更新が途絶えてしまい、すみません。
モンゴルだるまです。
明日、2月18日にモンゴル復帰です。
毎日、素晴らしい方々との時間を共有することができて幸せな日本滞在でした。

「何か」いいもの、をたくさんつかめた気がします。

最初に今回の一時帰国の目標としていた仕事をとるための「営業」らしい「営業」をしたか?といわれると、全然、そんな感じはないのですが、でも、日本で暮らす日本人のモンゴルに対するニーズやイメージなどが具体的に感じられただけでも、私にとっては大きな収穫でした。

エコツーリズムの奥深さや勉強・研究課題もたくさん見つかり、「これからがんばるぞー!」って意気込んでいます。

いろんな方々とモンゴルについて語らうことができたことで、私自身の頭や心の中もかなり整理されました。

貴重な時間を私のために費やしてくださった全ての方々に心から感謝!
あと、今回はバタバタと忙しかったわけですが、居候させてくれた両親の協力体制もばっちりですごく助かりました。

ロハマネ(只でやってくれるマネージャー)がいるって、ラックチーン!
この体制がモンゴルでもあれば、私、かなり仕事の効率もあがるし、安心なんだけどなー。

まぁ、そうも言ってられないので、私が、モンゴルでのビジネスや旅行を検討している読者様の現地サポーター的にお仕事にできるくらい、仕事のデキル女になるゾというくらい、がんばらなくちゃね。

ともあれ、ちょっぴり腰痛気味ですが、元気チャージしてモンゴルに戻ります。

モンゴルに戻ってから、これまでの成果も含めて、読者の皆さまにLove注入ラブラブしまーす。

今回の一時帰国で何よりもよかった!って思ったのは、ネットニュースで話題だった「楽しんご」さんをTVで見ることができたことです。
あの人(彼というべきか彼女というべきか迷うので)から学ぶべきサービス業の心得、すごく多いです。

さてさて・・・
東京は雨が降り始めました。
明日は無事、時間通りに飛行機飛んでくれるといいなぁ。

では、皆さま、次回はモンゴルからご挨拶させていただきまーす。

ペタしてね
大相撲は日本の国技? ブログネタ:大相撲は日本の国技? 参加中

私は思わない!派!

日本の大相撲がガタガタのこの時期に、大相撲を「日本の国技」と考えるかなんて、、、なかなかシュールなネタですね。剣道ガールの私にとっては、相撲のように特殊体型の人しか参加できない、しかも懸賞金という形で公然と勝利に対して賭け事が行われ、さらに裏では勝敗の裏交渉が行われ、かつアンタッチャブルなことが多すぎる競技を国技とすると認めるのは日本の恥さらしもいいところだ、と思ってしまう。
モンゴルにいるとね、日本にいるときよりもよっぽど「日常生活における相撲度」が高くなります。

朝青龍全盛期の時は、モンゴル人は十両以上の力士の名前、はもちろん、どこの部屋に所属しているかまで、かなりの人たちが知ってました。そして、日本と大相撲をセットで愛してくれてました。

今の大相撲のガタガタぶりは、もはや「朝青龍の呪い」と言われても、仕方がない、、、って気がしちゃう。まぁ、呪ってるかどうかは知らないけど。

でもあれだけ強い人が一瞬でも心の中で「俺をここまで貶めた人間を許すまじ。地獄に落ちろ」ぐらいの気持ちを強く持っていたとしたら、「引き寄せ魔法」でたぶん、そういうことにもなろう、というもの。横綱=神様みたいなもんですもの。

大相撲を両国国技館の升席で観戦するチャンスがあったとき、大相撲大好きなモンゴル人のアテンドだったのですが、何やら、神々しい思いというか、あぁ、「This is Japan!」な感じだなぁって感激のあまり、すさまじい勢いでモンゴル人力士のお相撲グッズを購入してしまったものです。

興行・娯楽だと思ってみれば、日本の相撲って素晴らしいです。
適当に飲み食いしたり、トイレにいったりする時間はたっぷりあるし、取組前の緊張感の中でのおしゃべりも楽しめるし、勝負は一瞬ながくて5分程度でついちゃうから、勝敗についてのひと語りも次の取組まで十分楽しめる。

間合いのなかなかよろしいものなのです。

モンゴルではモンゴル相撲は国技として規定されて(たはず)、力士たちの番付などは相撲協会が協議しますが、横綱とかの「任命」というか「承認」はモンゴル国の元首である大統領令によって決定します。

大相撲も賜杯を天皇杯、内閣総理大臣杯など、この国を「統べる」人たちによって優勝者に授与されます。
こんな栄誉はなかなかありません。

まぁ、そういう意味で、これまでの大相撲って、ダークな噂がとびかっていたところで、暗黙の了解として、「日本を象徴する競技」として世界に知られ、愛されてきたんだけどなぁ。

JUDOなんかは、世界規模で普及された結果、欧米人が台頭してきたため国際ルールによって、外国人の都合よいように変更されちゃって、もはや、武道というよりは、勝敗をはっきりさせるためのスポーツになっちゃった。

人の道を究めるために、「柔よく剛を制す」の精神でのしなやかな技の掛け合いとかはなくなり、いかに規定時間内にポイントを稼ぐか、みたいなポイント合戦になってしまった。スポーツとしてみるのは確かに素人にもわかりやすく、スピードもアップされたから試合の円滑な進行にはよかったのかもしれないけれど、でも、どっかモヤモヤしちゃう。

八百長問題とか野球賭博とか「かわいがり」とか、まぁ、ここ2、3年で大相撲が震撼させられるような事件が相次いでいるわけで、これらの不祥事、人の道に外れた行為が組織的に行われていたってことから比べれば、品格がない横綱だった、とかぐらいであんなに日本文化に対するリスペクトが態度に現れず、モンゴル人丸出しで土俵で戦っていた朝青龍なんか、かわいいもんだった、と思う。

つまりは、朝青龍関の不祥事って、旭鷲山関のちょんまげひっつかんで反則負けになった、とかぐらいで、それ以外は、プライベートな時間での「ヤンチャ」だけなわけです。
「横綱は神様だから皆のお手本にならなければいけない」って言ったところで、そのお手本がどんなものか、どのような精神で追及すべきものなのか、をホントの意味で、「お手本」として伝承することができなかった、というのは、大関どまりだった親方の朝潮「大ちゃん」だけのせいじゃなく、協会全体の問題だったんだなぁ、って今となっては思うわけです。

モンゴル人にとって、今の騒動は、はっきりいって、「朝青龍を追い出しといて、いまさら・・・」と冷ややかなんじゃないかしらん、って思う。
大相撲人気のおかげで、親日派が増えたのは確実だし、モンゴル人力士が大活躍したおかげで、日本でもモンゴルがメジャーになれたわけです。
文化交流、経済交流、とにかく民間交流が盛んになった背景には、モンゴル国内の大相撲人気があったことは確実。
それだけに、「恩義」を大事にするモンゴル人にとって、立役者である横綱を石つぶてをぶつけて追い出した、みたいな相撲協会に対しての恨みつらみはまだ根強い気がします。

野球賭博も、正直、野球というスポーツが普及してないモンゴル人にとっては、まったくもって、意味わからなかったと思うしね。

国技だっていう意識は、まずその競技に携わっている人たちの心の中に宿ってないとダメだと思う。
剣道をやっている人間にとっては、別に竹刀なり木刀なり日本刀なりを握って、チャンチャンバラバラと丁々発止の勝負をしているとき以外だって、剣士としての心がけというか、生き様が大事なのです。
剣を握って強いかどうか、っていうことよりも、心の持ち方やいかに美しく、生きるか、真剣勝負で全力投球して一瞬一瞬を送っているか、が大事。

そういう「武士道」の美しさを今に残している競技といえば、もはや剣道だけじゃないでしょうか?

とはいえ、大相撲もがんばってほしいです。
何世紀にもわたって継承され、今なお、一番神々しさというか、日本らしさを象徴的に表現し続けている伝統美を持っている相撲道に立ち返り、踏ん張ることによって、相撲の原点の輝きを取り戻していただきたいと思います。

ま、国技だなんだっていって、テレビの取材を受けても、領収書なしで50万円とか平気で「ごっつぁんです」で済ましちゃうとかいう、ふんぞり返った態度は改めてもらえるいいチャンスかも、、、と思うわけです。

相撲に命がけ=生活かかってるっていうことで、幕下に落ちたら給料なしの奴隷同然の生活になっちゃう、という天と地の差が極端な給与体系などにも、問題があったと思います。

武道にとっての命がけは、お金を稼ぐ手段というよりも先に、その生きる道を究めるってことへの執念というかひたむきさのことではないでしょうか?

抜本的な改革をして、全相撲関係者が精神を入れ替えるよいチャンスと受け止め、今こそ、真剣に相撲道に立ち返ってください。


ま、最初っから国技だなんて認めてないから、自分的にはがっかりもしてませんけどね。
せっかく、第二、第三の横綱を目指して相撲に励んできたモンゴル人青少年が何千人もモンゴル国にいたのに、そういう交流までも断ち切れちゃうのは残念だから、なんとかがんばれーーーーって応援しておく。





大相撲は日本の国技?
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普通の一軒家と高層マンションの高層階、どっちに住みたい? ブログネタ:普通の一軒家と高層マンションの高層階、どっちに住みたい? 参加中

私は一軒家派!

モンゴルの住宅事情と絡めて、普通の一軒家と高層マンションの高層階のどっちに住みたいか、まとめてみます。

最近のモンゴルセレブのトレンディは「ハウス」と呼ばれるゴージャス一軒家に住むことです。
ちょっと前まで、上下水道や集中暖房配管などは集合住宅と学校・病院などの公共施設やオフィス・役所といった「大きな建物」のみが享受できる公共サービスだったため、高級マンションの南向き高層階で床面積が100平米以上っていうのが好まれていました。

現在、モンゴルの首都ウランバートルの人口の約4割弱が集合住宅で暮らしています。
ハウスに住めるセレブは、在外公館の外交官や商社マン・外国人ビジネスマンと実業家などでおそらく1%未満じゃないかなぁ。世帯数からみると。
で、残りの6割ぐらいが、ゲル地区と呼ばれている下水配管が接続されていない地域で暮らしています。

モンゴルで「普通の一軒家」というと、セルフビルドの1-2階建です。地方に行けばまだゲルがポピュラーですが、都会暮らしで定住する場合は、ゲルよりも機密性が高いレンガ作りの家やログハウスのほうがスペースがゆったりしているし、家具の配置や利便性が高いです。核家族化が進んでいるとはいえ、地方出身者が増加中のウランバートルでは、たいてい5人以上12人くらいが一つ屋根の下で暮らしていることは珍しくないです。



モンゴル国で高層マンションといっても16階建とかぐらい。多分、20階建以上ってまだないはず。14階建以上の集合住宅はウランバートル市、ダルハン市ぐらいしかないんじゃないかな?銅鉱山があってわりとこじゃれたエルデネット市は9階建てまでだったと思います。

そもそも、土地は結構だだっぴろくあるので、高層住宅にする必然性がこれまでありませんでした。
気温が-50℃から+40℃まで変動する寒暖差の激しい厳寒地で永久凍土層などがあるため、高層建築をたてるための基礎工事なども大変ですしね。停電も多いから、あんまり高いビルになってもエレベーターが使えないと、せっかくの高層階も地獄と化しますもん。

1990年代、市場化するまでは、モンゴル人にとっての集合住宅は職場から「与えられるもの」「あてがわれるもの」でありました。掘立小屋みたいなセルフビルドの一軒家や家ごと引っ越し可能なゲルが主流でした。
そもそも土地やマンションの個人所有が認められ、資産価値ががーっとあがるようになったのは、市場経済化に伴い、1990年代前半で「今住んでるアパートは居住者の資産として私有分配する」ってことになったのがきっかけでしょう。

1990年代は外国人がアパートなどの住宅物件を購入しても所有権が認められていなかったので、「知り合いのモンゴル人」名義で購入する、というパターンが多く、その「知り合いのモンゴル人」との仲違いや、詐欺にあったりで、不愉快な思いをした親モンゴル外国人も多かったはず。

いつの間にやら外国人のアパート所有が認められてました。
2000年に母の卒業論文のモンゴルフィールドワークに同行したときに、「百万円で国立デパートのすぐ北側にある1LDKマンション買わないか」と持ちかけられたので、その頃にはすでに外国人でもアパート所有が可能になっていたのです。(物件の持ち主が弁護士で、ちゃんと登記手続きできるって言ってたから確実)

21世紀に入り、2003年5月に土地の私有化が認められるようになってから、モンゴルでの不動産バブルは急速に膨らみました。土地ころがしや住宅仲介ブローカーがのし上がり、2008年のリーマンショックごろまではすさまじい建築ラッシュでした。

ウランバートルに暮らすモンゴル人の所有欲は、なんとなくアメリカ人セレブ的です。
ロバート・キヨサキの「金持ち父さんシリーズ」のモンゴル語翻訳版が出たら、あっという間にベストセラーになってました。モンゴル人のスゴイのは、あれよあれよの不動産担保ビジネスというか、土地ころがしみたいな形で「資産を作って不労所得で食えるようになる」という成功法則が「自分でもできる」と信じ、実際にやってのけちゃったことです。

私は、不動産バブルのあおりで、外国人だっていうだけで、自分が賃貸していたマンションが半年ごとに家賃が「周辺の相場が上がったから」とかいう根拠もへったくれもない理由で$50も値上がりすることに辟易し、たまたま犬の散歩中に発見した中古の2LDK物件を衝動買いしちゃったわけですが、ほんとのことをいうと、全然集合住宅って住み心地、よくないです。

女と犬1頭の暮らしだから、一軒家に暮らすっていうほうがよっぽど治安も悪いし(私の今の経済状況では、とても高級住宅街には住めないから。全盛期だったら検討してたと思うけど)、不便だとはわかってるんだけど、今のアパートはとにかく水回りとか隣近所の住民に問題あり。

しょっちゅう夫婦喧嘩しててどなり声が聞こえる家族とか、芸術家らしく、夜中でもトンテンカンテンという何かを打ち付ける音とかドリルのきゅいーーーーーーーんって音が鳴り響いてたりするしね。

余計な干渉してくる人も多く(同じアパートに住んでるってだけで借金を申し込める度胸は、どういう育ちかたするとつくのか知りたいよ)、5年ほど今のところで暮らしているのですが、もうそろそろ、潮時かなぁ、って思うこともあります。

一応、自分の所有物だから、気軽だし、すっかり高級アパートの相場が上がってしまった今は、完全に出遅れたーって感じなのですが。

空気と水が綺麗なところで、森や川なんかもあって、草原も広がってるところにログハウス建てて、のんびり暮らしたいなぁ。

インターネットと携帯電話が繋がるならば、すぐにでも、実現したい夢であります。

やっぱ、子供のころからボロくても一軒家暮らしだったし、大型犬の散歩環境を考えると、高層マンションよりもささやかでいいから、一軒家がいいな。




普通の一軒家と高層マンションの高層階、どっちに住みたい?
  • 一軒家
  • マンションの高層階

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