知ってはいけない 隠された日本支配の構造 (講談社現代新書) [ 矢部 宏治 ]
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この本を読み終えて思うところだ。もっと早く読んでいればよかった。
この国に法を守る権力機関はない。いずれも魂を米国に売り渡し、半世紀もの間取り戻そうともしてこなかった。
国や地方行政を訴えたとしても、まともに判決を出す裁判官もいないし、裁判所自体が法の番人ではなくなっている。
情けない。
だからこそ、何でもありのグダグダ政治に、政治に忖度している裁判所がある。この国に何かを期待してはいけない。
期待できるとすれば、ただ、民主主義という建前だけ。この建前のある限り、選挙結果だけは尊重せざるを得ない。
投票率が低いのも、意図的にそうさせているのだろう。国民の大半は、国に貢ぐ奴隷でいてほしいということの表れだろうし。
一応、選挙の投票啓発活動はしているが、実質的なもの、必要な情報を出すことはなく、ただ形だけ。
地方の実像はこの映画にある通り、不祥事で交代してもまた、同じように不祥事ばかり。候補者も議員もそもそも資格がないようなものばかりということだろう。
これであきらめてはいけない。日常生活がいよいよ侵されようとしている今、最後の望みともいうべき選挙結果を出さなくては、変わらない。変わらなければ、貧困者から、普通の人の生活までむしばまれ続けていく。
幸いなことに、れいわの地方議員は増えているという。清須市でも、立候補してもらいたいものだ。
代議士、市長経験者もこの国のために奔走している。私自身は、終わってもいいと思っているくらいだが、やるだけのことをやらずして自分だけ海外避難するわけにもいかない。
清須市の与党会派をつぶす。市長を後退させることくらいはしたいものだが、これもすべての市民の総意、私一人でできることではない。
ただ、こんな政治の中で、奴隷のように働かされるだけのところにはいたくない。そろそろ気が付いてほしい。
裏金問題なども国の問題なのではなく、地方から始まっているのだということを。腐った地方議員、首長がいることによって、国の腐った代議士が大きな顔をして、金をくすねていくのだ。
地方から、身近にいるものらだからやりにくいのだろうが、ここから始めなければ、すべては始まらない。変えるということは、すべてを一掃し、そのうえで、違うものを作っていくということなのだから。
地方で、国の密約を変えるなどということはできないにしても、地方から、反社与党政府を変えれば、道は開く。最低限、法治国家、その上を行く法の支配。これくらいは実現しないと主権国家とは言えない。
主権を米国に半分以上はく奪され、人権も無視されているような状態から解放されるためにも選挙に行き、有効な投票をし、自民党をなくすくらいでないといけない。
今の体制は終わるのだ。そうであれば、今の体制の中での代議士の数など問題ない。数の少ない政党だからといって、投票しない選択肢はない。庶民の代弁をしてくれるのであれば、少数であろうと投票し、代議士の数を増やせばいいだけ。
投票率を倍にすれば、できないことでもない。選挙に行こう。政治を庶民の手に取り戻そう。法を守り、法の支配をする政府を作ろう。それには、まず住んでいる地方政治から変える必要がある。