不忍通り沿いにある東洋文庫ミュージアムへ。
文京区の駒込、六義園の近くにあり
都営三田線の千石駅から10分程歩きます。
こちらは一般人にも東洋学への関心の裾野を
広める目的で建てられた日本最大級の
本の博物館というコンセプトのミュージアム。
1Fのレセプションから奥に進むと木調の壁と床の
ホールが上品で落ち着いた感じ。
観覧者の混雑もなくゆっくりと見学できる雰囲気で
学習モチベーションもアップする気がします。
この時の展示テーマは、”漢字展~4000年の旅”と
”東洋文庫の書物から紐解く世界の歴史”。
ロビーから階段を登った2Fにはまずモリソン文庫。
天窓からの採光と間接照明で薄暗い中
見上げるくらい高い書棚に蔵書が並んでおり、
中央にあるソファに腰掛けて数分間、
自宅にこんな書斎があればなぁと思いながら
その穏やかな空気感に浸りました。
モリソン・コレクションは約100年前に東洋文庫の創始者
岩崎久彌氏が北京駐在のオーストラリア人モリソン博士から
譲り受けた東洋に関する書籍・絵画等2万4千点。
久彌氏は、三菱創始者にして龍馬の幼なじみ岩崎弥太郎の長男、
三菱財閥の三代目の社長も務められ
戦後の財閥解体を契機に実業家を退いた後
東洋文庫を開設、東洋学研究をはじめ色々文化貢献をされ
六義園、清澄庭園は久彌さんから東京市への寄付との事。
モリソン文庫
さて、漢字展のコーナーへ。
漢字という文字の成り立ちとして
その起源は紀元前約4000年メソポタミア文明に遡り
シュメール人が作った楔形文字が長い年月かけて伝わり
これを元に漢字も作られた「のではないか」と解説あり、
確かな変遷は未解明ということですね。
古代中国で最初の文字は紀元前1500年頃の
殷の甲骨文字とされていますから
この2500年の間にどのように伝わっていったか
想像するのも古代歴史ロマンの楽しさでしょうか…
殷墟から発掘の亀甲骨文(甲骨文字)
楔形文字で書かれたハンムラビ法典(紀元前18Cバビロニア王の法典の記述)
ところで、
アルファベットの起源を学習したのですが、これによると…
前述のメソポタミア(バビロニア等)では麦の農作管理と
交易管理のため楔形文字を使うようになり
その500年程後エジプトで同じく農作用の暦や灌漑、
またピラミッド建築に代表される土木技術を記録するため
ヒエログリフ(象形文字)を使っていた。
この頃使われたこれらの文字を簡略化して文字数を減らし
解りやすく改良したのがフェニキア人が作ったフェニキア文字。
フェニキア人は造船と航海技術に優れ、もともとは現在の
レバノンを拠点として現在のチュニジア当時カルタゴに植民、
紀元前12世紀ころから地中海の交易を独占。
広範な通商を背景にフェニキア文字がギリシャに伝わりギリシャ文字に
さらにイタリアでローマ字(アルファベット)に繋がったとの事。
ということで、
アルファベットの起源は史実としてフェニキア文字。
そしてアルファベットも漢字も…表音文字と表意文字の違いあれど…
共通の祖先はメソポタミアの楔形文字であろうと
推定されるということで雑学知識インプット。
一方、漢字の書体の変遷も解説されていました。
書体と中国の時代の変遷は、
甲骨文字(殷)→金文(周)→大篆(周・春秋戦国)→
小篆・隷書(秦)→草書・行書(前漢)→楷書(三国・魏)→
楷書が標準字体となる(唐) という繋がりです。
中国を統一した秦の始皇帝が文字も統一して小篆(篆書体)を使い
この時同時に役人は簡便な文字として隷書体を使っていたらしい。
個人的に篆書体が好きなのですが、
もう少し年重ね落ち着いたら小篆を書くため習字(書)に
チャレンジしてみたいと思います。
次に、
東洋文庫の所蔵本から紐解く世界の歴史のコーナーも
とても興味深い展示品があり楽しめました。
そんな中で2点…
まず、フランス人画家ビゴー作の風刺画。
遠い記憶で日本史の教科書に載っていた気がします。
宗主国の権益を狙う日本と清国が朝鮮を釣りあげようと
対峙するのを橋の上から釣竿を持って隙を窺うロシア
が描かれた1889年の「魚釣遊び」という作品。
「漁夫の利」というタイトル訳もあるようです。
日清・日露戦争を経て西洋列強と肩を並べるべく
産業も戦争も拡大していった20世紀に入る直前の時期ですね。
現状でも登場キャストを替えれば使えそうで想像するも楽しい。
ジョルジュ・ビゴー作 魚釣遊び
清国人(満州人)が辮髪・民族衣装姿なのはわかるのですが、
維新から20年ほど経った時代ながら日本人が髷と羽織袴の
武士スタイルで描かれた意図はどこに…とちょっと疑問。
ビゴーは来日する前、美術学校で浮世絵などジャポニズムに
影響を受けたそうですが、
そのままのイメージで日本人を描いたのか
何かもう一段のアイロニーがある表現なのか
もう少し掘り下げてみたい気になります。
そしてもう1つ。これも興味そそる一冊、「塵劫記」という算術書。
タイトルが新板塵劫記で展示されていたので改訂版でしょうか。
塵劫記は江戸時代に大ベストセラーとなり算術ブームが
起こったそうで、その後庶民に和算が広がり今も残る数学問題の
絵馬(算額)の神社仏閣奉納のきっかけとなった本。
それゆえ偽物も出回り自身で改訂版を何度も著したそうです。
この展示のページの一部になかなか普段使わない
数の単位の記述があります。
以前興味を持ち音読して覚えたのですが、
大きい数の単位は諳んじていたものの
1より小さい数の単位は全く忘れていることを確認。
それにしても、
恒河沙(ごうがしゃ:10の52乗)、
阿僧祇(あそうぎ:10の56乗)、
那由多(なゆた:10の60乗)、
不可思議(10の64乗)、
無量大数(10の68乗)
阿頼耶(あらや:10の-22乗)、
阿魔羅(あまら:10の-23乗)、
涅槃寂静(ねはんじゃくじょう:10の-24乗)
といった言葉の並びは、なぜか耳にとても心地良い音感。
梵語つながりで仏教経典など読んで深堀してみようか。
新板塵劫記…大小の数の単位やt土地の面積単位が記載された頁
ということで、フロアは広くないですが2時間ほどゆっくり観覧。
展示の本を通じて色々なものへの好奇心を思い出させてもらい
とても楽しめた東洋文庫ミュージアムでした。
















