店を出た。

街を行き交う人はまばらになり、

街頭の販売は店じまいを始めていた。


お互い無言で、しばらく中華街を歩く。


「どうします?もう帰らないとまずいかな?」


「いえ、今日は旦那も飲み会で、帰るの遅いから・・・。」


女性の自宅は、横浜からは東横線経由だということだけ聞いていた。


終電まで飲むことで合意。

みなとみらい線に乗って、横浜駅へ。

西口を出て、新田間川方面へ歩き、洋風居酒屋に入った。


パーテーションで囲われた擬似個室の空間の中、

女性は、カクテルを飲んで、どんどん多弁になった。

結婚して依頼、女性としての舞台から降りることになり、とてもストレスがある。

その環境をつくったのは旦那さんだという様なことを語っていた。

女性の真意や環境など、見えない部分は多々あったが、私は大凡のニュアンスを感じて相槌をうった。

私のことを、懐深い理解ある男性だと言った。

そして、時には女性としての舞台に上がりたいと、私の目を見て言った。


私はこれまで、自分のことをあまり性的欲求が無い男だと認識していた。

他人と比べたことは無いが、SEXも比較的淡泊で、女性に対してセックスアピールを感じる瞬間も

あまり無かった様な気がする。

女性からこうやってアピールされても、酒が入っているせいもあるが、性的欲求よりも、その行為に

至るまでの段取りが億劫だと思う方の支配率が高かった。




女性の演説は熱く長く続き、もはや終電は無い。


私もひたすらマティーニを飲み続け、酔っていた。


「どーするの?終電無いンじゃ無い?」


「ナンセンスね。今頃そんなこと言うのは。口説きなさいよ男でしょ。」


「分かった・・・。」


店を後にした。

大通りに出て、タクシーを探す。

車の通りが途切れ、酔って寄り添った2人。

どちらからともなく、キスをした。

タクシーが停まる。

「ラブホテルへ。どこでもいい。」

それだけ伝え、女性に覆い被さって深くキスを続けた。


その女性との再会の機会は、意外と早く訪れた。


その女性と出会ってから2週間後、快晴の土曜日の午後、例のイタリアンレストランに向かった。


女性は既に店にいた。奥の席。出会ったときに、私が座っていた席。胸が高鳴った。


女性は、すぐに私に気づいた。店の入り口を気にかけていた模様だ。

私を待っていたのかもしれない。


店員を無視して席に向かった。


女性は、素敵な笑顔で迎えてくれた。同じテーブルの正面に座る。


正面から見る女性は、その端正な顔立ちに、年齢に応じた表情の説得力が加わって、とても美しかった。初めて見たときに感じた否定的な影は、私の中から完全に消え去っていた。

少し緊張感を帯びた声。

薄い水色のワンピース姿。開いた胸元が、妖艶さを増幅させていた。


コーヒーと紅茶で、お互いのことを、しばらく話した。


中華街で夕食することになった。

アルコールも好きな方らしい。


中華街の東側。朝陽門に差し掛かった頃、空には夕闇が迫っていた。

深い青。雲がまばらに光を受けて白や黄、赤に染まる。

何故かノスタルジアを覚える時間帯。


ゴールデンウィークが終わったにも関わらず、街は賑わっていた。家族連れやカップル、サラリーマン、観光客・・・。


大通りを真っ直ぐ。香港路を左に入り、中山路との間の通路にお気に入りの店がある。

シンプルなメニューが大半で、落ち着いてゆっくり食事ができる空間。


女性は、あまり食べなかった。が、よく飲んだ。


あっという間に3時間が過ぎていた。

外に出てからは、お互いに無口になり、黙々と元町方面へ歩いた。
首都高速湾岸線の近くまで歩いた時、女性の携帯が鳴った。
話の内容を聞かれたくないのか、私から離れて静かに話す。
私は足を停めて待った。

空を見上げると、雲が点在して、暗い青の空に変わりつつあった。

電話を終え、女性が近づいて来た。ここでお別れしなければならないと告げられた。
友人の予定が変わって待ち合わせの時間が早まり、今から横浜駅に向かうとの事。

「楽しかったです。ありがとう。」


特段、何かを期待していたわけでは無いが、必要以上にひどく空虚な気持ちになった。

連絡先も聞いていない。

ただし、私の短所であり長所でもある諦めの良い性格は、その事態をすんなり受け入れた。可能な限りの笑顔をつくって、無言で右手を上げ、軽く会釈した。


先に振り返って元町方面へ向かおうとした時、少し慌てた顔をして彼女が言った。

「さっきの店、気に入りました。休みの日にはランチしに行こうかな。」

「じゃあまた。偶然会いましょう。」

女性が微笑んだ様に見えたが、何故かその顔に、とても生理的に不快な印象を覚えた。

お互い、ほぼ同じタイミングで振り返って歩き始めた。


最後の一言で、空虚な気持ちは和らいだ。


少し歩いたがフランス橋は中止することにして、中華街入口のスタバで時間を潰すことにした。