NGOモニテイ第2回理事会開催 | ネットで友になる

NGOモニテイ第2回理事会開催

栗本さんの活動状態
毎月25日から月末までの間にCCHOMEへ行かれ
翌月の10日前後に日本へ戻られるようですが、
日本では、各学校への講演活動とカンボジアでは、
資金捻出配分と【仕事学校】の準備で大忙しの毎日です。
仕事学校は職業として現役時代に手に職を持った人が、
退職され現地の子供にボランティアで現地に赴き
現地で有用な職業を、6年間学校で勉強した子供に
指導してもらえる人を求めています。言い換えれば、
子供時代に学校に行かないで遊んでいる子供と
同じ働き口しかない様な現地の状況であり、
折角6年間勉強したのに少しも良い仕事にありつけない。
それでは何のために勉強したのか分からない。
現地の親たちも子供本人も勉強しても仕方がないと
考えるようになってしまう。
卒業した生徒が勉強していて
良かったなー、と思えるようにしあげたい。
そういう意気込みで「オカ」さんは頑張っておられるのです。
既に指導してくださる先生の宿泊部屋は、
新しくキャンプ場の入り口に数室建てられています。
本日お会いしたところでは顔色も良くなられ、
少し以前より痩せておられるようですが、
お元気になられた様でご安心ください。

4年前に「オカ」さんの講演をお聞きになった、
北海道のN氏とおっしゃる学校の先生が、
「オカ」さんに海外援助の実情とご本人の考え方について、
インタービューされた事柄を
1番から100番の多くの質問に答えられたお答えを、
順次掲載して行こうと思っています。
皆さんの中には既にごらんになられた方もおありとは思いますが、
あえて掲載させていただきます。


「オカ」さんの話」を聞いて・・・・

1 はじめに

国際協力が叫ばれる中、日本のODAにおける援助総額は
153億2300万ドル(1999年)にものぼる。
日本は過去9年間に連続して最大の供与国になっている。
またNGOなど民間の海外援助団体も増加し、
日本国民も何らかの形で関わる機会も増えてきている。
しかし、これらの援助が、どのような人に、
どのような形で使われているのかを知る人は
意外に少ないのではないか。

カンボジアで子供の教育に携わる栗本英世さん、
通称「オカ」さんは、海外援助の実情を、
自らの体験を通して語ってくださった。
筆者は、先ず「オカさんの話」の概要を述べ、
次に「オカさんの話」をもとに、
海外援助について考えていきたいと思う。
  
2 「オカ」さんの話・・・・・話の内容は以下に述べる。
     
カンボジアという国:

1965年から始まるベトナム戦争が1975年に終結する。
カンボジア国民は、ポルポト政権下、
その後のたびたびの総選挙を経ても内戦にさらされた。
ようやく銃声が鳴り止むのは1999年であった。
現在はフンセン首相が実験を握っている。
 国内には産業がなく、人々の生活はタイからの輸入に頼っている。
2003年の総選挙の際、タイ大使館焼き討ちされると言う
事件が起こり、タイとカンボジアのゲートが閉められる。
タイとの国境沿いにある都市ポイペットでは、
多くの人々が食糧不足で飢えた。
 このような状況下で国境沿いの人々は
「今より内戦時代のほうが良かった」と言う。
首都プノンペンでは、外国の高級車が走り、
高級レストラン毎週満員になる。内戦時はある意味平等であった。
また国内ではカジノが急増し、スリ、強盗、売春、人身売買がはびこり、
ストリートチルドレンも多い。内戦が終わり、外国との交流が始まると、
急速に「モノ」文化が入り込み、新しい大きな問題を生み出している。

「寺子屋」と「カンボジア子供の家」

カンボジアの現状を変えてゆくためには、
教育のたてなおしがひつようである。
カンボジアの識字率は30%で、教育は保障されていない。
カジノの建設のために、子供たちは村を追い出される。
新しい村は都市から遠く、学校や、病院は勿論電気もない。
あるのは残された大量の地雷である。
「オカ」さんは、有料の公立学校に行けない多くの子供たちのために、
「寺子屋」と言う無料の学校を作っている。
北海道旭川北高等学校の生徒により製作されたビデオ
「子供たちに未来を」では、「寺子屋」で生活する子供たちの
元気な姿を見ることが出来る。教材・教具は全て手作りで
教科書も先生の分しかない。しかし子供たちの笑顔は輝いている。
「オカ」さんはそんな子供たちのために、
「寺子屋」の周りの地雷を一つ一つ取り除く。

「オカ」さんは村の孤児のために「カンボジア子供の家」も造っている。
衰弱した孤児を「オカ」さんの自宅につれて帰るのは簡単なことだ。
しかし一旦その生活に慣れてしまうと、子供は元の村での生活には戻れない。
村の人は村の中で生きてゆくべきなのだ。
その孤児の母親はエイズで亡くなった。
カジノ等が出来、外国から入ってくることを安易に考えてはいけない。

「慈悲魔」
カンボジアにはODA等から多くのお金やモノの援助が行われている。
ただ、援助が必ず国を救うとは限らない。
援助によって、カンボジア政府は、国の復興が
自分たちの仕事であることを忘れてしまう。
また、国民は税金を払っていない。援助に頼って、
国民は国つくりに参加していない。

国内には、設備の整った学校や病院が援助により建てられた。
しかしこれらは機能していない。
給料が安く、医師や教師がいないのだ。電気が通ることで、
夜は家族がそれぞれの行動を取るようになる。
これは、電気を知らない村人から、
電気が「一家の団欒」を奪っていくことにもなる。
援助は、誰もして欲しいと思っていないのに勝手にくる。
誰も何が欲しいかを聞こうとしない。

ロゥイという少年がタイとカンボジアの国境で物乞いをしていた。
今にも死にそうなぐらいにやせているロゥイは大人の5倍ものお金をもらう。
それを知った義母はロゥイに食事をさせず無理やり痩せさせてしまった。
人々に慈悲の心が最後にはロゥイの命を奪ってしまうのである。

「オカ」さんはこれを「慈悲魔」とよんだ。


みんなの「何かの形で援助がしたい」と言う
気持ちをなくしたいわけではない。
現地で仲間となり、友となり助けてくれる、そんな援助が欲しい。 

ご拝読有難う御座いました。
御近所、友人の方に実情をお話戴きお気持ちがあれば、
ご援助くださいますようお願いいたします。

郵便振り込み番号は:00940-8-137692  
加入者:NGOモニティ