父との思い出・その2 | Petitぷてぃ小平編集室のブログ | 小平市のミニコミ誌, タウン情報, ポスティング

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昨日からUPしている一連のノンフィクションは

YouTubeのあべよしみさんの朗読。

山本周五郎作

「あとのない仮名」を聞いていた時

アレ!父もよくこんなことがあったな。

と思い出したのでした。

 

父は決して、イケメンでもなければ、

パチンコもトランプも花札も株式もしないという

真面目な仕事人間でした。

お酒も二合がやっとで、さほど強くなく、

狩猟、釣り、凧揚げなどを趣味としておりました。

 

なのに、

なぜ女性が寄ってくるのか

その理由を理解したのは、

私は自分が結婚してからでした。

それは最後にお伝えします。

 

まず、最初に母を襲った事件。

それは、私がまだ一歳にもならない

乳飲み子だった頃に起こりました。

 

父はマグロ船の機関場の修理に、

宮城県の女川へ長期出張。

その際に滞在した旅館の一人娘に

岡惚れされたらしい。

 

ある日、母が縫物をしていると、

その女川の旅館の番頭さんが、

三浦三崎に現れました。

どうも、

その旅館の一人娘が父に岡惚れし、

どうしても結婚したいと食事も喉に通らない。

ご両親は不憫で、父の身辺を調べると、

23歳の若さで、妻も子供もあるという。

何とか別れさせて、娘と結婚させたいと、

番頭の私が手付金を持って参上した。

お金はいくらでも払うから、

母に父と別れてくれと懇願。

 

母は何しろ「ちょっと待ってください」と

番頭さんを帰し、その足で父の実家へ。

 

父方の祖母は言ったらしい。

「あの息子は父親になったのに何をしてるんだ」

と私を預かってくれて、

母に旅費を持たせ女川へ行かせてくれました。

 

父は女川に来た母を見て、

「何しに来たんだ」とビックリ仰天。

母が事の顛末を話すと、

「俺は何もしちゃいない」と一言。

それを聞いた母は、

「そうなのね」とその一言を信用し、

一泊して帰ってきたとの事。

 

この話は、

後年、夫婦喧嘩をすると、

「あの頃、何をしてたかわかったものじゃない」

と母がいうと、父は血相を変えて、

「お前は俺の言ったことを信用したんじゃなかったのか」

と言っておりました。

 

今となっちゃ、どうでもいい話ですがね。

 

ところで、

あの旅館の一人娘さんはどうなったんでしょうかね。

父よりも4歳ほど年上だったらしいですから、

生きておられれば93歳ですね。

その方が気になりますね。

 

私の命ある限り

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