カンボジア こどもの家 支援者の皆様へお知らせ
カンボジアこどもの家 支援者の皆様へお知らせ
1996年からカンボジア王国現地調査に入り1997年より識字率向上活動・孤児・難民の生活支援活動を続けてきました。
1999年からはカンボジアで最も多くの人身売買が多く行われている地域タイ・カンボジアの国境地帯に入り込み、人身売買で売られていく子供達を守りたいと願い『寺子屋』開設してきました。
2008年9月現在18村に小学校18校・中学校1校・幼稚園6校・生徒数7.000名、教師110名・スタッフ10名で運営しております。9月末日を持ちまして『寺子屋』支援活動10年間継続支援を迎えました。
これ等の教育支援活動は、現地の人達と地元の教育委員会・NGO『C.C.HOME』代表ロング・チョムルアン氏『カンボジアこどもの家』代表栗本英世の話し合いの中から活動内容を決め実行してきました。
2008年10月以降は現地の自立化を目指しポイペット地区の教育委員会に委託し、教師などの支払い給料不足分を補う経済支援をして行きたいと願っています。
また、9月調査で新たな問題が予測されるタイ・カンボジア国境沿い数百キロに渡る領地問題と電気の設置による貧困層の増大に備え、ポイペットからアンロンベンまでの地域に『寺子屋』を設置していきたいと願っています。
日本の支援者の人たちには活動報告と現状報告のみの広報でしたが・・・3年前癌(脳腫瘍)で倒れた私の体力・気力減退の中、これからの活動をどの様に進めていければ良いか皆で考える『支援者の皆様と話し合いの時』を持ちたいと願っています。ご理解いただける人たちで、これからの活動を考える場を もてれば幸いです。
数名の方々が集まっていただければ、そこにお伺いしてご説明と報告、話し合いの時を持ちたいと願っています。
ご連絡いただければ幸いです全国何処へでもお伺いいたします。
1996年からカンボジア王国現地調査に入り1997年より識字率向上活動・孤児・難民の生活支援活動を続けてきました。
1999年からはカンボジアで最も多くの人身売買が多く行われている地域タイ・カンボジアの国境地帯に入り込み、人身売買で売られていく子供達を守りたいと願い『寺子屋』開設してきました。
2008年9月現在18村に小学校18校・中学校1校・幼稚園6校・生徒数7.000名、教師110名・スタッフ10名で運営しております。9月末日を持ちまして『寺子屋』支援活動10年間継続支援を迎えました。
これ等の教育支援活動は、現地の人達と地元の教育委員会・NGO『C.C.HOME』代表ロング・チョムルアン氏『カンボジアこどもの家』代表栗本英世の話し合いの中から活動内容を決め実行してきました。
2008年10月以降は現地の自立化を目指しポイペット地区の教育委員会に委託し、教師などの支払い給料不足分を補う経済支援をして行きたいと願っています。
また、9月調査で新たな問題が予測されるタイ・カンボジア国境沿い数百キロに渡る領地問題と電気の設置による貧困層の増大に備え、ポイペットからアンロンベンまでの地域に『寺子屋』を設置していきたいと願っています。
日本の支援者の人たちには活動報告と現状報告のみの広報でしたが・・・3年前癌(脳腫瘍)で倒れた私の体力・気力減退の中、これからの活動をどの様に進めていければ良いか皆で考える『支援者の皆様と話し合いの時』を持ちたいと願っています。ご理解いただける人たちで、これからの活動を考える場を もてれば幸いです。
数名の方々が集まっていただければ、そこにお伺いしてご説明と報告、話し合いの時を持ちたいと願っています。
ご連絡いただければ幸いです全国何処へでもお伺いいたします。
カンボジアこどもの家からのお知らせ
最近嬉しいことがありました。
孤児としてお世話をしてきた人が結婚をして新しい自分の家庭を持ちました。
添付ファイルで写真をお送りいたします。
孤児が自分の家庭を持った・・・もう孤児では無い、
(奥さんとその家族を大切にしてほしい)と、心から祈りたい気持ちです。
クラッチェの家で子供の支援を始めるため子供支援の看板を書いて
事務所の前に上げると、直ぐ変化が現れました。
私の家の前には毎朝早くからおばあちゃんに手を取られた男の子
三歳位と二歳位の女の子二人が立っていました。この子たちには
養育してくれる父、母、がいないと聞き私が借りていた事務所の
大家さんのお母さんに
『この孤児の支援をしたいので手伝ってください!』
と話すと
『良いわよ、助けてあげて!』
と、笑顔で答えていただき、心から喜んで助けてくれました。
孤児の居る家に出かけ、これから支援を始める5人の兄弟姉妹の
孤児に出合った時記念に好きなものを買って上げたくて、
全員を連れてクラチェの市場に出かけました。
一番上の兄「ソム」は運動靴がほしいと言い、気に入った靴を胸の中に
しまいこみ嬉しそうにしています。
『その靴がほしいの』
と、聞きますと笑顔でうなづきます。即座にお金を払い買い求めました。
しばらくして孤児の家を訪ねるとソムの新しい靴は棚の上にありました。
「どうして??? 履かないの???」
と、尋ねると
「靴を履けば汚れるから」
と、恥ずかしそうに笑顔で答えてくれました。
「履けなくなったらまた買ってあげるから、汚れるのは気にしないで履きなさい」
と、伝えました。
その子が結婚しました。新郎18才・新婦16才
皆様の近くで問題を抱えて困っている人たちはいませんか?
今、私は癌との戦いで定期検査が必要で、日本に居る事が多くなりました。
日本で出来る支援活動も考えています。
またカンボジアのこども達の現状を多くの人たちに
知っていただきたいと願っています。お声をかけていただければ
何処へでも参ります。
孤児としてお世話をしてきた人が結婚をして新しい自分の家庭を持ちました。
添付ファイルで写真をお送りいたします。
孤児が自分の家庭を持った・・・もう孤児では無い、
(奥さんとその家族を大切にしてほしい)と、心から祈りたい気持ちです。
クラッチェの家で子供の支援を始めるため子供支援の看板を書いて
事務所の前に上げると、直ぐ変化が現れました。
私の家の前には毎朝早くからおばあちゃんに手を取られた男の子
三歳位と二歳位の女の子二人が立っていました。この子たちには
養育してくれる父、母、がいないと聞き私が借りていた事務所の
大家さんのお母さんに
『この孤児の支援をしたいので手伝ってください!』
と話すと
『良いわよ、助けてあげて!』
と、笑顔で答えていただき、心から喜んで助けてくれました。
孤児の居る家に出かけ、これから支援を始める5人の兄弟姉妹の
孤児に出合った時記念に好きなものを買って上げたくて、
全員を連れてクラチェの市場に出かけました。
一番上の兄「ソム」は運動靴がほしいと言い、気に入った靴を胸の中に
しまいこみ嬉しそうにしています。
『その靴がほしいの』
と、聞きますと笑顔でうなづきます。即座にお金を払い買い求めました。
しばらくして孤児の家を訪ねるとソムの新しい靴は棚の上にありました。
「どうして??? 履かないの???」
と、尋ねると
「靴を履けば汚れるから」
と、恥ずかしそうに笑顔で答えてくれました。
「履けなくなったらまた買ってあげるから、汚れるのは気にしないで履きなさい」
と、伝えました。
その子が結婚しました。新郎18才・新婦16才
皆様の近くで問題を抱えて困っている人たちはいませんか?
今、私は癌との戦いで定期検査が必要で、日本に居る事が多くなりました。
日本で出来る支援活動も考えています。
またカンボジアのこども達の現状を多くの人たちに
知っていただきたいと願っています。お声をかけていただければ
何処へでも参ります。
『カンボジアこどもの家』からのお願い。
『カンボジアこどもの家』からのお願い。
①カンボジアの現地でのボランティア活動
日本でのボランティア活動
②現地で職業指導をしてくださる人を募集いたします。
③現在算数・国語・社会・理科の4教科を教えています。
体育・音楽・絵画・家庭・技術などの指導者を求めています。
④日本での技術研修・農業指導・
カンボジアで頑張っている青年の受け入れを求めています。
日本国内で呼んでいただけましたら、何処へでもお伺いして、
現地の現状と社会問題について、お話にお伺いいたします。
今のカンボジアの貧しさは東南アジアで一番苦しい状態です。
1日1ドル以下での生活・・・
学校を卒業しても仕事が無い・・・
東南アジア第一のエイズの広がり
幼児売春・人身売買・児童労働・人権・・・。
これ等の問題を解決するためにはお金や
物をあげることでは解決しません。
『お金や物』を作り出す
「力・知恵・知識・技術・ノウハウ」が必要です。
よろしくお願い申し上げます。
①カンボジアの現地でのボランティア活動
日本でのボランティア活動
②現地で職業指導をしてくださる人を募集いたします。
③現在算数・国語・社会・理科の4教科を教えています。
体育・音楽・絵画・家庭・技術などの指導者を求めています。
④日本での技術研修・農業指導・
カンボジアで頑張っている青年の受け入れを求めています。
日本国内で呼んでいただけましたら、何処へでもお伺いして、
現地の現状と社会問題について、お話にお伺いいたします。
今のカンボジアの貧しさは東南アジアで一番苦しい状態です。
1日1ドル以下での生活・・・
学校を卒業しても仕事が無い・・・
東南アジア第一のエイズの広がり
幼児売春・人身売買・児童労働・人権・・・。
これ等の問題を解決するためにはお金や
物をあげることでは解決しません。
『お金や物』を作り出す
「力・知恵・知識・技術・ノウハウ」が必要です。
よろしくお願い申し上げます。
NGOモニテイ第2回理事会開催
栗本さんの活動状態
毎月25日から月末までの間にCCHOMEへ行かれ
翌月の10日前後に日本へ戻られるようですが、
日本では、各学校への講演活動とカンボジアでは、
資金捻出配分と【仕事学校】の準備で大忙しの毎日です。
仕事学校は職業として現役時代に手に職を持った人が、
退職され現地の子供にボランティアで現地に赴き
現地で有用な職業を、6年間学校で勉強した子供に
指導してもらえる人を求めています。言い換えれば、
子供時代に学校に行かないで遊んでいる子供と
同じ働き口しかない様な現地の状況であり、
折角6年間勉強したのに少しも良い仕事にありつけない。
それでは何のために勉強したのか分からない。
現地の親たちも子供本人も勉強しても仕方がないと
考えるようになってしまう。
卒業した生徒が勉強していて
良かったなー、と思えるようにしあげたい。
そういう意気込みで「オカ」さんは頑張っておられるのです。
既に指導してくださる先生の宿泊部屋は、
新しくキャンプ場の入り口に数室建てられています。
本日お会いしたところでは顔色も良くなられ、
少し以前より痩せておられるようですが、
お元気になられた様でご安心ください。
4年前に「オカ」さんの講演をお聞きになった、
北海道のN氏とおっしゃる学校の先生が、
「オカ」さんに海外援助の実情とご本人の考え方について、
インタービューされた事柄を
1番から100番の多くの質問に答えられたお答えを、
順次掲載して行こうと思っています。
皆さんの中には既にごらんになられた方もおありとは思いますが、
あえて掲載させていただきます。
「オカ」さんの話」を聞いて・・・・
1 はじめに
国際協力が叫ばれる中、日本のODAにおける援助総額は
153億2300万ドル(1999年)にものぼる。
日本は過去9年間に連続して最大の供与国になっている。
またNGOなど民間の海外援助団体も増加し、
日本国民も何らかの形で関わる機会も増えてきている。
しかし、これらの援助が、どのような人に、
どのような形で使われているのかを知る人は
意外に少ないのではないか。
カンボジアで子供の教育に携わる栗本英世さん、
通称「オカ」さんは、海外援助の実情を、
自らの体験を通して語ってくださった。
筆者は、先ず「オカさんの話」の概要を述べ、
次に「オカさんの話」をもとに、
海外援助について考えていきたいと思う。
2 「オカ」さんの話・・・・・話の内容は以下に述べる。
カンボジアという国:
1965年から始まるベトナム戦争が1975年に終結する。
カンボジア国民は、ポルポト政権下、
その後のたびたびの総選挙を経ても内戦にさらされた。
ようやく銃声が鳴り止むのは1999年であった。
現在はフンセン首相が実験を握っている。
国内には産業がなく、人々の生活はタイからの輸入に頼っている。
2003年の総選挙の際、タイ大使館焼き討ちされると言う
事件が起こり、タイとカンボジアのゲートが閉められる。
タイとの国境沿いにある都市ポイペットでは、
多くの人々が食糧不足で飢えた。
このような状況下で国境沿いの人々は
「今より内戦時代のほうが良かった」と言う。
首都プノンペンでは、外国の高級車が走り、
高級レストラン毎週満員になる。内戦時はある意味平等であった。
また国内ではカジノが急増し、スリ、強盗、売春、人身売買がはびこり、
ストリートチルドレンも多い。内戦が終わり、外国との交流が始まると、
急速に「モノ」文化が入り込み、新しい大きな問題を生み出している。
「寺子屋」と「カンボジア子供の家」
カンボジアの現状を変えてゆくためには、
教育のたてなおしがひつようである。
カンボジアの識字率は30%で、教育は保障されていない。
カジノの建設のために、子供たちは村を追い出される。
新しい村は都市から遠く、学校や、病院は勿論電気もない。
あるのは残された大量の地雷である。
「オカ」さんは、有料の公立学校に行けない多くの子供たちのために、
「寺子屋」と言う無料の学校を作っている。
北海道旭川北高等学校の生徒により製作されたビデオ
「子供たちに未来を」では、「寺子屋」で生活する子供たちの
元気な姿を見ることが出来る。教材・教具は全て手作りで
教科書も先生の分しかない。しかし子供たちの笑顔は輝いている。
「オカ」さんはそんな子供たちのために、
「寺子屋」の周りの地雷を一つ一つ取り除く。
「オカ」さんは村の孤児のために「カンボジア子供の家」も造っている。
衰弱した孤児を「オカ」さんの自宅につれて帰るのは簡単なことだ。
しかし一旦その生活に慣れてしまうと、子供は元の村での生活には戻れない。
村の人は村の中で生きてゆくべきなのだ。
その孤児の母親はエイズで亡くなった。
カジノ等が出来、外国から入ってくることを安易に考えてはいけない。
「慈悲魔」
カンボジアにはODA等から多くのお金やモノの援助が行われている。
ただ、援助が必ず国を救うとは限らない。
援助によって、カンボジア政府は、国の復興が
自分たちの仕事であることを忘れてしまう。
また、国民は税金を払っていない。援助に頼って、
国民は国つくりに参加していない。
国内には、設備の整った学校や病院が援助により建てられた。
しかしこれらは機能していない。
給料が安く、医師や教師がいないのだ。電気が通ることで、
夜は家族がそれぞれの行動を取るようになる。
これは、電気を知らない村人から、
電気が「一家の団欒」を奪っていくことにもなる。
援助は、誰もして欲しいと思っていないのに勝手にくる。
誰も何が欲しいかを聞こうとしない。
ロゥイという少年がタイとカンボジアの国境で物乞いをしていた。
今にも死にそうなぐらいにやせているロゥイは大人の5倍ものお金をもらう。
それを知った義母はロゥイに食事をさせず無理やり痩せさせてしまった。
人々に慈悲の心が最後にはロゥイの命を奪ってしまうのである。
「オカ」さんはこれを「慈悲魔」とよんだ。
みんなの「何かの形で援助がしたい」と言う
気持ちをなくしたいわけではない。
現地で仲間となり、友となり助けてくれる、そんな援助が欲しい。
ご拝読有難う御座いました。
御近所、友人の方に実情をお話戴きお気持ちがあれば、
ご援助くださいますようお願いいたします。
郵便振り込み番号は:00940-8-137692
加入者:NGOモニティ
毎月25日から月末までの間にCCHOMEへ行かれ
翌月の10日前後に日本へ戻られるようですが、
日本では、各学校への講演活動とカンボジアでは、
資金捻出配分と【仕事学校】の準備で大忙しの毎日です。
仕事学校は職業として現役時代に手に職を持った人が、
退職され現地の子供にボランティアで現地に赴き
現地で有用な職業を、6年間学校で勉強した子供に
指導してもらえる人を求めています。言い換えれば、
子供時代に学校に行かないで遊んでいる子供と
同じ働き口しかない様な現地の状況であり、
折角6年間勉強したのに少しも良い仕事にありつけない。
それでは何のために勉強したのか分からない。
現地の親たちも子供本人も勉強しても仕方がないと
考えるようになってしまう。
卒業した生徒が勉強していて
良かったなー、と思えるようにしあげたい。
そういう意気込みで「オカ」さんは頑張っておられるのです。
既に指導してくださる先生の宿泊部屋は、
新しくキャンプ場の入り口に数室建てられています。
本日お会いしたところでは顔色も良くなられ、
少し以前より痩せておられるようですが、
お元気になられた様でご安心ください。
4年前に「オカ」さんの講演をお聞きになった、
北海道のN氏とおっしゃる学校の先生が、
「オカ」さんに海外援助の実情とご本人の考え方について、
インタービューされた事柄を
1番から100番の多くの質問に答えられたお答えを、
順次掲載して行こうと思っています。
皆さんの中には既にごらんになられた方もおありとは思いますが、
あえて掲載させていただきます。
「オカ」さんの話」を聞いて・・・・
1 はじめに
国際協力が叫ばれる中、日本のODAにおける援助総額は
153億2300万ドル(1999年)にものぼる。
日本は過去9年間に連続して最大の供与国になっている。
またNGOなど民間の海外援助団体も増加し、
日本国民も何らかの形で関わる機会も増えてきている。
しかし、これらの援助が、どのような人に、
どのような形で使われているのかを知る人は
意外に少ないのではないか。
カンボジアで子供の教育に携わる栗本英世さん、
通称「オカ」さんは、海外援助の実情を、
自らの体験を通して語ってくださった。
筆者は、先ず「オカさんの話」の概要を述べ、
次に「オカさんの話」をもとに、
海外援助について考えていきたいと思う。
2 「オカ」さんの話・・・・・話の内容は以下に述べる。
カンボジアという国:
1965年から始まるベトナム戦争が1975年に終結する。
カンボジア国民は、ポルポト政権下、
その後のたびたびの総選挙を経ても内戦にさらされた。
ようやく銃声が鳴り止むのは1999年であった。
現在はフンセン首相が実験を握っている。
国内には産業がなく、人々の生活はタイからの輸入に頼っている。
2003年の総選挙の際、タイ大使館焼き討ちされると言う
事件が起こり、タイとカンボジアのゲートが閉められる。
タイとの国境沿いにある都市ポイペットでは、
多くの人々が食糧不足で飢えた。
このような状況下で国境沿いの人々は
「今より内戦時代のほうが良かった」と言う。
首都プノンペンでは、外国の高級車が走り、
高級レストラン毎週満員になる。内戦時はある意味平等であった。
また国内ではカジノが急増し、スリ、強盗、売春、人身売買がはびこり、
ストリートチルドレンも多い。内戦が終わり、外国との交流が始まると、
急速に「モノ」文化が入り込み、新しい大きな問題を生み出している。
「寺子屋」と「カンボジア子供の家」
カンボジアの現状を変えてゆくためには、
教育のたてなおしがひつようである。
カンボジアの識字率は30%で、教育は保障されていない。
カジノの建設のために、子供たちは村を追い出される。
新しい村は都市から遠く、学校や、病院は勿論電気もない。
あるのは残された大量の地雷である。
「オカ」さんは、有料の公立学校に行けない多くの子供たちのために、
「寺子屋」と言う無料の学校を作っている。
北海道旭川北高等学校の生徒により製作されたビデオ
「子供たちに未来を」では、「寺子屋」で生活する子供たちの
元気な姿を見ることが出来る。教材・教具は全て手作りで
教科書も先生の分しかない。しかし子供たちの笑顔は輝いている。
「オカ」さんはそんな子供たちのために、
「寺子屋」の周りの地雷を一つ一つ取り除く。
「オカ」さんは村の孤児のために「カンボジア子供の家」も造っている。
衰弱した孤児を「オカ」さんの自宅につれて帰るのは簡単なことだ。
しかし一旦その生活に慣れてしまうと、子供は元の村での生活には戻れない。
村の人は村の中で生きてゆくべきなのだ。
その孤児の母親はエイズで亡くなった。
カジノ等が出来、外国から入ってくることを安易に考えてはいけない。
「慈悲魔」
カンボジアにはODA等から多くのお金やモノの援助が行われている。
ただ、援助が必ず国を救うとは限らない。
援助によって、カンボジア政府は、国の復興が
自分たちの仕事であることを忘れてしまう。
また、国民は税金を払っていない。援助に頼って、
国民は国つくりに参加していない。
国内には、設備の整った学校や病院が援助により建てられた。
しかしこれらは機能していない。
給料が安く、医師や教師がいないのだ。電気が通ることで、
夜は家族がそれぞれの行動を取るようになる。
これは、電気を知らない村人から、
電気が「一家の団欒」を奪っていくことにもなる。
援助は、誰もして欲しいと思っていないのに勝手にくる。
誰も何が欲しいかを聞こうとしない。
ロゥイという少年がタイとカンボジアの国境で物乞いをしていた。
今にも死にそうなぐらいにやせているロゥイは大人の5倍ものお金をもらう。
それを知った義母はロゥイに食事をさせず無理やり痩せさせてしまった。
人々に慈悲の心が最後にはロゥイの命を奪ってしまうのである。
「オカ」さんはこれを「慈悲魔」とよんだ。
みんなの「何かの形で援助がしたい」と言う
気持ちをなくしたいわけではない。
現地で仲間となり、友となり助けてくれる、そんな援助が欲しい。
ご拝読有難う御座いました。
御近所、友人の方に実情をお話戴きお気持ちがあれば、
ご援助くださいますようお願いいたします。
郵便振り込み番号は:00940-8-137692
加入者:NGOモニティ
『カンボジアこどもの家』支援の皆様へ
カンボジア教育支援・・・心から感謝いたします。
2007年10月より仕事学校が動き始めました。
今年度も変わることなく、
小学校の支援をしていただきましてありがとうございます。
今年度の支援について教育関係者、教師、
こどもの家、NGO CCHOMEの代表が協議を重ねてまいりました。
現地の人々の強い願いは・・・日本の皆様の支援によって、
今では全ての村に学校が出来、
教師・スタッフ・120名、生徒6.000名の
こども達は大嬉で学んでいます。これからも、
教育支援は継続していきます。
日本の皆様からの支援・・・心から感謝いたします。
ポイペットの人々は自分達で国造りがしたいとの
希望で、学校教育のみだけではなく、日本の豊かな
経済力に追いつくため、学校教育が終わったこども達に、
継続して「仕事」を教えていただきたい。
仕事に必要な知恵・知識・技術・ノウハウ
その他考えられる「各種の仕事」も教えて欲しい、
との要望が溢れ、大きな期待が寄せられています。
直ぐに役立つ仕事(現金収入)、将来希望の持てる仕事、
誇りを持って生活できる仕事。
現地の期待に答え・・・
NGO『カンボジアの家』& NGO『 CCHOME』の
今年度の支援は「仕事学校」となりました。
仕事を教えに来ていただける日本人、タイ人、カンボジア人、
その他の国から来られる技術者の住まいが必要となります。
現在10室の新しい宿舎が完成しました。
縫いぐるみの中に綿を詰め込んでいます。
「仕事学校」の教科・・・。
『衣食住足りて礼節を知る』・・・。
仕事を一生懸命することで自立した人々が育ちます。
個人、家庭、人間関係、地域社会、国、国際関係、が
スムーズに動きます。自ら仕事することによって
寺子屋教育が守られていきます。
仕事について・・・皆様のご協力をお願いいたします。
教える仕事は・・・「衣・食・住」から始めてみます。
男子 = 建築仕事(左官、大工、溶接)水道工事、
電気、デザイン、 農業、養殖、畜産、
女子 = 縫製技術(当初生徒の制服作りから始めます)
ぬいぐるみ、織物、日本で売れる民芸品作り、
美容技術、衛生的な料理、
2007年10月6日
『カンボジアこどもの家』代 表 栗 本 英 世
NGO CCHOME 代 表 ロング・チョムルアン
2007年10月より仕事学校が動き始めました。
今年度も変わることなく、
小学校の支援をしていただきましてありがとうございます。
今年度の支援について教育関係者、教師、
こどもの家、NGO CCHOMEの代表が協議を重ねてまいりました。
現地の人々の強い願いは・・・日本の皆様の支援によって、
今では全ての村に学校が出来、
教師・スタッフ・120名、生徒6.000名の
こども達は大嬉で学んでいます。これからも、
教育支援は継続していきます。
日本の皆様からの支援・・・心から感謝いたします。
ポイペットの人々は自分達で国造りがしたいとの
希望で、学校教育のみだけではなく、日本の豊かな
経済力に追いつくため、学校教育が終わったこども達に、
継続して「仕事」を教えていただきたい。
仕事に必要な知恵・知識・技術・ノウハウ
その他考えられる「各種の仕事」も教えて欲しい、
との要望が溢れ、大きな期待が寄せられています。
直ぐに役立つ仕事(現金収入)、将来希望の持てる仕事、
誇りを持って生活できる仕事。
現地の期待に答え・・・
NGO『カンボジアの家』& NGO『 CCHOME』の
今年度の支援は「仕事学校」となりました。
仕事を教えに来ていただける日本人、タイ人、カンボジア人、
その他の国から来られる技術者の住まいが必要となります。
現在10室の新しい宿舎が完成しました。
縫いぐるみの中に綿を詰め込んでいます。
「仕事学校」の教科・・・。
『衣食住足りて礼節を知る』・・・。
仕事を一生懸命することで自立した人々が育ちます。
個人、家庭、人間関係、地域社会、国、国際関係、が
スムーズに動きます。自ら仕事することによって
寺子屋教育が守られていきます。
仕事について・・・皆様のご協力をお願いいたします。
教える仕事は・・・「衣・食・住」から始めてみます。
男子 = 建築仕事(左官、大工、溶接)水道工事、
電気、デザイン、 農業、養殖、畜産、
女子 = 縫製技術(当初生徒の制服作りから始めます)
ぬいぐるみ、織物、日本で売れる民芸品作り、
美容技術、衛生的な料理、
2007年10月6日
『カンボジアこどもの家』代 表 栗 本 英 世
NGO CCHOME 代 表 ロング・チョムルアン
カンボジアこどもの家・・・支援者の皆様
一昨年から患っていました脳腫瘍・・・先月と今月の MRI と 血液検査の結果
癌細胞が完全に消えていました。
皆様のおかげで元気に活動が継続出来るようになりました。
いつ死が訪れるか心配していましたが奇跡的に健康体に戻りました。
『新たにいただいた命』・・・精一杯活動して行きたいと願っています。
これからは・・・日本滞在の日が多くなりますので、今まで支援していただいた方々の所へ「カンボジア(現地)での活動報告」をしていきたいと願っております。
ご希望がありましたらお気軽にお声をかけてください。
メールアドレス : okacchome@yahoo.co.jp
ホームページ : http://cambodiakids.org/
『カンボジアこどもの家』 栗本 英世
癌細胞が完全に消えていました。
皆様のおかげで元気に活動が継続出来るようになりました。
いつ死が訪れるか心配していましたが奇跡的に健康体に戻りました。
『新たにいただいた命』・・・精一杯活動して行きたいと願っています。
これからは・・・日本滞在の日が多くなりますので、今まで支援していただいた方々の所へ「カンボジア(現地)での活動報告」をしていきたいと願っております。
ご希望がありましたらお気軽にお声をかけてください。
メールアドレス : okacchome@yahoo.co.jp
ホームページ : http://cambodiakids.org/
『カンボジアこどもの家』 栗本 英世
『心身ともに健康で喜んで活動を続けられますように』
支援の皆様・・・
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
一昨年前から病に伏せ皆様に大変ご心配をおかけいたしました・・・。
病は少しづつ良くなり、昨年の年末から10日間ほど現地カンボジアのポイペットに帰る事が出来ました。「感謝!感謝!感謝!」
『カンボジアこどもの家』本年度の願いは・・・
『心身ともに健康で喜んで活動を続けられますように』
今年は、日本に滞在し治療を続けるため、支援者の皆様の声をお聞きしに、ゆっくりと全国を廻る予定です。
お声をかけていただければ、喜んでお伺いいたします。
また、スタディツァーでカンボジアに来ていただければゆっくりと話し合うことも出来ます。ツァーは一人からでもご案内いたします。
『カンボジアこどもの家』 栗本 英世 2007年1月5日
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
一昨年前から病に伏せ皆様に大変ご心配をおかけいたしました・・・。
病は少しづつ良くなり、昨年の年末から10日間ほど現地カンボジアのポイペットに帰る事が出来ました。「感謝!感謝!感謝!」
『カンボジアこどもの家』本年度の願いは・・・
『心身ともに健康で喜んで活動を続けられますように』
今年は、日本に滞在し治療を続けるため、支援者の皆様の声をお聞きしに、ゆっくりと全国を廻る予定です。
お声をかけていただければ、喜んでお伺いいたします。
また、スタディツァーでカンボジアに来ていただければゆっくりと話し合うことも出来ます。ツァーは一人からでもご案内いたします。
『カンボジアこどもの家』 栗本 英世 2007年1月5日
カンボジアこどもの家・・・支援の皆様
大変ご心配をおかけしました。
病気は徐々に回復し通常の生活が出来るまでになりました。
ただ・・・油断をしていますと転移することも考えられますので定期的な検査と薬を欠かすことは出来ません。
先日は10日間に渡ってタイ・カンボジアに帰ることも出来ました。
これからはゆっくりした歩みの中でカンボジア支援を継続していきます。
スタディーツァーは一ヶ月一回の割合で私自身も添乗員としてツァーに同行し一緒に話し合えれば幸いです。
また、皆様の居られるところで平和、カンボジアの現状やボランティアについて話を聞きたいと願っておられる方々が居られましたらお知らせください。講師謝礼や交通費、宿泊費の事は心配しないでください。・・・無料でもお伺いいたします。
海外で行われている支援活動やボランティアについてお話できればこんなに嬉しいことはありません・・・。日本における私のボランティア活動です。
2006年9月18日
『カンボジアこどもの家』 (MR・オカ) 栗本 英
病気は徐々に回復し通常の生活が出来るまでになりました。
ただ・・・油断をしていますと転移することも考えられますので定期的な検査と薬を欠かすことは出来ません。
先日は10日間に渡ってタイ・カンボジアに帰ることも出来ました。
これからはゆっくりした歩みの中でカンボジア支援を継続していきます。
スタディーツァーは一ヶ月一回の割合で私自身も添乗員としてツァーに同行し一緒に話し合えれば幸いです。
また、皆様の居られるところで平和、カンボジアの現状やボランティアについて話を聞きたいと願っておられる方々が居られましたらお知らせください。講師謝礼や交通費、宿泊費の事は心配しないでください。・・・無料でもお伺いいたします。
海外で行われている支援活動やボランティアについてお話できればこんなに嬉しいことはありません・・・。日本における私のボランティア活動です。
2006年9月18日
『カンボジアこどもの家』 (MR・オカ) 栗本 英
「カンボジアこどもの家」より、お知らせ。
カンボジアこどもの家関係者並びにブログをご覧の皆様
今年、1月はじめより、カンボジアこどもの家代表 栗本英世が体調を崩し、日本で長期療養を行う事になりました。栗本の講演活動、スタディーツアーの収入が、現地のカウンターパートナーであるLONG率いるカンボジアのローカルNGO C.C.HOME(スタッフ11名)の活動資金となり、1998年より現在に至るまで、教員の給料サポート、孤児支援、井戸掘り支援、学校建設を通じてこどもたちの就学支援を行ってきました。
現在、C.C.HOMEが支援している小学校は19校。(2月末現在 小学校18校【6校に幼稚園併設】 中学校1校 教員105名 生徒数4295名。)支援している孤児は20名。105名の先生のお給料だけで毎月約40万円、孤児の支援、その他スタディーツアーの受け入れなどを含め毎月60万円ほど固定費がかかります。以前であれば、毎月の活動費はC.C.HOMEが受け入れるスタディーツアーで約20万円、栗本の講演活動で約20万円、支援者の方々の寄付金約20万円でまかなわれてきました。しかしながら、栗本が長期療養生活に入り、C.C.HOMEの活動も非常に困難な状況になっています。
この状況をどのように乗り切るのか、C.C.HOMEの代表であるLONGが3月1日から14日まで来日し、協議を行いました。現在、C.C.HOMEには約4300名のこどもたちの未来がかかっています。活動費がないからといって活動をストップする訳にはいきません。この困難な状況の中でLONGの提案を受けて「教員に毎月支払われる金額を2~3割り減らし、活動を続けて行く」という方針に落ちつきました。しかし、それでもまだ困難な状況にはかわりありません。
また、この状況は栗本、LONGだけでは乗り切ることができず、皆さんの協力が非常に重要となってきます。スタディーツアーへの呼びかけ、本の紹介、どのような形でも結構です。今よりも少しお手伝いしていただければ、私たちの活動は非常に助かります。何かお手伝いしていただけることがありましたらご連絡いただきたいと思います。
また、栗本の療養中、中井、永田が日本の皆さんとカンボジアのこどもたちとのつなぎ役を行うことになりました。現在、活動が困難な状況にありますが、今後ともご協力、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。
2006年4月18日
カンボジアこどもの家 代表 栗本 英世
okacchome@yahoo.co.jp
C. C. HOME 代表 LONG CHAMROUN
カンボジアこどもの家 調整員 中井真理子
mariko_poipet@yahoo.co.jp
調整員 永田 弘幸
今年、1月はじめより、カンボジアこどもの家代表 栗本英世が体調を崩し、日本で長期療養を行う事になりました。栗本の講演活動、スタディーツアーの収入が、現地のカウンターパートナーであるLONG率いるカンボジアのローカルNGO C.C.HOME(スタッフ11名)の活動資金となり、1998年より現在に至るまで、教員の給料サポート、孤児支援、井戸掘り支援、学校建設を通じてこどもたちの就学支援を行ってきました。
現在、C.C.HOMEが支援している小学校は19校。(2月末現在 小学校18校【6校に幼稚園併設】 中学校1校 教員105名 生徒数4295名。)支援している孤児は20名。105名の先生のお給料だけで毎月約40万円、孤児の支援、その他スタディーツアーの受け入れなどを含め毎月60万円ほど固定費がかかります。以前であれば、毎月の活動費はC.C.HOMEが受け入れるスタディーツアーで約20万円、栗本の講演活動で約20万円、支援者の方々の寄付金約20万円でまかなわれてきました。しかしながら、栗本が長期療養生活に入り、C.C.HOMEの活動も非常に困難な状況になっています。
この状況をどのように乗り切るのか、C.C.HOMEの代表であるLONGが3月1日から14日まで来日し、協議を行いました。現在、C.C.HOMEには約4300名のこどもたちの未来がかかっています。活動費がないからといって活動をストップする訳にはいきません。この困難な状況の中でLONGの提案を受けて「教員に毎月支払われる金額を2~3割り減らし、活動を続けて行く」という方針に落ちつきました。しかし、それでもまだ困難な状況にはかわりありません。
また、この状況は栗本、LONGだけでは乗り切ることができず、皆さんの協力が非常に重要となってきます。スタディーツアーへの呼びかけ、本の紹介、どのような形でも結構です。今よりも少しお手伝いしていただければ、私たちの活動は非常に助かります。何かお手伝いしていただけることがありましたらご連絡いただきたいと思います。
また、栗本の療養中、中井、永田が日本の皆さんとカンボジアのこどもたちとのつなぎ役を行うことになりました。現在、活動が困難な状況にありますが、今後ともご協力、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。
2006年4月18日
カンボジアこどもの家 代表 栗本 英世
okacchome@yahoo.co.jp
C. C. HOME 代表 LONG CHAMROUN
カンボジアこどもの家 調整員 中井真理子
mariko_poipet@yahoo.co.jp
調整員 永田 弘幸
NGOモニティからのお知らせ
『カンボジアこどもの家』・・・NGOモニティ・・・支援者の皆様
大変ご心配をおかけいたしました。
昨年から続く入院生活からやっと開放され3月31日退院いたしました。
病気は・・・悪性リンパ腫(癌)が頭の中に5個もあり運動神経を司る脳を刺激し痙攣発作を起こし緊急入院いたしました。
でも・・・幸いなことが重なり喜んでおります。
海外にいる時・・・
カンボジア滞在中・・・
タイに居る時に発作が起きていれば確実に死んでいたものと思われます。
ペアさんと2人で買い物をしているときでしたので私が車の中で気を失った時、直ぐに助けを呼んだため救急車の到着が早く一命を取り留めました。
幾つかの偶然と幸運が重なり命を取り留めています。
人は死に直面した時・・・どのように変わるか? 私自身の人生の課題でしたが・・・。
救急車に運ばれ気がついた時は4日も過ぎていました。お医者から「後5分遅ければ死んでいましたよ」と言われ親族の連絡場所を教えてくださいと言われ・・・もう一度発作が起きれば難しいですと言われた時・・・「これで死ぬのかな~」と、思いながら、私の心は平安が満ちとても満足な気分でいました。
良い物をいっぱい受けている時は喜んでおられるが・・・悪い物をいっぱい受けた時・・・私の心が平安であり続けることが出来るのか? 心配でしたが何時死んでもいいと思える自分の気持ちに感謝しています。
病院のベットで3~4ヶ月ゆっくりと考える時間が与えられました。
今までの活動について・・・これからの活動について・・・ひとりでがんばっていたNGO活動をみんなと一緒に進めていければ継続的な活動が可能となるのではないかと思います。
4月9日にはNGOモニティ創設1周年総会が尼崎であります。
参加希望者はメールでお知らせください。ゆっくり話し合えれば嬉しいです。
NPO法人NGOモニティ・・・栗本 英世
大変ご心配をおかけいたしました。
昨年から続く入院生活からやっと開放され3月31日退院いたしました。
病気は・・・悪性リンパ腫(癌)が頭の中に5個もあり運動神経を司る脳を刺激し痙攣発作を起こし緊急入院いたしました。
でも・・・幸いなことが重なり喜んでおります。
海外にいる時・・・
カンボジア滞在中・・・
タイに居る時に発作が起きていれば確実に死んでいたものと思われます。
ペアさんと2人で買い物をしているときでしたので私が車の中で気を失った時、直ぐに助けを呼んだため救急車の到着が早く一命を取り留めました。
幾つかの偶然と幸運が重なり命を取り留めています。
人は死に直面した時・・・どのように変わるか? 私自身の人生の課題でしたが・・・。
救急車に運ばれ気がついた時は4日も過ぎていました。お医者から「後5分遅ければ死んでいましたよ」と言われ親族の連絡場所を教えてくださいと言われ・・・もう一度発作が起きれば難しいですと言われた時・・・「これで死ぬのかな~」と、思いながら、私の心は平安が満ちとても満足な気分でいました。
良い物をいっぱい受けている時は喜んでおられるが・・・悪い物をいっぱい受けた時・・・私の心が平安であり続けることが出来るのか? 心配でしたが何時死んでもいいと思える自分の気持ちに感謝しています。
病院のベットで3~4ヶ月ゆっくりと考える時間が与えられました。
今までの活動について・・・これからの活動について・・・ひとりでがんばっていたNGO活動をみんなと一緒に進めていければ継続的な活動が可能となるのではないかと思います。
4月9日にはNGOモニティ創設1周年総会が尼崎であります。
参加希望者はメールでお知らせください。ゆっくり話し合えれば嬉しいです。
NPO法人NGOモニティ・・・栗本 英世