デ・キリコ展(後半)@都美 | 温室メロンの備忘録

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東京都美術館で開催されているデ・キリコ展。




後半は、個人的にも大好きなマヌカンの作品群を中心に、デ・キリコの制作活動の変遷について整理してゆきたいと思う。なお出典は前半同様、図録&デ・キリコ展公式サイトより。


形而上絵画: ③マヌカン

最も惹かれるモティーフ。晩年まで描き続けられたマヌカンだが、時代によって様々な変化が見られる。


「予言者」1914-15,ニューヨーク近代美術館


そもそもなぜマネキンなのか?なぜ画家が描かれているのにタイトルは「予言者」なのか?鑑賞者にとっての謎は深い。ただ同時に、謎の答えを見出そうと想像を巡らせたくなる具象性も合わせ持つ。


そう考えるとデ・キリコの形而上絵画は、キャンバスに非日常を描くまでがデ・キリコの役割で、その本質を見出すのは鑑賞者に委ねられているのかもしれない。


「形而上的なミューズたち」1918, カステッロ・ディ・リヴォリ現代美術館


マヌカンは初期から晩年まで描かれ続けたモティーフだが、モデルであるミューズもまた晩年まで登場する。本展覧会の顔となっている作品。


さてデ・キリコの制作活動について、専門的にどう扱われているかは分からないが、大きく3つの期間に区分すると理解しやすいように思う。


第1期は上の2作品が描かれた30歳以前。第2期は30歳以降、過去の著名な画家や彼らの作品をリスペクトした絵を、形而上絵画と並行して制作した時期。第3期は60歳以降、古典回帰を離れ、新形而上絵画と呼ばれる作品が描かれた時期。


次の作品は1924年の制作。デ・キリコ36歳。古典回帰の真っ只中↓


「鎧とスイカ」1924, ウニクレディット・アート・コレクション


バロック色調の静物画との解説が図録でなされているが、一見するとドラクロワなどフランスロマン主義への回帰作品に思える。


「横たわって水浴する女」1932, ローマ国立近代現代美術館


ルノワール的な作品。もちろん新古典のアングルらや、遡ればバロックのルーベンスらの古典に回帰している。


このいわゆる温故知新の性向が、一般的なシュルレアリスムと一線を画しているのだと思う。ギリシャ神話や、ギリシャ建築などへのリスペクトも、同じ価値観から来るのだろう。


古典回帰によって、過去の画家の作風や技法を分析したり、実践することで、自然とデ・キリコの画力に幅が出たのだろう。形而上絵画にその影響が見て取れる。


「ヘクトルとアンドロマケ」1924, ローマ国立近代現代美術館


上の「鎧とスイカ」と同年の作品。ヘクトルとアンドロマケのマヌカン。アンドロマケの衣服や、2人の頭の描き方が第1期とは違っている。ただモティーフはマヌカンであり、描かれるのがギリシャ神話である点は変わらない。


「ヘクトルとアンドロマケ」1966, FGIDC


もう少し時間を進めて、こちらは78歳、第3期の作品。この時期には彫刻も手掛けている。ブランクーシ展の記事でも言及した「彫刻の持つ魔力」にデ・キリコもハマったのだろうか。モティーフは変わらずギリシャ神話とマヌカンだ。


これまで2次元だったモデルが、3次元となって現れたのだから、興味深いことこの上ない。


「ギリシャの哲学者たち」1925, ナーマド・コレクション


こちらも古典回帰時代の作品。


「考古学者たち」1927頃, カルロ・ビロッティ美術館


マヌカンの内臓から、職業に関連した物が飛び出す独特の解釈が形而上的だ。下半身が小さく描かれるのは、古典回帰による影響だろうか。


「考古学者」1971, GFIDC


同じモティーフの彫刻作品。3次元でも考古学者の内臓を持っていた。83歳、第3期の作品。


「南の歌」1930頃, ウフィツィ美術館群ピッティ宮近代美術館


こちらも古典回帰時代のマヌカン。


ちなみに、この時期の形而上的室内の作品↓


「緑の雨戸のある家」1925-26, 個人蔵


パステル調の作品。一瞥しただけではデ・キリコの絵なのか分からない。設定も家の中の家という、より複雑な世界観で描かれていて、解釈は更に進歩的に。


「谷間の家具」1927, トロント・エ・ロヴェレート近現代美術館


「谷間の家具」はこの時期に描かれた新しいモティーフ。幼少期にアテネで地震が頻発し、家具が路上に置かれていたという原体験があったのだそう。


古典回帰がトーンダウンした第3期では、第1期に近い形而上絵画が再び描かれ始める。様々な作品や技法に触れた後の原点回帰。第1期を凌駕する作品が生み出せるのか?興味深いチャレンジだ。


「不安を与えるミューズたち」1950頃, マチェラータ県銀行財団パラッツォ・リッチ美術館


第1期の作品と比べ、重厚感が増している。


「ヘクトルとアンドロマケ」1970, FGIDC


またより精緻にも。


ただ重厚・精緻、絵としての完成度の高さと、絵の持つ力の強さは必ずしも一致しない。第3期の作品は明らかに上手だが、第1期作品の持つ醸し出されるような不安定感が、薄らいでしまっているようにも感じられる。難しいものだ。


新形而上絵画

第3期になると、形而上絵画と比べカリカチュア要素の高い作品も描かれたようだ。形而上絵画を再解釈しているとして「新形而上絵画」と称される。


「オデュッセウスの帰還」1968, FGIDC


上の「ヘクトルとアンドロマケ」の2年前に描かれた作品。


絨毯のような海で船を漕ぐオデュッセウス。壁にはイタリア広場の絵が掛かり、谷間の家具の椅子が置かれている。過去作品のパーツを登場させていることも連続性を重視するデ・キリコらしい。


「城への帰還」1969, FGIDC


ギザギザの影の騎士。


「燃えつきた太陽のある形而上的室内」1971, FGIDC


再解釈とはいえ流石にこちらの作品群は、第1期と比較すべきでないかもしれない。


時間は掛かったが、ようやく頭が整理できたように思う。次回の訪問が楽しみだ。