モンゴルだるま@ウランバートルです。
日本では大きな地震があちこちで起きているようですが、NHKワールドプレミアムでの報道のメインは、福島第一原発の原子炉冷却作戦と被災地の方々のインタビュー、被曝を防ぐための対策などになっています。

もちろん、まだまだ混乱を極めているとはいえ、大分、被災地からの脱出路の確保や救援物資の輸送・災害ボランティアの現地乗り込みなども始まっているようです。

地震・津波・原発事故と3つもの大きな災害の連続カウンターパンチを食らい続けながらも、それなりに体制が取れて、暴動が発生することもなく、事態にあたっていることに対し、日本ってすごい国だなぁ、と再認識です。

モンゴル国からも救援隊が到着し、またモンゴルのトップスターたちのチャリティライブや灯明風船イベントなど義援金の募金以外にも、これまで20年間の恩返し&真の友情は友の苦難を分かち合う、というモンゴル人のよき性質によって、さまざまな形でこれまで日本とゆかりのあった団体・有志が募金口座を開設しております。

といった感じで、復興のための意識も大事ですが、1万人余りに及んでしまった、下手をすると2万人を超えてしまいそうな震災犠牲者の方々に対する弔意の記帳を在モンゴル日本大使館で行うことになった案内が大使館から送られてきました。

昨日も、大使館前で夜8時から追悼会があったそうなのですが、そのことを知ったのがすでに8時半をすぎた段階であったことと、仕事で手が回らないなどの事情があり、自宅で追悼の黙祷をさせていただきました。

いくらご冥福を祈っていても、落ち着きません。
でも、日本でも皆、精いっぱいがんばっているのだから、自分にできることを一生懸命やって、悔いのないように生きていきたいと思います。

どこかのツイッターで拾ったんだと思いますが、「今日、あなたが無駄にした一日は、命を落とした人たちが望んでいた明日」というような意味の言葉がありました。もっと素敵な言葉だったと思うのですが、毎日すさまじい数のつぶやきが殺到しているため、後戻りして確認する気力も余裕もありません。
でもこんな感じの言葉を目にしてから、一時期、凹み頭おかしくなっちゃったんじゃないか?くらいになっていた自分の精神を奮い立たせることができました。

犠牲者となってしまった仲良くなる前にお別れすることになってしまった皆様のご冥福をお祈りしながら、犠牲者の皆様が安心して天国に行けるように、残されたご遺族の方々がまた安心して、生きる望みをもって暮らせるようになるために、津波に襲われてしまったご先祖様から大切に受け継いできた田畑や船や家屋などの大いなる損失を取り返して余りあるほどの復興ができるように、生きている私たちが精いっぱい、今日、明日、明後日と大事にやれることをやっていこうという気持ちでご記帳させていただこうと思っています。

昨日、仙台にいるはずだった大学の後輩の無事が知らされました。
ずっと気がかりで不安で、不安で仕方がなかった具体的な懸念は少しずつ取り除かれてはいますが被災状況を見るにつけ、胸が苦しくなります。

在モンゴルの日本人や日本に関係している皆様の中にも、私と同じように悲しみや虚しさなどに苦しんでいらっしゃる方も多いと思います。

在留同胞の皆様へ

 この度の東北地方太平洋沖地震で亡くなられた犠牲者に対して弔意を表するため,
当館では下記のとおり,皆様からの御記帳を受け付けることといたしましたのでお知らせ
します。
 なお,この御記帳は在留同胞の皆様だけでなく,モンゴルの方でも行えますので,皆
様の周囲の方にもお知らせいただければ幸いです。

                  記

1 日時
  3月17日(木),18日(金),21日(月)~23日(水)
  それぞれ14:00から17:00の間

  (注)21日(月)は当館休館日であり,領事関係業務は行っていませんが,記帳
   受付は行います。

2 場所
  在モンゴル日本国大使館 玄関ホール
 
3 その他
(1)記帳のため来館された方は,大使館正門の警備員にその旨お伝え下さい。
(2)セキュリティ上,入館の際,簡単な身分確認をさせていただきますので,旅券等の
 身分証明書をお持ち下さい。
 
***************************************************
在モンゴル日本国大使館 
領事・警備班  担当 (本名で書かれていましたが、プライバシー保護の観点から割愛させていただきました。)
TEL 11-320777
FAX 11-313332
E-mail :
info_jpnemb@mongol.net
***************************************************
モンゴルだるま@ウランバートルです。
1990年に初めてモンゴルに来たときからモンゴルの人たちはみんな、日本人の私に親切でフレンドリーでした。ちょっと前まで留学していた先輩たちは、公安がついてたり、「西側の人」扱いで人との交流関係にものすごく気を使っていたというのに、私はとてもラッキーだったなぁ、といまだに感謝です。

1991年に初めてモンゴルでの通訳の仕事をすることになったのですが、その時は、なんと片道切符で現金手持ちゼロ。3か月弱の2-3人用テントにシュラフが支給されての勤務。通訳というお仕事以外に、調査が終われば、料理係のお兄さんたちのお手伝いで、チェーンソーと斧を使って薪づくりをしたり、(といってもいまだに斧の扱いは全然ダメ)、創作料理30人分とか作ってみたりしました。
ソ連も崩壊しちゃって、ガソリン燃料は国からのガソリン配給券なしでは購入できませんでした。
水も給水車で400リットルドラム缶数本に配給がある分を100人近い調査隊で数日間使う生活。

1992年にモンゴル政府奨学金留学生としてモンゴル国立大学に来たものの、大学の授業は先生たちが給料もらえずストライキで、留学生寮は入寮2時間後に部屋に備え付けの共同冷蔵庫が壊され2年間冷蔵庫なしの暮らしを余儀なくされました。停電も「計画停電」というよりは、「無計画給電」で一日3時間、任意の時間に電気が来るから、その時間に寮にいなかった人は、だれか食事を作れた人のところにおしかけてごはんをいただいたり、というか、みんな、食糧調達とごはんを食べることが第一優先だった食糧配給時代だから、日本人留学生でリーダーの先輩部屋で一緒にごはん作って一緒に食べて、節電・食糧協同消費をしてました。

外がー20度超えてるのに、私の部屋の窓ガラスが割れていて、先輩たちの部屋に居座って暖を取り、もう起きてられない!ってなったところで、自分の部屋に張ったテントの中でシュラフに入って眠ってました。昨日、ご紹介したアライ君が2年間のボランティア活動(日本語教師・彼の教え子はみなとっても優秀だったのでした)を終えたあと、部屋のお引越し手伝ったときに発見した窓ガラスがなければ、私は2年目の冬はやばかったかもしれないです。だって、民主化後、最初のものすごい深刻なゾドが続いた冬だったから。

3日間以上も断水したこともあったし、全然水がないから、近所の復興建設途中だったお寺さんに水をもらいにいって、なんだかバケツリレーみたいになったこともあった。大フロルという名で、留学生寮の調理用電熱器がぶっ壊れるまでバケツリレーでお湯を作って、きたない風呂桶にお湯をはり、さらにみんなの垢が浮いて壮絶なお風呂に、ひたすらお湯を入れ交代で入ったこともありましたね。

当時ほどはひどくないけれど、20年たった今もウランバートルでは毎月のように停電するし、断水するし、悲しいことにライフライン最重要の集中暖房すらうちのアパートはよく切れる。

食糧配給時代は、氷点下で夜明け前の冷え込みでくらくらしそうな朝6時から指定店に並んでても買えないことがあったし、ジャガイモもとめて20㎞も徒歩でさまよい続けたこともありました。せっかく買ったわずかな食糧をリュックサックの中にいれて背負ってたら、すりにまるごと盗まれたこともありました。目の前でジャガイモ1㎏の値段が15倍に跳ね上がって仰天したり、赤ちゃんに与える牛乳1㎏を巡って、若いお父さん同士が奪い合いをし、牛乳での殴り合いがあり流血(牛乳は冬は凍ったまま売るのです)がデパートの床にとびちったのを見たこともありました。(ニュースステーションの特集取材のアテンド中でした)

結構不自由といえば不自由でしたが、みんなお互い、「ま、そんなもの」という割り切りがあって、日本から仕送りがくれば皆で分け合うから、後方支援のそれぞれの実家も私たちみんなの分を考えて、いろんなものを詰め込んでくれてました。

特に日本からの仕送りでうれしかったのが、トイレットペーパー。当時のモンゴルではトイレットペーパーといってもすっごい固くて、お尻を拭いたら、穴がささくれるように痛いのです。それにあんまり普及していないから、一般的なモンゴル人は、使い切ったノートや教科書や古新聞のきれっぱしを、用を足しながら読み、読み終わったら、お尻を拭いてゴミ箱に捨てていたのです。
トイレットペーパーはトイレに流せないから必ずゴミ箱に捨てるのが習慣だったし、大きい立派なブツをひりだしたところで、バケツで5リットルぐらいで気合で押し流さねばなりませんでした。
市場経済化移行期のモンゴルに暮らしたことで、お尻を拭くのはトイレットペーパーだけじゃない、と学びました。
そして、モンゴル最北の針葉樹林タイガでトナカイを飼って、狩猟や採集と遊牧を兼業してる人たちのところで居候してフィールドワークをするに至って、そもそも一生トイレットペーパーなしで用をたせてる人がいる、ということを知りました。
東南アジアとかインドに行くと、トイレットペーパーを使うのは「おっくれってるー」とか「きったなーい」って言われるレベルで、まぁ、手桶一杯の水で大事なところをすっきりきれいにし、手もきれいにできちゃうんだって体験。手動ウォシュレットだ。

日本の都市生活では当たり前で、それがないと不便、大変、いきてけなーい!って悲壮な気持ちになりそうな、日常のあれこれは、案外、なくてもなんとかなっちゃったり、代用できちゃったり、工夫すれば、「なんだ、なくてもよかったじゃん」ってことも多いものです。

計画停電が計画どおりじゃないって健康な一般の人たちが不便がるよりは、むしろ、ほんとに電気がない被災地の人たちのことを思いながら、計画停電の時間帯は、せめて自分の家だけでも自主的にブレーカーを下して、自主停電にしてみたら、どうなんだろう?とかモンゴルにいるから思えるのかな?

計画停電の話が出てくるのも、どう考えたって需要と供給のバランスが取れないよっていうことから出てきた話なのだから、じゃあ、自主的に電気消費量をばしっと減らしてみたら、同じグループ内のホントに必要な人たちは停電免れることが可能、ということだってあるかもしれない。

ピークの時以外は、テレビつけっぱなしでも自分の命を守るためには当たり前、ってささくれだって攻撃してくるよりも、いつもピーク時って思って、というかそもそも、省エネすれば自分ところの電気使用料だって節約できてお得なのになぁ、と思ったりもする。


モンゴルで日本のようなことが起きたら、確実に電気使用料は50-100%つまりは1.5倍から2倍くらいに跳ね上がると思います。燃料用の石炭が高騰した、とかインフレだ、とか言ってはすぐに30%値上げが言語道断で敢行されちゃう国です。

そういう話が出てないってことに日本って太っ腹だなぁって思う。
いっそ、電気供給が安定復興できるまでは、電気使用料は現況の30%値上げしますとか、きっぱり開き直ってしまえば、みんな節約するのではなかろうか?

自分がモンゴル国の水源調査とか給水施設改善などの日本の無償援助の通訳でかかわったこともあって、ウランバートル市内の水供給はすでに需要を満たしきれないってこともわかってるから、平時から自主的に自分が使う水量は限定しています。

ゲル地区の人たちなどは、給水所で水をかわないといけないから、実に上手に水を使っています。
マグカップ一杯の水で歯を磨き、顔を洗い、さくっと髪の毛まで洗えてしまう。
これは小さな子供から老人まで当然のようにできるのです。ゴビ地域など水源から遠い人たちはもっとシビア。
人間やればできる。それはその人たちだからできるんじゃんなくって、私たち日本人だって、そういう限定環境にいれば、そういうことできるんです。

モンゴルの西の果てに派遣されていた青年海外協力隊の青年は、大停電が続き、お湯供給もないというときにローソクを並べ、釣り上げた薬缶でお湯を沸かし、調理をしていました。もはや毎日が実験生活だったけど、たくましいサバイバル青年に鍛えられてた彼らは、どんな災害がきたって生き延びることができるっていう知恵と技術と勇気が身についてるって安心できます。

寒さもね、新聞紙と段ボールとサランラップなどでもなんとかなる。
ホームレスのおじさんたちの創意工夫のリサイクル&サバイバル技術を見習えばいい。

結構、そういうサバイバルな生活って、工夫の余地があって、無駄がそぎ落とされて楽しいってこともあるんです。
半年間のフィールドワークでしかも越冬、なんていうときは、調査用のいろんな道具が優先になるため、どうしても食糧とかは豊かなものではなくなってしまう。だけど、小麦粉とか米とか塩、油などがあれば、結構食いつなげるものです。

実際、タイガで調査をしていたときは4か月間無補給、現金を一切使うことなく過ごすことができました。都会育ちの小娘だって-40℃を超える冬の日々を野宿で過ごせたんです。大丈夫、-15℃くらいまでは気合さえ入ってれば死なないから。めげちゃだめ。めげなきゃ大丈夫。
-15℃といえば、タイガでは半袖で斧振り回して薪割れる気温です。

被災地の人たちが食糧がないのが心細いのは当たり前のことで、食べ物でこそ人間、「生きてる!生きられる」っていう生のエネルギーをゲットできるんだもん。
被災地以外の都市部での買占め行為に非難ごうごうだったりってこともあるみたいだけれど、その買占めはその人の心の不安の表れかもしれないし、実は家に育ちざかりの子供が3人とかいて、病気の奥さんとかいるなんていうのっぴきならない事情があるのかもしれない。
そんな風に考えてみたら、その非難を浴びせかけたことがちょっと恥ずかしくなったりしませんか?

でもね、そういう切羽詰まった状態じゃないのに買い占めようとしている人がいたら、お店の人が制限しちゃえばいい。モンゴルではよくありました。「あんただけがお金持ってて、その品物を買いたがってるわけじゃないのよ」って売り子のど迫力のおばちゃんが、朝青龍くらいでっかいおじさんを怒鳴りつけてたりしたもんです。

ぶっちゃけ、日本で、被災地でものが滞ってるのは、物が不足しているわけじゃなくって、たぶん、流通システムの問題、ロジスティックスのシステムが確立しきれてないから、民間の運送会社や個人の運送業のおっちゃんたちとの連携がとれていないだけかもしれません。
だってこういう混乱期だと、善意の人を装って、救援物資丸ごといただいてトンズラっていうことがないとも言えないでしょう?モンゴルは人口が少ないけれど、やっぱりこういう悪いこと考えてちゃっかり実行する人もそれなりの割合でいるのです。日本にだってたぶん、いるはず。どこの国だって極端な善人も極端な悪人も同じくらいの割合で暮らしているもんです。普段はいい人だって、切羽詰まれば、やむにやまれず、悪いことしちゃうかもしれない。
だから、悪いことができない、ガッチガチのシステムを作るか、あるいは、ホントに善意の人を民間がみんなで応援して被災地に送り込むことを、政府がサポートしてくれるようになればいいなぁ、と思います。

政府がサポートしてくれれば、、、といったところで、ぶっちゃけ、今の政権は、今の状態でアップアップ溺死寸前なんじゃないかしら?枝野さんはがんばってるみたいだけれど、いろんな頓珍漢なこともあるみたいだし。

昨日、母に東京脱出を説得しようとして失敗したわけですが、「ところで節電啓蒙大臣の蓮舫さんはどうしてるの?NHKだと全然出てこないんだけど?」と尋ねたところ、「都庁に乗り込んでって、石原都知事にかみついて、「うちはすでに節電徹底してるのがわからんのか!」って一喝されたらしわよ」とのこと。何やってんだ、蓮舫大臣????

大体、経済産業省がちゃんと管轄できる話じゃないの?
すでに国民のほうが自分たちで、自主節電の策を練ってきているわけで。
なんで、元気な人は決まった時間、電気使用禁止!ぐらいの圧力かけられないのかなぁ?今の苦境は日本の人ならみんなわかってるんだから、3時間くらい、「じゃ、うちは我慢するわい」って人たち大勢いると思いますが。

便利が当たり前って思うかもしれないけれど、ウランバートルなんか首都なのにしょっちゅう、信号が動かなくなっています。停電だったり、電球切れだったり。(LED電球使用でこの要因は激減したけど)
モンゴル人ドライバーたちは、気性も運転も荒いけれど、むしろ警官とか信号とかないほうが、阿吽の呼吸で交通渋滞にならなかったりします。日本のマナードライバーさんたちだったら、ちょっとなれれば、それほどの混乱はなくなると思うから、マスコミもギャーギャー言わなくてもいいと思う。

マスコミのギャーギャーといえば、おとといぐらいでしたっけ?東電の記者会見はひどかった。なに、あの恫喝もどき?ばっかじゃないの??ああいう馬鹿記者は、記者クラブに入れるなよー、と元報道系製作会社(でも記者クラブには入れてもらってないの)でお仕事いただいていた私は、鼻息あらく、血圧あげて怒ってました。

それにしてもこういう災害時には、テレビでやってたような「節約のプロ」の人たちの技って使えないのが多いわねー、と改めて思う。節約するために使うための道具とか新たに導入しなきゃいけないもの、多すぎ。

私もガラクタが多すぎてモンゴル人によく叱られるので、他人のこと批判はできませんがw

こういう世の中だからこそ、神戸出身で神戸震災の救援ボランティアにも行っていた「貧困研究家」久島弘さんの名著「僕は都会のロビンソンクルーソー」を購入して読んでいただきたいと強く思います。

普段から、とっても質素、というかミニマムライフとしてはたぶん、日比谷のホームレスのおじさんより生活コスト安いかもしれぬ、くらい清貧な生活を実践して、生活コスト切り詰めの研究のためにますます貧乏になる、という自主的貧乏スパイラルすら生み出している久島さんは、いつ何時地震が起きても、家を焼け出されても困ることがない暮らしと装備の実践者です。

今こそ、書店があいてる人は購入してください。書店にないよー、という都内近郊の方は、JR中央線中野駅北口を出て左手の、線路沿いの坂を上っていくと、「カルマ」という怪しげな喫茶店で売っています。カルマで購入いただくと著者の久島さんがコーヒー5杯飲めるコーヒー券がついているそうです。

ぼくは都会のロビンソン―ある「ビンボー主義者」の生活術/久島 弘

¥1,575
Amazon.co.jp

本の宣伝みたいだけれど、それだけでなく、いかにつつましく生きるか、を実験的に生きることで、結構、不自由そうな世の中も、楽しくわくわくしながら生きられるんだよってことで、私のバイブルなので・・・(日本用・モンゴル用・モンゴル貸出し用と3冊購入)

何が書きたくなったのか、、、といえば、不便な生活というのは、命がけになるまえにある程度なれておいたほうがいいですよ、ブログを読んでいただく余裕があって、被災地になる一歩手前で地震で不安になっている人たちの心の準備のための資料として・・・

あ、久島さんの貧困通信というホームページもまた秀逸です。
「実験貧困主義貧民共和国新世紀通信」http://www2.ocn.ne.jp/~asagao/binbo/b_index.html

とにかく不便が長期的に続くことが予測されるなら、心構えとミニマムな装備で、困難に立ち向かう準備をし、あとはヒーローな気分でチャレンジャーなフィールドワーカーになった気分で暮らすこと、みんなで仲良く笑いあい、思いやること、ぐらいしか、決定的な長期戦攻略の速攻作戦が思いつきません。

普段からライフラインは当たり前に提供されるものじゃないって考えてれば、人間、おのずと何を備えればいいか、って知恵がついてきます。
これってある意味、右脳トレーニングにもなるから老化防止になるのかな?

Pray for Japan。
ちょっと饒舌に、でも、こういう苦境って乗り切ることに喜びがあるんだよって伝えたくって。
モンゴルだるま@ウランバートルです。
校正仕事50分、震災情報チェック10分、リサーチ20分、ブログ・ツイッター更新10分、校正仕事50分、Wiiフィット30分、と普段の生活+アルファなリズムの今日1日。
長丁場になる震災だからこそ、サポートしよう!って決意したからにゃ、後方支援でできること=お仕事をして寄付金に回せるお金を増やす+必要と思われる情報・ほっとできるエピソードを提供する+私を癒してくれる愛すべき家族へのサービスと祈りという日常でとことん応援することにしました。

以下、昨日、仙台にいるモンゴル人が「仙台から避難したいけれど、どうやって出られるのかがわからない」というつぶやきを拾って、震災直後、救援体制の事前準備として速攻視察に福島まで行って帰ってきたNPO法人日本エコツーリズムセンターの広瀬敏道さんからの情報を使わせていただきました。

どんなルートを通って、どういう状況でどこまで行ったのか?ほかの道の状況はどうなっているのか、などが簡潔かつ具体的な情報で、この情報+そのほか鉄平さんたちの情報を伝えることができました。

で、お礼と今後、長く続く手弁当の完全ボランティアであるエコセン災害救援チームの活動支援をぜひともこのブログでの情報提供などでさせていただきたい旨、スタッフの方にメールしましたところ、速攻私信以外のメールマガジン等は公開OKとの承諾をいただきました。

以下、今日届いたエコセンのメルマガの全文転載です。

いろんな震災後の災害救援ボランティアをやっていて、サバイバルスキルも被災者目線の心配りも体力気力の高さもピカイチのボランティアチームだと自信を持って推薦できます。

信頼できるほんとに被災地で貢献できる活動に募金したい方々、ぜひご協力くださいませ。
Pray for Japan!

日本エコツーリズムセンター★Mail Magazine【号外/2】
2011.3.15
…………………………………………………………………………………………



被災の状況が日に日に明らかになり、言葉が出ません。
原子力発電所の状況もますます深刻化しています。
エコセンでは、東京(西日暮里)事務所に災害救援東京本部を設置し、
モンベル仙台店(青葉通り店)に現地本部をおいて救援活動を始めています。

広瀬と山中が救援チーム派遣前の確認などで福島に行ってきました。
以下、その際の広瀬からのレポートおよびご協力の呼びかけです。
[中垣]

食料などでは栃木以北のコンビニの棚は空っぽ、スーパーも空の棚が
目立ちました。
被害の状況は埼玉あたりから屋根が壊れている家があり、栃木からは
ブロック塀倒壊や屋根全壊など目立ちはじめていました。
困ったのはガソリンで、埼玉からすでに制限給油や閉店が出始め、
栃木からは開いている店には長蛇の列が出来て、それも福島などから
購入しに来る車も目立ちました。
現地では水、食料、ガソリンなどの燃料が切実に不足しています。
被災地以外での消費を抑えて、被災地に回るようにして行く必要があります。

陸域での家屋や土砂崩れなどの被害も深刻ですが、それよりも、
広域な沿岸部での津波による圧倒的な破壊のほうが桁外れの大きさです。
今回は国、県などによる避難所のカウントは2000程度ですが、
これはあらかじめ災害時の避難所とされた場所を集計している数字で、
実際には無数と言っていいほどの大小の避難している場所があります。
これらの把握も物資などの救援の手もまだ行きわたってはいません。

●モンベルアウトドア義援隊とエコセンの災害救援チームは連携して
 現地で活動していきます。
 基本的な作業は、アウトドア義援隊の主活動である被災者への寝袋や
 生活物資の配布などと、エコセン災害救援チームによる避難所での老人、
 こどものケアなどを含む生活支援全般を主任務にした活動をおこないます。
 エコセンではモンベル仙台店を本部として、周辺の避難所に活動拠点を
 増やしていく方針ですが、こうした各拠点で活動できるコーディネーター的
 人材を急募しています。
 なお、放射能の被爆や地震の再発等による危険性については、参加者に
 自己判断をお願いするとともに、被害や損害を受けた場合、エコセンは
 責任を一切負うことができませんので、あらかじめご了承ください。
 また今後の状況により、エコセンは現地での活動を中断する場合があります。

●災害救援活動を円滑にするために、エコセン@西日暮里事務局のある
 西日暮里の日能研ビルに「エコセン災害救援東京本部」を設置することに
 しました。さらに、(株)日能研の高木社長のご協力によって、今回の災害
 救援活動に関わる支援チームのために物資集積基地&地方から来る支援
 チーム(ボランティア)のためのスペースも確保できることになりました。

●日赤や一般の公的義援金は通常、被災自治体などへ寄付され、その後に
 自治体ごとの判断で支出されます。ボランティアセンターなどの直接的な
 救援活動に掛かる資金は、これらの義援金には関わらないために、独自の
 資金源が不可欠です。民間の専門団体による救援活動には多大な資金が必要で
 これらはすべて、チーム独自に災害救援基金を設けて、寄付を募ることになります。
 直接、送金していただける方はぜひ、エコセン宛によろしくお願いします。

みずほ銀行 動坂支店 普通 1093812
エコセン災害救援基金
(エコセンサイガイキュウエンキキン)

● 物資についてですが、以下のものが現状必要です。
 少量でも送っていただける方はよろしくお願いします。

【ボランティア活動用】
 車両、ガソリン、ガソリンタンク、ミネラルウォーター、保存食料、文具、
 水ポリタン、ボランティア用テント、シュラフ、マット、自炊用具、
 ゴミ袋(現地のゴミゼロを目指してボランティアが使ったゴミは東京に
 持ち帰ります)
 ※これらの他、普段は使いたくないのですが、・使い捨てマスク・使い捨て
 カッパ・使い捨て手袋・使い捨て食器なども今回の災害ではとくに必要です。 
【被災者用】
 紙おむつ、生理用品、ホッカイロ、粉ミルク、手軽に食べられる保存性のある
 食料、下着類など衣類、ゴミ袋
 ※物資はすべて小分けしてからダンボールに入れて、中身をマジックで
 大きく書いてください。

● エコセンでは、上記、カンパと物資の他に、救援ボランティアの
 申し込みをお願いしております。
 詳細は下記サイトをご確認ください。
http://www.ecotourism-center.jp/article.php/reliefe_01
ボランティアや物資の提供については、上記サイトの申込フォームを
ご利用くださいますようお願いいたします。
なお、上記以外の物資や大量発送の場合は、発送の前にご相談ください。



※このメールマガジンは当センター世話人と繋がりのある方々に送信しております。
送信をご希望でない場合は、お手数ですが事務局までお知らせ下さい。


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NPO法人日本エコツーリズムセンター発行
〒116-0013 荒川区西日暮里5-38-5
TEL:03-5834-7966 FAX:03-5834-7972
Mail: jimukyoku@ecotourism-center.jp
HP www.ecotourism-center.jp/
エコツアー・ドット・ジェイピー www.eco-tour.jp
SNSエコたび www.eco-tour.jp/sns_ecotabi/
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エコツーリズムセンターを中心に地平線会議の仲間たちもボランティアとして被災地で活動に取り組んでいます。
地平線会議はもともと団体とか組織とかっていうまとまりではない、情報共有・交換の場というか旅人や活動する人の集合体みたいなものでしたが、今回は、関係者の震災ボランティア活動などの報告などを地平線会議のホームページとリンクしています。地平線通信 3.11 NEWS http://www.chiheisen.net/shinsai/

迷惑ボランティアではない、本気で実際的に被災地の人たちのために動ける民間ボランティアです。
私が愛する仲間たちの活動を、被災者の目線で動ける人たちへのご支援よろしくお願いします。
赤十字のように義援金がなかなかほんとに困っている、絶望している被災者の人たちの生活立て直しやケアに使われない、ってことはない。ほんとにスピードと熱意と現実的な対処ができるプロフェッショナルな活動をしているってこと、一生懸命であることはこのブログからもにじみ出てきています。

この地平線通信3.11NEWSブログの投稿者以外にも、被災地でボランティアをしているメンバー、被災地取材で福島原発被曝圏内に乗り込んだ仲間が、地平線会議の4月報告会で、被災地の今を伝えます。

詳細は地平線会議公式ホームページ:http://www.chiheisen.netをご参照ください。