…もう20年以上前、懐かしい。

 

標高24m小高い丘にある本丸まで階段を登り

かなり足の筋肉が鍛えられます。

展示室には甲冑や刀、古文書の他

解説パネルも充実しておりじっくり見学しました。

 

16世紀後半の水軍船(水軍の主力艦 大阿武船)の模型

 

水軍城の麓には因島村上家の菩提寺、

金蓮寺があり代々の墓碑があります。

 

 

 

本丸前庭から因島村上氏の菩提寺の墓地を眺める

 

因島村上氏菩提寺 金蓮(禅)寺入口

 

水軍城の見学を終え、

因島北ICからしまなみ海道に乗り

次の目的地、福山市街へ向け移動します。